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治療士という職業

 依頼は無事に受けられ依頼の日まで準備を進め、前日になり準備がすべて終わったが午後の時間が余ってしまった。

 聖書外典を読んでみたいとミサさんに誘われ一緒に図書館へとやってきた。

 フェアチャイルドさんも一緒に来たがっていたのだが、暇になったら精霊達と一緒に街を回るという約束をしていて一緒には来られなかった。

 カナデさんは今日の内に弓の最後の整備をするようで誘っても断られてしまった。


「おぉ~。本が一杯ですネー」


 図書館に入るとミサさんは感心した様子で中を見渡している。

 図書館はかなり大きくグランエルや他の都市の図書館と同じ作りをしている。

 グランエルの図書館では大体五十万冊程度の本が所蔵されていると聞いた事があるのでこの図書館も同じくらいは所蔵しているだろう。


「ええと、聖書関連の書籍は右奥の方みたいですね」


 入り口横に張り出されている館内の案内図を見て目的の場所を確認する。

 案内図で見る限りでは聖書関連の本は他の分類の本よりも随分多いようで置き場所が多く取られている。五柱分の関連書籍を纏めているのなら当然か。


「オゥ。では早速行きまショー」


 今回僕がミサさんと一緒に図書館に来たのは、僕がグランエルの図書館に何度も行った事があるので勝手が分からないかもしれないミサさんの付き添いだ。

 今にも鼻歌を歌い出しそうなミサさんだが、図書館で静かにするのは東でも共通なのかうるさくするような事はしない。

 うるさくしそうなアロエは今日はゲイルの所にいる。ミサさんが置いてきたのだ。

 今日は服はいつも通りの修道服だが、頭にベールはつけていないからミサさんが機嫌良さそうに歩くだけで癖がなくボブの長さに整えられたプラチナブロンドが美しく揺れる。

 きれいな髪だ。

 僕は思わずミサさんの髪に見惚れてしまった。

 触った事が無いから確かな事は言えないが、髪の揺れ方から見る限りではフェアチャイルドさんと似た髪質を持っていそうだ。


 今日ミサさんがベールをかぶっていないのはシスターとしてオフの日だからと言っていた。

 ミサさんは修道服しか持っておらずシスターとしての自分と私生活の自分を切り替えをベールの着脱で行っているらしい。

 とは言ってもベールをかぶっていなくても修道服を着ている以上はシスターとして声を掛けられる事もあり、その時はきちんとシスターとして対応しているそうだ。

 そう考えながら改めて修道服を見ると、暗い色で分かりにくいが補修の跡があちこちにある。

 こちらの修道服とは違うデザインだからきっと魔の平野を越える前から着ていたのだろう。


 目的の区画に近づくとミサさんは頬をほころばせて駆け足になった。

 フェアチャイルドさんとはあまり似ていないと思っていたが、訂正だ。二人はよく似ていた。


『ナギ、ミサの顔ずっと見てるけどどうしたの?』


 エクレアが怪訝そうに僕を見てくる。


「いや、本を探してる姿がフェアチャイルドさんが遺跡を見る時とそっくりだなって思ったんだ」

『レナスは遺跡が好きなの?』

「うん。歴史を調べるのが好きみたい。だから古い話とかしたら喜ぶかもね」

『ふぅん。じゃあ今度試してみる』

「うん。さて、僕もそろそろ探そうかな」


 ゼレ様関連の書籍が置かれている本棚から離れ僕はルゥネイト様関連の本が置かれている本棚へ向かう。

 ルゥネイト様の聖書は一応持ち歩いて暇があれば読んではいるのだが、たまに同人誌的なお話を読みたくなる時がある。

 聖書のお話は基本的に堅い。偽物と認定されている聖書外典も元々は聖書に載っていた物だけに同じような物だ。

 今僕が探そうとしているのは一応聖書関連に分類されているがまさしく二次創作と呼んで差支えのない荒唐無稽で可笑しな話が載っている新訳聖書外典だ。

