中級のお仕事
新年あけましておめでてうございます。
更新が遅れていますが今年もどうかよろしくお願いいたします
夕方になる前にグランエルに着くと僕達は真っ直ぐ組合へ向かった。
依頼があったらそのまま依頼先に向かう予定なので魔獣達は預かって貰わずに外で待っていてもらう。
組合の中は人が少なく閑散としている。皆朝の内に依頼を受けてしまって今の時間に依頼を受けに来る人がいないんだ。
「きれいな所ですネー。酒場は併設されていないんですカ?」
ミサさんは組合の中を珍しそうに見渡している。組合の組員や依頼を見に来た少ない冒険者らしき人達もミサさんが珍しいようでチラチラと見てきている。
そりゃそうだろう。今のミサさんは完全武装をしている。
シスターっぽい服装の上に鎧を着ているんだからそりゃ目立つ。少なくとも僕はミサさんのようなシスターを見た事が無い。
シスターどころか全身に金属を使った人も見た事が無いんだけれど。
「国冒連の施設では酒場があるのが普通なんですか?」
僕が聞くとコクコクと何度も頷きながら答えた。
「多いですヨー。支部が立てられないくらいの小さな町などでは酒場に出張所があって依頼が張り出されているんデス」
ミサさんの説明になるほどと返しながら依頼が張り出されている掲示板の所まで行く。
中級用の板には三つの紙が張り出されている。
「あんまりありませんネー」
「そこは低階位用の依頼が張り出されている所ですよ」
ミサさんは初級用の所を見ていたので僕がこっちだと教える。
「ますます少ないですネ」
「元々中級以上の依頼は少ないんですよ」
「ナギさん。大森林の警らの仕事がありますよ」
「ほんとだ。期間は一ヶ月で報酬は……一人当たり金貨一枚か。一応他のも見ようか」
他の二つは護衛の仕事だ。拘束期間は短いがどちらも銀貨十枚前後。しかも一人当たりではない。
ミサさんに三つの依頼の内容を説明すると怪訝そうな顔になった。
「護衛の仕事随分と安くないですカ?」
「割と安全ですからね。護衛って言っても獣除けや荷物の上げ下げの仕事が主ですから」
「中級でその程度の仕事なのですカ?」
「この辺……国内という意味ですが平和なんですよ。盗賊団なんていないし魔物もいない。一応護衛という仕事内容だから中級以上の依頼となってるんです」
「オゥ。盗賊の心配もないんですか……」
「そういうのがいたらすぐに軍が動きますからね。いたとしてもごく少数の追剥ぐらいですよ」
「この国の軍は随分と働き者なのですネ」
「だからこそ千年も存続できたんだと思いますよ」
軍の内情が実際どうなっているのかは分からないが悪い評判は聞かない。
むしろ学校に通っていた頃の都市外授業で安全に旅が出来る事を身をもって実感する事が出来た。
教師がついていたとはいえ道さえ外れなければ子供だけでも野生動物の被害に会わずにいられるのだから。
「ええとぉ、警らのお仕事でいいんですね~?」
「はい」
「じゃあ私が持ってちゃいますね~。皆さんついてきてください~」
カナデさんが掲示板から紙を取ると受付へ真っ直ぐ向かっていく。
カナデさんが受付に紙を出すと僕達全員を一瞥した後身分証の提示を求められた。
僕は首から下げ胸の谷間に埋まっている身分証を出す。
差し出す前に少しだけ改めて自分の身分証を見てみると、レベルがいつの間にか四十二にまで上がっていた。今は成長期だからステータスが上がるのも早いのかもしれないな。
差し出してから横に立っているフェアチャイルドさんに小声で聞いてみた。
「フェアチャイルドさん。レベルいくつになってた?」
「二十です」
「結構上がってるね」
基本的に中級の冒険者のレベルは三十前後とされていて、魔力が多くちゃんと身体を鍛えている魔法使いはレベルが高い傾向にあり、精霊術士は逆に低い傾向にある。
