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線引き

 本を棚に戻し図書館を出ると太陽はすでに沈みかけていて暗くなっていた。

 ミサさんと話していたから少し遅くなってしまった。僕達は急いで魔獣達のいる預かり施設へ向かう。

 そうして辿り着いた施設の小屋の中ではナスが横になっているゲイルに対して心配そうに声を掛けながら鼻先でつついていた。

 アロエは横になっているゲイルの上に乗っかっている。


「ど、どうしたの!?」


 僕は慌ててゲイルの近くによる。


「きー?」


 ゲイルは重たげに頭を上げて僕を見て来た。そしてすぐに頭を床に降ろす。


『遊んでたら急に元気がなくなったの』

「ゲイル、具合悪いの?」


 生命力に問題はない。ピュアルミナをかけてみるが特に悪い所は見られない。いや、魔獣にかけた事ないから効果があるのかどうかも分からないのだけど。


「きーきー……」

「へ?」


 アナライズを使おうと魔法石に手を伸ばした時、ゲイルが外で遊びたいと漏らした。


「外で遊びたいの?」

「きー……」


 ゲイルは大森林で随分と自由に過ごしていたようだから小屋の中では狭くてストレスがたまったのだろうか。


「……今から外に出よっか?」

「きっ?」


 いいの? と勢いよく頭を上げ聞いてくる。


「いいよ。ゲイルはずっと大森林に住んでたんだもんね。狭い小屋の中にばかりいたら嫌になっちゃうよね」

「きー」


 ゲイルは横になるのをやめて四本足を動かし宙を駆け上がり僕の頭の上に乗った。


「お、重いよ……」


 今日は背中には何も背負っていないからゲイルの足場となる物が無くて体重がもろに頭にかかる。

 なのでゲイルの後ろ脚を僕の両肩に置いて貰う。相変わらず重いけれどマシにはなった。


「きーきー」


 早く早くと催促してくる。


「ナス、ヒビキ。外に出るけどふたりはどうする?」

「きゅきゅー!」

「ぴー」


 二匹もついて来るようだ。


「アースは……寝てるのか」


 アースはいつも通り寝息を立てている。

 確認もかねてアースに近寄り首元を撫でつつ反応が無い事を確かめると心の中でごめんと置いていく事を謝っておく。


「アースは寝てるみたいだし行こうか。ミサさんはどうしますか? 先に帰ります?」

「アロエが残りたがっているのでご一緒させていただきマース」

「分かりました。じゃあナス、ヒビキ、行くよ」


 ゲイルを乗せたまま僕達は小屋を出でライトで明かりを確保する。

 さすがに暗くなったから都市の外に出る訳にはいかない。預かり施設の荷の積み下ろし等場所を使う作業を行う空地で我慢してもらう。

 小屋よりかは広いがやはり敷地内。ゲイルは満足してくれるだろうか?

