膝枕
「ねぇフェアチャイルドさん。今日は訓練は午後に回して午前中はアースの身体を洗いがてら基地の外に散歩に出ようと思うんだけど、一緒にどうかな?」
僕は朝の日課であるフェアチャイルドさんの髪を梳きながら誘う。
「もちろん行きます」
「良かった。カナデさんとミサさんはいかがですか?」
すぐ傍で支度をしている二人にも声をかけてみる。
「私は今日はベリルの日干しをしようと思ってるんですよぉ」
「ああ、今日はいい天気ですもんね。ベリル切り分けるのやっておきましょうか?」
「あっ、お願いできますかぁ?」
「はい」
「お願いします~」
「ワタシも遠慮しておきマース。今日はこちらの聖書を読み進めるつもりデース」
「大丈夫ですか? まだ文字を読むのは慣れていないんじゃ」
「大丈夫デース。この聖書は全部ではないですがシスターレーベに内容を読み聞かせて貰ったんですヨ。
半分までなら教えて貰って内容は大体覚えているので文字と記憶を照らし合わせていけばなんとかなりますヨ」
「はあ……なんと言うか従姉妹揃って頭いいですよね」
「ふふーん。もっと褒めていいのですヨ?」
「あはは……じゃあ行くのは僕とフェアチャイルドさんでいいのかな」
『わたしもいく!』
フェアチャイルドさんの膝の上に座っていたライチーが手足をバタバタとさせている。
「んふふ。分かってるよ。ライチー達はフェアチャイルドさんとずっと一緒だもんね」
『うん!』
朝の支度を終えて自分達のお菓子を作る為に持って来ておいた包丁でカナデさんのベリルを八等分に切り分けた後、食堂で食事を取る。
そしてその後僕達は基地本部の受付に外に出かける事を伝え許可を貰った後魔獣達を迎えに行く。
食休みもかねて魔獣達との朝の挨拶を終えた後は魔獣達の朝食を用意する。
朝食を終えるとヒビキはいつものように僕に抱っこをせがんできた。
貴重品はさすがに置いていく訳にもいかないからヒビキに抱っこするのは待って貰って先に食事を終えたアースの身体に貴重品の入った荷袋と荷箱を丈夫な縄で纏めて背負って貰う。
そして、入浴後の風よけ用に荷物の上から昔王都で購入した布を掛ければ準備完了だ。
ヒビキを呼び抱きしめてから僕達は厩舎を出ると外に出ていた兵士さん達から視線が集まる。
兵士さん達に向けて会釈だけをして基地の出入口へと向かう。
出入り口の守衛に事情を説明し許可証を見せると問題なく通してくれた。
「ぼふぼふ」
基地を完全に出た所でアースが僕に私に乗りなさいと言ってきた。
「いいの?」
「ぼふっ」
「じゃあお言葉に甘えて。フェアチャイルドさん。一緒に乗ろう」
「は、はい!」
「ヒビキはナスと一緒でいいかな?」
「きゅ? きゅ~……きゅっ!」
ヒビキは考えるそぶりを見せたが答えはすぐに出たようでナスと一緒でいいようだ。
「じゃあナス。ヒビキの事お願いね」
「ぴー!」
僕はヒビキをナスに預け、フェアチャイルドさんの手を取ると地面が少し揺れた後少しの重力の負荷を感じ視界も高くなっていく。
地面が長方形に盛り上がって僕達を持ち上げているんだ。
動きが止まると同時にフェアチャイルドさんが姿勢を崩した。僕はすぐに彼女を支える。
「くふっ。ありがとうございます」
「気を付けてね」
どうせこの後彼女は僕の前に横座りで座るのだからと思いお姫様抱っこをする。
「くふぅ!」
「え、だ、大丈夫? 変な所触っちゃった?」
「だ、大丈夫です。少し驚いただけですので」
「そっか。それもそうだよね。急にこんな格好にさせちゃってごめんね?」
「い、いえ。いいんです。その……」
「ぼふぼふ」
フェアチャイルドさんが言葉を続けようとしたところでアースから早く乗れとの催促の声がかかった。
「あっ、ごめんごめん。フェアチャイルドさん、アースの首に移るからしっかり僕に捕まっててね」
「はい」
フェアチャイルドさんをしっかりと両手で支え、アースの首の上に移る。
そして、腰を下ろしてから位置を調整しそっとフェアチャイルドさんも降ろす。
僕が合図を出すとアースはゆっくりと歩きだす。
どうやら乗せはしたが急ぐ気はないらしい。いつも僕達が歩いている時と同じ程度の速さだ。
アースは街道を外れ木々の生えていない西の方へ向かう。行先はアースに任せていいだろう。
「今日はいい天気だねー」
アースに揺られながら空を見る。
雲は遠く青い空が広がっている。
気温はフェアチャイルドさんが調整しているので暖かいが、遠くから運ばれて来た頬を撫でる風は冷たく気持ちがいい。
地面が草が枯れて茶色ばかりなのが少し残念だが、冬の澄んだ空気は悪くはない。
「気持ちのいい天気ですね。この日にナギさんと一緒に出掛けられて、私嬉しいです」
「んふふ。僕もだよ」
「本当ですか?」
「もちろんだよ。お昼外で食べるって言うのも悪くなかったかもね。食材持ってくればよかったかな」
「次の機会があったらそうしましょう」
「そうだね」
僕達が話をしている間アースは止まる事なく歩く。
時折聞こえてくるナスとヒビキ、それにライチーの楽しそうな声。野原を駆け回っているのであまり遠くまで行かない様にと注意するがナスの足が止まる気配はない。
もう五十ハトル以上は慣れていると思うのだが、ナス的にはまだ遠くないという判断だろうか?
