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閑話 フェアリーチャイルド

 私が生まれたのは精霊の森に雷が落ちた事によって燃え残った大木からだった。

 たまたま生みの親である主様が大切に想っていた大木であった為に主様が長らくその場に留まり続けた。

 それよって焼け残った炭、灰などから私達火の精霊が生まれた。

 私は大木の跡に残った炭を媒介とし妖精になり長い年月を仲間と共に生きて精霊へと至った。

 妖精の頃は黒い体が嫌だったから仲間と共に熱を操り火を起こして身体をよく飾った物だ。その結果主様に何度も怒られたけど。あの頃は若かったわね。


 ディアナは大森林にある主様の好んだ湧き水から生まれた。

 その水場は主様がよく使用するので水の精霊が生まれやすい。

 ディアナと出会ったのはお互いに精霊に至ってから、精霊に至ったディアナが精霊の森で暮らす為に大森林から移り住んでき時だった。


 ライチーは精霊の森に置かれた透明な、ガラスよりも透明で光を無限に反射されているような宝石が依り代となった。

 その宝石が誰の物なのかは分からなかった。主様の話では人と会う遥か昔から存在していた宝石らしい。

 太陽と月と星と雷と火の放つ光を何百年もの間受け続け反射して来た光輝く宝石だった。

 当時精霊の森に棲んでいた精霊達はその宝石の光に良く見とれていた物だ。

 そんな宝石を妖精にしたのは主様の魔力(マナ)だけではない。精霊の森に住まう精霊達の魔力(マナ)。いわばライチーは精霊の森に住まう私達精霊達の子供といえるかもしれない。


 レナスが生まれたのはライチーが妖精として生誕してから半世紀程過ぎた頃だった。

 そして出会ったのはレナスが話せるようになりレーベがレナスを精霊の森に連れて来た日の事だった。

 私とディアナはその日はたまたまライチーと遊んでいた。

 当時私達は特に仲が良かったわけではない。本当にたまたま、ライチーにねだられ気が向いたから遊んでいただけの関係。

 それが変わったのはレーベに手を引かれて歩いていたレナスと出会った瞬間だった。


 一目ぼれだった。レナスの赤い瞳に私は見惚れてしまった。

 どんな火よりも濃く、熱く、輝いた瞳。

 炎が何よりも美しいと思っていた。赤く燃える炎こそ至高の美だと勘違いしていた。

 私はその日からレナスにイカレてしまった。


 ディアナの場合は薄水色の髪だったらしい。

 そして、レナスにやられたのはライチーも同じ。ライチーはレナスの白い肌に落ちたみたい。

 レナスは妖精よりもよほど可愛らしく人間というには美しすぎた。

 いくら姿形を人間に真似てもレナスにはかなわない。だから少しだけ嫉妬と大きな愛を込めて私達は称賛した。

 いずれ大きくなったらもっと美しくなって人間と呼ぶには似つかわしくなくなるだろう。きっと美を司る精霊に至るのだと私達は姦しくレナスを絶賛した。

 そんな筈ないのに私達は浮かれた。

 この子は私達の子供だ。

 精霊の子供(フェアリーチャイルド)なのだと言い放った。

 そして、私達は私達の子であるレナスを守ると誓い合った。


 それからは本当に楽しい毎日だった。私達はレナスを愛しレナスの望む事をしてきた。

 一緒に遊んで欲しいとお願いされれば追いかけっこをしたりした。

 話を聞かせて欲しいと言われれば人間から聞いた事のある童話などを語った。

 歌を聞かせて欲しいと言われれば三人そろって歌ったりもした。

 幸せな日々だった。

 だけどそんな日々もあっけなく終わってしまった。

 レナスによくしてくれた人間が死んでからレナスは他人との関わりを断ち部屋の中に引きこもり笑顔を見せなくなった。

 いくらお道化て見せても、いくら歌って聞かせてもレナスは私達に笑顔を見せてくれる事はなかった。

 ライチーはそばにいるだけでいいなんて言っていたけれど、私とディアナは納得できなかった。

 楽しそうなレナスの姿を覚えているのに満足できるはずがないじゃない。

 あの手この手でレナスを元気づけようとしたが効果はなかった。むしろ私達まで遠ざけようとする意志を感じられた。

 レーベや村の人達と何度も相談したけれど打開策は見つからず、レナスがグランエルへと行く日になってしまった。


 精霊は契約をしていてもちゃんと資格を持っていなければ学校の寮にいる間は子供と一緒にはいられないという決まりがある。

 具体的な理由はよく分からないが精霊とではなく人間の子供同士と仲良くさせるのに精霊がいてはあまり良くない結果になるからだとレーベは言っていた。

 それを聞いて私はなんとなく分かる気がした。ライチーやディアナは気づいていないだろうけど、精霊ははっきり言って子供の情操教育にはあまり良くない性格をしている者がほとんどだ。

 嫉妬深く独占欲が強い。そして、すぐに大好きな契約者を甘やかしてしまう。

 精霊は大抵重い。子供に背負わせると子供自身が歪んでしまうほどに。

 その証拠にライチーはレナスがグランエルに向かった当初主様の言いつけを破って四六時中話しかけていて、レナスに怒られた事によってようやく話しかけるのを控えるようになったみたい。


