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治療士のお仕事 その2 前編

 研修の旅は特に変わった事が起こる事もなく順調に進み認め印は半分を超えた。

 ここまで半月も経っていない。僕の時とは違って順調に集まっている。

 もっとも僕達の時は途中で中断したから仕方ないのだけど。

 何事もないのはいい事だ。だけどそんな日常に不満を漏らす子もいる。


「むー。旅ってけっこー暇ー」


 アイネはつまらなさそうに唇を尖らせている。

 ぐちぐちと文句を言いながら僕の方をちらちらと見てくる。


「同じ風景ばっかだしなー。いい加減飽きたなー。やっぱこういう時はさー」

「戦わないからね?」

「……」


 僕が先手を打つとアイネは口をつぐみ頬を膨らませた。

 飽きているのは本当だろうけど、それを口実に戦おうとするのは止めて欲しい。

 朝と夜に訓練しているというのにまだ足りないのか。


「もう少しで村に着くんだから我慢してよ」

「ぴー。アイネ、暇なら僕と歌お?」


 ナスがそう言うとアイネは膨らませていた頬を萎ませた。


「むー。まぁいいけどさ」


 渋々と言った様子でアイネが頷くとナスが歌い出しアイネが続く。

 ナスは歌う時は固有能力である雷霆の力を使って歌っている。

 歌のように連続して声を出すのなら振動させる方が相性がいいのだけれど、空気を振動させる方法だと音程をすぐに変える事が出来ない。

 能力を使った発声だとナス自身の声を加工しているので、時間差が出てさらにぶつ切りになってしまうが音程は自由に変える事が出来るようだ。

 そして、なにより空気の振動では自分で歌った気にならないから能力を使っているようだ。

 

 能力を使った発声と振動での発声では声が違う。

 能力を使った声はナスのイメージが関係しているのか僕の声に似ていて、振動での声はバオウルフ様とはまた違った中性的な声になっている。

 バオウルフ様は大人の声だけどナスは子供っぽい声だ。


 一緒に歌を歌っているアイネはとても上手な歌声を披露している。

 昔からよくミリアちゃんと仲良く一緒に歌を歌っていたから歌が上手いのだこの子は。

 歌っている間に気分が乗ってきたようでさっきまでの不機嫌そうな顔はすっかりと消え去っていた。

 アイネとナスの陽気な歌につられたのか僕の腕の中で眠っていたヒビキが起き、調子を合わせて歌い出した。

 僕自身は歌う事なくみんなの歌を聴いている。


 歌を聞いていると運動がてらの偵察に出ていたゲイルとアロエが帰ってくる。

 ゲイルとアロエにはこうやって村に入る途中に馬車がすれ違わないかどうかを見て貰っている。村周辺は森や田畑があり街道を外れられない場所が多いので、馬に怯えられるアースがいるから馬車とすれ違うのはまずいのだ。

