閑話 一方その頃の その4
首都に戻って来た日の数日後、レナスとアールスは揃って友人二人の住んでいる場所へ出向いた。
会うのに数日かかったのは事前に連絡を取り合って都合のいい日を決めたからだ。
レナス達は冒険者という職柄自由に時間を取る事が出来るのだけど、店で働いている相手は違う。
店の定休日に合わせる為、今日まで首都に留まっていた。
本当ならもう首都を出発し王都やダイソンに寄りつつオーメストへ向かう予定だったのだけど。
二人の友人が住んでいる場所は首都の中心部に近く、高級住宅街と呼ばれる北側の地区に近く治安の良い北東の地区にある。
宿を取っていたのは首都でも南側なので歩きだと三時間はかかってしまうから馬車を利用して移動している。
ちなみにアールスの住んでいた家は普通の住宅が立ち並ぶ南地区の中でも中心地区に近い所にあり、やはり治安が良く中々いい条件の場所らしい。
馬車に揺られながら道中にある商店街にはいるとレナスが感嘆の声を上げた。
「本当に流行っているんですね……」
レナスの視線の先にあるのは垂れ幕が吊るされた小さな気球だった。
それも一つや二つではない。商店街に並ぶ店一つ一つが所有していそうな位気球が浮かんでいる。
位置の関係でそう見えるだけで実際には気球を浮かべて宣伝しているのは半数に落ちそうだが。
「流行ってるって言うか今は安全確認の実地試験中で期間と場所を決めて浮かべてるんだ。
安全だって確認が取れたら他の場所でも浮かぶようになると思うよ」
「それは、アールスさんのお爺様の発案ですか?」
「うん。お爺ちゃんが最初にやった時にさ、変な物が浮いてるって通報されちゃったんだ。
すぐに説明して誤解は解けたんだけど、商人組合の方で色々言われちゃったみたい。自分達にも気球を譲ってくれ、みたいな事ね。
お爺ちゃんはそれで商人達に小さい方の気球を売る事にしたんだ。こうなる事は予想してたみたいで準備してたんだよ。抜け目ないよね。
で、さすがに見た事も触った事もない気球をいきなり希望者全員に渡すのは心配だからっていう建前を用意して、小さな気球の宣伝目的の試験を今行ってるって訳」
「非常に儲かっていそうですね……それで、大きい方の気球は今はどうなっているんですか?」
「んー。実験はもう終わってるみたい。色んな季節で色んな天候を試して危険な状況を特定したって言ってた。
多分小さな気球が普及したら大きい方を発表するんじゃないかな」
「ああっ、ナギさんの創り出した気球がこうやって広がっていくんですね。素晴らしいです!」
目を輝かせながら祈るように手を合わせるレナス。
そんなレナスをアールスは何故か眩しそうに目を細めて見つめている。
「レナスちゃんってナギの事大好きだよね」
「はい大好きです!」
恥ずかしげもなく笑顔で答えるレナスにライチーが不機嫌そうな顔になる。
『むー。レナスー、わたしはー?』
『え? もちろん好きですよ』
『ナギとどっちの』
「ライチー、そこまでにしなさい」
マナの密度を上げライチーを核が宿っている石へ追いやる。私だけの力ではない。ディアナも力を貸してくれている。
「ごめんなさいレナス。気にしないで話を続けていいから」
「は、はい」
レナスに対して比べさせるような事を聞くのは私達の間では禁止している。
そんな事を聞いてもレナスを困らせ、無理やり聞き出したとしても自己満足としこりが残るだけだ。
禁止しているのにどうして急に聞こうとしたのか、その理由を確かめる為に私はレナス達には聞こえないようにライチーに話しかける。
「ライチー。レナスに比べさせるような事を聞いたら駄目って決めたでしょう?
