手合わせ
一先ずの自己紹介が終わると僕は早速ミサさんに神聖魔法の事について教えて欲しいとせがまれた。
なので僕は素直に今のミサさんには魔力が足りないという事と他に考えられる理由を上げた。
魔力が少ないのは見れば僕にはすぐに分かるが、魔力操作と魔力感知
の腕がどれほどなのかまではさすがに分からないし、神様への理解度も分からない。
だが逆に言えばそれらさえ満たしていれば新たな神聖魔法を授かる事が出来るんだ。
「それにしても、東の方ではどんな条件で授かる様になるか研究はしていないんですか?」
「そういうのは貴族様や教会の上層部がしていてワタシ達庶民には伝わってこないのデース」
「ああ、なるほど……利権を独占しているんですね」
ただでさえ魔力が少ないというのに情報が秘匿されては高位の神聖魔法を授かるなんて非常に困難だろう。
「その通りデス。ワタシがこの国に来た理由の一つに、この国に伝わる神様のお話を調べるというのがあるのデスヨ。
東で伝わって来た話ではこの国の冒険者は高位の神聖魔法を授かっている人が多いと聞いたので、聖書に秘密があるのではないかと思ったのデース」
「あながち間違っていないと思いますよ。聖書の研究は盛んに行われていて、後世に創作されたと思われるお話は殆ど排除されたと聞いていますし」
この国では千年前から地道に研究して聖書には真実だと思えるものを乗せている。
真偽の確かめ方は簡単だ。聖書に書かれたお話をいくつか抜き取った物を複数の種類に分け用意し神聖魔法をほとんど覚えていない人に読ませて神聖魔法の習得度合いを調べたんだ。
問題はこの方法、習得には個人差がある為正確に調べるには非常に時間がかかるという事だ。
さらに重要なのは解釈だ。聖書のお話を読み込むだけでは神様の御心を理解した事にはならない。それで授かる事が出来るのはせいぜい第五階位までだろう。
これのお陰でさらに研究は遅れる。
お話から神様の御心を理解しないといけない為基本的に神聖魔法は第六階位から授かる事が難しくなると言われている。
間違った解釈では回線は太く出来ないのだ。
この壁が大きくて第五階位でくすぶる人も多く、第五階位で授かる神聖魔法の名前を出すだけで情緒不安定になる人が出たりするらしい。受験ノイローゼみたいな物だろうか?
ちなみに第五階位で授かる神聖魔法はヒールのようなどの神様でも等しく授けてくれる汎用神聖魔法で、『セイクリッドバリア』という身体に害になる気体を防ぐ障壁を魔力が続く限り身体の周囲に張り続ける事が出来る魔法だ。あんまり日常生活じゃ役に立たない事が情緒面にさらに揺さぶりをかけるとかなんとか。一応北の大沼地を探索する際に役に立つから全く使わないという事はないんだけれど。
「ところでこちらの聖書はもう読まれましたか?」
「もちろんデース。シスターレーベに読まさせて貰いマシタ。
結論から言うと大分ワタシの知っている話とは違いますネー。
具体的にはすごくお話が少ないデース」
「聖書は真実だと思われるものだけを載せていますからね。真偽不明な物は載せていないんですよ。
そういうものが読みたかったら聖書外典と呼ばれてる書物を読んだ方がいいですね。
ただ聖書外典は一柱の神様に絞っても巻数と一冊の文量が多いので旅をしながらだと読むのは大変だと思います」
「ん~。なるほどぉ。その聖書外典というのはどこに置いてあるのですカ?」
「主に図書館ですね。本屋にも解説本と一緒に置いてある事がありますが、量は多くないです。
扱うお店の店主が信仰する神様によって置かれる本が偏ってしまう事もありますし……聖書外典を勉強したい場合は図書館で借りた方がいいと思いますよ」
「う~ん。でも内容の真偽の分からない物ばかりなんですよネ?」
「そうですね。聖書外典は主に物語を楽しみたい人向けですから。もちろん中には本物の神様に関する話も入っているかもしれませんが、そこは研究の結果待ちですね」
「なら今改めて読む必要はなさそうネー。アリスさんの助言通り魔力を増やすと同時に魔力操作を鍛えてみますネー」