 新訳がついてるかついていないかで紛らわしいが聖書外典と新訳聖書外典は別々に分類されている。

 もしも外典と新訳外典をごっちゃにして聖職者の人と話したら苦笑いされる事間違いなし。

 過激派からは真顔で燃やそうと進言されているはっちゃけた話まである。

 たとえば神様同士のカップリング本なんて物まであるのだ。この世界の作家さんはっちゃけすぎである。よく禁書指定されない物だ。

 さすがにカップリング本は新訳外典の中でも異端なのだけど、それでも聖書関連として扱われるのには理由がある。

 ……古い物も多いのだ。原典が分からないほど昔から存在していて、もしかしたら本当の話なのかも……と否定しきれないから新訳と付けて聖書や外典と分けて残し続けている。

 でもやっぱり荒唐無稽すぎてあまり信じられていなくて、近年に創作された話も適当に纏められ一緒くたにされている。大勢の一般人から娯楽用のお話として親しまれて増え続けているのが現状だ。


 そんな新訳外典の中から面白そうな物を一冊手に取りミサさんと合流する。

 ミサさんに何を借りたのかを聞くと背表紙を見せてくれた。

 新訳外典だった。


「タイトルが読めないんですヨ。なんて書いてあるんですカ?」


 ミサさんの持っている本のタイトルを意訳すると「禁断の花 ~蕾は夜開く~」だ。タイトルからしてなんだか嫌な予感がする。


「……ミサさん。その本は新訳聖書外典と言って娯楽用の本なので求道者には不向きなんです」

「そうなのですカ?」

「はい。娯楽用で……その、荒唐無稽な話が多くて読むと神様に対して間違った解釈を刷り込まれる恐れがあるんです」

「うぅん。それは不味いですネー」

「これはただの人の作った物語だと割り切れれば読んでも問題ないのですけど、高階位の神聖魔法を授かりたいなら避けた方が無難だと思います」

「分かりましター。他のにしまショ。アリスちゃん。一緒に探してくれますカ?」

「もちろん喜んで」

「ところで、参考までにアリスちゃんは何を選んだのですカ?」

「あはは……自分で言っておいてなんですが新訳の本です。僕聖書だけ読んでるとたまに軽い物を読みたくなるんですよ」

「むむむっ、高階位の魔法を使える余裕ですネ」

「そういう訳では……あるかもしれませんね」


 僕と回線が繋がっているのはシエル様だ。ルゥネイト様の事をいくら勘違いしても回線に問題ないので気楽に新訳外典を読む事が出来る。


「やっぱりー」

「あはは……そ、それより本探しましょう。大分時間取られちゃってますよ」


 バツの悪さを誤魔化す為に僕は本を探そうとミサさんを促す。

 今は昼を大分過ぎた頃だが図書館は暗くなる頃に閉められてしまう。

 時間がかからない様にあまり分厚くない外典を見繕いミサさんに進めてみる。

 タイトルからしてどれもゼレ様が戦場で戦っている話だ。

 戦場……神様の闘う戦場とはどんな所なのだろう。僕はゼレ様の聖書をきちんと読んだ事が無い。学校の授業で概要を勉強した位だ。

 魔王との戦いを書いてるのかそれとも世界となる前の生前での戦いを書いているのか。

 ルゥネイト様の聖書は人々を導いて開拓を勧める話が主で節約節制を良く説かれている。

 他にも食レポのような記述もよく出ている為、ルゥネイト様は意外とおおぐら……食通なのでは? と信者の間では考えられていたりする。


 読む本を決めるとミサさんと共に並んで机に着き本を広げる。

 僕の少し中身を読んで選んだ本はルゥネイト様が世界を旅して人々を助ける冒険譚だ。

 中々分厚い本なので今日だけで読み切る事は難しいだろう。続きが気になったら後日探して購入も考えよう。 

 本に書かれているルゥネイト様はお淑やかで誰にでも優しいまさに聖女様と言ったキャラ付けがされていた。出会う人々に美貌をページを割いて長ったらしく何度もほめちぎられているのが少々気になる所だ。

