リュート村にて その2
朝起きると僕はアールスにまるで抱き枕の様にしがみ付かれていた。
昨日小母さんに泊まりたい事を伝えるとぎこちない笑顔だったけれど許してもらえた。
夕飯を食べた後、アールスの家に行き僕はアールスと同じベッドで寝る事になったんだ。
親以外では前世含めて初めて同じベッドで寝たのはアールスか。
アールスはかわいい。大きくなったら今よりもっと綺麗になって男の子がほっとかなくなるだろう。この子は大きくなったらどんな子に成長するのか楽しみだ。
それにしても窮屈だ。アールスは見た目に反して力が強いからしがみ付かれると苦しい。
腕を剥がそうか?けど気持ちよさそうに寝てるし下手に動かして起こすのも躊躇われる。
「おとーさん……」
寝言と同時にアールスの目じりから涙が零れた。
……やっぱり泣いてるじゃないか。
しょうがない。起きるまで待つか。
目を閉じ時間が過ぎるのを待つ。アールスの寝息と寝言がよく聞こえる。小母さんはもう起きているようで遠くから物音が聞こえてくる。
この家はアールス達がいなくなったらどうなるんだろう。新しく来る人が住むのかな。
僕がこの家に泊まった事はアールスにとっていい思い出になるかな。
僕はアールスにとっていい友達だろうか。
……駄目だ。取り留めのない事ばかり考えてしまう。魔力操作の練習をしていた方がましだ。
魔力を操って文章や落書きを書くのが僕の最近の練習方法だ。何を書こうかな。
書くものを決め魔力を動かそうとした時隣のアールスに動きがあった。
アールスが僕から離れ上半身を起こした。
「あっ、起きた?」
「……おトイレ」
それだけ言ってベッドから降りる。僕も起きるか。
朝食をお世話になる気はない。小母さんは僕に複雑な思いを抱いているかもしれないから流石に食事の用意までして貰うのは気が引けたからだ。
僕はハーリンさんに家に戻る事を伝えて、トイレの最中のアールスにも扉の前で戻る事を伝える。アールスからうーという唸り声だか返事だかわからない声で返された。気張ってる声じゃない事だけは祈っておこう。
魔力で遊びながら家に帰るといい匂いがしてきた。
「ただいま」
「おかえりなさい。朝食出来てるから早く食べなさい」
「お父さんは?」
「もう食べて畑に行ったわ」
遅くなっちゃったか。お母さんはまだ食べてないみたいだ。僕を待っていたのだろうか。
僕は急いで手を洗ってテーブルに付きいただきますをしてから食べ始めた。
「そうそう。村の人が昨日黒いナビィを森で見たっていうのよ」
「黒いナビィ?」
ナビィは普通は白い。時々茶色いのもいるけど、基本は白だ。黒なんて聞いた事もない。
「ドンッていうすごい音を聞いたって言ってたから、もしかしたら危ない動物かも知れないから森に近づいたら駄目よ?」
「はい」
森には近づいた事はないけど……たしかナビィを増やすためにわざとナビィを放して、危険な動物やナビィを襲う動物は間引いてるって聞いている。そのため不確かなままにしておくとは思えない。今日中に黒いナビィの正体もわかるだろう。
食事を食べ終わり食器を流しに持って行って、クリエイトウォーターで水を出しつつお皿洗いをする。お母さんの分もだ。
「あら、ありがとう」
「どういたしまして」
皿洗いを終えると僕は早速外へ出た。
最初に向かうのはアールスの家だ。でもまだ朝ご飯を食べているかもしれないからゆっくり行こう。
今日は何をしようか。アールスと一緒に村を回るのもいいかもしれない。昨日は結局アールスとの思い出話で終わっちゃったしね。
……いや、その前に訓練をしないと。昨日も一昨日もなんだかんだで筋トレが疎かになってしまった。アールスをランニングに誘うか。
アールスの家に着くと丁度アールスが出てくる所だった。
「あっ、アールス。一緒に筋トレしない?」
「うん。いいよ」
……幼女相手に筋トレしない? ってどうなんだ? これ元の男の姿だったら絶対に不審者だよね。
でも今の僕はアールスと同じ幼女。何も恐れる物はない。
「じゃあ村をぐるっと回ろうか」
ストレッチをした後走り始める僕達。
しばらく走ってこの村が変わりない事に改めて気付かされた。二年位じゃ大きく変わりはしないだろうとは思ったけど、本当に変わっていないんだ。こうも変化が少ないと村人達は退屈しないのかな。少なくとも前世の知識じゃ田舎は変化が少なくて退屈だという話はよく聞く。たまに行商人は来るけどそれで我慢できるのだろうか?
