マシンガントーク
身支度を整えカナデさんと部屋を出るとフェアチャイルドさんが部屋の前で待っていた。
ちゃんとレーベさんとの別れを済ませたのかを聞くとはい、と笑顔で頷いた。
あまりにもいい笑顔だったので気づいたら彼女の頭を撫でていた。
フェアチャイルドさんはニコニコしたまま僕の手を受け入れてくれたが、僕はすぐに手を離した。カナデさんが僕の後ろで部屋から出られず詰まっているからだ。
入り口の前からどいてカナデさんの顔を見ると僕達の事を暖かい眼差しで見ていた。
少し恥ずかしい。
教会の居住区裏の出入り口へ向かう途中にある居間でレーベさんと完全武装をしたミサさんが話をしていた。
僕達に気が付くと話を辞めてレーベさんは少しだけ寂しそうにフェアチャイルドさんを見てくる。
「ミサさんはその格好で旅をするんですか?」
「当然デス。さすがにこの武具を荷物袋の中に入れて持ち歩く事は出来まセーン」
「ああ、確かにそうですよね。あっ、もしかして野営の時も寝る時は着たままなんですか?」
「その通りですヨ?」
「……見習わないと」
僕も野営の時は防具を着たまま寝る事はあるけど、さすがに金属鎧を着たまま寝ようとは思えなかった。
しかし、ミサさんが実践しているのなら金属鎧を身に着ける機会があったら試してみるのも悪くないかもしれない。
教会を出て村の入り口まで行くと、僕達は改めてレーベさんに別れの挨拶をした。
フェアチャイルドさんは最後にレーベさんを抱擁した。
彼女はもうすでにレーベさんの身長を越えているから今は抱きしめる側だ。
抱擁が終わると名残惜しそうにしながらもフェアチャイルドさんが先頭に立って歩き出す。
村を出た僕達のこれからの目的は、グランエルに戻って仕事を探す事。
グランエルまでの道中では暇を持て余したミサさんがマシンガントークを仕掛けて来た。
この三日間、一緒に暮らしていて分かったがどうやらミサさんは真面目な時は他人の話を聞けるのだが、それ以外の時は中身のない適当な話が口から延々と出てくるのだ。
「皆さんは知っていますカ? ピーマという生き物を。ワタシも見た事ないんですけどネ、フソウよりもずっとずっと東の国にはフソウにある王樹よりも大きなピーマという動物がいるらしいのですヨ。
すごいですよネー。王樹は空に届きそうなほど大きいというのにそれよりも大きいんだそうですヨ。
王樹でさえ初めて見た時は首を痛めたのにどれだけ大きいんだって話ですヨ!」
ピーマという生き物の話。つい昨晩も聞きました。全く同じ事を今ミサさんは再び話している。
適当な相槌を打っても打たなくても続くマシンガントークの被害者は主に僕だ。
ミサさんはマシンガントークをし出すと徐々にヴェレス語になっていくようで五分も話していたら完全にヴェレス語で話している。
そのヴェレス語を理解できるのは本人を除けば僕とミサさんと契約している精霊達だけだ。
なので自然とフェアチャイルドさんとカナデさんはミサさんと離れ二人で話す様になる。
僕も一人で話すミサさんから離れようとするが、ミサさんは何故か喋りながら僕の後を追ってくる。
試しに速度を徐々に上げてみると最終的にガッションガッションと金属鎧を鳴らしながら追いかける形となった。
そこまでされては仕方ない。僕は素直にミサさんの話を聞く事にした。
しかし、このまま大人しくしていると思ったら大間違いだ。
「すごいですね。ミサさん。所でさっきから気になって」
「凄いんですヨピーマは。大きいだけじゃなくて火を吐くそうなんデス」
「す・ご・い・ん・で・す・ね!」
僕はミサさんの耳元に届くように魔力を込めて大きな声を出す。
こういう人の話を聞かない人間は無理やり割り込むに限る。
先日までは遠慮があった為そういう手段には出れなかったが、今は仲間だ。仲間なのだ。駄目な事ははっきりと駄目と言わなくてはならない。
「ほわっ! な、なんですカ? アリスさん。いきなり耳元デ……」
「ミサさん。お話の中で疑問に思った事があるのですけど、王樹ってなんですか?」
「オゥ。それはですネ」
ミサさんによると王樹というのは大樹の国フソウで国を守り精霊を束ねている精霊の王が住まう大木の事らしい。
僕もフソウの事は勉強はして精霊の王が住む大木の事は知識として知っている。
まるで空を支えているのかの様に天高くそびえ枝を伸ばしているらしい。
