閑話 一方その頃の その2
アールスを交えた朝の訓練を終えたレナス達は宿のお風呂で汗を洗い流した後ミサとは別れて冒険者組合へ向かった。
冒険者組合までの道中レナスとアールスは浮かれた様子で仲良く手を繋ぎ楽しそうに話をしていた。
組合の中に入っても二人は手を繋いだまま受付へ向かう。
……私も手を繋ぎたい。
だけど今は駄目だ。他の子達がいない今私だけがいい思いをするわけにはいかない。
二人が手続きを済ませると早速首都を出る事になった。
食料などは非常食も含め先日の内に準備を済ませてある。
忘れ物は無いかと二人に尋ねると慌てて荷物袋の中を確かめ初め、確認し終わると忘れ物は無いと言い切った。
「そう言えばレナスちゃんはその抱き枕持ち歩くの?」
「はい。ナギさんが私に作ってくれた物ですから」
レナスは得意気な表情で頷く。
レナスの背中には荷物袋の上に毛布や敷き布が巻き付けられたナギが昔作った抱き枕がある。ミサに預かって貰ってもいいだろうに、抱き枕を大事にしているレナスは置いていくという発想はないようだ。
そもそも邪魔になるからとナギが出してきた預かるという提案も蹴って持ってきたのだ。余程愛着があるんだろう。
「ナギの手作りの贈り物かー。いいなー」
「アールスさんもナギさんに何か作って貰いますか?」
「んー。それは別にいいかな? 毎年誕生日に贈り物貰ってるし」
そう言ってアールスは自分の長い髪をうなじの辺りで二つに分けてまとめている髪飾りを触った。
その髪飾りには見覚えがある。今年の誕生日の贈り物にとナギが装飾屋で一人で選んで買った物だ。
本当ナギはまめだ。誕生日の度に仲間皆に贈り物をして祝うのだから。
誕生日を祝うって言うのはよくあるけど贈り物をするというのは聞いた事がない。そういう風習がグランエルにあるのかとレナスに聞いてみた事があるが、ナギの友人達だけが贈り合っているようだ。
私達精霊もレナスの誕生日に何か贈りたいとは思ったのだけど、生憎と私達はお金を持っていない。
美しい宝石又は原石を探そうにも埋まっている場所に当てはない。宝石の原石が取れるっていう山まで行けば探せるのかもしれないけど、さすがに遠くて長期間レナスの傍を離れる訳にはいかない。
何がいい贈り物は無いかとナギに相談して帰ってきた答えがそれなら歌を送ればいいと助言してくれた。
レナスの誕生を喜び祝福する、そんな歌を贈ればいい。そう言ってくれた途端に私の中にレナスに対する様々な言葉が産まれた。
いや、私だけじゃない。ディアナもライチーも皆の中にレナスに伝えたい言葉が溢れてしまった。
ナギは何て素晴らしい事を教えてくれたのか。
そう言えば人間の詩人は自分の心の中にある感情を詩にすると聞いた事がある。それを聞いた時はいまいち理解できなかったけれど、ナギの助言を聞いて完全に理解する事が出来た。
ただ、最初に贈った時はやり過ぎてしまったのかレナスは顔を真っ赤にして歌うのをやめるようにと懇願されてしまった。
落ち込んだ私達をナギはすぐに助けてくれた。
その次の誕生日に贈る歌はナギの監修の元どうにかレナスに受け入れてもらえる物に仕上がった。
歌を受け取って貰えたあの時は私達三人は喜び合って夜中だと言うのにうるさくしてまたレナスに怒られてしまったのもいい思い出だ。
意識をレナス達に戻すと二人は歩きながらまだナギからの贈り物の話で盛り上がっている。
組合から壁の向こうにある町まで行くのにレナスの脚では休憩込みで八時間はかかる。今からだと夕暮れ時になる。
なのに話しながらのゆっくりの速度で大丈夫だろうか?
「レナス、ゆっくりだけれどいいの? 今の速度だと壁を抜けるまでに暗くなってしまうわ」
「あっ、そうですね。サラサさんありがとうございます。アールスさん急ぎましょう」
「そ、そうだね。急がなくちゃ!」
アールスは慌てた様子で手を繋いだまま走りだそうとしたので目の前に立ち止めた。
「あら駄目よ走っちゃ。レナスは貴方ほど早くないし体力もないわ。
それに走らなくても大丈夫。レナスの歩調に合わせれば問題ない……でしょ? レナス」
「もちろんです。私歩き慣れていますから時間管理はきちんとできます」
それにしてはゆっくりだったけれど。
クスリと笑いたくなるけれど表情には出さないでおいた。
「そうなんだ。じゃあレナスちゃんに合わせるね」
アールスは再びレナスの横に並び歩調を合わせて歩き出す。
そして、レナスは早足で歩き出した。
そのままの速度で居住区を出て倉庫街も通り抜けると検問所まで続く街道にある茶店に入って休憩を取った。
十分ほどでお店を出てまた早歩きで歩き出す。
そして、途中で昼食を取ったり休憩を挟んだりしながら歩く事およそ六時間で首都を囲む壁のような要塞にある検問所に着く事が出来た。
アールスはレナスから手を離し首都の方を向く。そしてそのまま何も言わないまましばらく見つめた後呟くように言った。
「やっぱり泣けない、か……」
精霊である私だから聞き取れたがきっとレナスには聞こえないだろうと思われるくらい小さな声。
それに対して変な事を呟く物だと私は首を傾げた。
泣けないからなんだというのだろう?