緩やかに揺られて小一時間程たった頃、アースがススキのような植物が沢山生えている場所の前で立ち止まった。
「ぼふぼふ」
どうやら風に揺られて植物同士がぶつかり合い鳴り響く音楽が気に入ったらしい。
風流な事だ。僕も落ち着く感じがして好きだけれど。
僕とフェアチャイルドさんはアースから降りてアースから荷物を降ろす。
そして、アース自身に自分の入るお風呂を作って貰う。
アースはススキに似た植物から少し離れた場所に移動し、自分の足元の土を陥没させ高さを調節する。
アースが腰を下ろして鼻を上に突き出しはみ出る位の深さになるとアースは掘り下げるのをやめ、地中の大きな岩や石を操り床と側面に敷き詰める。
作業が終わるとフェアチャイルドさんに向けて一鳴きする。
合図を受けたフェアチャイルドさんはディアナに水を出して貰いながら、左手で水に触り温度を確かめながら精霊魔法で水を人肌よりも高めに暖める。
サラサに任せると細かい調整が出来ないのでアースが火傷してしまうかもしれないからこの作業だけはフェアチャイルドさん自身がやらないといけない。
ヒビキも同じような事は出来るのだが今はナスとじゃれあって遊んでいる。
「ぼふー」
お湯が満たされるとアースは瞼を閉じてフェアチャイルドさん達にお礼を言う。
だがまだ終わりではない。湯温の維持はサラサでも出来るので今度はサラサに水温の維持を頼んだままフェアチャイルドさんは精霊魔法を使い、わざとお湯に浸透させているサラサの魔力の一部を魔力を失くした状態にする。
そうして出来た魔力が無い状態のお湯に新しくディアナから借りた魔力を馴染ませてアースの身体を洗う為に動かし始めた。
流石は精霊魔法だ。アースの纏っている魔力の中では消費が激しすぎて僕の魔力の量ではあっという間に尽きてしまうだろう。
僕が同じ事をやるにはアースには自分の魔力をソリッド・ウォールで纏めてもらう必要があるが、流石に野外で魔力の守りを無くすというのは、周りに魔物や敵対者がいなくてもあまり良い事ではないから身体を洗う時にフェアチャイルドさんがいると非常に助かる。
その身体を洗われているアースは気持ちよさそうに鳴いた。
「ありがとうね、フェアチャイルドさん。アース喜んでるよ」
「いえ、これくらいは。アースさんにはいつも重い荷物を持っていただいていますから」
「そうだね……ってアースがお風呂に入る時いつも同じようなやり取りしてるね」
「あっ、ふふっ、たしかにそうですね」
アースのお湯浴びを終わらせた後のぼせない様にお湯の温度を維持するのもやめてもらう。
後はアースが満足するまで待つ事にする。
「座って待ってようか」
「そうですね」
僕は女の子座りで地面に腰を下ろす。
そして、フェアチャイルドさんは僕の隣に腰を下ろして流れる様な動作で僕の膝の上に頭を乗せた。
「……フェアチャイルドさん?」
名前を呼ぶと彼女は顔を真上を向くように動かし視線が片方だけ会う。
横から頭を乗せている所為で自分の胸が邪魔をして彼女の顔半分が見えない。
片目だけで僕を見てくる彼女は、僕の事をじっと見つめてきた後むくりと上半身を起こした。
「あの……」
何も言わないフェアチャイルドさんが怖い。
フェアチャイルドさんは僕と同じように女の子座りをして僕の方を向いて笑みを浮かべた。
「ナギさんナギさん」
彼女は僕の名前を呼びながら自分の太ももをパンパンと叩いて鳴らしだした。
「えと……?」
「膝枕です。私が枕をするのでナギさん頭を乗せてください」
「え……い、いいけどどうしたの急に?」
「やってみたかったんです。さぁ早く」
フェアチャイルドさんは赤い瞳を輝かせて僕を見てくる。
「う、うん」
膝枕をさせてもらうなんて初めてだ。いつもは僕がする方なんだけど……。
緊張の所為か自分の心臓の鼓動が早くなっていく。
僕は横になり彼女に対して正面から膝の上に頭を乗せる。
彼女の着ている冬用の厚いローブが邪魔して膝の感触は分かりにくい。
そのまま見上げてみると厚く盛られた胸が邪魔をして彼女の顔が見えない。
不意に僕の額に彼女の手が覆いかぶさってきた。暖かい手だ。
彼女の手はそのまま僕の髪を優しく撫でてきた。
僕は代わりにと彼女の頬に手を伸ばす。
昔に比べてすっきりした顔になったせいか柔らかさが無くなってきた頬。だけどすべすべて触り心地がいいのは変わっていない。
この状況はっきり言って恥ずかしい。
フェアチャイルドさん相手にこんな……他の人にはあまり見せたくない光景だ。
何故って、多分僕は今とても安らいだ顔をしているはずだからだ。
フェアチャイルドさんの膝の上で僕がこんな顔をするなんて事誰にも知られたくない。
だけど彼女に包まれて心地が良いのもまた事実。誰もいない二人きりの時なら、素の自分を出すのも悪くないかもしれない。
だけどそんな時は来ないのだ。彼女の傍にはいつも精霊達がいる。
今こうしている間にも安心しきった僕の顔も精霊達には筒抜けだろう。
精霊達がいつも傍にいる事で僕は成長していく彼女に対していつも冷静でいられる。
その事については感謝をしている。でもそれでも時々……本当に時々いつも彼女の傍にいる精霊達の事を邪魔に思ってしまうのだ。