 それにルゥネイト様の解釈も僕の解釈とも違う。聖書を読んだ限りではルゥネイト様はお淑やかなのではなく活発で人々を引っ張っていくような、豊穣神と呼ぶにふさわしい生命力に満ちた神様だと考えている。

 アールスともルゥネイト様の解釈を話し合った事があったが、大体同じような解釈をしていたっけ。

 パーフェクトヒールを使えるアールスと同じような解釈ならきっとそう違わないと思う。


 気が付くと閉館の時間が迫っていた。

 職員が退館を呼び掛けている。

 ミサさんは本をすでに読み終えていたようで僕の方を頬杖をして見ていた。


「な、なんですか?」


 ずっと僕の事を見ていたのだろうか?

 ミサさんは頬杖をやめても僕から視線を外さず姿勢を正した。


「アリスちゃん。一つ聞いてもいいですカ?」

「え? ええ、いいですけど……」

「アリスちゃんはピュアルミナを授かった時、どんな気持ちでしたカ?」


 どうしてそんな事を聞くのだろうと考えながら当時の気持ちを思い出し答える。


「どんなって……そりゃ最初の内はうれしかったですよ」


 これでフェアチャイルドさんの事を救えると思った。嬉しくないわけがないじゃないか。

 でもそんな気持ちが落ち着いて周りを見てみると嬉しいという気持ちは一気にしぼんでしまった。


「でもすぐに怖くなりました。気づいてしまったんですよ、助けられる人が増えてしまった事に」

「それはいい事なのではないのですカ?」

「普通なら……段階を踏んできた人ならもしかしたら平気だったのかもしれません。

 でも僕には覚悟が出来ていませんでした。

 命を救う事が出来るという事は、救う命を選択するという事だという事に気づいていなかったんです」

「命を選択する?」


 僕の言葉に不快感を覚えたのかミサさんが顔をしかめる。


「ミサさん。もしもミサさんがピュアルミナを授かっていて、魔力(マナ)が減っていてあと一回しか使えないという時に二人の今すぐ魔法を使わなければ助からない人が目の前にいたらどうしますか?」


 僕の質問にミサさんは顔を暗くする。


「それは……」

「人を救いたいなら選択をして片方を諦めなきゃいけない時が来るかもしれない。僕にはその覚悟が全く出来ていませんでした。

 今も……出来ているとは言い難いです。そんな状況に出くわさない事を願っています」


 人を救う事が出来るという事はそれだけ責任が重くのしかかってくるという事だ。僕には両方を救うなんて口に出来ない。


「アリスちゃんはどういう風に気持ちに折り合いをつけたのですカ?」

「……この国の制度に従おうと決めました」

「この国の制度?」

「はい。この国では医学の保護と発展の為にピュアルミナを個人の判断で使う事を規制しているんです」


 もっとも治療士への罰則はあってないような物。

 勝手に使用したら罰金を払わないといけないのだが誰にも言わなければばれる事はないし、ばれたとしても罰金は一回の治療費に比べたら雀の涙のような物だ。

 主に治療された側が重く罰せられる事になっている。

 治療された人が治療士と家族関係であるなら罰則は治療士の物と同じなのだが、それ以外になると治療費の三割増しの罰金が科せられてしまう。

 未成年相手だとその両親に罰則が科せられる事になっている。

 もしも両親がいない場合は祖父母、それもいない場合は治療士を紹介した者、それすらもいないで治療士が独自の判断で行なった場合は子供への利息無しの借金という形になる。


 重い罰則が治療士ではなく治療された側に科せられるのがいやらしい。

 命に係わる大けがをしているという緊急性があれば免除されるが、ピュアルミナの場合は基本的に治療後に調べたとしても緊急性があるかどうかの判断なんて分かる事なんてほとんどない。

