気球はどこへ行く
オーメストへ向かう旅の途中僕達は首都に立ち寄った。
元々僕は首都に用があり、その事をアイネも承知していたから首都行きはすんなりと決まった。
目的はアールスの祖父であるワーゲンさんに飛行船の話を聞く事だ。
研究政策は国に任せているとはいえ資材の調達に一枚噛んでいるワーゲン商会は飛行船の着想をもたらしたとして情報がいくらか手に入る立場に収まっている。
その情報を聞ける分だけ聞こうという魂胆だ。
それに僕の作った気球の処分もある。耐久実験で壊れていればいいがそうでなかったらどうするのか。壊れていなかったら引き続き耐久実験に使ってもらって構わないのだけど。
なんにせよ一度話す必要はあるし、アイネにも一度気球に乗ってみて欲しい。
そんなわけで僕達はオーメストへ行く前に首都アークに立ち寄る事にしたのだ。
首都に着いた頃にはフェアチャイルドさん達はすでに旅立っている。ダイソンでパパイを買うために早めに出立したのだ。
フェアチャイルドさんのいない首都で僕は宿を取った後アールスのお母さんに会いに行く。
そして、小母さんに気球の話を聞いておく。
僕の気球はまだ完全には壊れていないけれど、いつ壊れてもおかしくない程度に籠の部分がボロボロになっていると説明してくれた。どうやら重量の耐久実験を行っていたようで限界が来ていたようだ。
風船部分と籠を繋ぐ紐はもう何度も取り換えられているようで今は僕が作った時よりも太い紐が使用されているようだ。
肝心の風船部分はブリザベーションのお陰か劣化が少なく籠を変えればまだまだ空を飛ぶことができ人を乗せられるらしい。
膨らませる以上少しの傷だけで駄目になるのだから保存自体にも気を使ってくれていたんだろう。
気球をどうするかと聞かれ僕は最後にアイネを乗せたいと答えた。
その後はどう処分してもらっても構わない。そう言うと小母さんはアーク王国初の有人飛行に成功した乗り物だから史料用に博物館に寄贈するという話が出ていると聞かされた。
どうやら僕の作った物が歴史に残ってしまうようだ。
誇らしさを感じる反面前世の知恵を借りて作り上げた物だから後ろめたさを感じてしまう。
もっとも僕がどう感じようが関係ないのだろうけど。
アイネを乗せたいという僕の要望は聞き入れられる事となった。
籠の交換があるためすぐにというわけにはいかず新しい籠の用意のため数日かかってしまうと説明された。
追加で僕はワーゲンさんに会い飛行船の話を聞きたいという事を伝えると小母さんは頷いてくれて遅くとも二日後の夕方には返事をくれると確約してくれた。
小母さんとの話が終わると最後に小母さんはこの首都にベルナデットさん達が滞在している事を教えてくれた。
二人が首都にいる事はアロエ経由で聞かされているので驚きはなかったけれど、二人がまだ滞在しているという情報を聞けたのは助かった。
小母さんとの話が終わり魔獣と一緒にアイネが待っている預かり施設へ向かい、そこでアイネにこれからの話をした。
そして、また滞在するのかとアイネに文句を言われてしまったが、気球の事を話すとよくは分かっていなさそうだったが目を輝かせていた。
三日後にワーゲンさんと会う事ができた。
それまでの二日間はアイネと観光を楽しんでいたのだけど、商店街に宣伝文が書かれた縦長の布を吊るしている小さな気球が無数に浮いていたのには驚いた。
さすがのアイネもこれには驚き興奮を隠さずにすげーを連発していた。
その事をワーゲンさんとの話の最初に出した。
ワーゲンさんは意気揚々とアドバルーンが出来てから実際に使用するために首都の商会組合に話を通した際の苦労話を話し出した。
相槌を打ちつつこれ以上長引かせるわけにはいかないとなった所で本題に入る。
さすがに飛行船の進捗具合は機密でワーゲンさんにも分からないようだ。
ただどのような形の飛行船になるかだけは教えてくれたようだ。
風船部分は元々複数の案を僕は出していた。まずは大きく分けて二つの案がある。
一つは僕が作った熱気球と同じ空気を熱して外気との気圧の差と上昇気流によって浮かす物。
もう一つが卓上の空論ではあるけど空気よりも軽い気体を風船の中に入れるという物だ。
後者は僕は空気よりも軽い気体が発見されているのかどうかが分からない為採用される事はないだろう思っていた……のだけれど、ワーゲンさんが説明してくれた風船の形状から気体を使った物だと分かった。
そして、この二つの案からさらに派生させた案が三つずつある。と言っても種類は三種類しかないのだけど。
まずは風船が一つだけのラグビーボールの形をした単一型。
二つ目は気球に使われている逆水滴型の風船を複数直列に並べた直列型。
三つ目は複数の風船を二列に並べた並列型。
この三種類だけだ。どれがいいのかは実験まではしていない僕にはわからない。無責任だとは思うが実験をするほどの時間的にも人手的にも余裕なんてない。
選ばれたのは並列型で六つの風船に布を被せまとめる様だ。
熱気球はその性質上空気を送り込む穴が必要になる。
熱を操る精霊を風船の中に入れ空気を膨張させてもらうというのも考えはしたのだけど、ブリザベーションのかかった物はマナの干渉を受けなくなり為精霊は通り抜けることができなくなる。
