閑話 一方その頃の その5
「レ、レナっ! 声大きいよ!」
「レナスちゃん落ち着いて?」
アールスがレナスの身体を揺らすと少しは落ち着いたのか両手はだらりを下がり、アールスに促されるまま再び椅子に腰を下ろした。
「す、すみません……す、少し取り乱しました」
少しは落ち着いた、とささやく様に続けたがレナスの白い肌も赤くなっていて興奮は冷めていないようだ。
「ごめんねレナ……言わない方が良かったかな」
「いえ、そんな事は……ただ、その……ふ、二人が恋人同士になったと聞いて、その……驚いしまって。そ、それに手を繋ぐ以上の事をしているなんて……」
「レナスちゃんってこういう事耐性無いの?」
アールスはレナスではなく私に視線を向けて聞いてきた。
「無いわよ。恋愛小説とか読んだらナギがいないと落ち着いて眠れないくらい興奮するのよレナスは」
「興奮って言わないでください! 人聞きの悪い!」
「そ、そうなんだ」
「ちなみに接吻の場面とかはほとんど読み飛ばしてるわよ」
「ええ……」
「サラサさん! わ、私はきちんと読んでますから!」
「あら、ごめんなさい」
レナスはナギに色々しているくせにどうしてこう恋話となったら動揺するのか。
ナギがいれば平静はとりつくろえるというのに。つくづくナギがいない事が悔やまれる。
「でもさ、ナギだって女の子好きなんだしそんなに驚くような事でもないよね」
アールスはすっかり気を取り直したようで少し冷めかかっているお茶を口元に運ぶ。
そして、口に含んだ所で周りの空気にようやく気が付いた。
「あ、あれ? 二人ともどうしたの?」
急に神妙な顔つきになったベルナデットとローランズ。
「ナギさんもそうだったんだ……」
「確かに思い当たる節が……」
「あ、あれぇ? 二人とも知らなかったの?」
「ナギさんは別に公言している訳ではありませんから……」
ベルナデットとローランズの視線がレナスに移る。
「もしかしてナギさんの相手って……」
「レナ……?」
「違いますよ」
「ほんとーに?」
「本当です。私がナギさんとだなんてそんな恐れ多い……」
本当に恐れ多いと考えているようで先ほどまで赤かった顔が一気に普段通りの白い肌に戻った。
「ナギさんは私の命の恩人です。私はただナギさんの力になれればそれで十分なんです」
見た目穏やかな雰囲気で祈る様に両手を胸の前で組みレナスは言うが色々やっておいてどの口が言うのか。ナギの胸を鷲掴みにしてもみながら寝ていた事を私は忘れていない。
「う~ん……そっかぁ、ナギさんがねぇ。女の子が好きになるきっかけとかあったのかな」
「ナギさんの性的指向は物心ついた頃からだと聞いています。恐らくそういう風に生まれてしまったのでしょう」
レナスは真実を知ってはいるが二人に話す気はないようで上手く誤魔化している。
レナスの言葉にベルナデットとローランズはそういうものかといいたげな表情になった。
「でもそっか女の子同士か……そういうのもあるんだね。ちなみに二人が付きあうきっかけは何だったの?」
アールスがそう聞くとローランズはバッと音が出そうな勢いで顔を逸らし、ベルナデットが苦笑を浮かべ答える。
「あーうん……私がね、職場の男の子に告白されて、その事をフィアに相談したら逆に告白されたんだ。それで……まぁ色々あってフィアの告白を受ける事にしたんだ」
「そ、そうなんです……告白されたって聞いて焦って……」
「へぇ、フィラーナちゃんから告白したんだ。いつからマリアベルちゃんの事好きになったの?」
「それはその……気づいていたらというか……王都に着く頃には……」
「へー! 聞きたいなぁ。っていうか大丈夫なの? フィラーナちゃんの実家って大きいから結婚とかさせられちゃうんじゃない?」
「あっ、それは……元々私には上と下に何人も兄弟がいて親族も多いんです。それでめぼしい所とは全て婚約が決まってはいるんですけど……私の世代だけぽっかりと穴が開いたように歳の合う目ぼしい異性がいなくて婚約の話が無かったんです。
それで学校を卒業した後お父様と相談をして、商会を手伝う代わりに自由に相手を決めていいと言われているんです」
「お父さん達には二人の仲は話してあるの?」
「一応は。外聞が悪いので公言せずにしっかりと業績を残せれば認めてくれると」
「条件付きとはいえ認めては貰ったんだ。良かったじゃん」
「はい。ですから頑張らないと」
「ベル、で、でででデートはどこに行ってるんですか?」
「えっとね、前の休みにはお芝居観に行ったよ。いつも決まった場所って言うのはないけど、話題の場所があったらそこに行くかな」
「その話題の場所とはどうやって情報を得るんですか?」
「フィアが色んな所から仕入れて来るんだ。働いてるお店の同僚とかお客さんからとか。後、新聞からも情報集めてるみたい」
「新聞?」
「ほら、大きな事件とか事故とか起こった時に広報誌が配られるじゃん。
新聞紙はもっと規模の小さい、街で起こった出来事とかを紙にまとめて毎日売り出してるの」
「毎日ですか? それだと余り数を作れなさそうですが」
「うん。だから今はまだ高くてお金持ちしか毎日購入するなんて出来ないよ」
「それにしても毎日情報をまとめそれを紙に印刷するだなんて、魔法があるとはいえ手間がかかっているでしょうに」
「なんか東の方から機械っていうのが伝わってきて効率化が進んだらしいよ?」
「へぇ、一度読んでみたいですね。おいくらなんですか?」
「一部で銀貨一枚。興味があるなら今この部屋にあるから読んでみる?」
「お願いします」
恋話をしようとしていたレナス達の話はどんどん変な方向へ行ってしまっている。きっとレナスは根が真面目だから真面目な方向に話を持って行ってしまうのだろう。
部屋の隅の棚の上に置かれた紙の束をベルナデットが取ってレナスに渡される。
受け取った新聞とやらは複数枚重ねられ折られてまとめてあるようだ。
「新聞紙の数え方は三枚で一部。それはここ一週間の新聞紙をまとめた物だよ」
レナスが読んでいる所を私ものぞき見させてもらう。
どうやら街で起こった事件や事故以外にも国の政治に携わっている人達に話を聞きそれを載せている。
いや、他にも流行っている食事処の情報や流行りの服装の情報なんかも載っているみたいだ。どちらも上流階級向けの情報だが。
「なるほどこうやって街の時事を把握するのですね」
「そうみたいだよ」
「紙の質はそれほど良くないようですが文字がにじんでいませんね。インクは高価な物を使っているのでしょうか?