 やらかしたライチーだけれど、私は気持ちが痛いほどわかった為ライチーをあまり強くは非難できなかった。

 私もまたディアナとライチーを連れて時々グランエルへ様子を見に行った事がある。

 低学年の時はレナスにばれないように上空から学校に通うレナスを眺めるだけだった。

 都市外授業が出来るようになった次の年からは遠くから見守ったりもした。


 けれど、レナスが病にかかった時、私達は何も出来なかった。

 レナスが予言された死期が近づいて来た頃には私達と話す事が少なくなり、都市外授業があった事も教えて貰えず、都市外授業の事を、病気の事を知ったのは年を越してからだった。

 あの頃のレナスはただナギとアールスの事を話していた。一緒に遊んだ思い出やナギと交わした約束、別れたアールスへの想い、それらをずっと聞かされていた。

 運命の日が近づいて来た事で私達は会いに行こうとしたのだけれど、主様と他の精霊達に止められ動きが取れなくなってしまった。

 辛かった。何も出来ない事がどうしようもなく辛かった。

 人の身体の事なんて私達には分からない。多少勉強した所で何が起こるのか分からないのに手の打ちようなんてなかった。それでも会いに行きたかった。直接声を交わしに行きたかった。最後にレナスの瞳を見たかった。だけど主様はそれを許してはくれなかった。会いに行っていたら私達は何かが壊れ暴走し自滅するかもしれないと分かっていたんだと思う。

 私達はただただその日が来るのを恐れ泣く事しか出来なかった。


 だけど、ああ、だけれどレナスは今生きている。神の奇跡によって否定された今をレナスは生きている。

 私達の大切な子供(フェアリーチャイルド)は一人の人間の女の子によって救われた。違う理の神の力によって救われたの!

 いくら感謝をしてもしたりない。

 返せるものが分からない。

 だから私は他の皆には内緒で誓った。ナギの力になると。

 私の愛はレナスの物。命はナギの物。

 私の|とてもとても大切な子供フェアリーチャイルドを救ってくれた事実は決して軽くはない。

 二人が望むのなら私はいくらでも黒を白と言い張ろう。


「お互いに言いたい事は言いつくしたと思うから仲良くしましょう?」


 二人の為になるのなら気に食わない相手に向けた剣も収めよう。

 それがたとえ、愛する子供に対して捨てたと面と向かって言った厚顔無恥な愚かな精霊だろうと、ね。

 ライチーは感情の整理がまだできないようでしかめっ面を浮かべている。

 ディアナはお面の様な色のない表情を張り付けていて内面は読み取れない。だけど見えている部分は所詮虚像。精霊はいくらでも表情を変えられる。ちょっと弄れば笑顔になんてすぐに出来る。それをしていないという事はわざとそう見せているという事だ。

 対して相手の方はというと、アロエは申し訳なさそうに身体を小さくしている。

 エクレアの方はディアナと同じように無表情を気取っているがディアナほど感情は隠しきれていないように見える。


「貴女達はそれでいいの?」


 エクレアがライチーの方を見て聞いてくる。


「うー」

「私達の意思は大して意味はないわ。分かるでしょう?」


 何よりも優先されるべきは愛する契約者。私達の意思? そんな物そこら辺に転がっているんじゃないかしら。


「……」

「その上で衝突を避けたいだけなのよ」

「……分かった。レナスがそうしたいというのなら私達に異存はない。仲良く出来るかまでは分からないけれど、喧嘩はしないようにしよう」

「とりあえずはそれでいいです。アロエさんとエクレアさんは私達に協力するという事でよろしいんですね?」

「問題ない。ミサが嫌がっても契約してしまえば協力する事が出来る」

「そうですね。それではとにかく誘う方向で、決裂したらその時は契約という事で」

「分かった」

「さて、話は終わったわね。レナス、私はちょっとこの子達と親睦を深めたいから私達だけにしてくれるかしら」

「構いませんが、喧嘩したら駄目ですよ?」

「大丈夫よ。ディアナとライチーはどうする?」

「レナスといっしょにいくー」

「私は残る」

「それじゃあそういう事でレナス、また後でね」

「はい」


 レナスは軽く頭を下げて部屋から出て行った。

 残されたのは私含めて精霊四人。

 最初に口を開いたのはこの場を提案した私。


「協力するにあたって注意事項がいくつかあるわ」

「ちゅーいじこー?」


 首を捻ったのはアロエだった。

 エクレアは静かな様子で私に視線を向けている。


「まず、ナギはレナスの命の恩人だから失礼な態度は取らない事」

「命の恩人? どういう事?」

「レナスは昔流行り病にかかってね、その時治してくれたのがナギなのよ」

「治したってどうやって?」

「それに関してはナギから直接聞いて頂戴。私が勝手に話せる事柄じゃないのよ」

「分かった」

「次にレナスにはナギの他にももう一人親友がいるわ。今は首都にいるけど、この子も悪く扱ったら許さないから」

「その子はどういう子なの?」

「レナスの心を支えてくれた子よ。レナス自身も大切にしてる」

「男? 女?」

「女の子よ。次にレナスが時折ナギに対して奇行を取る事があるけど暖かい目で見てあげて」

「奇行? どういう事?」

「レナスはナギの事を愛しているのよ。その愛の形がどういう物なのかは判断が付かないけれどね」

「同性愛って事?」

「家族愛かもしれないし姉妹愛かもしれない。分かりにくいのよあの子は。

 多分あの子自分でも自分の気持ちがどいうものか分からないから愛し方が分かっていないんじゃないかしら?