そんな事をしたら効果が切れるまで精霊は風船の中から出られなくなってしまうのだ。
軽い気体を使う方は気体の注入口はあれどそれはきちんと閉められる事が前提だ。
基本的に密閉された風船で内外の気圧差だけで浮かべるから上昇下降をどうするが問題なのだけど、そこは魔法のある世界だ。どうとでもなる。
問題なのは空気より軽い気体があるのか、という事だ。少なくとも僕は知らない。
作られているのが空気を送り込む大きな穴のない風船なら軽い気体を使った飛行船という事になる。
空気を外に逃して高度を調節する必要がないのなら並列型にして布を被せるのはよくわかる。
並列型にしたのは多分風船の数が一番多い方だからだろう。
並列型は最低でも風船が四つ。何かの事故で一つ風船が駄目になったとしても残りが無事なら重量を減らすなどをして対処できる。多ければ多いほど一つあたりの風船の負担も軽くなるだろう。
ただ並列型にもやはり欠点はある。ブリザベーションは傷までは防いでくれないので下手にまとめてしまうと風船同士がこすり合って寿命が縮んでしまうし重量だって増えてしまう。。
その辺りの対処はどうしているのか聞いてみるとこれまた機密情報らしい。
結局分かったのは飛行船の形状だけだった。
最後に僕の気球の扱いに関して話をする。
博物館行きについて僕は思う事はあれど拒否する事はしなかった。反対する理由が僕の我儘な感情一つしかないからだ。
その代わりという訳ではないが最後に僕の気球を人が乗れるように修理してもらう事を了承してもらった。
もうすでに小母さんが動いているので事後承諾という事になるのだけど、ワーゲンさんはなんだその程度の事かと言わんばかりに簡単に了承してくれた。
ワーゲンさんはさんざん実験させて貰ったのだからもう少し願いを言ってもよいのだと言ってくれたが僕としては飛行船の進展具合を教えてもらう事で十分元が取れているつもりだった。
機密にまでなっていて進展具合を聞けなかったのは僕の見積もりが甘かったんだろう、
そして、ワーゲンさんは結局は教える事が出来なかったからと代わりに一つ我儘を聞いてもらえる事になった。
ちょうどいい。ミサさんはきっとまだ気球に乗っていない。
気球で商売を始めるのは春かららしいが、ミサさんが乗れる機会を作れるのは二年後以降になってしまうだろう。
ミサさんが乗る時、いやミサさんだけではない。ルゥもいつか乗りたいと思う時が来るかもしれない。その時の為にお願いを使うのもいいだろう。
僕は最初に僕が紹介した人を無料で気球に乗せられるようにして欲しいと切り出した。
これは最初に無茶とも思える要求をし、交渉をして要求内容を徐々に格下げし本来の要求内容を通しやすくする交渉術。
前世の漫画で見てから実行する日が来るとは思わなかった。
そして、僕の要求はあっさりと通ってしまった。
しかし、実際に要求が完全に通ったという訳ではない。
僕が紹介した時の気球の利用料を無料にしてもらう代わりに定員数の上限は一つの気球に乗り込められるだけ、回数は三回までという回数制限が出来た。元々半額くらいにまけてもらうつもりでいたから予想外だった。
素直にその事を話すとワーゲンさんに笑われてしまった。
やはり僕は見積もりが甘いらしい。しかし、だけどそれは社会経験の少なさと欲の無さから来るものだろうとも言われた。
僕には相手がどのくらいの利益を得ているのかという視点が無い、もしくは足りていない。どちらでもよいが自分の作った物の価値を理解しきれていないと言われてしまった。
だから自分で最大限の要求だと思っても全然そんな事なかったりするのだ。
とはいえそういうものは商人かそういう目線で世間を見ていないと培われないもので僕が気にするような事ではないそうだ。
ワーゲンさんとの話の後日、アイネを誘ってアールスの小母さんと一緒に壁の外へ向かった。
なぜ壁の外まで行くのかというと、壁の中だと気球の存在を隠しきれないからだ。
ワーゲン商会は公開の直前まで気球の事を世間から隠したいらしく、人目がつかないように壁の外に拠点を作りそこで実験を繰り返しているそうだ。
ライチーがいればわざわざ壁の外まで行かなくても済んだのだけど。
ようやく気球に乗れるとあってアイネは朝から落ち着かない様子で気球の姿を見ると一目散に駆け出した。
そして、商会の人達の手を借り気球に乗って空を飛ぶとアイネは初めての空中遊覧に喝采の声を上げた。
うるさく騒ぐアイネに対し僕は久々に遠くまで見える景色をしばらくの間見入る事にした。
こうやって高い所から地上を見渡すと遠い所までやってきたと感慨深くなり過ぎ去った過去の事を思い起こさせる。
そうやって物思いにふけている最中にアイネが僕を揺すって来た。
どうしたのかと聞くと目を輝かせながら降りたいと言ってきた。
もう飽きたのかと聞くとそうではなく地面を目一杯走りたいと言った。
どうやら世界の広さに感動してその広さを身体で実感したいのだそうだ。
仕方ないな、と思いつつ苦笑し気球の操縦士である精霊術士さんに声をかけて地面に降ろしてもらうように頼んだ。
精霊術士さんもアイネの様子に思う所があるのか苦笑しつつも頷いてくれた。
この日からしばらくの間気球の話題がアイネの口から出ない日はなかった。




