はしかのようなもの
夜、アイネと一緒に魔獣といっぱい遊んだ子供達を送り届けた後村長さんの家には戻らずにアイネの家へと向かった。
アイネの家に近づくと中から食べ物のいい匂いがしてくる。
夕飯は食べて行けと言っていたから用意してくれているんだ。
まず最初にアイネが家の中に入り僕が後に続く。
「ただいまー」
「お邪魔します」
中に入るとアイネのご両親が暖かく向かえてくれた。
軽く挨拶代わりの話をした後すぐに夕食となった。
夕食の内容は豪勢な物で小母さんが腕によりをかけて作った事がうかがえる。
お肉は鳥肉ばかりだ。どうやらご両親もアイネがナビィのお肉を嫌がるようになった事は承知しているようだ。
アイネの学校での暮らしを聞きながら楽しく食事を終え食器を片付けると早速今後についての話が始まった。
アイネが冒険者になった事についてはご両親は納得している……というかアイネの戦闘狂としての気性を考えたら覚悟せざるをえなかったらしい。
ご両親もアイネの事戦闘狂って認めていたんだな。何やらアイネは未だに戦闘狂と呼ばれる事に不服のようだが。
僕は研修が終わった後の予定をご両親に伝える。
大きな目標は魔の平野を渡りエウネイラとヴェレスへ行った後全員無事にアーク王国に戻って来る事。
その為に僕らはグライオンでお金を稼ぎ魔の平野を無事に渡り切る位の実力をつける事を目標としている。
グライオンの国内にある山にはいまだに魔素が貯まり魔物が生まれ続けている洞窟が存在している。
魔物が掘り進めているのか洞窟は深いらしく魔素の根絶は難しいようだ。下手に入り口を塞ぐと全く別の場所……例えば村里近くに入り口を作られたり、魔物の無茶な掘削で山が崩れる危険性がある為攻略されていない洞窟がある山では入り口及び山の周辺に結界は張られていない。
山から下りて来る魔物を退治するのは軍の仕事だが、洞窟を攻略する為に冒険者に仕事が任されているという話をカナデさんから聞いている。
僕達はアースを連れて行けないから洞窟の中に入る予定はないが代わりに人里に近づいてくる魔物を退治する仕事を受ける事になるかもしれない。
そういう場所で実戦経験を積めたらと思っている。
そして、状況によってはグライオンからイグニティに移動す事もあるかもしれない。
イグニティに存在する山は少ないが、その代わりに海に面した国だ。塩を取る為にも海から距離を取るわけにはいかない。その為魔物からの被害も多く海側の都市では冒険者の仕事も多いようだ。
直近の目標はまず研修が終わった後は僕の用事で首都へ向かう事になる。仕事をしながらになるので到着がいつになるかは不透明だ。
それに道中もなるべくアイネの行きたい場所による予定だ。
旅の醍醐味はやはりいろんな場所を見て回れる事だ。折角旅に出るのに何も見ないで真っ直ぐ王国を出るというのももったいない。
そうやってオーメストまで行った後はアイネの冒険者登録を済ませ、そのままアイネの出国許可証を発行してもらい出国する。
グライオンに入ったら仕事を探しつつ拠点となる都市を探す予定だ。
アイネとアールスにはその拠点で階位を上げる為の依頼数をこなして貰うつもりだ。
初級の間は別行動を取る事が多いだろう。そこは我慢してもらうしかない。
期限はアイネ達が第四階位に上がる為の試験を受けられるその日まで。つまり二年後だ。
もしも昇位する事が出来なかったら魔の平野を越えるのには連れて行かない。大丈夫だとは思うけれどこれは絶対だ。
お金に関しては初級の内は共有資金にお金は入れなくていい事にしている。その変わり僕達が立て替える出国許可証の発行にかかるお金を少しずつでも返して貰う。発行にお金がかかるとはいえちゃんと計画立てて返済すれば二年もあれば余裕を持って返せる金額だ。
しかし、この出国許可証にかかる代金についてはあっさりと問題が解決した。アイネのご両親がお金を出してくれるそうだ。
「もー! あたしが自分でやるからいいって!」
だがアイネはそんなご両親に対して自分が頑張るからと反発している。
ご両親が払うという話を僕に話さなかったのは自立心からくる反抗だろう。
だけど僕としてはここはアイネに引いてほしい。
「アイネ、ここはご両親の言う通りにしておきな」
「なんで?」
「将来の事を考えて。ご両親からお金を受け取っておけば自分の稼ぎを自分の装備にかけられるんだよ?