紙の質を下げてインクは大量に購入し値段を下げているんでしょうね。
それでも一部で銀貨一枚ですか。販売価格が下がれば多くの人が楽しめるのですが……」
「印刷するのにも限界あるみたいだから仕方ないよ」
新聞を読み終えた後レナスは惜しそうにバサッと音を立てて新聞を元通りに折り畳んだ。
「単純に機械を増やせばその分数が刷れて値段も下がると思うのですが」
「新聞紙を刷っている機械は高いらしいですからね。東の国々から輸入するとなると金貨千枚はかかるそうですし、仕組みを解明して作り出すのもまだ時間がかかると思いますよ」
アールスと話をしていたローランズが口を挟んでくる。
「う~ん。どうせなら商売をしている人達からお金を集めてもらうってのはどうかな?
集まったお金で新しい機械を買うなり開発費に使うなりすればあっという間に広がりそうだよね」
アールスも興味があるのかいつの間にかレナスが机の上に置いた新聞紙を取って読んでいる。
アールスの言葉に目を光らせたのはローランズだった。
「集めると言っても名目は?」
「お店の宣伝文を載せるから宣伝料を払ってくれ~でいいんじゃない?
ちょっと読んでみた所じゃ高級店の事とかも書いてあるし載せる内容としては問題ないよね。
あっ、それとついでに利用する層によって一枚の紙に載せるお店を変えるってのもいいかも。
上流層なら高級店を、中流層ならちょっと高めのお店で下流層なら庶民になじみやすいお店とかどうかな?
まぁ今の値段じゃ中流層以下を狙うのはちょっと無理かな。もうちょっと新聞が普及してからじゃないと」
「なるほど……お店の宣伝に利用するですか。確かにそれなら読む人が増えれば興味を持ってお客が増えるかもしれませんね。
でも高級店は伝聞で伝わり切っている事が多いですからあまり効果が無いかも……いえ、それだったら一段格が下がるお店を標的にすれば……」
しばらくの間ぶつぶつと独り言をつぶやくローランズ。
そして突然顔を上げアールスに視線を合わせる。
「アールスさん。今の着想使わせてもらってもいいですか?」
「ワーゲン商会も一枚噛ませてくれるなら」
「もちろんです。今話題のワーゲン商会に声を掛けないなんてしません」
「お爺ちゃんによろしくね」
難しい話が終わるとアールスは窓の方を向いた。
「影が短くなってきたね。今何時くらいだろ」
アールスがそう言うとローランズは服の物入れから手の平大の大きさの円形の物体を取り出した。
どうやら懐中時計のようだ。
「もうそろそろ正午ですね。昼食は連絡した通りこちらで用意していますから食べて行ってください。ベル、仕込みは終わってるんですよね?」
「うん。後は盛り付けるだけ。もうお昼にする?」
「そうしましょう。二人共、食堂へ案内しますね」
「ありがと」
「ベルのお料理は久しぶりですね。楽しみです!」
「うん。あれから腕は上がってるからね。がっかりはさせないよ!」
「ふふっ、楽しみにしています」
そして、椅子から腰を上げ、あれやこれやとにこやかに話をしながら私達は部屋を後にした。
夕暮れ時、屋敷を出た後の帰り道。
「それにしてもあの二人が恋人同士になるとは思わなかったわね」
王都で会った時も私は彼女達とはあまり話さずはたから見ていただけだったけれど、恋人同士になるなんて当時は考えもしなかった。
「そうですね。私も驚きました」
「でもレナスは意外なくらい驚いていたわね。そんなに友達同士がくっついたのが意外だったの?」
レナスはあの二人とは付き合いが長い。そんなレナスでも大声を上げて驚くほど意外だったのか。
「それもありますが、やはり女性同士というのが……そういう世界もあるんだなと再認識させられたというか……」
「アールスも言っていたけれどナギがいるんだからそんなに驚く事じゃないでしょうに」
「何を言っているんですか。ナギさんは男性じゃないですか」
ナギの事を男だと断言するレナスの瞳はナギの言葉を一欠けらも疑っていないのだと気づかせる。
身体は女性だとか一切考慮していないのだろう。
レナスにとっては心の方が大切という事なのかもしれない。
ナギのような性格の男性がいれば、レナスはその人を選ぶのだろうか?
いや、ナギに対する想いは命の恩人である事が大部分を占めているように思える。
きっとナギに似た性格の男に会ってもなびかないんじゃないかと思う。
もしそうならレナスの子供を見れる日は来そうにない。




