リュート村にて その3
「ところで、そのスレーネとアールスは?」
「村で待ってる」
「そうなんだ……それで、その、このナビィはどうするの?」
「ああ? アリスの魔獣になったんだろ? なら問題はないだろう。食費以外は」
「あ……」
「ああ、後グランエルに入る時は許可がいるな……許可を貰えるように学校に手紙書いとくか」
「食事か……」
魔獣になったナビィは何を食べるんだろ?
「というかそもそもなんでこの子魔獣になったんだろ?」
僕がその疑問を口にすると周りの大人達の顔が引き締まった。
「アリス、お前は先に村に帰ってろ」
「え? お父さんは?」
「森に魔物がいないか調べる」
「!」
そうか、魔獣になった動物がいるって事は、この辺一帯の魔素が濃くなっているって事だ。魔素が濃くなる原因なんて魔物しかない。森の中に生き残った魔物が隠れているかもしれないのか。
「アリス、村長に報告頼む」
「わかった」
後はお父さんに任せ村に……帰る前にナビィを起こさないと。
「行くよ」
「ぴー」
声をかけるだけでナビィは起き上がり僕の手に頬ずりしてきた。お返しに頭を撫でてから村へ帰った。
村長の家は冒険者や行商人等の村にやってきた人を泊める為に村で一番大きい。
村長にお父さんに言われたように報告した。
報告をした後僕は村から出ない様にと注意をされただけで勝手に森に近づいた事への罰は特に何もなかった。
親に怒られろという事らしい。
少し気が重くなったけど今はアールス達に会おう。
さて、アールス達はどこだろう。
家の外で待っていたナビィを撫でながら軽く考えてみる。結果、アールスの家に行こうと決めた。
「そうだ。君は名前ある?」
ナビィに聞くとぴぃと否定をした。これは名前を考えなければならないな。
確か種族名ナビィ・インパルスだっけ? ナスでいいや。体毛茄子色だし。
「今日から君の名前はナスだ」
「ぴー!」
とっても喜んでいるようだ。嬉しそうに小躍りしている。
「今から僕の友達を紹介するからいきなり近寄っちゃだめだよ? あっ、いや、友達に限らず人間には自分から近寄っちゃ駄目だよ? もしかしたら怖がるかもしれないからね」
「ぴー?」
「あはは、僕はいいんだよ。いきなり乗りかかったり体当たりしなければね」
「ぴー!」
うんうん。賢い子だ。
ナスを連れて僕はアールスの家へ赴いた。
道中村に残っている大人達からはナスが奇怪そうな視線で見られていたけど攻撃されたり僕をナスから引きはがそうとしてこないから大丈夫だろう。
アールスの家に着くとナスには人目が付かなくて家の中から見えない位置に待機しているように言って玄関の扉を開けた。
「あのーアールス来てますかー?」
「あっ! ナギ無事だったの!?」
声をかけるとすぐにアールスが返事をしてきた
「うん。スレーネはどうしたの?」
「アイネちゃんはお家に帰ったよ」
「小母さんは?」
「……倒れちゃったの」
よく見ると確かにベッドに小母さんが寝ているようだ。
アールスが危険な目に遭ったと聞いてショックを受けてしまったんだろう。
ナスを目立たない所に待たせてよかったかもしれない。
「小母さんの様子は?」
「ナギのお母さんは問題ないって言ってた。ただ一応神父様を連れてくるって」
「じゃあアールスは小母さんの傍にいてあげて。僕はスレーネの方見てくるから」
「うん……」
「大丈夫。小母さんはすぐ良くなるよ」
「うん……」
アールスは心配だろうけど小母さんの傍には僕はいない方がいいだろう。スレーネを追いかける選択をしたのは僕だ。どれだけ情報が伝わってるかわからないけど、僕が危険な目に遭わせたと思っているかもしれない。
「アールス。笑って」
「……」
「アールスの笑顔は絶対に小母さんを元気にしてくれるよ」
「本当?」
「絶対本当だよ。アールスの笑顔は皆を楽しくしてくれるんだ」
「……わかった。笑ってみる」
アールスは自分の頬を揉み笑顔になろうとしている。これでアールスにも本当の笑顔が戻ってくれればいいんだけど。
アールスはあの日以来本気の笑顔を見せなくなった。昨日だって笑いはしていたけど見慣れた笑顔ではなかった。
「じゃあ僕は行くね」
「うん……あ、後でまた来てね?」
「うん。村が落ち着いたら来るよ」
僕は家から出る。
隠れていたナスを呼びスレーネの家へ向かった。
「ナス、友達紹介できなくてごめんね」
「ぴー」
かまわないさと言ってくれる。男らしいけど、魔獣には性別はない。普通の動物から魔獣になる時に生殖能力がなくなるみたいだ。
「ナスって大きいけどもう大人なの?」
「ぴぃ」
まだ子供らしい。普通のナビィよりもはるかに大きいから魔獣になった時に大きくなったんだろう。
「まだ大きくなるのかな……」
まだ大きくなったら食費どうなるんだろう。というか魔獣使いってかなりお金のかかる職業なんじゃ……。
僕の将来に暗い影がかかった所で僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「アリス!」
お母さんだ。その隣には教会の神父様もいる。
お母さんは血相を変えて僕達を見ていて、神父様は手を構えてる。魔法でも打つつもりだろうか?不味い不味い。