それは比較対象がナギでも同じ。分かっていたはずよね?」
『だって……』
ライチーのマナが揺れ動くのを感じる。きっと拗ねているんだろう。
「ねぇライチー。ナギに嫉妬したくなる気持ちは分かるわ。でもそうやってひねくれていたらレナスとの貴重な時間を無駄にしてしまうわ。そんなの貴女も嫌でしょう?」
『うー……』
「私達精霊はただ相手の事を好きであればいいの。好きな人の事を考えその人が幸せになれるように手助けをする。
私達はそういう者でなければいけないの。好きな人を不幸にする精霊なんて百害しかないわ。
ライチーはレナスを不幸にしたい?」
『したくない……』
「なら、暗い気持ちはいつものように私達に吐き出しなさい」
『サラサ……』
「私達は同じ人を愛している同志なんだから、ね?」
『うん……』
ライチーのマナの揺れが収まっていく。どうやら落ち着いてくれたようだ。
そしてライチーの愚痴が始まった。
気が付くと、ライチーと途中から同じように吐き出し始めたディアナの二人の愚痴を聞いている間に目的地に着いていた。
馬車は高級そうな白い石で出来た一軒家の前で止まっている。ここは高級住宅街の入り口付近だ。
馬車を降りるとレナスは住所が書かれた紙を見てから周りを見回す。
私達の出番だ。
『皆さん。お願いします』
『まっかせてー!』
「ライチー。ちゃんと住所確認して」
『はーい!』
「どれどれー」
私達精霊は友人たちの住む家の住所と周辺の住所を確認し目的の家を三方向に別れて探す。
ほどなくしてディアナが家を見つけ道のりを確認した後レナス達の元へ戻り案内をする。
友人達の住んでいる家は高級住宅街の中でもこじんまりとした土地の広さと家の大きさをしている。まぁそれでも普通の人の住んでいる一軒家よりも広いのだけれど。
赤い屋根に茶色いレンガで出来た家は二階建てで大きさは都市で一般家庭が住んでいる家の大よそ二倍程度。ナギの家と比較したら八倍以上はある。
門から家までの距離はおよそ十ハトル。家の四方を囲む壁の広さは屋敷が四つ入りそうだ。
「立派なお屋敷だね~」
友人達の家の門の前までやってくるとアールスが暢気な声でそう言った。
「……本当ですね」
対してレナスは少し緊張した様子で、息を飲んでから返答した。
「レナスちゃん緊張してるの?」
「こんなに大きなお屋敷だとは思わなくて……」
「あははっ、そうだね。じゃあ手繋いでおこうか?」
「お、お願いします。アールスさんは平気なんですか?」
「え? うん。平気だよ。多分固有能力の所為かな? 私あんまり緊張しないんだ」
手を繋いできながら答えるアールスに対してレナスは首を傾げ聞き返した。
「昔はそんな事なかったですよね?」
「んー。なんていうかね、大きくになるにつれて怖い物が無くなってさ、緊張もあんまりしなくなって来たんだよね。固有能力が成長して影響が強くなってきたんだと思うよ」
「怖い物が無くなるなんて羨ましいです」
「そうかな? よく分かんないや。それより早く中に入ろ」
「あっ、そうですね。お願いします」
アールスは手慣れた様子で屋敷を囲う壁に設けられた門を開き中へ入って行く。
「アールスさんこういう所初めてではないんですか?」
「うん。ガーベラちゃん達の屋敷に遊びに行った事あるから。レナスちゃんは依頼受ける時にこういう家に入った事ない?」
「一度だけあります。去年中級の依頼を受けた時に……」
「えー? あっ、大沼地に探索に行ったっていう依頼?」
「はい。それです」
二人はお喋りをしながら屋敷の扉の前へ辿り着くと、扉に付けられている花のような金属の装飾品にぶら下がる様につけられた金属の輪っかを掴み、扉に向かって音を立てるように叩いた。
トントンという木製の扉を金属が叩く音が響く。
四回ほど打ち鳴らした後アールスは輪っかから手を離し扉から一歩下がる。
少し待っていると扉が重たい音を鳴らし開いた。
中から出て来たのは召使の格好をした女性だった。
レナス達の友人ではない。見た事のない女性だ。
アールスがここに来た目的を話し、レナスが事前に受け取っていた招待状を召使らしき女性に渡す。
女性は招待状を確認するとこの屋敷に仕える召使だと自己紹介しレナス達を中へ招き入れてくれた。
そしてそのまま居間へと案内される。
家の中は良く清掃されていて飾りの置物や床前面に敷かれている赤い絨毯、それに白い壁には汚れはどこにも見当たらない。
レナスは心なしか動きがぎこちなくなっているように見える。
楚々とした召使の後を何の感情も見せる事もなく歩いているアールスの姿になるほど彼女が言っていた恐怖を感じないというのは本当の事なのかもしれないと納得させられてしまう。
居間に着くとそこではマリアベル=ベルナデットが待ち構えていた。
前に会った時よりも背が伸び、筋肉量が増え逞しくなったように見える。
