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帰ってきました

 帰りの馬車も村から出す事になっている。御者は畑の種植えの仕事が終わったお父さんだ。

 馬車の幌の中にいるのはワンダー親子にグリヤ。僕はまだ乗り込んでいない。


「ナギねーちゃん。秋も帰ってくる?」

「うん。今年は帰ろうと思ってるよ」

「ぴー」


 アイネが名残惜しそうにナスの手を握っている。


「ナス、あたしの事忘れないでよ」

「ぴー!」

「また秋ね……」


 アイネがゆっくりと手を放す。

 別れる前にナスはアイネの頬に自分の頬を合わせて頬ずりをした。

 出会って一ヵ月も経っていないけれど、二人はもはや親友同士と呼べるほどに仲が良くなったのではないだろうか。


「ぴー」


 あばよ、とアイネに背を向ける。

 ナスは馬車には乗らず並走する予定だ。これは馬車が狭くなるっていうのもあるけれど、一番の理由はナスの額にある角が原因だ。何かのきっかけでナスの角が幌に穴を開けたり人を突かないようにするためだ。

 理由をしっかりと説明するとナスは快く受けてくれた。賢いうえに優しい仔だ。

 スタミナは休暇中に確認済みだし、ナスも行けるって自信満々だ。

 僕はちゃんと幌の中に入りアールスの隣に座る。アールスが酔いにくいように話しかけないとね。もっとも、小母さんもいるから少しは楽かもしれないけど。

 馬車が動き出すと後ろからナスが走って追いかけてくる。本当に付いてきてるよ。


「アールス、ナスが走ってるよ」

「うん。かわいいね」


 ナスが走っているのを眺めつつアールスとグリヤも混じって話をして時間を潰す。

 時間が経つのはあっという間だった。途中アールスが気持ち悪くなり小母さんに抱き着いた以外は特に問題も起きずグランエルの検問所に着いた。

 ナスについてはすでに手紙を送り、村にやって来た検査官から通行許可の書類と、その証であるメダルの付いた首輪をもらいナスの首に着けている。

 何事もなく検問所を抜けるともう見慣れた街並みが広がっていた。


「さて、このまま寮の前まででいいんだな?ハーリン」

「はい。お願いします」


 小母さんは寮の前まで一緒に来るようだ。

 南通りを抜けて北の大通りまで行く間にナスは人の視線に晒される事になったけど、本人はどこ吹く風といった様子だ。

 この街で暮らす事になるんだから今のうちに慣れておかないとね。ナスはすでに覚悟している。街の事を伝えた時だって任せておけと男前に言っていた。

 寮の前に着くと僕達は荷物を持ち馬車から降りた。


「ナス、お疲れ様」

「ぴー!」


 まだまだ余裕らしい。

 アールスは小母さんに手を引かれて降りてくる。グリヤは二人の後に続いて降りてくる。

 僕は馬車の前、御者台に近寄りお父さんに話しかけた。


「お父さん。気をつけて帰ってね」

「ああ。アリスも元気でな」


 別れを済ませるとお父さんは馬車をUターンさせ来た道を戻って行き、僕はアールスの近くに戻る。

 グリヤは今年から男子寮だからここで別れる事になる。グリヤは別れの挨拶をした後目の前の寮に入って行った。

 アールスはもう顔色はよくなっているけどまだ小母さんと手を繋いでいる。どうやら下級生用の寮の前まで一緒に行くみたいだ。


「ところでナスはどこで暮らすの?」

「学校の飼育小屋に決まってるよ。ほら、馬とかがいる所」


 検査官の人達からナスの住む場所はあらかじめ聞いていた。僕がお世話するのは前提で学校から飼育小屋を貸してくれる事になったそうだ。

 僕は寮に戻る前に飼育小屋の方に顔を出す予定なんだけれども。


