反省
二回目の警ら。一回目の時と同じように奥へ向かう途中またミストラがやって来た。
今回は空にも警戒網を広げていたので早めに発見する事が出来た。
事前にライトシールドをかけてあるのでどんな物で攻撃されても問題はない。
しかもミストラが行動を起こす前にアロエが遊びに誘いに行ってしまった。
これならもう今回の襲撃はないだろう……と思ったのだが。
『わはははっ! どうだー!』
「ききー!」
手を組んできやがった。
最初に被害にあったのはカナデさんだった。木の陰に隠れていたミストラが枝を揺らし枯れ葉を纏ってぶら下がっていたミノムシを落としてきたのだ。
パリンとライトシールドが割れる音でミノムシが頭上から落ちてきた事に気づいたカナデさんは取り乱しミサさんに抱き着こうとしてライトシールドによって弾かれてしまった。
ミストラの接近に気づかなかったのはアロエが自分の魔力をミストラに纏わりつかせていたせいだ。
アロエの悪戯に気づき叱ろうとしたミサさんが二人目の犠牲者になった。
なまじ繋がっているからミストラの周囲にアロエがいる事に気が付けたミサさんはアロエを叱ろうとミストラのいる木に近づこうとしたところで木の実を顔面に食らった。
カナデさんとの衝突でライトシールドが切れていたのが不味かった。
炒って食べるとおいしいその木の実は硬い殻に覆われていて当たると結構痛そうだった。
「フェアチャイルドさん」
「大丈夫です。すでに確保しました」
僕が指示を出すまでもなくフェアチャイルドさんは動いたようだ。
『ぐあー! な、なにをするー!!』
「きっ!?」
姿は見えないがアロエの叫び声とミストラの驚く声が聞こえてくる。
『何をやってるのかしらね? 貴女は』
『お仕置きが必要』
『ごめんね? アロエ』
『ミサにまで迷惑かけるとか……ありえない』
『ぬわーーーー!』
姿は見えないが精霊達が何かをやっているのだろう。アロエの悲鳴が何度も聞こえてきた。
ミストラは頭だけを出した状態で水の球体に捉えられている。ディアナの力だろう。
「フェアチャイルドさん。サラサ達何やってるの?」
「皆でアロエさんを圧縮しながらお説教してるんです。精霊は痛みは感じませんが、圧縮をされると息苦しさのような物を感じるみたいです。
なので精霊が精霊をお説教する時はいつも圧縮しながらお説教するそうです」
「……なるほど。あれ? でも核がちゃんと石の中にあれば石の中に逃げれば済む事じゃ……」
「その核に直接やっているんです。姿が見えないのはその所為ですね」
「そ、そうなんだ。あっ、ディアナにミストラは僕達の前に連れてくるよう言ってくれる?」
「分かりました。……えと、アロエさんが邪魔してるみたいで少し時間がかかるそうです」
「そっか……あんまり苦しめない様に気を付けてって伝えて置いて」
「はい」
しばらく待つと水の玉から頭だけを出したミストラが僕達の目の前にやってきた。
ミストラはぐったりとはしているが息はあるようだ。
「フェアチャイルドさん。水の玉解ける?」
「いいのですか? 逃げるかもしれませんが」
「このまま死なれるよりずっといいよ」
「分かりました」
水の玉が消えるとミストラは地面に落ちそうになったので僕はとっさにライトシールドを解いてから手を伸ばし受け止めた。
「ききっ!」
僕に抱きしめられたミストラは暴れ出した。随分と元気があるのでぐったりしていたのは演技だったんだろう。
とりあえず放す前に濡れているので水分を出来る限り魔力で取り暖かい風を送る。
「き?」
ミストラは暴れるのをやめて僕を見てから首を捻った。
結構大きい。体長は尻尾を含めて大体六十デコハトル位だろうか?