レナスも首都の方を見ているのでアールスの悲しげな表情に気づいた様子はない。
アールスは悲しそうな顔をすぐに切り替えて再びレナスと手を繋いで検問所の方へ歩いて行った。
そして、検問を終え長い長い穴を通り抜けるとレナスは握り合っていた手を離し大きく腕を広げ深呼吸をした。
「んー。やっぱり穴の中は少し息苦しいですね」
「あははっ、そうだねー。なんだか外に出たら楽になった気がする」
外はすでに薄暗くなっている。街道には明かりはなく歩いている人はいないようだ。
予定では暗くなる前に野営をする手はずになっている。
近くの野営地にマナを広げ確認してみると馬車を持った行商人らしき人間達が何組もいてレナス達が野営するほどの空き地がなさそうだ。
その事を伝えるとレナスはもっと先にある野営地まで行く事を決めた。
距離的には普通に歩いていくと日が落ちる方が早いかどうかという距離だから問題はない。
アールスが魔法を使って光を生み出し道を照らす。
今度は手は繋がずにアールスは周囲に目を配り自分のマナを広げ警戒しだした。
もちろん私もすでに周囲を索敵し警戒している。
近くの木陰に怪しい影はない。
道の先にも怪しい人はいない。
何も問題ない事をレナスに伝えながら薄暗くなった道を往く。
レナスはレナスで今夜の野営の手順をぶつぶつと確認の為に呟いている。
そして聞きたい事が出来たのかアールスに話しかけた。
「アールスさん。野営についてなんですけど」
「うん」
「アールスさんの精霊魔法で小屋を作れますか?」
「う~ん。ちょっと無理かな。シェリルの魔法にはそういう物は無いから。
私自身の魔法で作るって言うのも無理かな。やった事ないから強度が心配」
「なるほど。じゃあ今日は普通に毛布にくるまって眠る事になりますね」
「レナスちゃんはそういうの慣れてるの?」
「慣れる為に野営をしていましたから。いつ必要になるか分からないから余裕のあるうちに慣れておこう、とナギさんが提案したんです」
「あははっ、さすがナギだね。抜かりない」
「ナギさんですから当然です。それよりも今晩の見張りはどうしましょう」
「二人しかいない時はどうしてるの?」
「二人の時でも交代で夜の見張りをする事になっているんですけど、そもそもサラサさんがいるから無理に見張りを立てる必要はないんです」
「あっ、そっか。ん。それだったら今日はサラサちゃんに頼んでいいんじゃないかな? 交代するのはさ、宿とかで慣れてからでも出来るじゃん」
「なるほど、慣れてからですね。分かりました。そうしましょう」
こうして今夜の野営について二人が細々とした事も話し合い決めていると目的の野営地になる場所に辿り着いた。
今度の野営地には人がおらず周辺に人間以外の生き物もいない。
私が安全の確認を完了させるとレナスは早速荷物を地面に降ろし野営の準備を始めた。
レナスは最初に荷物袋の上に丸めて運んでいた毛布と地面の温度を遮断する為の敷き布を最初に広げる。
そして、広げた敷き布の上に毛布を置き、さらにその上に抱き枕と荷物袋を置いた。
そして、荷物袋から食料の入った袋を取り出した。
アールスの方は荷物袋から調理器具や食器を取り出し、それをレナスに渡すと魔法を使い鍋を置く為の手ごろな大きさの石を数個集めた。
レナスが取り出した食材は、汁物の素と少量のお野菜とお肉だ。
汁物の素は北の方で使われるフラーチェと呼ばれる伝統的な調味料で軍でも使用されているらしい。
汁物を煮詰めた物を乾燥させ、固くしたものを一度粉砕し粉状にしてから再び纏めて固形にして作ったもので、沸かしたお湯に入れるだけで味のついた汁物に戻るのだとナギは説明していた。
お湯に入れて戻さなくても食材にかけたり少量ならそのまま食べても大丈夫らしい。
味は煮詰める前の汁物が元になっていて、上手く作れないと焦げた味がするようだ。
レナスは首都を出る前にこのフラーチェを準備していた。何せ一度粉にして再び固めた物。場所を取らない上にたいした重さもない。
作るのに手間はかかるけれどレナスが持ち運ぶ携帯食としては悪くない。
「ねぇレナスちゃん。夕食の準備始めるにはまだちょっと早いから身体でも動かさない?」
「訓練ですか? いいですよ」
「じゃあ決まりだね」
夕食を作る準備を済ませてレナスとアールスは柔軟をしっかりと行った後自分の腰に下げている武器を手に取った。
武器を手に持った二人は野営する場所から離れてから向かい合った。
アールスの強さは何度も見てきているから把握している。
普通にやったらレナスでは一分と持たない。
ミサとも模擬戦をしていたがまるで勝負になっていなかった。