「そうした方がいいと思います」
「さて、それでは助言を下さったお礼にお手合わせしましょうカ」
「お願いします。防具は身に付けますか?」
「ワタシは身に付けますネ。その方が慣れていマース」
「じゃあ僕も身に着けてきますね。場所は……教会横の空き地でいいですかね」
「いいと思いマス。一応シスターレーベに許可を貰っておきますネー」
「分かりました。準備出来次第空き地へ、という事で」
話を終えた僕は握手を交わした後部屋へ戻って手合わせの準備をすませる。
普段着の上に防具をつけるだけなのでそう時間はかからない。
空き地に出たのは僕の方が先だった。
しかし、先客がいないわけではなく僕達の手合わせを見学しようとフェアチャイルドさんとカナデさんが空き地の隅に敷物を敷いてそこに座っていた。
レーベさんはいないのかを聞くと、どうやらシスターとしてのお仕事で村を回っていて忙しいらしい。思い返してみれば確かに前回前々回と明るいうちは教会にあまりにいなかったように思える。
彼女達の横には魔獣達もいる。しかもヒビキは羨ましい事にカナデさんの膝の上に乗って太ももと下乳に挟まれている。なんてうらやまけしからん所にいるんだ。
フェアチャイルドさんから冷たい視線を感じたので僕は慌てず急がず視線をカナデさんからずらしミサさんがまだ中にいる教会の方へ移した。
まだかなと思いながら待っていると、教会の裏口の方からガションガションという金属がぶつかり合うような音が聞こえて来た。
やっと来たようだ。
音の聞こえてくる方を見てみるとミサさんがこちらにやってくる見えた。
「でかっ」
ミサさんの姿を見て出た最初の言葉がそれだった。
修道服の上に体を覆う白銀色の鎧。腕には指先から二の腕までを覆うごつい腕甲。足は修道服のスカートで隠されていて定かではないけれど不自然に膨らんでいる所があるから恐らく脚甲も付けているのではないだろうか?
頭には鉢金をつけた上で普段通りのベールをかぶっている。
そして右手には自分の腕の長さほどもある金属の剣を持っていて重装備だ。しかし、それらの武具から完全に目を奪う存在がミサさんの左手にある。
それは僕の身長よりも大きな盾だった。大きなミサさんでも頭だけがやっと出て見える。
はっきり言って僕の常識からすると女性の持つような大きさの盾ではない。
だがしかし、この世界では固有能力や職業補正というものがあるからあながち無理な装備ではないんだろう。どうやら僕はまだ前世の世界を基準に考えている所があったようだ。
ミサさんはガションガションと派手に鳴らしながら近づいてくる。
「お待たせしましター」
「凄いですね。ミサさんの装備」
「そうですカ? 東の方では割と普通ですヨ?」
「金属に恵まれているんですね。この国では金属は貴重なんですよ」
「なるほど。普通とはあくまでも銀級では、ということですヨ。東の方でも高価は高価デス」
「いやいや、こっちでそれだけの装備を揃えようとしたら上級の……東の基準だと金級か白金級位じゃないと無理ですよ。手入れとか大丈夫ですか? 修理する時とか多分こっちだと東よりもかかりますよ?」
「その時はその時デース。金額はすっぱりあきらめマース。それに元々この国に骨を埋める覚悟でやって来たので問題ありまセン」
「そうなんですか? 少し気にはなりますが……それより、その剣で打ち合うんですか?」
「ワタシこれしかもってまセン」
「さ、さすがに僕の木剣が斬られてしまいそうなので僕の木剣を使って貰えますか?」
「オゥ。いい考えですネー」
「こんな事もあろうかと用意しておいてよかった」
僕は用意しておいた二本の木剣のうちの予備の方をミサさんに手渡す。
「アリスさんは盾も木製なのですネ?」
「訓練用のはそうですね。あまり出番はないですが実戦用のは木の盾に厚い革を張った物を使っています」
革の盾はいつも都市の外を行く時に背負っている物だ。あまり使っていないのでブリザベーションのお陰で留め具などの調子を見るだけで済んでいる。