僕だったら……冒険者を引退したらいいかもな。確かお父さんも冒険者をだったんだよね。
僕もいつか男に戻って素敵なお嫁さんを見つけてこの村に帰って来るのかな。
「ねぇアールスはさ、冒険者になって色んな場所に行きたいんだよね?」
「うん。珍しい物一杯見てみたいんだ」
「もし冒険者を引退する事になったら、この村に帰ってくる?」
「わかんない。そんな先の事考えてないよ」
「……それもそっか」
僕達はまだ八歳なんだ。そんな先の事考えるよりも夢をかなえる方が先だよね。
村を一周すれば僕達には十分な運動だった。
アールスと協力して筋トレをしていると遠くから小さな子供が僕達の方を見ている事に気が付いた。
短いすみれ色――この世界にはすみれはないけど――の髪を頭の両側で小さくまとめた女の子だ。
「ナギ、あの子って」
「うん。スレーネだね」
アイネ=スレーネ。来年入学するはずの女の子だ。
「スレーネー」
僕が呼ぶとスレーネは逃げ出してしまった。
「あれ?」
「私達の事覚えてないのかな?」
「ああそっか。最後に会ったの二年前の春季休暇の時だもんね」
二年の前の事だとアイネ位の年の子は覚えてないだろう。追いかけるべきなのかな?
「ナギ、追いかける?」
「うーん……慌ててたみたいだからどこに行くかわからないし、そうしよう」
筋トレで疲れが残ってるけど五、六歳児になら追いつけるはずだ。
スレーネが逃げた方へ走り出した。足はアールスよりも僕の方が速い。だからペースはアールスに合わせる。
けれどスレーネの足が予想以上に速い。しかもスレーネが走っている方向は村の外へ向かっている。
アイネは時々後ろを向いて僕達を見ている。
「あれは……僕達を試してるみたいだね」
「そうなの?」
「うん。僕達を見る目が笑ってた。アールス、先に行くね」
「わかった」
スピードを上げスレーネとの差を徐々に詰めていく。それにしても五、六歳とは思えないほどの脚力だ。もしかしたら足が速くなる固有能力を持っているのかもしれない。
僕が徐々に追いついてきた事にスレーネは焦ったのかさらに速度を上げた。
僕も速度をあげるか? いや、今のペースなら追いつけなくてもスタミナが持つ。それだったらスレーネのスタミナ切れを待つべきだろうか? でもそれだと追いつくのが村の外になってしまうかもしれない。ちょっと出たくらいなら危険はないはずだけど……村の外に出さない方がいいに決まってるよね。
限界まで速度を上げる。するとスレーネはさらに速度を上げてきた。
まずい。僕よりも速いぞあの子。足の長さからして違うのに僕より速いってどういう事?あれか?僕って走ってる時の姿勢が悪いのかな。
スレーネはどんどん僕から離れていき、村の外へ飛び出して行ってしまった。
「くそ!」
もっと早く追いかけないと!もっと速く……そうだ! 風だ! 風を使おう! 使った事ないけど風にも風魔法があるんだから風の生活魔法みたいなのはあるはずだ。在ったらいいな!
