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バオウルフ様

 森の奥へ進むうちに道を挟んでいる森に潜む魔力(マナ)の塊が多くなってきているのを僕は感知する事が出来た。

 普段はお喋りなミサさんも何かを感じ取っているのか無言で歩いている。


「カナデさん。何か感じますか?」

「何か意志ある生き物に見られているような気がしますぅ」

魔力(マナ)の量からして魔獣だと思うんですが……」

「観察……ですかねぇ。アリスさんの固有能力ではそこまで詳しい事は分からないんですよね?」

「はい。残念ながら」


 一斉に襲い掛かってこない事を願いつつ僕らは歩みを進める。

 そして夕方、空が赤くなり太陽が木々の陰にその輪郭を沈め始めた頃に僕達は休憩用の空き地に辿り着く事が出来た。

 空き地は古い木材で出来た柵で囲われていた。

 柵は所々枯れた草や低木の枝に侵食されているが破損している個所は見受けられない。

 この空き地は地図が正しければ今回の巡回経路の半分を過ぎた場所にある。

 丁度折り返し地点を過ぎた場所。大森林の最奥部に近い場所だ。

 僕達は日が暮れる前に野営の準備をするのだが、僕はその前に未だに僕達を見ている魔力(マナ)の塊に向かって声をかける。


「僕達に用があるのなら出てきてほしいんだけど」


 僕やフェアチャイルドさんは周辺の気配を魔力(マナ)や精霊の助けなしで感じ取る事は出来ない。しかし、カナデさんとミサさんは違う。カナデさんは鋭敏な五感で周囲の異常を感じ取る事が出来、ミサさんも勘のような物が働くらしい。

 そんな二人が何者かに見られたままで気を休められるはずもない。

 だから僕は声をかけた。

 僕の感知ではいくつかの魔力(マナ)の塊が揺れたのを感知する事が出来た。

 そして、一つの塊が森の奥へと走るような速度で離れて行く。


「ちーちー!」


 木々から聞こえてくる鳴き声。ちょっと待っててと言っている。


「分かった! 皆、待っててほしいみたい」

「待っててほしい、ですかぁ」


 のんびりとした口調だがカナデさんの手は弓を離していない。

 そして、僕が答えた事に驚いたのか森の中が騒がしい。

 待っている間に僕達を見ている者達は僕に対してしきりに質問を投げかけてくる。

 どうやら僕に自分達の意思が伝わっているのか確認したいようだ。答えられる物には全て答えるとざわめきが強くなった。

 ざわめきが収まると魔力(マナ)の塊の一つが僕達の所へやってくる。

 低木の陰から出て来たのはヒビキの様に丸っこく大きさも同じ位の体毛の茶色いリスによく似た動物……じゃなくて魔獣だった。

 チェサットというリスによく似た動物が魔獣になったんだろう。チェサットは大きさは目の前の魔獣よりも小さく真ん丸ではなかったはずなのだが。


「ちー」

「あっ、こんばんは」


 チェサットの魔獣は丸っこい身体を動かしお辞儀をしてきた。

 こんな丸っこい魔獣が出てきてヒビキは大丈夫だろうか?

 僕はヒビキのぬいぐるみを作った時の事を思い出し心配になってヒビキの方に視線を向ける。

 ヒビキはフェアチャイルドさんの腕から解放され今は地面の上に立っていて、僕と視線が合うとなぁに?という感じに首を傾げた。

 どうやら大丈夫なようだ。色か? 色が違うから仲間と間違えないのか?