「アールス、寮に着いたらフェアチャイルドさん呼んできてくれる?ナスを紹介したいんだ」

「うん。いいよ荷物は大丈夫?」

「あー、着替えだけ持って行ってくれる?」

「うん。いいよ」


 寮の前に着き小母さんと別れると、僕の着替えの入った荷物を受け取りアールスは寮の中へ入って行った。

 そして、アールスはすぐにフェアチャイルドさんを連れて来てくれた。

 外に出て来てナスを見たフェアチャイルドさんから小さな悲鳴が聞こえてきた。


「えと、フェアチャイルドさん。ただいま」

「おかえり、なさい……あの、その大きなのは」


 フェアチャイルドさんは怯えた目でナスを見ている。

 不味い。フェアチャイルドさん魔獣嫌いなのかな?


「あー、えーと、この子はナスって言って、村で会って友達になったんだ。ね?ナス」

「ぴー!」

「そう……ですか」


 ああ、フェアチャイルドさんが引いている。


「えとえと、こ、これからナスは学校の飼育小屋で暮らす事になってて、僕がお世話する事になってるんだ。い、一応紹介しておこうと思って」

「レナスちゃんって動物嫌いだっけ?」

「嫌い……というか怖いです」

「ぴぃ……」


 ナスの耳が垂れてしまっている。


「ナスかわいいのにー」


 アールスがナスを撫でる事によってナスの耳が少しだけ元気を取り戻した。

 それにしてもフェアチャイルドさんが動物苦手だったとは……。


「ごめんねフェアチャイルドさん。動物苦手なのにわざわざ来てもらって」

「……」

「じゃあ僕はナスを飼育小屋に連れて行くから」


 そう言って僕はまだ耳が張っていないナスを連れてその場を離れた。




 飼育小屋は前世の世界の小学校にあった兎小屋に似ていた。大きさは兎小屋よりも数倍大きいけれど。

 ただ大きさ以外に兎小屋と違う点があるとしたら金網が太い鉄の棒でバツの字に溶接されて出来ているという点だろうか。隙間も大きいしこれはもう金網じゃなくて鉄格子だね。

 藁みたいな物は敷かれておらず地面が剥き出しになっている。藁とかは自分で用意しろという事か。

 これ元々は何が入ってたんだろう? ……考えても仕方ない事か。


「ナス、寒さとか大丈夫かな?」

「ぴー」


 問題はなさそうだ。そりゃ元は野生で暮らしてたんだし大丈夫に決まってるか。幸いこの辺は雪が降るほど寒くはならないしね。

 でも念の為に寝床になるような物は速めに確保しておきたいな。

 でもそういう物ってどこで手に入るだろう。安く済ませるなら布を大量に買うのがいいのかな?

 いや、それよりも先生に聞いて藁を売ってる場所を聞いた方がいいかな?

 ……藁? 藁でいいんだよね? この世界でも。

 まぁ自動翻訳あるし大丈夫か。


「じゃあナス。中に入ってて待っててくれる? 僕ちょっと先生に聞きたい事あるんだ」

「ぴー」

「おっと。その前に」


 ここに来る前に予め先生から借りていた鍵で小屋の扉を開けてナスと一緒に中に入る。

 地面にナスの名前の書かれた木で出来たボウル型の食器を置き、皮の水筒の中身を食器に移す。

 これは今朝お母さんが用意してくれたマナポーションだ。

 僕も青いマナポーションは作れるようになったけど、まだ造りが荒いらしくナスはお母さんの作った物の方が好きらしい。


「ナス、お疲れ様」

「ぴー」


 休憩を挟んだとはいえ五時間程の道程を走っていたのにナスには疲れている様子がない。

 マナポーションを飲んでいるナスの頭を撫でた後僕は小屋から出て、しっかり鍵をかけた後校舎にある職員室へ向かった。


「あ、ナギさん」


 校舎に入る途中、声をかけてきたのはラット君だった。補講でもあったのだろうか? でもラット君て補講受けてたっけ?


