リュート村にて その4
洗って乾きたてのモフモフを堪能した後僕は家に帰って来た。
今度はナスも一緒に中に入る。元々この世界の家屋は土足だから動物が入っても問題ない。今は洗い立てだから暴れなければ尚更だ。
家には誰もいなかった。お父さんは森へ魔物探しに、お母さんはアールスの小母さんの所だからいなくて当然か。
暇を持て余した僕はナスを撫でながら魔力操作の練習をする事にした。
魔力を操り適当に文字を作る。求めるのは速さと正確さ。魔法陣の展開に必要な物だ。
いろいろと試しているうちに僕はナスが空中の一点をずっと見ている事に気が付いた。試しに魔力の文字を移動させてみる。するとナスの赤い目が魔力の文字を追っている。
「もしかしてナスって魔力が見えるの?」
「ぴー」
「感じてるわけじゃなくて?」
「ぴー」
「見えるんだ」
となると僕よりもレベルの高い魔力感知を持ってる事になる。
僕の魔力感知では自分の魔力をぼんやりと見る事が精一杯だ。
魔力を感じるには自分の魔力を相手の魔力と繋ぐ必要があるんだけど、この方法だと魔力感知持っている相手だと自分の魔力も感じ取られてしまう。
つまりナスは僕の魔力に自分の魔力を繋げて魔力を見ているわけじゃないという事だ。
試しにナスに許可を貰って魔力を繋いでみると、ナスの魔力を感じる事が出来る。
しかし……ナスの魔力の量は僕よりはるかに魔力を蓄えていた。二倍や三倍じゃない。十倍は違う量だ。
よくこんな相手に僕は勝てたな。
魔力を見る為には魔力操作が上達すれば見えるようになるのだろうけど、他人の魔力と魔力を繋ぐ事無く見るには何をどう練習したら見えるようになるのか分からない。
そもそもなんで魔力操作が上達すると魔力が見えるようになるんだろう?
とりあえず魔力操作の練習するしかないか?
「ナスはどうやって魔力が見えるようになったの?」
「ぴぃー?」
どうやら魔獣になった時に自然と魔力が見えるようになったらしい。
「あっ、そうだ。ナスって人間襲ってないよね?」
「ぴー。ぴぴ、ぴー」
「え? 魔物倒したの? すごいじゃないか!」
「ぴー!」
詳しく聞くとどうやら森にやって来た魔物の影響でナスは魔獣となり、魔獣となったナスがその魔物を昨日倒してしまったらしい。
ナスの角から出たあの雷撃?は強そうだったもんな。魔物倒せてもおかしくないか。あれを食らってたら僕はどうなっていただろう。
ナスのモフモフを楽しみつつ魔力操作の練習を続ける。
お母さんが帰ってくると僕は小母さんの話を聞いた。
神父様の他人の状態を知る神聖魔法でどうやら気を失っただけだとわかり異常はないらしい。
「じゃ改めて紹介するね。これが僕のお母さんだよ」
「初めまして、ナビィさん」
「ぴー!」
「で、この子が僕の仲間になってくれたナス」
「ぴっぴー」
「ナス? 変わった名前ね」
「そうかな?かわいいと思うけど」
「たしかにナスちゃんはかわいいわね」
「ぴぃ~」
「あっ、そうだ。ナス森で魔物倒したんだって」
「え? 誰から聞いたの」
「ナスからだけど」
あっ、僕の魔獣の誓いって自動翻訳が統合されてるからもしかして普通のと効果違うのかな?
「アリス、あなた魔獣の言葉わかるの!?」
「言葉っていうか、意思みたいな物……かな? 何を伝えたいのかわかるっていうか」
「魔獣使いには何人か会った事あるけど……そんな話聞いた事ないわ」
やっぱり普通じゃないのか?