それってアイネにとっていい事だと思わない?」
「む……それは」
「どうしても気になるって言うんならさ、向こうで贈り物を買って送ったり、帰って来てから何かするとか、アイネに余裕が出来てから恩を返せばいいんだよ」
「うー……分かった。ねーちゃんがそー言うんならそーする」
便りが無いのは良い便り、なんてことわざが前世にはあったが無事を知らせる便りを送るに越した事はないはずだ。
元々アイネにはご両親に手紙を送る様にと言おうと思っていたが、この分ならすんなりと受け入れてくれそうだ。
アイネのご両親との話が終わった後、村長さんの家に戻る道中でアイネが少し体を動かしたいと言い出した。
僕はそれを了解するとアイネは早速どこで身体を動かすかを聞いてきたが、その前に心配させないように村長さんに運動をする事を伝えに行く事をアイネに告げた。
アイネは待ちきれない様子でなら自分が言いに行くと言って駆け出してしまった。
僕はすぐに追いかけたのだけど風のような速さには敵わず追いついたのは村長さんの家の前だった。
アイネの仕事は早く追いついた頃にはすでに村長さんに話を通していた。
アロエと魔獣達にも話は通しておいて僕達は子供達がよく遊ぶ空き地へ向かった。
空地へ向かう途中でアイネに何をするのかと聞くと、まるで遊園地に連れて行ってもらえる子供のような楽し気な声で組手と元気に答えた。
空き地に着くと準備運動と柔軟を十分に行い僕達は向き合う。
今からアイネとの組手となると今日はお風呂入れないな、そう考えながら僕はアイネの初手を防いだ。
攻防を熟すうちにアイネの動きのキレと正確さが増していく。午前にやった組手の時を上回る勢いだ。
だけど不思議と負ける気はしない。
アイネの攻撃を手で弾き足で防ぎ、かわし、跳び、受け流す。
全ての動作が十全に機能する。僕はこんなにもアイネに対して余裕をもって対峙できた時があっただろうか?
午前中に組手をしたのが大きいのかもしれない。あの時に動きを見切ってしまったのか?
時間が長引くにつれてアイネの動きが速くなっていく。
「アイネ、動きが速くなってるよ。持つと思う?」
「うー!」
アイネは悔しそうに、でも嬉しさが隠しきれていない唸り声をあげ動きを抑え始める。
アイネ自身も気づいているんだ。速くしたくらいじゃ僕に勝てない事を。
このままでは無駄に体力を使ってしまう。今のアイネに必要なのは手癖のような攻撃ではなく次にどう動くかという思考。
アイネほどの戦闘好きが考えられないはずがないのだけど、少し興奮気味だからかおざなりになっている。
はっきり言って午前の方が手強かった。
僕はアイネの右のストレートを取りそのまま引きづり込んで背後を取ってから両脇の下に腕を通して拘束する。
「どうしたのアイネ? やけに興奮してるけど」
そう言うとアイネの力が少しずつ抜けていくのが分かった。
「うー……」
ある程度脱力した所で僕は拘束を解く。
拘束を解かれたアイネは僕に向き直り突然抱き着いて胸に顔を埋めてきた。
「アイネ?」
「なんか変なの。さっきからずっと体が熱いんだ」
抱き着かれて初めて気が付いた。確かに少しアイネの身体が火照っている。だけどこれは運動したからなのかどうか区別がつかない。
「具合悪いの? さっきっていつから?」
「ここに来る前辺りから。あんね、何か身体が疼くの……特にお腹の下辺り」
「え」
「ねーちゃんと戦いたくて戦いたくて仕方ないの」
そう言ってアイネは僕の背中に回していた腕に力を込めてくる。
「戦お、ねーちゃん! あたしもっともっとねーちゃんと戦いたい! あたしもっとねーちゃんの事を知りたい! ねーちゃん強くなってるもん!
戦って戦って一杯戦ってねーちゃんを感じたい!
ねーちゃんを倒したい! ねーちゃんに倒されたい!
殴って殴られて蹴って蹴られて刺して刺されて斬って斬られて壊して壊され合おうよ! 傷つけ合おうよ!
ねーちゃんにあたしの強さを教えるからさ、一杯一杯あたしにねーちゃんの強さを教えてよ!」
アイネの表情が好戦的な表情に歪む。瞳はライトの光に照らされ爛々と怪しく光り口は半開きになり今にも噛みついてきそうだ。はっきり言って怖い。
アイネの腕にさらに力がこもり鯖折りでも企んでいるのだろうか?
「まったく……仕方ないなアイネは」
こういう子だという事は知っていた。その上で僕はアイネを連れて行く事を決めたんだ。
「僕痛いの嫌いなんだけど」
僕がアイネの頭を撫でるとアイネは怖い顔が崩れ昔のようにくすぐったそうに笑う。
「あたしだって嫌いだよ。でもあたしとねーちゃんなら絶対気持ちいいよ?」
「あははっ、絶対ごめんです」
「えー」
さっきまでの邪悪で歪んだ笑みは消え去りいつもの可愛らしい顔に戻った。
しかし、この子こんなんで将来ちゃんと相手を見つけて結婚できるのだろうか? いや、今はそういうお年頃なんだ。きっとそのうち収まる。今は温かい目で見守ろう。
「実際問題として、斬ったり刺したりって言うのは駄目だからね。パーフェクトヒール使うような怪我をさせたらお金払って貰うから」
「げっ」
「分かった?」
アイネの額を人差し指の先でトンッと突くとアイネは両手で額を抑え僕から離れた。
「うー……分かった」
「うん。じゃあ再開させようか」
「うん!」
一度距離を取り構えを取ってから組手を再開させる。
落ち着いたのか今度はきちんと攻め手を組み立ててきている。
午前中の動きがどんどん改善されていく。こういう学習能力の高さが僕がアイネに絶対勝てない所だ。
僕だったら一日で改善策を出すのは難しい。
こういう事に対する応用力が無いんだ。だから毎日素振りなどの型の決まった訓練をし動きを洗練させていくしかない。
僕がアイネに勝てているのは型通りの動きを洗練させているからに過ぎない。
ほぼ決まった動きしか出来ない僕と戦ってアイネは本当に楽しいのだろうか?
……楽しいんだろうな。今のアイネはとてもいい表情をしている。
一体僕のどこにそんな楽しめる要素があるのか謎だ。なんにしてもがっかりさせないように頑張ろう。