「ラット君。ただいま」

「おかえり。あの……アールスさん、どうだった?」

「うん。もう大丈夫だと思うよ」

「そっか。それはよかった」


 ラット君は胸を撫で下ろしホッと息を吐いた。


「そうだ、ラット君に紹介しておきたい仔がいるんだ」

「紹介?」

「うん。今日この後時間あるかな?」

「うん。あるよ」

「じゃあ僕はまず先生の所に行くんだけど、待っててくれる?」

「大丈夫だよ」

「ありがとう……後、カイル君って今日学校に来てる?」

「それは分からない」

「そっか。じゃあもし会ったら紹介したい子がいるって伝えておいてもらえる?」

「うん。いいよ」

「じゃあちょっと待っててね」


 職員室に行き先生に藁のような物がないかを聞くと、どうやら馬小屋に貯められている藁を使ってもいいらしい。

 早速ラット君の所に戻るとカイル君の姿はなかった。仕方ない。カイル君に紹介するのは学校の始まる明日からだ。


「お待たせ。行こうか」


 ラット君が頷く。

 お互いに休暇中にあった事を簡単に話しながら飼育小屋へ向かった。


「うわぁ!? この仔ナビィ?」

「うん。そうだよ」


 ラット君は興奮した様子でナスを見つめている。


「ナスって言うんだ。ナス、この子が友達のラット君だよ」

「ぴー」


 ナスが鉄格子の隙間に鼻と口を押し当てている。


「おっきいなぁ。ナビィってこんなに大きいんだ。角も大き……あれ? ナビィに角なんてあったっけ?」

「この仔は魔獣なんだ」

「え?魔獣」


 伸ばそうとした手を慌てて引っ込めるラット君。


「怖くないよ」


 僕は見本とばかりにナスの鼻を撫でる。するとナスは怖くないよーと優しい声で鳴いた。

 ナスの気持ちが伝わったかは分からないけど、ラット君は意を決したように手を伸ばし鼻の横の方を触った。


「うわぁ~」

「いい毛並みでしょ?」

「うん」


 ラット君の顔が蕩けている。ラット君は大丈夫でよかった。


「じゃあ僕は藁を馬小屋から取ってくるから」

「あっ、手伝うよ」

「いいの?」

「どうせ帰っても暇だしね」

「そういえばラット君はどうして学校に? 補講受けてないよね?」

「依頼受けたんだ。欲しい物があってさ、その為に今貯めてるんだ」

「欲しい物って?」

「ルーペ」

「ルーペ? 虫眼鏡みたいな奴だっけ?」

「うん。ほら、僕の固有能力『鑑定』だからさ、そろそろ専門的な物を買おうと思って」


 ラット君の固有能力鑑定は物の価値や使用方法を正しく理解できるという能力だと昔聞いた。その為将来の夢は鑑定士になる事だと聞いている。


「固有能力あっても道具って必要なの?」

「精度に差がでるんだって。ほら、僕って眼鏡掛けないと視界がぼやけるけど、眼鏡さえ掛けていればはっきり見えるんだけど、それと同じような事だよ」

「どれだけ正確に物を視れるかって事か」

「うん」


 馬小屋に入ると入り口近くに藁がたくさん積みあがっていた。話をしながら藁を持ち上げる。ラット君が持つ量は僕よりも少ない。


「そんなに持てるんだ。すごいなぁ」

「鍛えてるからね」


 鍛えているからってのもあるけど、今の年齢だと男の子よりも女の子の方が早熟だから身体能力が高いと前世のネットの記事だかまとめサイトで見た事がある。

 はたしてこの世界でもそうなんだろうか?いつか僕はラット君にも力が負ける様になるのだろうか?そう思うと少し寂しく感じる。

 僕は本当は男なのにいくら頑張っても男に勝てなくなってしまうのだろうか?

 嫌でもこの身体が女の子だって思い知らされる時が来るだろう。僕は、その時が来るのが怖い。

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