「じゃあ特別製なのかもね。僕の固有能力は。なんてったって最初から誓いの固有能力なんだから」
本を読んで調べた事によると誓いのスキルは基本的に職業の名前を削って誓いの文言が追加される。例えば精霊術士なら術士が削られ精霊の誓いになり、騎士みたいに削るほど長くない物はそのまま騎士の誓いとつけられる。
誓いの固有能力はその職業に精通している者にしか発現する事はない。
普通魔獣使いになるにはまず動物使いになる必要がある。
動物使いはその名の通り動物を飼いならす事が出来る。
動物を使役する事で動物使いをある程度極めてようやく魔獣使いになれる。
そして、魔獣使いになると飼いならした動物を魔獣にする事でようやく魔獣を使役している事になる。ただ、魔獣使いになると付与される固有能力『魔獣使い』がないと魔獣は言う事を聞かないそうだ。しかし、固有能力の魔獣使いでは飼いならされていない野生の魔獣を使役する事が出来ない。
それが出来るのが魔獣の誓いなんだけど、野生の魔獣を使役できるようになる以外の能力はない。判明してないだけのか本当にないのかは僕にはわからないけれど。
「誰も知らない能力が備わっていたのかしら。それにしても魔物を倒したって……」
「どうしたのお母さん?」
お母さんが片手を額に当てている。これは悩んでいる時のお母さんの癖だ。
「普通動物が魔獣になるには大量の魔素が必要だって事は習った?」
「うん」
「普通はね、魔物の一匹や二匹がいた所で魔獣にはならないの」
「そうなの?」
「そうよ。並の魔物だと大量に……それこそ百体くらいが暮らしている土地でようやく一匹生まれる位なの」
「それって」
お母さんの言わんとしている事が何となくわかった。
「けどあの森でそんなに暮らしていたらすぐにわかる。だったら強力な魔物が数匹いるかもしれない……ナスは何体倒したの?」
「ナス、魔物は何体倒したの?」
「ぴぃーぴ」
「五体だって」
「特徴とかわかる?」
「魔物の特徴とかわかる?」
「ぴぃぴぴぴー」
「大きくて黒かったって」
「黒くて……大きい……まさかオーク……? それなら安心だけど……でもそれだけじゃ魔獣に……」
オーク……僕も授業で習った事がある。黒い肌で大きな身体をしている魔物だ。前世の世界で知れ渡っているような顔は豚の様な顔をしているわけじゃなく、口からはみ出るほ大きな牙を持った禿男みたいな風貌だったはずだ。
僕が授業で習った魔物は三つ。妖精が魔素の影響で変異し凶暴化したモノを『ゴブリン』。
ゴブリンをそのまま大きくしたような風貌だが関連性はまだわかっていない『オーク』。
オークよりも巨大な体格で青白い肌を持つ倒すのに数人がかりで挑まないと危険な『トロール』の三種類だ。
ファンタジー世界のお約束の種族と同じ名前の魔物が三種類もいるのには僕も驚いた。
ゴブリンだけは魔素は放たないから魔物としてカウントしていいのかは分からないけど、オークに使役されている事が多いから一応魔物としてカウントされているらしい。
それと、妖精がゴブリンになってしまうため精霊や妖精は魔素を嫌っている。
他にもいろいろと魔物はいるらしいけど、一先ず習っているのは三種類だけだ。
「オークだと全然数が足りない……まさかオーガ?」
「オーガ?」
これもファンタジーの定番だ。この世界にもいるんだ。
「確かにオーガなら五匹もいれば魔獣化させるのに十分魔素を出せるはずけど……あのオーガをこの子が?」
「オーガって強いの?」
「オークの上位種て言われていてね、その強さはトロールよりもはるかに強いの。一匹でも中級以上の冒険者が数人いてやっと倒せるくらい」
「ナスって強いんだ……」
「そのナスに勝つって」
「で、でも攻撃すごく単調だったよ?雷の魔法をずっとウォーターシールドにぶつけてたし」
「確かにオーガも頭はよくないけど……」
五匹を相手にして勝つって、ナスって実はすごい魔獣なのか?いや、魔獣そのものがすごいのか?
「魔獣ってすごいんだね」
「本当にね……元がナビィでもオーガを倒せるなんて」
「ぴー!」
ナスは褒められて嬉しいらしい。
僕と戦った時、オーガと戦った時の疲れや怪我があったわけじゃないだろう。オーガと戦ってから日が経っているはずだし、怪我をしている様子もない。もしかしたらフォースが強力な魔法で倒せたのかもしれない。もしくは魔法は強力だけど撃たれ弱いとか?