喜色を浮かべるベルナデットは駆け寄ろうとしたけれど、寸前で召使の顔を見て動きを止めて気まずそうに笑った。
この二人はどういう関係なのだろう。ベルナデットとローランズは一緒に暮らしているとは聞いているけれど、ベルナデットがどういう立場で暮らしているかまでは聞いていない。
召使は礼を取り居間を出て行く。
「久しぶりだねーマリアベルちゃんおっきくなったね」
「あっ、アールスちゃん。えっと、何年ぶりだっけ? おっきくなったのはアールスちゃんも一緒じゃん」
「六年くらいかな? 九歳の時にこっちに来たから」
「そっかぁ、もうそんなになるんだね」
しみじみとした様子で頷いた後ベルナデットはレナスの方を向いた。
「レナも久しぶりだね。二年ぶり位?」
「それくらいですね。フィアはどうしたんですか?」
「お店の勉強してる。フィアはこっちに修行しに来たからさ真面目に修行先のお店で教わった事を復習してるんだ」
「フィアらしいですね。ところでベルはこちらでは何を?」
レナスの問いにベルナデットは何故か目を逸らし頬を人差し指で掻きながら答える。
「あー……一応フィア専属の料理人って事でここで働いてる」
「一応?」
「ま、まぁそれはフィアが来てからね?」
ベルナデットは頬を赤く染めて話を打ち切り別の話題を出してきた。
なんとなくだが愛の波動を感じる。愛に生きる精霊だからこそベルナデットの表情がどのような意味を持っていたのかが分かる……気がする。
レナス達が近状を伝えあっている途中、ローランズが先ほどの召使を連れてようやくやって来た。
「お待たせしました……あれ? 座っていないんですか?」
当然だが居間には机と背もたれのある布張りの長椅子が設置してある。
だけどレナス達は話に夢中になっていて立ったままだった。
三人は照れ笑いを浮かべながらローランズに勧められるまま席に着いた。
四人が席に着き落ち着くと召使はお茶を持って来ると言い美しく礼の仕草をすると音も立てずに部屋を出て行った。
そして、ローランズからの挨拶から始まり、他愛もない世間話が続いた後、召使がお茶と茶菓子を持って来て退出した所でアールスが唐突に切り出した。
「そういえばマリアベルちゃんがフィラーナちゃんが来てから話すって言ってた事って何なの?」
アールスがそう聞くと途端にベルナデットの顔が赤く染まった。
ベルナデットの様子にローランズはいぶかしげに首を傾げアールスに問い返した。
「何の事ですか?」
「マリアベルちゃんが首都までついてきた理由。専属の料理人としてこっちに来た事にしたけど本当の理由が別にあるみたいな風に言ってたんだよ」
「あ、ああ……その事ですか」
ローランズもほんのりを頬を染める。来てる。愛の波動を感じる。
ローランズはコホンと咳ばらいをしてから真面目な表情になってレナス達に真っ直ぐ視線を向ける。
「えと、これはレナには話しておこうと思っていた事で、口外して欲しくない事なんですが……」
「あっ、私部屋の外に出てようか?」
アールスが腰を上げ中腰になった所をローランズが慌てて両手を突き出し止めた。
「い、いえっ! そこまでしていただかなくても大丈夫です。秘密にしてくれさえすれば……」
「……分かった」
ローランズの言葉にアールスは浮き上がった腰を椅子に降ろした。
二人のやり取りを何でもないかのように見ていたレナスは、出されたお茶を一口飲んでからローランズと視線を合わせる。
「それで私に話しておきたいという事とは?」
「ん……」
言いよどむローランズ。そんな彼女の様子を横目で見たベルナデットが代わりに口を開いた。
「あ、あのね、私達付き合う事になったの」
「付き合う……ですか? 何に付き合うのでしょう?」
「いや、そういう意味じゃなくてね……その、私達恋人同士になったの」
恥ずかしいのか早口だったがこの部屋にいた物は誰も聞き逃さなかっただろう。興味のなさそうなディアナとライチー以外は。
しばしの沈黙。
最初に静寂を破ったのはアールスだった。
「こ、恋人同士って……女の子同士で?」
さすがのアールスも驚いたのか視線が定まっていない。
「う、うん……」
告白をした張本人も挙動不審になり身体に震えが出ている。
ローランズに至っては顔がアップルのように真っ赤になり俯いてしまっている。
三者三様の反応を見せる中、きっと一番動揺しているのはレナスだ。
「あ、あわわわ……こ、こここ恋人ど、同士という事は、も、もしかして手、手を繋いでデートをしたりしているんですカ?」
「う、うん。まぁ……」
「手、手をつ、繋ぐなんて……はわわわ……そ、それ以上の事も……せ、接吻とか……」
「うん……」
突然レナスが椅子から立ち上がり両手で頬を挟み絶叫した。
「ふぁああ!! 女の子同士で有りなんですか!?」