動きの速いアールスにミサは終始押されていてろくに反撃する事が出来ていなかった。
ミサはナギよりも強い。同じような性質の戦い方をしていて上位互換ともいえるミサがナギよりも強いのは当然と言えるだろうけど、少し前まではナギと同等の戦いをしていたアールスが一体いつの間にこんなにも強くなったのだろう。
レナスも再会してからぐんぐん大きくなってちょっと目を離したら木のように大きくなっているのではないかと思うほどだ。
人間は本当に成長が早い。
レナスと隔絶した強さを持つアールス、普通にやったら訓練にならないけれど二人が組手をする時はいつも最初はゆっくりとした速度で行われる。
反射神経と身体能力ではアールスには絶対に追いつけないレナスだけれど、判断力や先読みの能力なら負けてはいない。
今行っているのは判断力や先読みそれに体幹を鍛える為の組手だ。
急に加速してはいけないこの組手はゆっくりとした動きで相手にどう避けるかを考えさせ、さらにその次の動作にどうつなげていくかを考える余地を与える為。
そして、ゆっくりだとどうしても無理な体勢を取った時に体勢が崩れる可能性がある。もしも体勢が崩れたらそこで終わりになる。なるべく長く続けるには体勢を崩さないように無理な動きをしない様に考える必要がある。
慣れてきたら徐々に速度を上げて行く。
そして、レナスが途中でついていけなくなってそこで終わる。
いつもの事だ。
組手を終えた二人は談笑しながら柔軟運動をまた始めた。
運動前と後にやれば疲れが取れやすくなるらしいけれど一体どんな原理なのだろう。人の身体は謎が多い。
文明がこの世界よりも発達していたらしいナギの前世の世界でも人体は分からない事が多かったようだ。人間にとって一番身近な謎は自分達の身体に違いない。
少しの休憩を取ってからレナスは私の火を使って料理を始めた。
鍋に水を満たしてからレナスが沸かし、アールスが材料を切っている。
水が煮立つとまずは固いお野菜を入れ柔らかくなるまで煮込む。
するとお湯の表面に白いかすのような物が浮いてくるのでそれを丁寧に取っていく。
お野菜がある程度柔らかくなるとお肉を入れまたかすのような物を取るのを再開させた。
どうやらかすのような物を取れば美味しくなるらしい。
取る場合と取らない場合、どれほどの味の差があるのだろう。味覚が無い私には分からない事だ。
こういう時私は人になってみたいと思う。
レナスの作る料理はどんな味なんだろう。一体どんな風に感じているのだろう。一度でいいからレナスの料理を味わってみったい。
精霊である事の方がレナスの力になれると分かっている。
分かっているけれど……どうしても考えてしまうのだ。もしも私が人だったらと。
人だったら私はアールスのようにレナスと手を繋いだり訓練をしたり料理をしたり一緒に寝る事が出来たりする。
羨ましい。本当にナギやアールスの事が羨ましい。
レナスの事を好きな気持ちは二人にだって負けていない筈なのに私は二人のようにレナスと接する事が出来ない。
私が人間だったら誰にも渡さないのに。
(サラサさん?)
不意にレナスの声が私の中に流れ込んでくる。
(何かしら?)
(要求したマナよりも多くのマナが流れ込んできましたがどうかしましたか?)
(ああ、ごめんなさい。少し考え事していたのよ。問題でも起きた?)
(いえ、何もありませんがこういう時のサラサさんはいつも何かに悩んでいますから)
ああ、レナスが私の事を心配してくれている。嬉しい。でも駄目だ。心配かけさせちゃ。
でも嬉しい。嬉しさが核に満ち溢れて今にも踊り狂いそうになる。
早く返事をしなくちゃ。レナスが余計に心配してしまう。
(大丈夫よ。ライチーの事が心配なだけ。ライチーから連絡は来ているかしら?)
はぐらかす為のだしにした事をライチーに心の中で謝っておく。
(ええ、ちょくちょく来ていますよ。やっぱり寂しいようです)
(あの子ならそうでしょうね。ディアナは?)
(相変わらず一回の連絡は長いですがライチーさんの様に頻繁に話しかけて来ることはないです)
そう言ったレナスの声はどこか寂しげだった。
ディアナはもっと素直になればいいのに。あの子は昔から遠慮がちな所があって自分の気持ちを素直に出せない所があった。
本当はレナスに甘えたいくせに自分の気持ちを抑えてレナスの事を優先させる。
私だってレナスの事が最優先だからカナデとの連絡の為に離れる事は理解出来るし同じ立場なら同じ事をする。
だけど、話をするくらいならそう邪険にはしないだろうに。レナスを寂しい思いをさせるほど話をしないなんて私には考えられない。
合流したらきちんと話さなくては。




