ゲイル
大森林で魔獣達との別れた後僕達は急ぎ足で、でも見回りヶ所の見落としが無いように気をつけながら進む。
基地に着く頃には完全に日は落ちて建物の窓や隙間から光が漏れ出ていた。
大森林側の出入口を見張っている兵士さんからはいつもよりも遅かった事を心配され、理由を話すとともにゲイルを紹介すると驚かれるのと同時に残念そうであり羨ましそうな微妙な顔で見て来た。
その時、見張りの二人いるうちの片方がもう果物を食べられないのか、と寂しそうに呟いたのが嫌に印象に残った。
中に入ってすれ違いゲイルに気づいた兵士さん達からも皆同じような目で見られ、果物が食べられない事やゲイル自身に会えなくなる事を悔しがる人がほとんどだった。
ゲイルは魔獣達からは好かれてはいなかったが人間達とはいい関係が築けていたようだ。
ほんの少しの好奇心でゲイルにこの基地に残ってみるかと聞くと、ゲイルは少し迷った様子を見せた後僕達と行くと返してきた。
魔獣達を厩舎まで送ると僕はゲイルに他の魔獣達と同じ場所で寝泊まりするようにと説明してからカナデさんと一緒に報告に向かう。
事務室に報告書を提出した後、お風呂に入る為部屋に戻るカナデさんと別れた。
僕はまだゲイルに話があるので一緒には部屋に戻らない。
一人で厩舎に向かうと入り口から光が漏れて何やら賑やかな声が聞こえてくる。
声からして精霊が全員厩舎の中にいるようだ。その割には契約者二人の声が聞こえないのが気になる所だった。
中に入ると精霊達がアース以外の魔獣達を中心にしてじゃれ合っていた。
いつもは大人びた雰囲気のサラサとエクレアが今は二人一緒にライチーとアロエを追いかけている。それを真ん中で見ているゲイルとヒビキは楽しそうに身体を揺らしていた。
しかし、フェアチャイルドさんとミサさんの姿はない。
僕は近くにいるディアナに話しかけた。
「ディアナ、フェアチャイルドさんとミサさんは?」
「お風呂入りに行った」
「そっか。それで、あの二人が追いかけてるのは珍しいけど、どうしたの?」
「たいした事ない。ただアロエが悪ふざけしてあの二人に追い掛け回されてる。ライチーは便乗して楽しんでるだけ」
「にしては楽しそうだけど」
「本気で怒ってるわけじゃないからだと思う。サラサもふざけたいだけなんじゃない?」
「ディアナは混ざらなくていいの?」
「疲れるからいい。それより私はナギに言いたい事がある」
「僕に? 何かな?」
「次魔獣を仲間にする時は水に関連する魔獣にしてほしい」
「それまたなんで?」
「皆自分の属性に合った魔獣が仲間にいる。私だけ仲間外れ」
「ああ……サラサはヒビキでアロエはゲイル……エクレアはナスとしてライチーは対応する魔獣は……」
「ナス。ナスは光も操れるから」
「それでいいのかな……しかし、水に関係したねぇ。選んで仲間になってくれるなら苦労はないんだけど」
大森林の魔獣達の件ではっきりとしたのだが、僕の固有能力である魔獣の誓いは魔獣を意志に反して無理やり仲間にするような便利で非道な能力ではない。
魔獣に僕と出会うきっかけを作る能力なんだと思う。その上で魔獣達が求める何かを僕が提供できれば仲間になってくれる。
ナスとヒビキは多分一人ぼっちの寂しさから。
アースだけは分からない。アースに僕の仲間になった理由をそれとなく聞いてもいつもはぐらかされてしまう。
アースは僕に何を求めたんだろう。いつか分かる日が来るのだろうか?
ゲイルは別に僕に懐いたから仲間になったわけではない。ライチーとアロエという友達がいるから僕達について行く事を決めて、僕が提案したから力を貸してくれただけだ。
力を貸してくれた事から嫌われてはいないだろうしむしろ友好的な関係だと思っている。
どの魔獣も自分の意思で僕に力を貸してくれているんだと思う。
つまり仲間になるかどうかは魔獣自身の意志が重要なんだ。
脅して無理やり仲間にする方法もあるのだろうけど、僕はそんな手は使いたくない。そもそもそんな手で仲間にした魔獣を信頼して一緒に戦うなんて出来る訳がない。
「これから会う魔獣が水に関連していて僕に力を貸してくれるかなんてわからないよ」
「そういう正論はいらない」
「えぇ……」
「それより何か用があったんじゃないの?」
「あっ、そうだった。ゲイルに話があるんだった。ゲイルー、ちょっといいかなー?」
僕が呼ぶとゲイルはすぐに反応して僕の方を向いた。
僕と精霊達を交互に見た後のっそりとした足取りで近寄ってくる。
僕も待っていないで自らゲイルに近づく。対面すると腰に付けた小袋から魔法石を取り出しながら腰を下ろす。
取り出したのはステータスオープンとアナライズの魔法石。
シエル様の神聖魔法、ステータスを封じた魔法鉄はエクレアとアロエがいるので使えない。
実戦になる前にシエル様の事を教えた方がいいのだろうか?
