仲間になるという事
僕達との交流をした後のゲイルは兵士さん達からの評判が変わった。
元々悪くなかったのだが、伝え聞くところによるとゲイルは人を驚かせる事が無くなり休憩時間に果物を持っていき人と遊ぶようになったそうだ。
人懐こいゲイルに兵士さん達の間で評判がうなぎのぼりとなったようだ。
もちろん僕達もゲイルとの交流は今も続けている。
特に仲がいいのはアロエとライチーだ。僕達が警らを担当する日になるとゲイルは朝から大森林の入り口で果物を携えて待っていて、合流すると僕に果物を預けてすぐにアロエ達と遊び始める。
仲の良さで言うなら僕とも悪くはないと思う。言葉が通じ合うお陰かゲイルは休憩時間になると僕と話をしたりしている。
他にもゲイルはナス達とも仲が良くなっている。
最初の頃はナスは悪戯をしたゲイルに対して怒っていたが、ゲイルが素直に謝った事で和解し仲良くなる事が出来た。
仲良くなった二匹はやはり休憩時間にヒビキを交えて遊ぶようになった。
遊びと言っても構って欲しいヒビキに対してナスとゲイルの二匹が鼻先で突いてヒビキを転がしたり、三匹仲良く軽く追いかけっこをする程度だ
ただゲイルがいると他の魔獣達が近寄って来ないで遠巻きに監視をして来る。
ゲイルがアロエ達と遠くへ遊びに行くと遠巻きに僕達を見ている魔獣達の中から僕に近づいてくる魔獣が時々いる。
その魔獣に世間話をしつつゲイルの事を聞いてみると悪戯してくるから近づきたくないという答えばかり帰ってきた。
バオウルフ様の言う通りゲイルは森の魔獣達からは好かれてはいないようだった。
ゲイルへの少しばかりの擁護として人間には悪戯をしなくなった事を伝えると、最近は魔獣達の間でも悪戯の被害は聞いていないと返ってきた。
このままゲイルと魔獣達の関係修復はなされるだろうか?
そんな魔獣達との触れ合いが出来るのも今回の警らで最後になる。
仕事を受けて一ヶ月。過ぎ去ってみればあっという間だった。
問題らしい問題は起きずゲイルの件以外は特に何事も起こらず無事に仕事を終える事が出来そうだ。
いつものように休憩所で野宿の準備をしていると、バオウルフ様がやってきた。
ナスに言葉の作り方を教えるのも今日で最後だ。ナスは結局空気の振動で言葉を発生させる事は出来なかった。母音の言葉はそれらしく出来てはいるのだがそれを繋げたり子音にする事が出来ないようだ。
ナスの事を見ていたバオウルフ様は不意に僕へ近づいて話しかけて来た。
『ナギ、ゲイルには明日が最後だという事は伝えましたか』
「え? 僕からは伝えていませんけど……アロエ達はどうだろう」
うっかりしていた。てっきりアロエ達が伝えているだろうと考えていたんだけど確認はしていなかった。
『ゲイルは貴女達、特にライチーとアロエという精霊に会うのを楽しみにしていました。
ゲイルは元々デェフェールさんの縄張りからやって来た魔獣でした。
こちらの縄張りに来た頃から悪戯ばかりして周りに迷惑をかけて……他の魔獣達から疎まれていました。
その所為で一匹でいる事が多かったのです。
ゲイルの悪戯はやがて兵士達に向きました。
驚かされたとはいえゲイルの投げた森の幸が兵士達に喜ばれ、それを見たゲイルは気を良くして同じ事を繰り返す様になりました。
思えばもしかしたらゲイルは他の生き物との接し方を知らなかっただけなのかもしれません。
ナギ、もしもあの子があなた達ともに行く事を望んだら……』
「分かっています。拒む者はいませんよ」
『お願いします』
だけどその前に大森林に来るのは今回で最後だと伝える事と、本人の意思確認が必要だ。
話を終えるとバオウルフ様はナスの傍に寄って行き話しかけた。
僕は周囲を見渡すが、精霊達の姿は見えない。 きっと警戒に出ているんだろう。