本では世界樹と称えられていたが、地元の人達からは王の住まう王樹と親しみを込めて呼ばれているようだ。
こういう知識が得られるのはやはり楽しい。
王樹に関する事を次々と垂れ流していくミサさん。ミサさんの話を聞いていると、フェアチャイルドさんと話をしていたエクレアさんが僕の横に突然現れて言った。
『気を付けて。こういう頭をろくに使ってない時のミサの話は誇張が多く含まれてる。話半分程度に聞いておいた方がいい』
「あっ……そうなんだ」
エクレアさんの進言通り話半分に聞きながらミサさんの話に相槌を打ち、疑問が出た場合は話がループする前に無理やり止めて質問をする。疑問が無かった場合は特別な事が無い限りはミサさんの好きにさせた。
お昼の休憩時間になると僕はミサさんにアーク王国で使われている言葉を練習用に用意した文字の書かれた紙を使いながら教える。
言葉を教えるついでに魔力操作がどれほどの物かを知りたいと言って精霊魔法を操る所を見せて貰った。
結論から言うとミサさんの魔力操作はフェアチャイルドさんの技量を軽く上回っていた。
具体的にどれほどなのかと聞かれたら正直困ってしまう。魔法と精霊魔法では同じように技量を見ていいのか判断がつかなかった。
そこで試しにミサさん自前の魔力を操ってもらう。すると魔力を巧みに操りヴェレスの文字を作って次々と変化させていく。
フェアチャイルドさんにアーク文字で試して貰った所ミサさんとははっきりとした技量の差がある事が分かった。
これならば先に魔力を増やして貰った方がいい。
ミサさんには自分の魔力でマナポーションを作って貰い常に魔力を空にしてもらい、精霊達にはミサさんの為に魔素を確保して欲しいと頼んだ。
精霊達は渋ったがミサさんの懇願で願いはかなえられる事になった。
暗くなる前に立ち寄った村の村長宅に泊まり夜になると今度はミサさんが僕達にヴェレスの言葉を教える。
フソウとヴェレスの言葉は文法はやはり神の文字を元にしているからか似てはいるが、発音は全く違う。
まず最初に僕が昼に教えた時の様に紙に書かれた文字を使い読み方を教えてくれる。
文字の作り自体は似ている物ばかりだ。しかし、一つ一つ発音が違うし文字の並びも違う。フェアチャイルドさんは要領よく文字と発音を覚えていく。
しかし、僕は言葉は翻訳されるとはいえ文字には効果が無いので手間取った。
カナデさんも僕と同じようだ。似たような文字なのに発音が全然違い混乱してしまうんだ。
「カナデさん。頑張りましょう」
「う~……はい~」
カナデさんは頭を抱えながら紙に書かれた文字をじっと見ながらぶつぶつと同じ言葉をつぶやいている。
見方を変えれば発音が全く違っているからまだ覚えやすい。
これが同じような文字で微妙にイントネーションが違っている物ばかりだったらもっと苦しい思いをしているだろう。
「どうして同じような文字なのに発音が違うんでしょうねぇ……」
カナデさんはため息をついた後睨んでいた紙を目から話した。
「神様もちゃんと発音を教えてくれればよかったんですけどね。
ちょっと休みましょうか。お茶入れますよ」
「あっ、お願いします~」
「フェアチャイルドさんとミサさんはどうする?」
「お願いします」
「ワタシもお願いネー」
お茶を淹れて皆に配る。
ミサさんは配られたお茶を飲むと大きく息を吐いた。
「はぁ~~~~。美味しいデース。初めて飲む味ですガ、こちらではこういう甘いお茶が主流なのですカ」
「そんな事ないですよ。苦い方が多いですね。僕は苦いのが苦手なので……このスーリアっていうお茶を昔から飲んでるんですよ」
「ふふっ、かわいい所がありますネー」
「ミサさんは苦い方がいいですか?」
残念ながら僕達の中ではあまり苦いお茶は飲まない。フェアチャイルドさんもカナデさんもお茶に関しては拘りが無いんだ。だから僕の好みが優先されて甘いお茶ばかりになってしまっている
「そうですネー。たまに飲みたくなりマース」
「じゃあ色々試してみましょうか。あっ、そう言えばミサさんはお酒とか飲むんですか?」
「私は飲みません。聖職者なのでお酒は慎んでいるのデース」
「あはは、どこも変わりませんねそういうの」
僕も第三者からお酒を飲まされるような事になった時に似たような理由でこれから断ろうか。治療士としていついかなる時も緊急事態に対して対応できるようにとか何とか言って。