信頼を取ると言うのなら教えた方がいいのだろうけど……隠し通した方がいいのか、話した方がいいのか僕にはまだ判断がつかない。
そもそもシエル様の特殊神聖魔法を使う機会なんてあるのだろうか?
「えとね、ゲイル。この石は魔法石って言ってね」
魔法石の簡単な説明をしつつ僕は自分の二つの魔法石を使いステータスを空中に映し出す。
ステータスオープンはその人の身体能力を数値に表し、アナライズはスキルと固有能力を教えてくれる。
役割の違う二つの魔法石だが、本来はアナライズ一つで済ませる事が出来る。だけど、アナライズの方は規制がかかっている為用途に分けて作られた魔法石を使わないといけない。
片方がステータスオープンなのはそちらの方が安いからだ。
こういう神聖魔法を封印した魔法石は対応した神様を祀る教会で購入する事が出来る。
アナライズは本来太い回線が必要な神聖魔法なのだが用途別に分けられているからラーラ様を信仰していない一般人でも使えるようになっている。
神様との回線を有していない魔獣が使えるのはごく単純な理由。この世界そのものであるツヴァイス様の力を借りているからだ。
ツヴァイス様の回路とはこの世界にいるだけで自然と繋がる事が出来る。魔獣や魔人になった際に回路は遮断されるが、魔法石は使用者を介せず直接ツヴァイス様と回線を繋げているから誰でも使えるようになっている。
ツヴァイス様の力で他の神様の魔法を使えるのは、あくまでも魔法石に封じられた魔法を使うのに必要なのは奇跡の力と魔力だけ。
携帯機器に充電するような物だ。使うだけならどの神様の力でも問題ない。
……という事をシエル様に教えてもらいました。
問題なのはこれ、魔獣や魔人でも自由に使えるから神聖魔法を悪用される危険性があるという事だ。
魔物は魔力を使えないから問題ないのだが……高位の神聖魔法は魔法石の回線では細すぎて使えないのが救いか。
「これが今の僕の能力……スキルの数が凄い事になってるな」
僕のスキルは現在共有されている所為で数が以前よりも増えていた。
「えと、それでね、出来たらゲイルの能力もこれを使って教えて欲しいんだ。いいかな?」
「きき?」
どうして? と聞いてくる。
「お互いに得意な事苦手な事を知っておいた方がいいと思うんだ。もちろん教えてくれなくても構わない。
僕はカナデさんとミサさん、それに精霊達の能力は知らないからね」
精霊達の能力は調べられない。使っても効果が出ないのだ。
カナデさんとミサさんの能力を知らないのは一応プライベートな事なので聞いていないからだ。
そもそも二人は同じ人間。直接どういう事が得意不得意なのかは話を聞いたり普段の行動から推察する事は出来る。
しかし、身体の構造が全く違う動物はそうもいかない。特に魔獣は元の動物から全く違う身体の作りになっていてもおかしくないんだ。
アースがいい例だろう。アライサスは本来大きな荷車と同じくらいの大きさだが、アースは二倍どころの大きさじゃない。
身体の構造には詳しくないが大きさが二倍以上差があるのに身体の構造が全く同じだなんで事はないと思う。
ナスの様にハザードポイントが低いという事もあるかもしれないから確認はしておきたい。
「きー……きっ!」
ゲイルは了承してくれて魔法石を使ってくれた。
名前 ゲイル 年齢 なし
種族 ゲルシアミストラ・スカイウォーカー 性別 無性
職業 なし
Lv 87
HP 140/149
MP 3046/4650
力 15
器用 29
敏捷 159
体力 174
知力 10
運 45
これがゲイルのステータスだ。
魔力の量はナスより多くヒビキよりも少ない。
ハザードポイントはナスよりも高いがやはり人と比べると大分低い。
力の値の低さに目が行くが力が上がりやすくなる職業に就いていなく、さらに力に関する固有能力のない人間の十五歳位の平均程度の力はある。小さいなりながらも力持ちだ。
全体的に見て敏捷と体力の桁が違う所がナスの能力値配分に似ていると感じる
もっとも、力と器用、敏捷と体力の高低の関係が見事に逆になっているが。
敏捷と体力が桁違いなのは同じ四足歩行の魔獣だからだろうか?
