リュート村にて その5
オーガを倒したナスを称えお祭りの時にナビィそのものを称える事に決まったらしい事をナスと出会った次の日にお父さんから聞いた。
村ではすでにナスは有名になっている。一目見ようと家に人が代わる代わるに来て落ち着いたのはお昼過ぎだった。
お昼を食べた後僕はアールスの家に行った。
今度は扉をノックして開くのを待つ。
「どなたかしら?」
出てきたのは小母さんだった。
「あっ、もう元気になったんですか?」
「アリスちゃん……ええ、おかげさまで」
小母さんの表情は昨日までよりもさらに柔らかくなっているように見える。
「アールスは今お昼寝しているの。ごめんなさいね」
「いえ、それならまた後で来ます。失礼します」
帰ろうとすると小母さんに呼び止められた。
「待って。アールスね、笑ってくれたの。あなたのおかげよね?」
「……いえ、違います。アールスが笑ったのは、小母さんが好きで、無事でいてくれたからです。僕じゃアールスを笑顔になんてできませんでした」
「いいえ、私でも無理だった。アリスちゃんという友達がいてくれたからあの子はまた笑顔を見せてくれた」
「本当にそうなら、僕はこれ以上に嬉しい事はありません」
僕は本当にアールスを支えられたのか疑わしい。僕は一度アールスから目を逸らし続けていたのだから。
フェアチャイルドさんもアールスも僕は目を逸らしてしまった。他にも目を逸らしている事があるかもしれない。その事に気付くのが僕には怖い。僕は元来臆病者なんだ。けど、友達の瞳からもう逸らしたくない。
「これからも、アールスの友達でいてね?」
「当然です」
ずっと一緒に育ってきた妹みたいな存在だけど、友達と胸を張って言える様になろう。
新たな決意を胸に小母さんに断りを入れて僕はその場から離れた。
「あそぼー!」
「ぐえっ!!」
突然横から僕の脇腹に何かがぶつかって来た。あまりの痛みに一瞬目の前が暗くなった。
「うおぉ……」
「何してんのねーちゃん?」
痛みに悶絶してるんだよ! なんで頭からぶつかってくるわけ?
取り敢えずヒールをかけると痛みが引いていく。
「はぁ……スレーネ」
「なに?」
スレーネの頭を拳で挟みグリグリと拳を動かす。俗に言ううめぼしだ。
「いだだだだだ!!」
「さっきのはとっても痛かったよ? 人にね? 頭からぶつかるのはいけない事なんだよ? わかる?」
「わが、わがりまじだがら!」
「……で、何の用?」
拳を放すとスレーネは痛そうにこめかみを撫でてる。
「ねーちゃんと遊ぼうと思って……」
ついでに涙目にもなっている。
「遊ぶのはいいけど次からは普通に声をかけなさい。いいね?」
「うん……」
「そういえば昨日はにーちゃんって言ってたのに今日はねーちゃんなの?」
「かーちゃんがにーちゃんはねーちゃんだって言ってた」
「まぁそうなんだけどね」
「ねーちゃんはどうしてにーちゃんみたいな格好してるの?」
「こっちの方が好きだからだよ」
「ふぅん。こっちの方が動きやすいのに」
そう言うスレーネの格好は半袖でスカートの丈が膝くらいまでしかないワンピースだ。
まだちょっと半袖には早い時期なんだけど、動き回っているうちに暑くなるんだろう。
「そうなんだろうけどね」
スカートはやっぱり抵抗があるんだ。なんというか最後の一線というか。譲ったらそのままずるずると行ってしまうそうな。
「じゃあちょっと待っててね。ナス連れてくるから」
「ナス? ナスって魔獣の?」
「うん」
「強い魔物倒した奴だ!」
「そうだよー」
「すげーすげー! ねーちゃんが倒して仲間にしたんでしょ!?」
「ま、まぁね」
キラキラした目で言われると流石に恥ずかしくなってくる。僕は足早に家に帰り、ナスを連れて家を出た。
ナスを見たスレーネは恐る恐る手を伸ばしナスの角を触った。
「……」
ナスはピクピクと鼻を動かしている。初めて見る反応だけど振りほどかない辺り問題はないのかな。
「すげーでけー」
「ナス、嫌だったら言ってね? 我慢しなくていいからね?」
「ぴー」
「ねぇねぇ! どうやって倒したの?」
「えっと、魔法で」
「どんな魔法?」
さて、どこまで話そうか。フォースの事は……この村の神父さんやシスターはルゥネイト様を信奉してる。僕の魔法もルゥネイト様のだって言ってるからフォースは言わない方がいいかな。
でも、いずれ冒険者になるんだからアールスとフェアチャイルドさんには本当の事伝えておきたいな。
嘘をついた事で嫌われるかもしれないけど……一緒に冒険をしたら絶対にばれる。それだったら先に話しておいた方が傷は浅いはずだ。
ああ、でもそうなると……フェアチャイルドさんとの約束が果たせないかもしれないのか。いや、今は考えるのは止そう。
「じゃあ見せてあげようか」
「いいの!?」