僕の背中を押すイメージで名前を唱える。
「『ウィンド』!」
風が僕の味方になった。僕は今風と一体になったんだ。
ああ、けど全身を押す風を出し続けるのは結構魔力を消費するな。今の僕の魔力の量からしたら少ない割合だけど。
風を受けて再びスレーネとの差が狭まってきた。あともう少し。
「捕まえた!」
スレーネの服の襟を掴んだ。
襟を掴まれたスレーネは速度を落とし止まった。
「あーあ、捕まっちゃった」
スレーネは残念そうに笑った。
アールスが遅れてやってくる。
「二人とも速いよー」
「まったく。なんでこんな事を」
「だって退屈だったんだもん。ねぇねーちゃん。もっと遊ぼうよ」
「別にいいけど、村に戻ってからね」
「えー」
今気づいたけど森に近づいてるじゃないか。早く戻らないと。
僕がスレーネの手を取り村に戻ろうと踵を返した時、背後の草むらから物音が聞こえた。
僕はすぐに振り返りスレーネを背後に隠した。草むらは僕の胸元くらいの高さがある。
「アールス」
「え?」
アールスは気付いていないのか無防備なままだった。
僕は念の為に魔法陣を展開する。今の僕の技量では魔法陣を展開するのに数秒かかる。速めに展開しないと。
間に合うように祈りながら相手の出方を窺う。
黒い影が草むらから飛び出て来た。ほぼ同時に魔法陣が出来上がる。
人の形をしてないのを確認する。そして。
「『アイシクルアロー』!!」
十個の氷の矢が宙に浮かび前方に発射される。
「ぴー!!」
甲高い声と共に氷の矢に光が走った。
氷の矢は溶かされ地面へ水となって落ちる。
「アールス! スレーネを連れて逃げて!」
「で、でも」
「僕は平気だから!」
相手を改めて見る。
大きさは大型犬位。体毛は茄子色――茄子もこの世界にはない――でお腹から後ろ足までの体毛が白い。長い耳を持っていて、額には螺子の様な螺旋状の溝がある白い角が雄々しく天を向いている。
うん。でかくて茄子色のナビィだ。多分魔獣だろうけど、これゲームで見た事あるよ。あれだよね?アルミ……。
「ぴー!」
また甲高い声を上げた。
角に光が集まり何かが弾ける様な音がしている。たぶん雷だ。
すでに魔法陣は展開し終わっている。
「『ウォーターシールド』! 『ライトシールド』『ライトシールド』『ライトシールド』」
僕らの前に水の壁が現れる。本来は本当に盾位の大きさだけど込める魔力の量を増やして壁と呼べるほどの大きさにしたんだ。
そして、三人分のライトシールド。これで一回は相手の攻撃を多分防げる。
「アールス! 早く大人を呼んできて!」
「う、うん! いくよアイネ!」
「でも、あれナビィじゃん」
「魔法使ったのが見えなかったの!? 早く!」
ジュオン!!
水の壁から水が蒸発する音が聞こえる。
「ナギ、気を付けてね!」
アールスがスレーネを抱き上げてこの場から離れていく。
水の壁にはまだ余裕はあるけど帯電しているかも知れないから迂闊には触れない。
本当なら土の壁とかの方がいいんだろうけど、土の壁は第二階位の魔法で魔法陣の展開に時間がかかってしまう。
僕が使えるのは第三階位までの魔法は使えるけど、第二階位以上の魔法は魔法陣の構築に時間がかかってしまって実戦じゃとても使えない。
そうなると使えるのは少し時間のかかる第一階位魔法に神聖魔法だけだ。
そして、フォースならイメージしただけで使えるようになっている。メインの攻撃手段はフォースになるだろう。
ナビィは懲りずに水の壁に雷を当てている。どうやら雷は角から出ているみたいだけど……。
どうする?水の壁の横から出てフォースを当てる?大人を待った方がいい?魔力には余裕あるけど……いや、もしかしたら倒したら仲間にできるかもしれない。僕の固有能力を試すいい機会じゃないか。
水の壁は蒸発して今にも無くなりそうだ。水の壁が無くなったと同時にフォースを当てる。これだ。
「ぴー!」
水の壁が消えると同時にフォースを出す。フォースはライトの様な光の玉の形をしている。それを十個同時に出しナビィに向かって行くように念じる。
「ぴっ!?」
十個の光の玉がナビィに当たった。ナビィは地面に倒れ伏した。
「……え? もう終わり?」
い、いや、死んだふりかも知れない。油断せずに行こう。
もう一度十個のフォースを宙に浮かせる。
一度に出すのが十個が限界なだけで最大で僕は三十四個まで出す事が出来る。これは僕の魔力の限界量だ。
「ぴっ」
ナビィが起き上がる。何か動きがあったらいつでもフォースを打ち込めるように準備する。
「ぴー!」
「……え?」
戦闘の時からなんとなくナビィの意思のような物は伝わっていた。多分僕の固有能力のお蔭だろう。はっきりと言葉としてわからなかったのは多分ナビィの鳴き声は言語じゃないからだ。
戦闘中は敵意みたいな肌に突き刺さるような物を鳴き声から感じたけど、今の鳴き声は好意というか敬意のような物を感じた。
ナビィが仰向けになってお腹を見せてくる。これは犬とかがやる降伏のポーズだろうか?