敏捷がナスに比べて低いのは力が低い事に関係するんだろう。
力とは筋肉の量と物を持ち上げたり支えられる重さが関係する。
筋肉が低くても体重があればそれなりに重い物は持てるし、筋肉があっても体重が低ければ重い人よりも持ち上げられる重さに差が出たりする。
そして、筋肉の量が少なければその分動きのキレが悪くなったり走るのが遅くなって敏捷が下がる。きっとそういう差が敏捷に出ているんだ
体力がナスよりも低いのにハザードポイントが高いのはきっと体格の差だろう。
体格にしてもゲイルの体長は大体ナスの体高と同じくらいで、ナスの横幅はゲイル二匹分以上はある。見た目では明らかにナスの方がガタイがいい。
だけど身体の大きさの差と体力の数値の差を考えてみれば体力の数値の割合がゲイルの方が高い事に気が付く。
ゲイルは身体が大きさに比べて体力の数値が高いからその分ハザードポイントがナスよりも高いんだ、と思う。
しかし、人間からしたらゲイルの数値も決して高い数値ではない。
人間と比べるとナスとゲイルのハザードポイントは低い。
ナスの今のハザードポイントは百七程度。昔よりも増えてはいるが、人間に比べると伸び率が悪い。
人間はスタミナに優れた生き物だと前世で聞いた事がある気がするが、人間はハザードポイントが上がりやすいのだろうか?
こういう時はシエル様に聞いてみるに限る。
(教えて! シエル様!)
(はいはい。お答えしましょう。と言っても、そちらの世界の生き物の事は私には分からないので推測にしかなりませんが、それでもよろしいですか?)
(もちろんです)
(では。まず那岐さんの身体から推察するに、人間は汗により体温調整が効率的に出来る生き物のようですね。これによって長時間動いた際の体温の上昇を抑え体力を温存する事が出来ます。
魔獣も長時間動く事は出来ますが、それは無意識か意識してなのかは分かりませんがあくまでも魔力を消費して体温の上昇を抑えているからです。
元々の身体の機能で長時間の運動を可能とした人間と魔法の補助が必要な魔獣の身体、どちらが能力的に優れているかは言うまでもなく分かるでしょう。
それに単純に身体の構造と体格の差も数値に差として出てしまいますので、アースさんはともかくナスさんとゲイルさんのハザードポイントが低くなるのは仕方のない事です)
(なるほど。でもそうなるとヒビキの数値の高さが不自然なような?)
考えてみるとヒビキの体力とハザードポイントは異常だ。身体が小さいのに僕の十倍以上の数値を誇っている。いくら何でもあの小さな体に十倍以上なんて考えられるのだろうか?
(これもまた憶測でしかありませんが、ヒビキさんは長い時間をかけて身体を作り変えたのではないでしょうか?
話によるとヒビキさんは故郷を追われ逃げるように旅をしていた様子。長距離を移動し続ける為に身体を酷使し魔素の力で身体を再生させ続けた結果最適化が行われたのではないかと考えます)
(魔素の力で身体を再生? って出来るんですか?)
(そもそも魔素は動物から魔獣に変化させるように生き物の身体を作り変えてしまうのです。
それに那岐さんは以前に魔素の人体への影響を考えてしましたね?)
(ああ、老いの早さですね。魔素の所為で老いるのが遅くなってるんじゃないかって……そっか、やっぱり老いが遅いのは魔素に侵された細胞が変質した所為なんですね?)
(その通りです。魔素の限界許容量がある為魔人とならなければ不老にはなりませんが、それでも魔素に侵された細胞は新陳代謝で無くなるまで再生能力で細胞の劣化を防ぎ老化を抑制するのです。
さらにそんな体を作り変える魔素に晒されながら何世代もわたってきた事で魔素が無くても老化しにくい細胞に変化してしまったのでしょう。
さすがに若い人間は新陳代謝が速いので成長の速度は変わらないようですが、その分魔力への変換が早いようですね)
もしかして、僕とアーク人の血が入っていないフェアチャイルドさんの老化の速度も違う?
でも東の国々の人と老化の速度が違うなんて聞いた事が無いから、分断された千年間の変化は誤差のような物なのか?