「でもさ……もしもオーガが残ってたらどうするの?」
「……冒険者に依頼するしかないわね。村の人間だけじゃオーガは荷が重いはず」
「! ナス!」
僕は椅子から立ち上がりナスに呼びかけ僕は家から飛び出した。その際お母さんが僕を呼ぶ悲鳴のような声が聞こえたけど僕は構わず走った。
風の魔法……いや、もう魔力が残り少ない。何かあった時の為に残しておいた方がいい。
村の外まであと半分の距離という所で僕の手を誰かに捕まれた。振り返ってみるとそれはお母さんだった。
「ナス! 森に行ってお父さん達を守って!」
「ぴー!」
お母さんがナスを止める様子はない。
「アリス、あなた何をしようとしたの?」
「……ナスにお父さんを守ってもらおうと思った。でもナスだけで向かわせるとお父さん達がナスに武器を向けるかもしれないから……」
「……家に帰るわよ」
「……はい」
お父さんがナスを連れて帰って来たのは夕方だった。
「お父さん!」
僕はお父さんとナスに近寄り怪我がないかどうか確かめた。けど、この世界の住人は大体ヒールが使えるから怪我なんてすぐに治してしまうか。
「オーガいた? みんな無事?」
「なんでお前がオーガの事知ってる?」
「ナスちゃん……その魔獣が教えてくれたみたい」
「教えた?」
お母さんが事情を話すとお父さんもお母さんと同じように驚いた。
「そうか、魔獣が何言ってるのか分かるのか……オーガの事だな。一匹いた。戦闘中にこいつが雷の魔法を使って一発で倒しちまいやがった。後少し遅かったらラインツの奴がやられちまう所だったから助かったよ」
そう言ってお父さんがナスの頭を撫でた。ナスも気持ち良さそうに目を細めている。
「でもオーガなんてどこにいたの? 大きいからすぐに見つかると思うのだけど」
お母さんの疑問はもっともだ。森は村より広いけど、木の密度が多いわけじゃないし、毎日見回りをしているから大きな動物がいたらすぐにわかるはずだ。
「穴だよ穴。森にちょっとした崖になってる所があるんだけどな、そこにナビィの巣穴があったんだよ。そこがでかく拡張されてやがったんだ。ナビィの骨もあったな。魔物は食い物食わねぇはずだから、邪魔だったんだろうな」
「他は大丈夫だったの?」
「ああ。他の所も見回ったけど異常は見つからなかった。気付かないままだったら魔素が濃くなって魔物がどんどん生まれちまう所だった」
「そっか……ナス。夫を助けてくれてありがとう」
「ぴぃ」
「気にするなだってさ」
もう人間の言葉を理解してるみたいだ。魔獣だからかな?本当に賢いな。
「くはははは! 男前だなこいつ! よし! 今日はこいつに御馳走を食わせてやろう!」
「そうね。でも何を食べるのかしら?」
お母さんがちらりと僕の方を見てくる。
「ナスって何食べるの?」
「ぴー?」
ナスも首を傾げる。
「お父さん。普通ナビィって何食べるの?」
「あいつらは雑食だから何でも食べるぞ。木の実とか蛇とか、虫もか」
「魔獣になって変わったりとかしないのかしら?」
「さぁなぁ。俺は魔獣使いに知り合いなんていねぇし。アンナは何か知らないのか?」
「私だって顔見知りがいたくらいで詳しい話なんて聞いた事ないわ」
「村の野菜も時々食べられちゃうから、野菜で食べられないっていうのはないはずだよね?」
「だな。とりあえず家に残ってるもので一番いい物をやるか」
そういえば兎って自分の糞を食べるっていうけどナスもそうなのかな?
「ナス、いい物くれるって」
「ぴぃ」
「え? 御飯食べなくていいの?」
「ぴー」
「お腹減らないの?」
「ぴー。ぴっぴぃ」
「えと、代わりに魔力を食べさせてくれって言ってるけど」
「魔力だぁ? どうやって食うんだそんなもん?」
「魔力ってどうやって食べるの?」
「ぴーぴぴ」
「生きた動物を食べたら食べられたって」
「生かよ」
「……それならマナポーションとかどうかしら?」
「ああ、あれな。いよし。今アンナが作ってやるから待ってろ、ナス」
「マナポーションって……確か魔力を回復する飲み物だよね? お母さん作れるの?」
「ええ。あれはただ単にクリエイトウォーターで作った水に魔力を込めたものなの。簡単だから魔力操作が出来る人は誰でも出来るんだけど……アリス、やってみる?」
「うん!」
「よぉし。じゃあ試しにこのカップに水を入れろ」
お父さんが差し出したカップにクリエイトウォーターで水を満たす。
「次に魔力を操作して水に溶けるイメージをするんだ」
「水に溶けるイメージ」
僕の魔力がカップに注がれ、水の色が徐々に水色に変わっていく。水なのに水色に変わるとはこれいかに。
「うん。一応は完成ね」
「市販のより色薄くない?」
市販されているのは水色じゃなくて青だ。
「そりゃ魔力の練り込みが甘いからだ」
「練り込み?」
「アンナはすごいぞぉ。クリエイトウォーターで直接マナポーションを出すんだからな」
「魔法使いなら誰でもできるわよ」
お母さんは苦笑しているけど嬉しそうだ。
「アリスも、慣れればすぐにマナポーションを作れるようになるわよ」
「わかった。練習する」
魔力操作の練習の次の目標が出来たぞ!
そして、お母さんの作ったマナポーションはナスに大変気に入られたようだった。