「お母さん。大丈夫だよ。僕達友達」
「ぴぃー!」
ナスの首に腕を回して友好をアピールする。
「な、何言ってるの! 早く離れなさい!」
お母さんはまだ必死な顔をしているけど神父様は困惑した表情で僕とお母さんを交互に見ている。
「ナス。さっきの、降伏のポーズやってくれる?」
「ぴー!」
「何度も悪いね」
ナスが仰向けになると僕はナスのモフモフのお腹を擦る。ああ、気持ちいい。
「ほら、大丈夫だよ」
お母さんもナスの様子を見てようやく納得したのかゆっくりとだが近寄って来てくれた。
「アリス、これは……」
「ほら、僕魔獣の誓いっていう固有能力だからさ。この子倒したら仲間になってくれたんだ」
「倒したって、どうやって?」
「魔法で」
「魔法でって……」
「ぴ~……」
ああ、ナスかわいいよナス。
お腹を擦られているナスは本当に気持ちよさそうだ。やっぱり時代はモフモフだな。魔獣使いになったらモフモフハーレムを作りたい。
「……まぁナビィの魔獣ならそんなに強くはないわよね」
「お母さん、アールスの家に行かなくていいの?」
「ああ、そうだったわ! 神父様早く行きましょう!」
「え、ええ、そうですね」
「アリス、貴方は家に戻っていなさい」
「う、うん。でもその前にスレーネの無事を確認したいんだ」
「……終わったらすぐに帰るのよ?」
「はい」
お母さん達と別れてスレーネの家へ再び足を進めた。
スレーネの家はちょっと遠い所にある。いや、遠いと言っても村の中での比較の話だ。村の外にあるとかそういう意味じゃない。
村の家屋の中じゃ遅い時期にできたという意味だ。スレーネの家族は僕が四歳の頃にこの村にやって来た。
当時自分よりも小さい子は初めてだったアールスはよく興味深そうに親と歩くスレーネを遠くから見ていたっけ。
スレーネとは時々しか遊んでいなかったけど、同じ世代の子がいなくて寂しくなかっただろうか?
僕はいずれ小学校に行く事になるからあまりスレーネとは遊ばなかった。それはよく遊んでくれた子が突然いなくなるのはスレーネにとってよくないんじゃないか?と考えたからだ。その考えが今でも正しいのか分からないけど……まぁそんな事考えだしたらきりがないか。
スレーネの家に着くとアールスの家の時と同じくナスを人目のつかない所に隠れているように言い、玄関の扉をノックした。
この村で家を訪ねる時にノックをする人はあまりいない。けど僕はまだあまり面識のない人の家にノックもなしに訪れる事には抵抗があった。
ノックの音が聞こえたらしく中から人の足音が聞こえてきて、扉があいた。
「はい」
「スレーネ……アイネのお母さんですか?」
「あら、アリスちゃん?」
「はい」
「話は聞いたわ。うちの子を助けてくれてありがとう」
「いえ、僕が追いかけたのがきっかけですから……」
「あの子はいつもそうなのよ。アリスちゃんは気にしなくていいわ」
「あの、アイネは無事でしたか?」
「ええ、怪我は一つもないわ。今お説教していた所なの」
「そうだったんですか。じゃあ僕はもう行きますね」
「本当にありがとうね。後で改めてお礼に窺うから」
「はい。お母さんに伝えておきます」
お辞儀をして僕はその場から離れた。
さて、次は……。
「ナス、おいで」
「ぴー」
真っ直ぐ家には帰らない。その前に僕はいつもアールスと遊んでいる場所に行く。
「さて、ナス。これから君を洗います」
「ぴぃ?」
「じっとしててね? 『クリエイトウォーター』」
魔力を調整して暖かい水を出す。消費する魔力の量は増えてしまうけど仕方ないよね。
生み出された温水は魔力操作で空中で留める。これもまた魔力を消費する。水の壁やフォース使ったから終わるまでに足りるかな。
「ナス、温かいけど驚いたりしないでね」
野生の動物だから温水なんて慣れていないだろう。
「ぴー!」
温水をナスの頭上に移動させ空中に固定させるための魔力を少しずつ解放してナスに温水を少しずつ浴びせる。
「大丈夫?」
「ぴ~」
気持ちいいらしい。よかったよかった。
本当は石鹸かシャンプーが欲しいんだけ、石鹸は高いんだよな。
「そろそろ一気に行くよ?」
「ぴ~」
魔力を開放して大量の温水をナスにかける。
ナスの体毛が水に濡れて膨らみを失くし本来の体型を見せた。魔獣となったナビィの身体は変わらず丸っこい。
温水を出しながら僕はナスの身体を手でよく洗う。ナス自身も自分の手が届く範囲で身体を拭っている。
温水で洗い終えて泥や汚れが落ちると僕は離れた場所に離れて指示を出した。
「ナス、体をブルブル震わせて水気を切って!」
「ぴー!」
ナスが身体を震わせると水が飛んでくる。離れた僕の所まで飛んでくる。
水が飛ばなくなると僕はもう一度魔法を唱えた。
「『ライター』」
ライターで大きな火を岩に灯しそのまま固定する。
「ぴー?」
「お次は『ウィンド』!」
風を操作して火の上に漂っている熱せられた空気をナスに向ける。
「ぴ~」
「熱すぎない?」
「ぴー」
ナスは回りながらまだ乾いていない所に熱風を当てようとしているみたいだ。
「乾いたら僕の家に帰るからね」
「ぴー!」
ナスの体毛が乾いてふんわりとしてきた。今なら洗う前よりも気持ちいいかもしれない。