僕の場合は魔力の量が多いからレベルが高く、フェアチャイルドさんは精霊術士だから魔力が少なく純粋な身体能力だけで判断されレベルが低くなっているようだ。
しかし、レベルが低いからと言って精霊術士が馬鹿にされる事はない。
精霊術士は本人のレベルよりも何人の精霊と契約しているのか、という方が大切なのだ。
フェアチャイルドさんの身分証を見て受付のお姉さんは一瞬動きを止めるがすぐに納得したのか頷いて次の身分証に移る。
しかし、次の身分証でもう一度動きを止めた。
ミサさんの身分証だ。
作りはこちらの身分証と同じ物。身分証に書かれている文字は神聖魔法によって浮き上がっている文字だ。その文字は見る人に読める文字になって見える為読めないという事はないはずだ。
「このミサルカ=グレイスという方は国際冒険者組合総連合会の冒険者でしょうか?」
「そうですよぉ」
受付のお姉さんがカナデさんに確認を取ると、カナデさんは横にずれてミサさんを前に出す。
「はい。あー……ワタシがグレイスデス。国際冒険者組合総連合会の銀級の、冒険者です」
ミサさんはこちらの言葉でゆっくりとした口調で名乗る。
「分かりました。確認してまいりますので少々お待ちください」
受付のお姉さんはミサさんの身分証を持って奥の方へ向かった。
「ミサさんの身分証と僕達のって同じはずですよね?」
「ん~。たしかぁ、階位……じゃなくて階級を表すのはこちらのとは違って記号のはずですよぉ」
「そうなんですか? 僕達のは数字ですよね」
「国冒連の階級を表すのは星の数デース。銀級だと三つの星が記されているのですヨ」
「へぇ。そっちでは星ってどんな形何ですか?」
アーク王国では星は十字架の形で表されている。
ミサさんが指先で空に描いて教えてくれた星の形は前世の世界ではおなじみの形の五芒星だった。
この国では特に意味を持たない図形だ。だけど、僕にとってはとても懐かしい図形だった。
「へぇ……なんだかかっこいい形ですね」
僕がそう返すと同時に奥から受付のお姉さんが戻ってきた。
「大変お待たせいたしました。確認が問題なく取れましたのでこれより依頼受領の手続きに移らせていただきます。
南の前線基地であるガラムからの依頼で、内容は大森林の一ヶ月間の警らの依頼で間違いはありませんか?」
「はい~」
「依頼を受けるのはウィトス様、ナギ様、フェアチャイルド様、グレイス様の四人で間違いはありませんか?」
「ありません~」
「かしこまりました。それではこの依頼書をよく読みそれぞれの署名をお書きください」
カナデさんに手渡された依頼書には依頼の詳細が書かれている。
僕はカナデさんの持つ依頼書をのぞき込み一文字一文字確認する。
二、三度読み返しおかしな所が無い事を確認すると、カナデさんから依頼書を渡してもらいまだ文字が分からないミサさんの為に僕が朗読する。
ミサさんは分からない箇所は素直にカナデさんと受付のお姉さんに聞いて確認を取った。
時間はかかったが最終的に僕達は満場一致で受ける事を確認し合い依頼書に署名をして依頼を受領した。
依頼を受領した後僕達はすぐに都市を出て南にある前線基地を目指した。
全員でアースに乗り南にある一番近いワイス村へ急いだ。
完全武装のミサさんがアースの背に乗って大丈夫かと心配したが、アースは金属装備の重さを物ともしなかった。
「おぉ、すごいデース! 高いですネー! 楽しいデース!」
アースの背に乗ったミサさんははしゃいでいる。同じように背に乗ってミサさんの後ろに座っているカナデさんがあまり暴れないで下さい、という困っているような声が聞こえてくる。
僕はアースの首の辺りに座り、フェアチャイルドさんはいつも通り僕の前に横座りで座っていて僕が支えている。
彼女とは身長差が開いたがロングスカートのワンピースを着ているから誰かが支えないといけないのだ。