「うん。ここじゃあなんだから人がもっと少ない所でね」
さすがに人通りのある場所で魔法陣を使う魔法を使うのはまずい。グランエルでは指定の場所以外で魔法陣を展開するのは禁止されている。その指定の場所でも許可が必要だ。
村ではそこら辺どうなってるんだろう? 後で確認しようか。
僕はいつもの場所に行き、適当な魔法陣を展開した。
「これをナスの隙をついて出したんだ。『ストーンレイン』」
拳大の石が地面から出てきて宙に浮かび僕の目の前で止まる。
誰もいない方向に向かって念じればその方向へ飛んで行く。魔力を開放したら石は地面へ落ちた。土の魔法は土を魔力で操作する魔法だけど、この魔法は土ではなく石を操る魔法だ。もちろん石のない所では発動しないけど、土木現場ではよく使われる魔法らしい。
「おー」
「ぴぃ?」
ナスは首を傾げ違うよ? と言ってくるがここはスルーする。
「他の魔法も見せてよ!」
「んー。どうしようかなー」
迷うそぶりを見せるけど本心では別にいいかなと思っていた。
神聖魔法以外は隠すような物ではないし、魔法の練習がてら見せても構わない。魔力はマナポーションを作る練習をしたいから残さないといけないけど。
取り敢えず僕は使える魔法を一通り見せてあげる事にした。
魔法を見せるたびにスレーネは歓喜の声をあげる。
「スレーネは魔法使いになりたいの?」
「別にそういうわけじゃないよ? あたしは走るのが好きなんだ」
「スレーネ速いもんね」
「グリヤにーちゃんにも負けなかったのにねーちゃんには負けた」
グリヤにも勝ってたんだ。五歳も年上のグリヤに勝てるってやっぱり固有能力は速さに関係する物なのかな。
「僕は魔法使ってたから。使ってなかったら負けてたよ」
「まほう? どういうの使ったの?」
「風の生活魔法だよ。僕は『ウィンド』って呼んでる。僕の背中に風を起こして追い風状態にしたんだ」
僕の説明を聞いたスレーネは口をあんぐりと開けた。
「魔法ってそんな使い方もあるんだ」
「お父さん達だって魔法を生活で使ってるじゃないか」
「あ、あたしにもそのウィンドっての教えて!」
「いいけど、追い風状態にするほど風を動かすのには多くの魔力がいるよ?」
「それでもいいから!」
「……わかった。教えてあげる。生活魔法だから簡単だよ。最初は風が吹くイメージをして『ウィンド』って唱えるんだ」
「わかった」
『ウィンド』や『アイス』は自分で名付けた名前だけどちゃんと効果はある。名前はあくまでも魔法を使うためのスイッチのような物。
鍵ではない。鍵だと鍵穴が合わないと魔法は発動しないけど生活魔法は鍵穴なんてないんだ。
魔法陣は効率よく魔法を使うための回路のような物だ。本当は魔力さえあれば魔法陣なんていらないんだ。だって全部生活魔法で再現できるから。
けど、生活魔法の『ライター』で『ファイアアロー』を再現するには数十倍の魔力を使うため燃費が悪い。
魔法陣に描かれる図形や文字をちゃんと解読すればオリジナルの魔法陣も作れるらしいけど、僕はそういう方面に興味はない。
強くなるには知った方が便利だろうけど、僕にとっては魔力操作の方が大事だ。一時的にとはいえ男に戻るためにも。
「んー、成功してるのかな? よくわかんないよ」
スレーネがいくら頑張っても今の僕は魔力を見る事が出来ないため、目で見えない風の魔法の成功の可否を確認する事は出来ない。
……魔力を繋げればいいんだけれども、この場には見る事が出来る仔がいるのだ。
「ナス。スレーネは風の魔法成功してる?」
「ぴー」
「してるって」
「そっかぁ。うー、疲れてきた」
「……ふむ。スレーネ、両手を水をすくう手にしてみて」
「え?うん」
「『クリエイトウォーター』」
まずは普通の水を出してスレーネに手をしっかりと洗わせる。
そしてもう一度クリエイトウォーターと唱え、スレーネの両手の中に魔力を混ぜるイメージで水を出してみる。
「うわっ、水色の水だ」
「水色かぁ。まだまだだな」
「何これ?」
「マナポーション。僕の腕じゃ未完成品だけど、少しは魔力回復するよ」
マナポーションって自分で飲んでも還元率が低い。自分の作った物を飲んでも作った時に消費した魔力を上回る事はない。保存できればまた別なんだろうけど、普通の水と変わらないので保存用の魔法を使わない限り長期間持たせるのは無理だ。
市販されてるのはヒールは使えるけど魔力操作が出来ない人向けで、保存が利くが値段は高くない。恐らくお店の人が片手暇に作ってるものなんじゃないだろうか。
「ありがとうねーちゃん!」
スレーネはお礼を言った後ぐいっとマナポーション(未)を飲んだ。
少しは魔力が戻ったのかスレーネの顔色が元に戻った。
「味は普通の水なんだね」
「魔力に味はないからね。……ないよね? ナス」
魔力を主食にしているらしい魔獣ならもしかして?