 前はナスに見て貰っていたが今はゲイルの運動がてら任せてしまっている。

 本当は魔獣が離れるのは良くないんだけど、やらせないとゲイルが身体を思いっきり動かしたいとうるさいのだ。

 一応アロエが一緒にいるから大丈夫だとは思う。

 ゲイルは一目散に僕の頭の上に乗っかってくると情報を教えてくれた。


「きー」


 すれ違いそうな馬車や動物は愚か人影もなく何の問題もないようだ。

 僕の頭の上で一息ついたゲイルは降りようとせずに他の皆に合わせて歌い出した。

 なんてのどかな光景なんだろう。このまま平和な時間が続いてほしいな。




 村の入り口には二人の男性が立っていた。

 二人の男性は僕達に気が付くと顔を見合わせた後片方が僕達に近寄ってきて、声が聞こえる位の距離で立ち止まった。


「すまない。今この村は立ち入り禁止になっているんだ」

「何かあったんですか?」

「子供達の半分と数人の大人が病気にかかっているんだ。疫病のたぐいだと思われるから村への立ち入りは禁止している」

「なるほど。都市への連絡は済んでいますか?」

「使いの者は出した。まだ帰ってきていないが今日中には帰ってくると思う」


 都市への連絡は済んでいるか。それなら問題ない。

 治療士は立ち寄った場所で疫病が流行っている可能性があったら治療出来るようになっている。

 もちろん都市への連絡は必要不可欠だ。

 ただ治療を行った後は都市から派遣される調査隊が来て調査が終わり問題が無い事を確認するまでこの村に留まる事になってしまうが。



「僕はピュアルミナの使える治療士です」

「えっ」


 そう言えばアイネには僕が治療士だという事をまだ伝えてなかったような気がする。

 アイネが驚いた声を出したので証拠となる認定証を取り出し見せた。


「うわぁ、ほんとーだ」

「す、すまない。俺も病にかかっているかもしれないから近づく事が出来ないんだ。見える位置まで来てくれないか」

「分かりました。アイネ、魔獣達と一緒に人のいない所で待っててくれるかな」

「いいよ」

「アロエは都市に行って治療士がこの村にいる事を伝えてほしいんだけど頼めるかな?」

『いいけど、私一人じゃ都市の中に入れないよ?』


 都市に張られている結界には一定量以上の魔力(マナ)と魔素がないと中に入れない効果がある。

 空気中に漂っているような魔素なら問題ないが魔素の塊である魔物は弾かれるのだ。

 そして、魔力(マナ)の塊である精霊も弾かれる。

 たとえ自分の魔力(マナ)を薄く伸ばしても核は絶対に中に入る事は出来ないし、核を置いて結界を越えた魔力(マナ)は核の制御下から離れ霧散してしまう。

 それではどうやって精霊が都市の中に入るのかというと、弾く条件がもう一つあって、それは魂を守る身体が存在するかどうかだ。

 人間や魔獣で言えば肉の身体がそうだし、精霊は核を守る為の家がそれに当たる。

 アロエの核は僕が持っている薄緑色をした水晶の塊で守っているのだが、アロエはこの水晶を自分の力では持ち歩く事が出来ない。


「大丈夫。検問所の前にいる兵士さんに事情を話せばいいから」

『分かった! じゃあ早速行ってくるね!』

「後は……ヒビキをお願いねアイネ」

「はーい」

「きゅぃ……」


 ヒビキは何やら不満そうだがアイネの腕の中に納まるとどっしりと身体を預けた。昔に比べてふてぶてしくなったなヒビキ。


「重っ! ねーちゃんいつもこんな重いヒビキを抱っこしてたの!?」

「あはは……カナデさんがいた時は交代だったんだけどね。ほら、ゲイルも降りて」

「きー」


 ミサさんは鎧を脱いでいる時以外はヒビキが拒否するので大抵は僕とカナデさんが交代で抱っこする事になっている。

 ゲイルが離れヒビキをアイネに預けた事によって手ぶらになった所で手早くアースが運んでいる荷物の中からマナポーションの入った小瓶を数本取り出す。全部は流石に重くて持っていけない。

 他にもマスクを取り出して身に着けて置く。病人の分は用意できないけどそれは仕方ない。流石に何人いるか分からない病人用のマスクを用意する余裕はないのだ。

 後の事をアイネに任せ僕は男性に近づいて証明証を見せた。

 すると男性は安心したようにため息をついた。


「あの、病人は今どんな具合ですか?」

「あっ、い、今は手の空いている物が交代でヒールをかけながら看病しています」


 男性は急に姿勢を正しかしこまった口調になった。


「そうですか。案内してくれますか?」

「はい! おい! 治療士様が来たぞ! みんなに伝えろ!」


 男性がそう叫ぶと村の入り口にいたもう一人の男性は大慌てで村の中へ走って行った。

 僕と目の前の男性も早歩きで歩き出した。




 男性に案内されたのは教会の居住区だった。

 廊下を慌ただしく駆けていた女性が僕に気が付き不思議そうな顔をする。

 僕を案内した男性が僕が治療士だという事を告げると女性は疲れた表情を一変させ喜色をあらわにした。

 すぐに子供達の所にと言うので僕は頷き返した。

 どうやら一人症状が重く大変弱っている子がいるらしい。

 その子供がいる部屋に案内された僕は早速その子に対してピュアルミナをかける。

 子供は三歳くらいの男の子で顔が真っ赤に染まって冬だと言うのに汗が止まらなくなっている。

 僕が来なかったら明日を迎えられたか怪しいくらいだ。

 身体の中の悪い物が存在する場所を示す黒い靄は体中にあるが主に腹部に濃く集まっている。

 果たして原因は何なのか。

 近くにいる人にヒールをかけ続けてくれるように頼む。


「大丈夫だよ。すぐに治るよ。今まで頑張ったね」


 そう声をかけると男の子の苦悶の顔は少し和らいだように見えた。

 そして、ヒールを使ってくれている人に症状は調べたのか問うと、すでに神聖魔法を使い症状は調べ終わっているようだった。

 詳しい症状を説明されたが別に医学を嗜んでいる訳ではないので聞いても原因までは分からない。

 少なくとも今回の病気に大きな寄生虫は関係ないと思われる。

 虫などの異物もピュアルミナで消せるのだが、その場合は黒い靄ではなく黒い塊が見える。今回は靄だけなので大きな異物はないだろう。もちろん靄と見間違うほど小さく数の多い寄生虫という可能性は大いにある。

 原因が分からなくても治療できるって言うのも便利すぎる気もするけど……でも問答無用で治す代わりに予防策や対処法を知る事が出来ないから一長一短だろうか。


 治療を続けながら僕は教会の責任者である神父やシスターの姿が無い事に疑問を持ちその事を聞いてみるとどうやらこの村には神父しかおらず、今は徹夜明けの休養を取っているようだ。

 とりあえず部屋の中にいる手の空いている人にマナポーションを作れる人と豊穣の春ハーベスト・スプリングを使える人を呼んでくるように頼む。

 黒い靄が消える頃にはマナポーションを作れる人が教会の礼拝堂に集まったという連絡を貰えた。

 その人達にはいざという時の為に交代で教会に待機して貰うように頼み、先に持って来ていたマナポーションを飲んで魔力(マナ)を回復させる。


 とにかく治すのは体力の少ない子供から。

 大人は今の所症状が腹痛と身体全体の倦怠感だけらしいので余裕があるうちは後回しだ。

 子供は最初の男の子を入れて五人いる。

 寝込んでいる大人は三人いて全員女性だけど、身体に不調を訴えているのは十人いる。

 全員子供の看護をしているうちに身体の異変に気が付いたらしく、疫病ではないかと疑い都市に連絡を取ったらしい。

 一番最初に病気にかかったと思われるのが最初に治療した男の子で、五日前に腹痛を起こし親に報告し倒れたらしい。

 他の子供四人も一日遅れて不調を両親に訴えた。

 五人の関係は良く遊ぶ子供達で歳の差は最初に治療した子が若く三歳。一つ上の四歳が三人で残りの一人は六歳だ。

 何か悪い物でも口に入れたのかと大人達は最初は疑っていたらしいが、子供達の親……母親三人が子供達と同じ症状が出た事によって疫病の疑いが出た。

 すぐに病気の八人と身体の不調を感じた人達は教会に隔離されて今にいたるそうだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] どちらか一回:ピュアルミナを使う その子供がいる部屋に案内された僕は早速その子に対してピュアルミナをかける。  子供は三歳くらいの男の子で顔が真っ赤に染まって冬だと言うのに汗が止まらな…
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