警戒しながらゆっくりとナビィに近づいてみるけど動きはない。手を伸ばしナビィのお腹を撫でてみる。
「ぴー」
気持ち良さそうに鳴く。かわいい。
「えと、僕の仲間になる?」
フォースを全部消して聞いてみる。
「ぴー!」
《ナビィ・インパルスが仲間になりました》
あっ、神託ってそういうのも教えてくれるんだ。
「ぴー! ぴー!」
「あはは、こちらこそよろしく」
ナビィは立ち上がり僕に獣臭い顔を摺り寄せてきた。大型犬位の大きさのくせに丸っこい体型だからすごく重い。下敷きになると危ないなこれ。
体格の差でナビィの頭が僕に寄りかかる形になる。
「お、重いから乗っからないで」
「ぴぃ?」
ナビィが引いてくれた。
「はぁ……」
「アリス!! そいつから離れろぉ!!」
お父さんの怒声が聞いてくる。振り返ってみたら大人達が血相を変えてこっちに向かっている。まずい。どうしよう。どうやって止めよう。
取り敢えず僕の能力でこのナビィが仲間になった事を伝えなくちゃ。その為には……。
「さっきのポーズやって! お腹見せてたやつ!」
「ぴぃ? ぴー!」
降伏のポーズを見せれば分かってくれるかもしれない。
僕はお父さん達に手を振って無事な事をアピールする。
「大丈夫だよー。この子はもう悪さしないよー」
言ってみるけれど大人達は武器を手にナビィを取り囲み始めた。
「アリス!」
「お、お父さんもう平気だよ!」
「お前何を言って」
「ほら、このナビィ降参してるよ」
「ぴぃー」
「お、おう。なんだこれ?」
「僕魔獣の誓いっていう魔獣を仲間にできる固有能力なんだよ。昔教えたよね?」
「ああ、そういえば言ってたな。けど……お前、こいつ屈服させたのか?」
「うん」
ゴン!
いきなり僕の頭にお父さんの拳骨が振り落とされた。
「あいた!」
「馬鹿野郎!何危ない事やってやがる!」
「うぅ……ごめんなさい」
そりゃそうなるよね。
「なんで大人しく逃げなかった!?」
「それは……」
水の壁を張った時点で逃げなかったのはアールスとスレーネを安全に逃がすためだった。
どれくらい水の壁が保つかわからなかったし、水の壁無しで逃げられるかも分からなかった。
水の壁は一回の魔力が激しいから何枚も出せないし、そもそも回り込まれていたら意味が無くなる。
水の壁をもう一枚出せるように準備はしていたけど、水の壁に頼るよりかは倒した方がまだ勝算があると思ったんだ。
結果ナビィは水の壁に集中してくれてたけど、ただ逃げていたら如何なっていたかわからない。
後仲間にしてみたかった。
これらの事を僕はお父さんに正直に話した。結果物凄く怒られた。最後の仲間にしてみたかったが余計だったね。けど、心配してくれたお父さんに嘘はつきたくなかった。
「全くしょうがない奴だ。……まぁ何もなくてよかったがな。で、なんでこんな所にいたんだ?森の方は危ないって聞いてなかったのか?」
不味い。なんて答えよう。
「えと、スレーネと追いかけっこしてたらいつの間にかここまできちゃって……」
本当はいつの間にかじゃないけど、追いつけなかったんだから同じような事だ。
「スレーネ……アイネの奴か。全く毎度毎度」
もしかして常習犯なんだろうか。
誤字報告があったので補足しておきます。
この話の時点ではスレーネはナギの事を男だと思っています。
なのでにーちゃんと呼んでいますが誤字ではありません。