ゲイルはヒビキと遊んでいて、フェアチャイルドさんがそれを見守っていた。
近くにいたミサさんにアロエが今日が最後だとゲイルに伝えたか確認を取ってもらう。
するとアロエもライチーも伝えていない事が分かった。
どうやら言葉が通じる僕が伝えていると思ったようだ。これは僕達のコミュニケーション不足だな。
ゲイルは他の魔獣の様に人の言葉を理解できている。公用語は分からないようだが、バオウルフ様や精霊達の使う妖精語は簡単な言葉なら理解できているんだ。
だからアロエから伝えても理解は出来るはずなんだけれど……という事をミサさんに伝えてもらうと突然ミサさんが両耳を抑え顔をしかめた。
どうしたのかと聞くとアロエが大きな声で驚いたのだと言う。精霊との通信はあくまでも頭の中でするものだから耳を抑えても意味はない筈なのだが。
アロエはライチーにも確認を取って僕のいう事が真実だという事を理解したらしい。というかライチーが知っていた事に再び驚いたようでミサさんがアロエに対しての文句を呟きながら眉をひそめていた。後で大切に飲んでいるお茶をミサさんに出そう。
アロエと少し話した結果、ミサさんの提案で僕の立会いの下アロエとライチーからゲイルに話をする事になった。
やはり友人から話した方がいいとの事だ。僕もその意見には賛成で、僕は両者の意思の疎通を確かな物にするために傍にいて通訳をする事になった。
今は夕食後の時間で夜行性ではない野生の動物や魔獣は自分の巣に帰っているはずの時間なのだがゲイルは帰ろうとはしていない。
それどころかゲイルがアロエ達と仲良くなってからは毎回僕達と野営を共にしている。
「ゲイル話があるんだ。いいかな? ヒビキ、少しフェアチャイルドさんといてくれる?」
戯れている二匹に話しかける。すると二匹はそろって首を傾げ僕を見て来た。かわいい。
「ヒビキさん」
話を聞いていたフェアチャイルドさんが名前を呼び両腕を開くとヒビキが彼女の胸の中に飛び込んだ。
フェアチャイルドさんはヒビキを抱いたまま離れていく。離れる必要はないのだが……。
フェアチャイルドさんと入れ替わる様にアロエとライチーが姿を現す。
『ゲイルー』
ライチーがゲイルの名前を呼びゲイルの前にアロエと一緒に並んだ。
『あのね、ゲイル。大事な話があるの』
最初に切り出したのはアロエだった。
「ききっ?」
ゲイルはアロエに対して僕に見せたのと同じように首を傾げて反応を見せた。
『私達この森に来るの今回が最後なの。
元々一ヶ月契約のお仕事でこの森に来ててね、その契約が終わっちゃうの』
ゲイルは上手く伝わってないのか首を左右交互に傾けた。
「えとね。お仕事が終わって僕達はもうこの森には来ないんだ」
「ききっ!?」
「本当って驚いてる」
『ほんとだよー』
ライチーはゲイルの頭に手を伸ばし優しく撫で始めた。
『えとね、えとね……だからゲイルも一緒に来ない?』
「き?」
『私まだゲイルと一緒に遊びたいしライチーも一緒に来てくれたら嬉しいよね? ナギもいいよね? ゲイル一緒でもいいよね? 魔獣使いなんだからいいでしょ!』
「ち、ちょっと落ち着いてアロエ」
僕の顔に張り付いてくるアロエを剥がそうとするが、アロエは実体を無くし僕の手から逃れる。視界は塞がれたままだが実体化を辞めてくれているおかげで息苦しくなることはなかった。
「ま、まずはゲイルの意見を聞こう?」
『うー……ゲイル、私達と来ない?』
「きー!」
ゲイルは行きたいと叫ぶように鳴いた。
「そっか……でもその前にゲイルには伝えておかなくちゃいけない事があるんだ」
大森林に暮らす野生の魔獣であるゲイルにとっては余計な事かもしれない。それでも、僕は伝えなければならない。