身体は頭の先から尻尾の先まで半円の耳と足以外凹凸の少ない流線型だ。
湿っている毛並みはすべて後方に流れている。
僕を見る目は瞳が水色だ。
「寒くない?」
「きー……きき?」
うんと返事をした後にあれ?っともう一度首を捻った。多分僕の言葉が理解できる事に疑問に思ったんだろう。
「僕は君の言葉が分かるし、君も僕の言葉が理解できる。僕はそういう能力を持ってるんだよ」
「きー」
「……それでね、僕は君に言いたい事があるんだ」
「き?」
「出来れば驚いて転んだカナデさんと、顔に木の実をぶつけたミサさんに謝って欲しい」
「きき?」
「怪我をしていたかもしれないから。あのね、腰って言うのは身体の中でも重要な部分の一つなんだ。
腰はね、人が歩いたり立ったりする時にとても負担がかかる場所で、打ち所が悪いと歩けなくなるかもしれないんだ。
想像してみて? 君がもしも歩けなくなった時の事を。
ご飯を取る事が出来なくなったり、敵から逃げられなくなっちゃうんだ。そうしたらどうなっちゃうかな?」
「きー……」
「顔に木の実を当てたのもね、とても危険な事なんだ。もしも目に当たったら目が見えなくなっちゃうかもしれない。そうなったら腰を痛めた時の様になるどころかもっと悪い事態が起こるよね。
例えば知らないうちに尖った石を踏んづけて怪我をしてしまうかもしれない。
歩いていて気づかないまま深い深い穴に落ちちゃうかもしれない。
木の枝の上に大きな動物がいて襲い掛かってくるかもしれないね」
「きぃ……ききー」
「そうだね。人間は魔法を使える。だけどね。誰もが魔法で対処できるわけじゃないんだ。
特に大きな怪我は治るのに時間がかかるし、部位を失くしたら治せる人も限られる。
魔力の量の限界だってある。魔獣の様に人は誰もが多くの魔力を持っているわけじゃないんだよ」
「きぃきぃ」
「……そのつもりが無いのは分かったよ。でもね、そのつもりが無くても怪我してしまうかもしれないんだ。
本当に脅かすだけが目的で怪我をさせる気が無かったのなら、怪我をしたかもしれない二人に謝ってほしい」
「……きー」
「……ありがとう。僕はアリス=ナギ。君の名前を教えて欲しいな」
「きーきー」
「ゲイルだね。教えてくれてありがとう」
身体の乾いたゲイルを地面に降ろすとゲイルは一度僕の顔を見てからまず最初にカナデさんの所へ向かった。
僕達の事を見ていたカナデさんはじっとゲイルの事を見ている。
カナデさんの前に腰を下ろしたゲイルは頭を下げてきーっと鳴いた。
「カナデさん。ごめんなさいって謝ってます」
「まぁまぁ! いいですよぉ。怒ってないですよ~。ちゃんと謝って偉い子ですねぇ」
「あはは……」
カナデさんの言葉を通訳するとゲイルはもう一度頭を下げてミサさんの所へ向かった。
ミサさんは僕達の方は見ておらずアロエの事を説教しているようだ。
声をかけると真面目モードだったようでちゃんと反応してくれた。
先ほどと同じようにゲイルが謝るとミサさんも笑って許し注意だけをした。
ミサさんに謝った後、ゲイルは辺りを見渡しながらアロエの名前を呼び始めた。
どうやら姿を見せなくなった事が心配なようだ。
ミサさんに聞くとまだお説教が続行中だった。両手を合わせて一旦中断してアロエの姿をゲイルに見せてくれないかと頼むと悩んだそぶりを見せてから了承してくれた。
『ひどい目にあったー!』
精霊達からの拘束を解かれたアロエは姿を現した。
ゲイルは姿を現したアロエに近づき頭を擦り付ける。
この前一緒に遊んだだけで随分と仲が良くなったらしい。
『おっ? おー?』
擦り寄ってきたゲイルに対しアロエは不思議そうな顔をする。
「姿が見えなくて心配してたみたいだよ。本当仲良くなったんだね」
『なんだ! 心配してくれたんだ! えへへー。ごめんねー。皆がうるさくてさー』
『お説教はまだ終わっていませんからね?』
『げっ』
ミサさんの言葉に露骨に顔色を変えるアロエ。あまり反省した様子もないし当然だろう。
「……でもアロエと仲良くなってくれたのは嬉しいデース。アリスちゃん。これからも仲良くして欲しいと伝えてくれますカ?」
「もちろんですよ」
ミサさんの言葉を伝えるとゲイルは照れたようにそっぽを向いた。
夕方、昼間少しごたごたしていたお陰で今の時間になっても予定していた野宿する地点に辿り着く事が出来なかった。
今いる場所は野宿する予定だった休憩地点の一つ手前の休憩地点。
暗くなってきたという事もあり僕達はこの場で野宿する事を決めた。
ゲイルは相変わらず僕達と一緒にいる。
周囲の見回りの仕事をしているアロエに代わって、今はナスとヒビキがゲイルの相手をしている。
そして、野宿の準備をしている途中にバオウルフ様がやって来た。
バオウルフ様はナス達と戯れているゲイルを見て僕にお礼を言った。
お礼を言われるような事ではないし、仲良くなったのはゲイルとアロエのおかげだ。
僕達が休憩時間になるとアロエが率先してゲイルと僕達を絡ませに来たのだ。
話をしてみると森の外の世界を聞かせて欲しいとお願いされたので休憩時間になると僕は今まで旅をして見て来た物を話す事にした。
ゲイルは興味深そうに真っ直ぐ僕を見ながら静かに話を聞いていた。
その様子を見てなんとなくだが付き合いが長くなりそうな気がする。
その事をバオウルフ様に話すとそうですか、と寂しそうにつぶやき目を伏せた。
それ以上は何も言わずバオウルフ様はその場に座り遊んでいるゲイル達の事を眺めていた。