(なるほど。人より魔素が溜まっている魔獣は傷ついた体の再生の際に、身体の最適化も行われる、と)
(しかし、身体を作り変えるほどの再生を行うとその分体内の溜まっているはずの魔素を消費させるはずです。
ヒビキさんが魔素が濃いはずの魔の領域にいたとしても魔素を消費した分魔力の増加は抑えられてしまう。
それに作り替えるにしても時間はかかるはずです。
那岐さん。もしかするとヒビキさんは貴方が思っているよりも長生きしているかもしれません)
(……そうですか)
元々僕はヒビキはナスよりは長く生きてはいるだろうがアースよりも後に生まれたんじゃないかと考えていた。
それはヒビキの魔力の量アースよりも圧倒的に少ないからだ。
魔獣の魔力の量は摂取した魔力や魔素で増えていく。言ってしまえば息をするだけで魔力を増やす事が可能なのだ。
アースは口や鼻が大きく魔素を好んで吸い込む為魔素による魔力の増加が大きい。
学校にいた頃別々の場所に暮らしていたナスとアースだが、卒業し旅に出て、共に行動するようになってからは明らかにナスの魔力増加量が減っていたのには驚いた。マナポーションの量は変えていなかったからナスが吸うはずの魔素をアースが横取りしていたんだ。
ナスは別に魔素が好物という訳ではなかったので文句は出なかったのは幸いだった。
息をするだけで魔力が増える魔獣は、魔力の量でどれくらい生きているか分かるかもしれないと僕は先ほどまで考えていた。
生き物には魔素許容限界量という物があり、これを越えると変質してしまう。
そして、魔素許容限界量は身体の体積に比例していて、さらに変質後の魔力の量は魔素許容限界量に比例する。
身体の小さな動物ほど魔獣となった後の魔力の量は少なくなるんだ。
ヒビキが魔獣になる前どれくらいの大きさだったのかは分からない。
だけど出会ったばかりの頃のヒビキの魔力の量は数字にしても七千を超えていなかった。
ナスはマナポーションを毎日飲み続け今の魔力の量は三千をすでに優に超えている。
グランエル周辺は魔の平野に比べて魔素の量が少ないとは言えそれでも数年で千近く魔力の量を増やしている。
魔素の濃い魔の平野を何十年も一匹でさ迷っていたらアースに匹敵するほどの魔力を有していてもおかしくないと思っていたから、身体の小さなヒビキは魔獣になってまだ十数年程度しか経っていないのではないかと考えていたんだけど……シエル様によってその前提は覆されてしまった。
十数年ならまだ仲間の痕跡が残っているかもしれなかったのだけど、下手をするとアースよりも長く生きている可能性が出てしまった。
「きーきー」
僕の思考を中断させたのはゲイルの早く次に移りたいんだけど? という急かす声だった。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してたんだ。次はスキルと固有能力だね」
「きー」
ゲイルにアナライズの魔法石を渡す。
魔法が発動すると半透明の青い板が宙に浮かびずらっと文字が浮かび上がる。
スキルの欄は僕やアースが調べた時と同じ物が出ている。他の皆が持っていない、ゲイルだけが所有していたであろうスキルを抜粋するとこうなる。
スキル
縮地Lv.1
加速Lv.3
空間把握Lv.4
平衡感覚Lv.5
特殊スキル
エア・クッション
空駆け
固有能力
風読み
まず最初に……縮地って何だろう? 前世でゲームや漫画で見た記憶はあるがどういう物なのかはよく分からない。
レベルは低いが僕とアースのステータスにも載っていて、アースと一緒に首を捻らせたスキルだ。
ゲイルに聞いてみると、どうやら相手に気づかれずに距離を詰める技能のようだ。
実際に使って見せて貰ったがよく分からない。
見ても分からないと言うと、ゲイルは相手の意識の隙をついて近づくので注目されてる時に使っても意味がないんだと怒られてしまった。
次に加速。これはヒビキの跳躍に似たスキルで、走っている時に効率よく加速する為の技能だ。
僕が実際に軽く走ってみるとその効果が実感できた。
効率的な脚運びや腕の振り具合、体重移動などがなんとなく理解出来るようになっていた。
空間把握は昨晩共有された時からずっと急に視界が広がったような違和感が続いている。少しづつ慣れている事も実感は出来ているので問題ないだろう。
平衡感覚は動き方が変わったと朝ミサさんに指摘された事でようやく分かった。こちらは特に違和感を感じていない。動きが変わっていた事すら気が付かなかった。
最後に固有能力の風読み。
これはその名の通り風や空気の動きを感じ取り予測できる固有能力だ。
似たような能力で温度を正確に感じ取る事の出来る火読み、水の流れを正しく読み取り予測の出来る水読み、岩石や鉱物の脆い箇所を見抜く土読みといった物がある。
どれも有名な固有能力で、魔獣の誓いほどではないが割と珍しい固有能力だ。
「ありがとうゲイル。色々と分かったよ」
「きー」
「ゲイルは空気に関する事が得意なんだね」
「きーきー」
ゲイルはすごいだろー、と得意気に鼻を天に向けた。
「んふふ。すごいね」
特殊スキルに関しては時間のある時に調べよう。
さすがに今日は僕も疲れているからこの辺までにして早くお風呂に入って眠りたい。
今回の話は自分でも書いててややこしく、何度も修正しました。
まだ何か疑問点やおかしい点、矛盾点などがありましたらご指摘ください。
 