 そんな心配をよそにゲイルは空き地に着くと僕から離れ宙を駆け出した。

 アロエもミサさんの傍から離れてゲイルの横を飛ぶ。


「敷地からは出ないようにね」

「きー!」


 ゲイルが元気よく返事する。大丈夫だろうか? 預かり施設は小屋には結界が張られていても敷地を囲うように結界を張っている訳ではない。

 敷地外へ出ようと思えば自由に出られるんだ。


「ぴー……」


 ゲイルの姿を見ながらナスが僕もやりたいな、と呟く。

 ナスの体重と魔力(マナ)の量では残念ながら空駆けは無理だろう。


「ナス」


 僕はナスの前に立ち、中腰になってナスの両頬に手を当て、軟らかい頬をもみもみする。


「ぴー」


 ナスは目を細めて受け入れてくれる。

 ナスの頬は軟らかく揉み心地が非常にいい。こうしているだけで時間を忘れそうになる。

 しかし、時間を忘れて他の皆の事を忘れてはいけない。

 特にゲイルとアロエ。ふたりが敷地外へ出ないかもみもみしながらきちんと蜘蛛の巣で警戒している。

 一緒についてきたヒビキはミサさんに向かって飛び跳ねたりして戯れている。


「ナス、少し歩こうか」

「ぴー」


 もみもみするのをやめてナスの横に立ち僕達は並んで歩く。

 空き地の狭い範囲しか歩き回れないがそれでもナスは不満一つ漏らさずに横にいてくれる。


「ゲイルとはうまくいってる?」

「ぴー」

「そっか。上手くいってるんだ。良かった」


 ゲイルは小屋にいるよりも僕達と一緒にいた方がいいかもしれない。だけど、それではナスやヒビキに対して示しがつかない。

 アースは大きいから僕達とは一緒に入れないし、その事はアース自身もよく分かっていて受け入れてくれているだろう。

 だけどナスとヒビキは大きさ的に僕達と同じ部屋に泊まってもさほど問題はない。

 ナスとヒビキは多分僕達と一緒にいたいはずだ。特にヒビキは寂しがり屋でカナデさんによく懐いているから、カナデさんと一緒にいられるものならなるべく一緒にいたいはず。

 それなのに小屋にいるのは僕がそう頼んだからだ。

 寝床を同じにする事で魔獣達同士で仲良くなって貰いたいというのがある。

 そして何よりも僕達人間と魔獣は違うのだという線引きをしっかりとしておきたいんだ。

 僕は魔獣達が何を言いたいのか理解できてしまう為ついつい甘やかしてしまう時がある。

 今のところ問題は起こっていないけれど、これから先も起こらないとは限らない。

 線引きをするのは魔獣達と人では扱いが違うのだという事を教えると共に僕自身に対する戒めだ。

 だから、前にカナデさんと別れる事になった時のヒビキのような事が無ければ扱いを変えるつもりはない。

 ゲイルには可哀そうだが今後も小屋で過ごしてもらう。代わりにストレスの発散に手を貸さないといけないな 




 魔獣達と遊んでいたら宿に戻るのが大分遅くなってしまった。

 気が付いた時にはお腹が空き音が鳴っていた。ミサさんもお腹が空きすぎてお腹と背中がくっつきそうだと言いながらお腹を押さえていた。

 連絡できなかったからフェアチャイルドさん達が心配しているかもしれない。

 宿に着き食事をする前に部屋に戻る。

 部屋は二人部屋を二つ取っていて相部屋になる人は交流を深めるという理由で毎回変えている。

 今回は僕とフェアチャイルドさんは同じ部屋だ。

 部屋が別のミサさんとは別れて部屋の扉を開ける前に深呼吸をする。

 遅くなった事をフェアチャイルドさんは怒っているだろうか?

 怒られることを覚悟して僕は扉を開ける。

 部屋の中には扉に背を向けて椅子に座っているフェアチャイルドさんと、フェアチャイルドさんに抱き着いているライチーの姿しか見えない。


「ただいま」


 そう声をかけるとゆっくりとフェアチャイルドさんの顔がこちらを向く。

 僕に見せた顔は両頬を膨らませて怒った顔だった。かわいい。

 怒った顔までかわいいなんて反則じゃないか。


「お帰りなさい」

「う、うん」

「ミサさんと一緒で楽しかったですか?」

「ミサさんと、というか魔獣達と一緒にいたんだけど……」

「ミサさんと一緒で楽しかったですか?」


 二度目の質問は一度目よりも僕をせめる強い口調だった。

 怒っている。これは本当に怒っている。


「えと……楽しかったデス」


 そう答えるとフェアチャイルドさんの頬がまた膨らんでしまった。


『レナスまたほっぺふくらんでるー』 

「ご、ごめんね? 心配させちゃったよね……」

「はい。心配しました。いつまでたっても帰ってこないのでとっても心配してしまいました。

 カナデさんと相談してもしかしたら何か事件に巻き込まれたのではないかと思いディアナに探してもらいました。

 なのに、ディアナから貰った報告はとても楽しそうにナギさん達が遊んでいたという物でした……。

 せめて連絡位欲しかったです」

「ご、ごめん……忘れてたんだ」


 エクレアに伝言を頼むという手があったんだけど忘れていたんだ。

 ナスのほっぺやお腹や尻尾や耳やら、ヒビキのモチモチボディやらが連絡という言葉を忘却の彼方へ追いやってしまったんだ。

 それとゲイル達の動向にも注意を払っていたし……。

 全面的に僕が悪いな。


「ごめんなさい」

「……いいです。本気で反省しているみたいですし許します」

「ありがとう」


 お礼を言うとフェアチャイルドさんの怒っていた顔が和らいで微笑みを見せてくれた。


「ナギさん。夕飯はこれからですよね?」

「うん。フェアチャイルドさんはカナデさんと先に食べちゃった?」

「いえ、まだです」

「あっ、もしかして僕達を待っててくれたの?」

「はい。カナデさんも同じです」

「それはまた……悪い事しちゃったな。隣の部屋の二人を誘ってご飯にしようか」

「そうですね……」


 フェアチャイルドさんが返事すると同時に扉を叩く音がした。

 扉の近くにいた僕が開けるとそこにはカナデさんとミサさんが立っていた。

 どうやら食事に誘いに来たらしい。

 僕は二つ返事で答える。フェアチャイルドさんはどうだろうかと振り返ってみると、彼女も椅子から立ち上がって僕の傍に立った。


「行こうか」

「はい」


 声をかけると返事と共にフェアチャイルドさんは僕の手を取り握ってきた。

 手を繋いで行きたいのだろうか? 確かめるように彼女の目を見るとにこりと笑って返してきた。

 まったく……君の笑顔を見せられたら手なんて離せるわけないじゃないか。

 カナデさん達に見られて少し恥ずかしいけど、僕はフェアチャイルドさんと手を繋いだまま宿の食堂へ向かった。


「カナデ、前から思っていたんですガ、レナスちゃんとアリスちゃん異様に仲よくないですカ?」

「ええ~? 昔からこんな感じで普通だと思いますよぉ?」

「ん~……こっちではこれが普通なのカナ?」


 ミサさんがそう言って首を捻るとフェアチャイルドさんが得意気な顔で頷いた。


「これぐらい普通です」


 僕は学校に通っていた頃は男の子と主に遊んでいたのであまり女の子同士の交流の仕方はよく分からない。

 だけど思い返してみればアールスやアイネも僕に対してよく手を繋いだり抱き着いたりして来ていた。

 だからきっとフェアチャイルドさんの言う通り普通の事なんだろう。


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