ミサさんも修道服のスカートは長く横座りしているが座り心地を聞いてみるとカナデさんの補助がいらないくらい安定しているようだ。
「じゃアース頼むよ」
「ぼふっ」
アースは大きな鼻音を鳴らしてから走り出した。
そして、村へは日が完全に落ちる前につく事が出来た。
村にある小さな宿屋を取る事が出来、魔獣達のお世話を終えた所でミサさんが楽しそうに提案して来た。
「皆さんこの後食事をしたら全員でお風呂に入りませんカ? ここのお風呂は広いそうですから皆で一緒に入れますヨ」
「あ~、いいですねぇ」
カナデさんはのほほんと答えるが僕は内心では少し焦っていた。
僕の感知能力は魔眼を習得した時から徐々に高まって行って今では意図していなくても周囲の状況を把握できるほどに高まっている。その気になれば魔力の少ない相手の身体の内部構造まで把握できるほどに。
どうやら他人の魔力と自分の魔力が混じり合う極わずかな境界線から相手と繋がり情報を感知しているようだ。
目を閉じれば感覚が鋭敏になりその気が無くても相手の身体表面ぐらいなら確実に把握できる。
何を言いたいのかというと、お風呂に入ったら目をつぶろうがつぶらまいが他の人の身体を把握できてしまうのだ。
感知力を調整も出来ない、最低限の状態が今の状態なんだ。アースがいればアースの膨大な魔力が邪魔をして感知力が鈍るのだけど……お風呂場にアースを連れていく訳にもいかない。後は完全に魔力感知を切るしかない。
魔力感知を切るという事は自分の魔力を感じる事が出来なくなるという事で、目を瞑ってお風呂場に入る事が出来なくなってしまう。
去年カナデさんに自分は同性愛者だと話してから一緒にお風呂に入る機会は少なくなったが、魔眼を授かってから感知力が上がった事を少し大げさに話すと一緒には入る事が無くなった。
だけどあのミサさんの楽しそうに提案をしてきた姿を見ると少し断りづらい。
助けを求めるようにフェアチャイルドさんを見ると、彼女はすぐに察してくれたようで僕に向けて口を開いた。
「ライチーさん達に手伝って貰いましょう」
「どういう事?」
「ナギさんの感知力はあくまも魔力を媒介にした物。ならば私含めた皆を精霊達に厚く魔力を覆ってもらえばナギさんの感知を邪魔できるのではないですか?」
「……なるほど。どうしてそんな簡単な事に気づかなかったんだろう」
「いえ、その……感知力の所為で一緒にお風呂に入れなくなってからずっと考えてはいたんです……ナギさんはあまり気にしていなかったようなのでお節介かと中々話す機会が無かったですけれど」
「そっか……ずっと何とかしようと考えてくれていたんだね。その気持ちすごく嬉しいよ。僕はすぐに諦めちゃったからな」
諦めたというかこれ幸いと一緒に入らなくていい理由を見つけたと喜んではいたのだが。
というか今も本心では一緒に入れる方法を見つけてくれなくてもよかったのに、と思ってしまっている。
なのに僕の為に考えていてくれていたなんて、ますます断りづらくなってしまった。
そもそもよくよく考えたらお風呂の件に関してはフェアチャイルドさんは僕の味方じゃないんだった……。
彼女は僕と一緒にお風呂に入りたがるのだ。なぜ彼女に助けを求めた僕。
結局僕はミサさんとフェアチャイルドさん、それにカナデさんからの控えめな援護の所為で断りきる事が出来ずに一緒にお風呂に入る事になってしまった……。
大分前の話でに説明はしたはずですが念の為に。
この世界のレベルはゲームの様にレベルが上がったから強くなるのではなくその人の総合的な能力で決まり、この人はこれだけの強さがありますよという神様から提示される目安のような物です。
純粋にスキルを含めた能力で決められているので実戦経験などは考慮されていません。
本来はレベルとは違った意味合いなのですがナギの認識ではレベルというのが一番と近い認識なのでレベルと訳されているだけです。