「ぴぃ。ぴぴぴーぴぴぴぃぴ」
「え、あるの?」
しかもお母さんの魔力はしっとりとしていて程よい甘さがあり美味しいらしい。
「ねーちゃんナスの言ってる事分かるの?」
「うんわかるよ。友達だからね!」
「ぴー!」
僕が胸を張るとナスも真似をするかのように頭を上に向けた。
「あっはははは! ナスってばそれねーちゃんの真似してるの?」
「ぴー」
こうして二人と一匹で遊んでいるとあっという間に時間が過ぎて行った。
気が付くと空が茜色に染まり始めている。
「あっ、スレーネ、僕アールスの家に行きたいんだけど一緒に行く?」
「うん行く! あっ、あたしの事アイネでいいよ」
「そう? わかったよアイネ。あっ、でも僕の事は名前じゃなくてナギで呼んでほしいな」
「なんで?」
「アリスは僕には可愛すぎるよ」
「そうかな? まぁ確かにナギねーちゃんってかわいいよりかっこいいっていう方だよね」
「え? 何? もう一度言って?」
「? ナギねーちゃんはかわいいよりかっこいいよねって」
初めて、初めて言われた。そうか、今世の僕はかっこいいんだ!前世では同級生からは何故かかわいいかわいいと言われていたけど、ふふっ、今世では僕の男らしさが滲み出てしまったかな?
「ありがとうアイネ」
「うん? よく分かんないけど……それよりさ! ナスの背中乗っていい?」
「ナスの? ナス、アイネが背中に乗りたいんだって」
「ぴー」
「いいってさ」
「わーい!」
アイネは早速ナスの背中にしがみ付いた。
たぶんこのままアールスの家に行くつもりなんだろうけど、大丈夫かな? しゅっぱーつ!」
「ぴー!」
ナビィは兎によく似た動物だ。違いと言えば大きさくらいだろうか。当然走り方もよく似ていて、跳ねる様に走る。
「ナス、ゆっくりね」
「ぴー?」
ナスは僕の言う通りゆっくりと進むが、一歩進む毎に背中に乗っているアイネが大きく揺れる。
「アイネ、舌噛まない様に口開けちゃだめだよ」
アイネはすでに手で口を押えていた。苦痛の表情を浮かべているが、それだけですんでいるのなら舌を噛み切ったという事はないだろう。
アールスの家の前に着く頃にはアイネはぐったりと僕の背中に身体を預けていた。
途中アイネは耐え切れなくなってナスから降りてしまったから、弱ったアイネを僕が背負う事になったんだ。
アールスの家の玄関の扉をノックすると中からアールスが出てきた。
「アールス。おはよう」
「おはよう……って何後ろの!?」
「ああ、アイネ、もう立てる?」
「うん……」
「いや、アイネちゃんじゃなくて……」
「わかってるよ。アールスにちゃんと紹介したくて来たんだ」
ナスを呼んで僕の隣に立ってもらう。
「この子は昨日仲間になったナスだよ」
「……昨日の、魔獣?」
「うん。ナス、この子が友達のアールスだよ」
「ぴー!」
「……かわいい」
アールスもどうやらナスの愛らしさにやられてしまったらしい。ナスを見る目が輝いている。
「触ってもいいんだよ?」
「本当?」
アールスがナスに聞くとナスはぴーと縦に頷いた。
「わー」
アールスはナスの耳元の辺りを触っている。
「ふわふわしてる」
「ぴー」
ナスは耳を動かしているけど嫌そうなそぶりは見せない。果たしてナスはどこまで許容範囲なんだろう。これも後で確かめておいた方がいいな。
「アールス」
「なぁに?」
「小母さんの様子、どう?」
「うん。元気になってた」
そう答えたアールの顔は前と同じ笑顔だった。