 なので治療士側の判断で緊急性があると思いピュアルミナを使って治療しても免除される事は稀と言っていいと説明された。

 一回の治療で相手の人生を大きく変えてしまうから治療士は慎重に動かなければならない。

 流石に相手を陥れる為に治療士がわざと治療した場合は、罰則は治療士に科せられるから冤罪の心配はないのだけど。

 ……とここまでが本から誰でも得られる知識だ。

 実際には軽い症状……咳や頭痛、酔いを治す場合は割と黙認されている。

 それというのも基本的に治療士とはパーフェクトヒールを使える人の事を言うのだ。

 パーフェクトヒールでしか治せない物ははっきりとしており規則もパーフェクトヒールが基準となっている。

 だがピュアルミナともなると使える人が一気に減る為下手に規制して委縮させるよりも軽い症状の物ならピュアルミナの普及の為に目を瞑って貰えるのだ。

 言ってしまえば軽い症状を治すのはヒールを使うようなものと考えていいという事だ。

 とはいえやはりあまり使わない様にと役人から言われているし、誰かが通報したり公的機関にばれたりしたら相手に罰金が科せられるのでどうしてもという時以外は使わない方がいい。

 僕としても軽い症状なら使う気はない。

 ピュアルミナを常用して本来持つべき抵抗力を得る機会が失われるのは僕は避けるべきだと思うからだ。インパートヴァイタリティなら生命力を高め抵抗力を強める事が出来るからどんどん使うが。


「なるほど。もしもピュアルミナの使い手がいなくなった時に医学が無かったら困りますネ」

「その通りです。ですから治療士は依頼を受けてから魔法を使うようにしているんです。

 実際百年くらいピュアルミナの使い手が現れなかった時期に疫病が流行り大勢の犠牲者を出したと聞いています」


 その時奇跡を起こしてピュアルミナを授かった人がいるのだが、話に関係ないので割愛しておく。


「だからもう犠牲者を出さない様にと医学の発展と保護の為にこの国ではピュアルミナ……いえ、ピュアルミナだけではなくパーフェクトヒールを使えるようになったら国に伝える義務があり使用に制限をかけているんです。

 そして、この規制は三ヶ国同盟全てが同じ物を共有しています。

 もしもミサさんがこの制度を気に入らないと思ったら東の国家群に帰るしかありません」

「なるほどぉ。最後にもう一つ聞いてもいいですカ?」

「いいですよ」

「ナギさんは何故人を助けるのですカ?」

「……」


 質問の意味がよく分からない。

 きっと今の僕は間の抜けたような表情をしているだろう。


「何故って、僕は別に何でもかんでも助けてるわけじゃないですよ?

 困っている人を見つけたら自分の出来る事を考えて何とかできそうなら助けますし、どうしようもないなと考えたら何もしません。状況によっては慰める位の事はするでしょうけど……それこそ人と変わらないと思いますよ?」

「つまり助ける理由は深くは考えていないト?」

「まぁ……はい。そうですね。ミサさんは考えているんですか?」


 もしかして僕の考え方は神聖魔法を扱う者としては異端なのだろうか?

 そんな疑問が頭を過ったが、次の瞬間ミサさんが笑ってくれたことによって消え去った。


「ふふっ、ワタシと同じですネー」

「な、なんだ。僕てっきり自分がおかしいのかと思っちゃいましたよ」

「いえいえー。高階位の神聖魔法が使える人はワタシとは違う考え方してるのかナーって思ったんですヨ。

 だけどあんまり変わらなそうでホッとしましター」

「ああ、なるほど」


 不安だったのだろうか? もしかしたらミサさんは自分は高階位まで上がれないんじゃないかと思ってしまっていたんだろうか。

 僕にだってミサさんが階位を上げられるかなんて分からない。

 僕の回答で不安を少しでも晴らせたのならそれは嬉しい事だ。

罰則についての補足


治した相手の方が罰則が重いのは高階位の神聖魔法を使える人間にとってはそちらの方が心理的に重くのしかかり使用を抑制できるからです。

治療士というのは聖人の一歩手前のような奉仕の精神を持った人ばかりで、治療した相手に重い罰が科せられる事を平気に思える人はいません。

むしろそういう相手を思いやる心を持つ人でないと神聖魔法を授かる事が出来ないんです。


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