ナスの時は深く考えずに聞いたら仲間になった。
アースの時は仲間になりたいと言われたから。実力を肌で感じたし、当時はまだ学校に通っていたから時間は十分にあった。
ヒビキの時は放っておけなかったから。ヒビキには説明する時間はなかった。
ゲイルにはきちんと説明をしなければ。
「ゲイル、すぐにっていう訳じゃないけど僕達は近い将来魔物と戦う事になる可能性が非常に高くなる。
その際に怪我をするだろうし、最悪死ぬ可能性もある。それでも一緒についてきてくれる?」
「きー!」
ゲイルは力強くもちろん! と僕の目を真っ直ぐ見てきて返事をする。
未だに実戦経験のない僕には野生で生きてきたゲイルにこれ以上言える事はないかもしれない。今僕がゲイルに諦めさせようと頭を捻ったとしても説得力のある言葉を作り伝えられる自信はない。
今はこれで十分としよう。
「分かった。それともう一つ、僕は魔獣使いで魔獣達の力を借りる事が出来るんだ。
具体的には魔獣達の固有能力以外の得意な事……ゲイルが風を操るのが得意なら僕も少しだけ得意になれるんだ。
これは強制じゃないし力を貸してくれなくてもゲイルを拒否したりはしない。
どうかな? 僕に力を貸してくれるかな?
もちろん見返りはゲイルが望むものを出来る限り用意するよ」
「きーきー」
よく分からないがいいよ、と答えてくれた。
「うん。じゃあ改めて聞くね。僕の仲間になってくれる?」
「きー!」
《ゲルシアミストラ・スカイウォーカーが仲間になりました》
いつも通りの神託が降りる。
ミストラの前についているゲルシアはたしか大森林の東部、魔の平野に面したあたりの土地の名前だ。歴史の授業で習った覚えがある。
スカイウォーカーというのは文字通り空を歩く事から来ているんだろう。分かりやすい。
《魔獣の誓いが強化されスキルが魔獣達と共有され相互使用が可能となりました》
「ほえ?」
このタイミングで強化が来るのか。しかし、スキルの共有? 魔獣達も互いのスキルを使えるようになったという事だろうか?
「きき?」
ゲイルも何やら空を見上げて首を傾げている。
「ゲイルにも頭の中に声が聞こえた?」
「きぃきぃ。きーき」
ゲイルの方は声ではなく情報が流れ込んできたようだ。
僕の方にもゲイルの特殊スキルの情報が流れ込んできた。
名前は空駆けとエアクッション。
空駆けはゲイルが空を走る際の技術の名前。
エアクッションはどうやら圧縮した空気で衝撃を和らげる技術の事のようだ。
この二つは本質的には同じ物で、圧縮された空気の塊を作る能力だ。
違いは圧縮濃度の違いによる強度。それに付け加え空駆けには高い平衡感覚と空間認識能力が必要だという事だ。
平衡感覚は作った小さな足場で姿勢を崩さないようにするもの。空間認識能力は作った足場を踏み外さない様にきちんと認識する為に必要だ。
共有されたおかげで僕の周囲への感覚も研ぎ澄まされている。
身体も心なしか重心が先ほどまでよりも安定しているように感じる。
寝る前に魔法石を使い自分のステータスを調べておこう。
「ゲイル。使えるようになったスキルは後日時間が空いたら調べるから今は使わないでほしいんだけど、頼めるかな?」
「きー?」
「使えるようになった能力でサンダー・インパルスとフレア・バードは危険な能力なんだ。
特にフレア・バードは固有能力を前提にしたスキルだから、下手に使うと痛い目に合うよ」
「きー」
分かってくれたかな?
しかし、他の魔獣の力が使えるというのは危険だな。ヒビキとか何も分からずに使ったりしないだろうか?
今ヒビキを見てみると、フェアチャイルドさんの腕の中で眠たそうにしている。
ナスは真面目だし、アースはめんどくさがりでこういう事には興味を示さないだろうから安心できるのだか。