木剣を手渡すと僕達はお互いに距離を取ってから互いに武器を構える。
「お互いに魔法はなしの一本勝負。いいですネ?」
「はい。いつでもどうぞ」
「ではいきます」
ミサさんが真っ先に動く。金属防具の重さをあまり感じさせないしっかりとした足取りだ。
速度は大剣を扱うガーベラよりも遅いがそれは金属防具を身に纏っているからだろう。
僕は盾を構えてミサさんの攻撃に備える。
最初の一撃は思ったよりも軽かった。様子見の一撃なのか盾で防ぐとミサさんはすぐに足を引き次の攻撃の構えを取った。
突きを防いだ僕は無防備になった身体へ木剣を突き出す。鎧の隙間を狙った僕の一撃。しかし、僕の攻撃はミサさんの鎧に防がれた。
少し体を動かすだけで簡単に防がれてしまう。やはり鎧を着こんだ相手は難しい。僕は今までミサさんの様に鎧を着こんだ相手と訓練した事が無い。
昇位試験の時は試験官が鎧ではなく服という形ではあったが防具をきちんと身に纏っていた。しかしあの試合は……うん。真っ当に戦わなかったからな。
ミサさんの反撃を盾で受け流しながら隙を伺う事にする。
「ミサさんやけに力が入っていませんね!」
挑発もかねて疑問に思っていた事を聞くとミサさんは困ったような口ぶりで返してきた。
「本気でやったらこの木剣折れてしまいマース」
「それ僕も危ないですよね」
「危ないですヨー」
手加減してくれているという訳か。必要以上に力が抜けているように感じるのは恐らく力加減の調整をしているからだろう。
その証拠にミサさんの一撃一撃が徐々に重くなっていく。
力任せに殴ってくるカナデさんとは違いちゃんと体重を乗せてくる当たりカナデさんよりも良く鍛錬している事が分かる。
動作が遅く感じるのは多分カナデさんやフェアチャイルドさんの二人はまだ力任せな所があり体重を乗せないまま勢いで振るうから速く見え、アールスやアイネは体重が軽い為その分速度で威力を上げるという目的があるから速い。
そんな皆との訓練に慣れてしまっているからきっとミサさんの一撃が遅く感じるのだ。
ミサさんに一番近いのはガーベラだろう。ガーベラは大きな大剣を支える為に自分の体重を使う必要があるから自然と一撃一撃が重く遅い。扱う武器の大きさは違うが、方向性は同じような気がする。
そして動きは実戦慣れしているのか堅実。攻めっ気がある分僕よりも前衛向きかもしれない。
総合的に見れば僕よりも強い。
「ヘイヘイ! アリスさん動きが鈍くなってきていますヨ!」
「くっ!」
見切れない速さではない。だけどミサさんの足さばきは僕を容易に逃がす事はさせてくれない。
動きは僕よりも遅いはずなのに間合いを取っても気づいたらいつの間にか詰め寄られている。
反撃をしても金属の防具はことごとく僕の攻撃を阻み返しの攻撃を仕掛けてくる。
はっきり言って相性が悪い。
アールスなら正確無比な攻撃を防具の隙間に滑り込ませる事が出来るだろう。
アイネなら動きで惑わし隙を伺う事が出来るはずだ。
ガーベラなら力づくで優位に立つ事が出来るに違いない。
だが僕にはどれも取る事が出来ない。
型はきっちりとこなせるが応用させ相手の虚をつくのは苦手。
反射神経も悪くはないが魔力感知の補助が無いとアイネに追いつく事は出来ない。
力も特別あるわけではない。
ミサさんに対する有効打はきっとサンダー・インパルスと魔法剣しかないだろう。
普通の魔法では精霊達に防がれても、魔力を集め断つ事に特化した魔法剣なら分厚い金属の板であろうとも断ち切る事が出来る。だが加減が効かないので訓練で使うような物ではない。
サンダー・インパルスならわざわざ魔力を操るまでもなく防具に直に触れて電気を流すだけでいい。だけど魔法なしと言っているので今回は使わない。
負けるのは少し悔しいが、それ以上に強い相手とこうして手合わせが出来る事に僕は喜びを覚えている。
仲間になってくれた事に対する感謝の念が高まっている事がよくわかる。
僕はもっと強くなりたい。大切なあの子を守れるように。




