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絵本

 ティマイオスの話が終わりエンリエッタちゃんのこちらでの話を聞いていると気づけばいい時間になっていた。


「ああ、もうこんな時間だ」


 部屋の外、窓や扉の向こうから食事のいい匂いがしてくる。晩御飯の時間が近い証拠だ。


「もっと話したいのに……」

「明日も来るよ」

「いつまでいられるの?」

「明後日のお昼くらいかな」

「むぅ……お休みの日までいてくれればいいのに」

「ごめんね。アイネが冒険者になって僕達と一緒に行きたがってるんだ。迎えに行かないと」

「……アイネちゃんお姉ちゃんと一緒に旅するんだ」

「うん。さて、今日はもう行くね。明日も今日と同じ時間でいいのかな?」

「うん……」

「あっそうだ。新しく仲間になった魔獣がいてね、紹介したいんだけど寮の外で会えるかな?」

「それは大丈夫。近くに公園があるから寮の前で待ち合わせしよう?」

「アース目立たないかな?」

「前もって衛兵さんに言っておけば大丈夫だよ。私からも言っておく」

「そうだね……それじゃあそろそろ」

「あっ、まって」


 立ち上がろうとするとエンリエッタちゃんに腕を掴まれ止められた。


「どうしたのかな?」

「あのね……明日は私がこっちで書いた絵本を読んでほしいの」

「絵本を? もちろんいいよ。楽しみだな。今度はどんな話かな」

「えへへ、秘密」

「明日のお楽しみって訳だね」


 明日を楽しみにしながら僕は立ち上がりエンリエッタちゃんと一緒に衛兵さんの所へ行き、話を終えると今度こそエンリエッタちゃんと別れた。

 今日のエンリエッタちゃんは昔に比べて積極的になっていたな。

 昔は引っ込み思案な所があり恥ずかしがって前に出てこない所があったんだけど……いや、思い返してみれば前回会った時も積極性があったような記憶がある。

 見ないうちに見た目だけじゃなく中身も成長しているんだな、エンリエッタちゃん。




 翌日僕は午前は魔獣達を都市の外に連れて一緒に遊ぶ。

 午後になると魔獣達を再び預かり施設に一旦預け、食料などの消耗品を買いに出かける。

 荷物を倉庫に置きもう一度魔獣達を連れていく。今日はちゃんとアースも一緒だ。多少渋っていたが粘ってお願いした甲斐がありついてきてくれる事になった。

 そして約束の時間。

 寮の前で待っているとやはり注目されてしまう。

 注目されると邪魔になっていないだろうかと悶々と考えてしまう為、手を振っているエンリエッタちゃんの姿を見つた時は自然と安堵の溜息が出て来た。

 ゲイル以外の魔獣達との再会を分かち合うのは後にしてもらい、アロエとゲイルだけ簡単に紹介した後エンリエッタちゃんの案内で公園へ向かった。

 そして、公園に着くと広い空地へ移動しそこで改めて再会を喜んだ。

 特にナスは人懐こい上にエンリエッタちゃんとは付き合いが長い。


「あっ、お姉ちゃん。これが絵本だよ」


 ナスへのスキンシップを終えたエンリエッタちゃんは背中に背負っていた荷袋から一冊の絵本を取り出した。

 表紙に書かれているのは洋服を着た二本足で立つ白と黒の兎……じゃなくてナビィだ。前世でも似たようなキャラクターがいたような気がする。タイトルも『ピータとラビィ』という前世の世界だったらなんともギリギリなタイトルだ。

 一ページ目は二匹の名前と簡単な紹介文が書かれている。

 黒い兎がピータ。白い兎がラビィだ。ピータは男の子でラビィは女の子のようだ。

 ナスも絵本に興味があるようで覗き込んでくる。

 次のページをめくるとピータが何やらラビィに話を持ち掛けている光景が描かれているが状況を説明する文はない。

 読み進めて行っても最初の紹介文以外は文字が無いようだ。


「文字が書かれてないけど?」


 アースの鼻を触っていたエンリエッタちゃんに聞いてみると顔だけこちらに向けて答えてくれた。


「あのね、先生から表現力を鍛える為にまず絵だけで何をしているのか分かるように描けって言われたの」

「ああ、なるほど。確かに文が無くても大体の状況は分かるようになってるね」


 読み進めるとゲイルがアロエに絵本の内容について質問し始めた。

 アロエはこうじゃないかーと自分の考えをゲイルに教えていく。

 ゲイルが話せるのが分かったのはナスがバオウルフ様に教わった空気の振動の訓練をしている最中だった。

 当初ゲイルはナスが何をしようとしているのか分からなかったようだが、ナスがようやくほんの少しだけ言葉を出せるようになってようやく理解したようだ。

 風読みという固有能力があるおかげかゲイルは出会った当初から妖精語を話す事は出来たようだ。だが、妖精語を話さなかったのは知っている単語の数が少ないという事と、僕という生きる翻訳機的存在がいた事、話さなくてもアロエとライチーとは意思の疎通がある程度出来たからのようだ。