 理由はどうあれ泣きださないのなら良かった。


「ちーちー」

「えっ、主様がここに来るの?」

「ちー」


 どうやら先ほど離れていったのは主様を呼びに行った魔獣のようだ。


『ぬしさまー? くるの?』


 ライチーがフェアチャイルドさんから離れてチェサットの前に出てきた。

 チェサットは妖精語を理解しているのか頷いて答える。


『わー! ぬしさまがくるんだ! サラサ、ディアナー。ぬしさまくるんだってー!』


 ライチーは嬉しそうに周囲を飛びまわる。


「ぬしさまとは話に聞いたバオウルフ様の事ですカ?」


 ミサさんの問いに答えたのは石から出てきたサラサだった。


「そうよ。この縄張りで主様って言ったらバオウルフ様以外ありえないわ」


 チェサットに確認してみるとサラサの言う通りのようだ。

 主様が来るのなら仕方がない。もしかしたら移動する事になるかもしれないので僕達は野営の準備を最低限に留め到着を待った。

 しかし、蜘蛛の糸で感知をしてもそれらしい魔力(マナ)の塊は感じられない。

 こちらに向かってくる魔力(マナ)の塊が複数あるが、アースに匹敵すると聞いていた主様の魔力(マナ)の量と比べて明らかに少ない。

 ……いや、この大森林を覆う魔力(マナ)の事を考えたらただ単に身に纏っている魔力(マナ)が減っているだけかもしれない。

 もしくは隠している、とかだろうか。

 考えているうちに主様は姿を現した。

 木々の隙間から見える姿は図鑑に書かれていた物と同じ。大きさは一般的な馬よりも少し大きく見える。


『主様だー!』


 ライチーが主様目掛けて飛んでいく。

 そんな纏わりついてきたライチーに対して主様は穏やかな声で応えた。


『お久しぶりですね。ライチー』


 男性とも女性とも区別がつかない中性的な声。だがそれよりも僕が驚いたのは主様の声が翻訳されていない(・・・・・・・・)という事実だ。

 言葉を話す事自体は前もって話に聞いていたので驚きには値しない。

 しかし、僕の自動翻訳は相手から発せられた言葉なら例外なく、そして誤解なく正しい翻訳してくれる。

 相手に嘘をつく意図が無ければ僕の能力は相手の言葉を正しく理解する助けとなるのだが、あくまでも助けになるという程度なのだ。

 それというのも相手の言葉をどう解釈し受け取るかは結局僕自身の判断に委ねられているからだ。

 あくまでも相手の思う通りに翻訳するだけで、相手の意図をきちんと理解し読み取れる事ができるかは僕自身にかかっている。

 例えば相手が嘘をつこうと思い嘘をつけば僕は能力だけで見破る事は出来ない。相手の嘘には僕自身が気づかなければいけないのだ。

 これは相手の勘違いで誤った情報を教えられても同じだ。


 話が逸れたので元に戻すが、今の主様の言葉に僕の能力が適応されないという事は、主様の話しているのは喉から発せられた言葉ではないという事の証だ。

 ナスの固有能力で作った人の言葉は元はナスの鳴き声を加工している為僕にも翻訳される。

 しかし、今回主様の言葉が翻訳されないのは鳴き声を加工している訳ではないんだろう。


 僕は妖精語を自動翻訳の追加効果である聞いた言語は忘れる事なく話せるようになる、という効果のお陰で翻訳されなくても妖精語に不便はないのだが……。


「主様、お久しぶりです」

「ぶりです」


 サラサとディアナも主様の前も出て頭を下げる。


『本当に……元気そうで何よりです。特にレナス』

「えっあっ……ど、どうも」


 フェアチャイルドさんは話しかけられ動揺を隠す事もままならない様子で頭を下げる。


『病にかかっていたという話を三人から聞いていましたよ。私は過去にあなたとは一度だけ会った事がありますが覚えているでしょうか?』

「は、はい。覚えてます」

『それは良かった。この三人は貴女がいなくなってから沈んでいましたから、今ここにいる事を感謝しましょう』


 主様はそこで言葉を切ると僕の方を見てきた。


「初めましてバオウルフ様。私はアリス=ナギです」

『初めまして。私の事は知っているようですね。ならば紹介は省きましょう。それよりもこの子達が失礼をしてしまっていたようですね』

「警戒されていたのでしょうか?」

『そのようです。貴女の力を感じるのは初めてのようでしたから』

「差し支えなければ教えて欲しいのですが、魔獣には僕はどのように感じるのですか?」

『それは魔獣によって違うでしょう。ですが私がどのように感じるかは答えておきましょう。

 私にとって貴女から感じる力は、そう強い物ではありません。ただ小さな違和感を感じさせるだけの物です。

 貴女の事を特別試そうとも、警戒しようとも、友好的になろうとも思わない程度の違和感です』

「そうですか……」


 これは僕の仲間になる気はないという意味だろうか?


『他の魔獣達は分かりません。貴女はどうやら皆の言葉が分かる様子。聞いてみた方が早いでしょう』

「そうですね。そうしておきます」

『それと、ゲイルが迷惑をかけたようで申し訳ありません』

「ゲイル?」

『貴女達に向かってベリルを投げつけたミストラの仔です。

 いつも叱っているのですが人間達も楽しそうにしていると言って聞かないのです。

 私の方も人間達の感情が伝わってきていたので強くは言えずに……』

「ああ……兵士さん達投げつけられる果物を楽しみにしているみたいでしたからね……あれっていつもベリルを?」

『いいえ。適当に見つけた果物を使っているようです』

「そうでしたか……あっ、バオウルフ様はもしかして全ての魔獣に名前をつけているんですか?」

『ええ、私の縄張りにいる仔達だけですが』

「魔獣達に聞けば名前教えて貰えますでしょうか?」

『大丈夫だと思いますよ』

「じゃあ後で聞いてみますね」


 話が終わるとバオウルフ様は僕達の周囲を囲っていた魔獣達に向けて無暗に観察するのは止めるように言った。

 バオウルフ様の言葉を聞いて魔獣達は少しずつこの場を去っていく。

 中には人間に興味があって残る仔もいるようだ。

 そして、バオウルフ様もこの場から去ろうとしたその時、ナスがバオウルフ様を呼び止めた。


「主様、待って!」


 ナスの声にバオウルフ様は一瞬動きを止めてからナスの方へ振り返った。


『なんでしょうか?』

「僕、知りたい! 主様、喋る、上手! どうして?」

『その事ですか。答えは簡単です。言葉というのは空気の振動で相手に伝わるのです。私は風を操る事が得意なのでその事に気が付きました。

 そこで私は魔力(マナ)で空気を振動させれば言葉を自由に作り出す事は出来ると考えたのです』

「やり方、教えて、欲しい!」

『しかし、私はこれを可能とするのに沢山の時間が必要でした。貴方にはその時間はありますか?』

「がんばる!」

『そうですか……ならば私は今晩貴方の傍に留まり貴方に教えるとしましょう』

「よろしいんですか? 忙しいのでは?」

『そんな事はありません。私はどこにいても縄張りの事は把握できるので見回る必要が無いのです』

「なるほど……ナス、よかったね」

「ぴー!」


 ナスは余程うれしいのか二本足で立って僕の頬に鼻を押し付けてくる。

 少しのくすぐったさに僕はナスの背中に腕を回し抱きしめる事で応えた。


バオウルフは魔獣になり無性になって声もどちらとも取れない中性的な声をしていますが一応オスのイメージです。

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