 ナスと違って公用語は分からず話せないが妖精語を話せると分かったアロエが張り切ってゲイルに妖精語を教えだしたのだ。

 今では日常会話ならゲイルは普通に話せるようになっている。

 ナスの方もゲイルに助言を貰っているので大分上達していて、固有能力を使った言葉よりも途切れさせる事なく喋れるようになった。

 お陰でフェアチャイルドさん達と別れる前は誰かと話すのが楽しくてしょうがない様子だった。

 今は僕以外だと喋る相手はゲイルとアロエしかいない為少し落ち着いている。


 絵本の方に意識を戻そう。

 絵本は二十ページほどの短いお話で文字が無い分キャラクターの動きで物語を予想するしかない。

 アロエはゲイルと話しながらピータがラビィを誘って近くの森へ短い冒険に出る話だと結論付けている。僕もだいたい同じ考えだ。

 ただ場面によっては解釈が食い違う所がありそこでちょっとした言い合いのような物になった。

 小説でも解釈の違いが出るので別におかしい事ではないが、小さな子が絵本でこうやって自分の解釈を言い合うというのも会話が弾んで悪くないのではないかと思った。

 それにキャラクターが何をしているのかと考えるのも思考力を高めるいい訓練になるかもしれない。

 文字があったらできない、という事はないけれど幼い子には文字も読めない子もいる。かわいい絵柄は飽きさせにくいし読ませるには悪くないだろう。


「面白かったよ。こういう文字のない絵本って他にもあるのかな?」


 そう聞いてみるとエンリエッタちゃんは考えるように上の方を向いてから答えてくれた。


「資料で絵本を一杯読んでるけど、結構あったよ」

「へぇ……」


 僕は文字のない絵本は見た事が無いがルイスに一冊お土産で買って行こうか?

 いや、この際だから文字のある絵本とない絵本を両方購入してみるのもいいか?

 あれ? そもそもルイスって文字読めるのか? 僕がルイスと同じくらいの時には両親や村のシスターから聖書を通して文字を教えて貰っていたけど……聖書に興味ない子は学校でようやく文字を覚えるというのも珍しくない。

 前に会った時はまだ特に神様に興味を持っている様子はなかった。

 両親は別に信仰深いという訳じゃなく僕の時も教会へ行くのに強制はなかったけれど、ルゥネイト様が大好きなアールスに誘われて一緒に通っていた。

 ルイスも仲のいい友達はいるのだけど、さすがにその友達が神様に興味を持っているかまでは把握していない。

 問題は両親からどの程度文字を習っているかだ。もう大分昔の事だからどの程度教えて貰ったか覚えていないな。

 でも問題ないか。読めない文字があれば読んでもらえばいいんだから。


「エンリエッタちゃん。おすすめの絵本とかないかな? 文字がある絵本とない絵本を一冊ずつ。妹へのお土産にしようと思うんだけど」

「いいよ。とりあえず名前だけでいい?」

「うん。教えてくれたら明日本屋を探してみるよ」

「えとね……」


 エンリエッタちゃんから絵本のタイトルを教えて貰った後は別れの時間まで皆で一緒に遊んだ。

そして、寮へ戻らないと行けない時間になるとエンリエッタちゃんは名残惜しそうに眉をひそめ僕の服の裾を握ってきた。


「お姉ちゃん。また来てくれる?」

「……ごめん。約束できない」

「えっ、どうして?」


 僕の言葉が意外だったのか驚いた後口をぽかんと開けたままになった。


「来年僕達はグライオンに行くつもりなんだ。多分二年くらいはアークには戻らない」

「そんな……」


 エンリエッタちゃんの握る手の力が強くなり服が引っ張られる。

 悲しい顔をさせてしまった事に罪悪感を抱きながら僕は続けて言葉を紡ぐ。


「でもこれだけは約束する。アーク王国に戻ってきたら君に会いに行く」

「……本当?」


 寂しげにまつげを震わせ僕の目を真っ直ぐと覗き込むように見てくる。


「本当。だからそうだな、学校を卒業した後どこに住んでるのかグランエルの組合に伝言を残して欲しいな」

「うん。分かった……でも多分学校卒業した後は組合に登録してグランエルにいると思うな」

「エンリエッタちゃんも結婚相手探すの?」

「え? そんな事しないよ? 生活費や本の製作費のお金を稼ぐ為に冒険者になってお仕事探すの」

「ああ、そっちか。学校の伝手で仕事を紹介してくれないの?」

「ペライオ周辺ならしてくれるみたいだけど、さすがにグランエルは遠いから無理みたい。私グランエルで活動したいから……」

「そっか……エンリエッタちゃんも色々考えてるんだね」

「……お姉ちゃん無事に帰ってきてね」

「うん。約束するよ」


 いつものように約束を交わす為に小指を出し絡め合う。

 エンリエッタちゃんはこの世界に転生してきてよかったと思わせてくれた大切な子だ。

 必ず戻ってこよう。僕にまた会いたいと言ってくれるこの子の為に。

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