 その所為でおかしな行動に出る時があるのよ」

「例えば?」

「一緒のベッドで寝てナギの胸を掴みながら眠るのは基本ね」

「基本なんだ」

「ナギの髪を結ってあげる時にこっそりを匂いを嗅いだりもしているわ」

「……なるほど」

「一緒にお風呂に入る時はナギの裸体を舐め回す様に見ていたわね」

「……うんうん」

「ナギの使っている食器をこっそりと自分のと取り換えている時もあるわ」

「待って」

「何?」

「それらは奇行というより変態行動というのではない?」

「……そうとも言うわね」

「人間にばれたらまずいじゃない!」

「だからばれないように隠してるのよ。そしてそれを貴女達にも手伝って欲しいの」


 精霊の知覚範囲は人間とは比べ物にならない。だから変にごまかすよりもきちんと話して協力してもらった方がいい。

 人間相手と違って引かれる心配はしていない。

 私達は精霊。程度の差はあれど本質的に私達は重いのだからレナスの行動は共感できる。

 私達の性質が人間にとってはあまり好ましくない事をライチーはあまり理解していないようだけどエクレアはどうやら理解しているみたい。


「まったく……どうして人間が私達みたいな変態に育つのよ」

「あら? 人間はだれしもそういう所を持っているのよ?

 レナスが愛しているナギだってそうだし」

「……ちなみにそのナギは大丈夫なの?」

「大丈夫よ。ナギはそこらへん私達よりも真っ当だわ。理性的であくまでも趣味の範疇に収めている」

「ならナギの方は心配する必要はないという事でいいのね?」

「ええ、大丈夫」

「それであなた達はその二人をどうしたいの? くっつけたいの?」

「別にそこまで深入りするつもりはないわ。二人が望むようにしてくれる方が私は嬉しいもの。ディアナもそうでしょう?」

「ん。レナスの気持ち第一。レナスが手伝って欲しいのなら手伝いはするけど、ただし私はサラサと違ってそれ以上の事はしない」

「奇行を隠さない、という事?」

「サラサに言われなければやらない。レナスは頭がいい。きっと自分のしている事の意味は分かってると私は思う」

「そこだけは本当合わないのよね。あの子結構馬鹿よ?」

「そんな事ない」

「いいえ馬鹿よ馬鹿。自分の行動で人がどう考えるかなんて気にせずに欲望で動いてる馬鹿よ。まぁそこが可愛いのだけれど」

「欲望で動いていたらナギの純潔はすでに散らされてる。だからそんな事はありえない」

「それは最後の理性が働いてるからよ。意識して抑えてるわけじゃないわよあれは」

「どうしてレナスの事を信じない?」

「信じてないわけじゃないわよ。知っているの。私達が見てなかったらあの子ならきっとやらかすって。

 それ位レナスは蓄えた知識に反して中身が幼い。

 私達とナギがいるから辛うじて取り繕えているけれど、まだ子供なのよ」


 それこそ、五年前のあの日から生まれ直りなんじゃないかって思うくらいに。

 もしくは停滞していた心の成長がようやく動き出したのか。

 なんにせよレナスは身体の成長に心が追い付いていないどころか幼くなっているようにさえ私には見える。

 それをどうにかするにはきっと成長を待つしかないんだと思う。

 まだ幼いとはいえナギと接しているレナスは確実に心を成長させていて、いずれは心と体のつり合いが取れるようになるだろう。

 ナギがいればレナスは大丈夫。そう信じさせてくれるなにかがナギには確かにある。

 

「話は分かった。他に注意事項はある?」

「そうね、何かあったかしら?」


 ディアナに視線を送ると少し考えた格好を取った後口を開いた。


「ナギは秘密が多い。くれぐれも詮索しない様に」

「それ言ったら駄目な奴でしょ」


 秘密がある事を何故わざわざばらすのか。


「いずれは不審に思う時が来る。それでこそこそ探られるよりは先に言っておいて注意した方がいい」

「はぁ……貴女が言葉にした時点で手遅れだからいいけれど。

 ディアナの言う通り秘密は多いわ。でもそれは他人を害するような秘密ではないし、多分いくつかはそのうちナギの方からも話が出るんじゃないかしら。

 だからナギの事を全面的に信じろとは言わないけれど、信じられなくて仲違いする様な事になったら……私達を敵に回す事になると思いなさい」


 睨み付けたのにエクレアは平然と私の視線を受け止めている。

 魔力(マナ)の量ではエクレアとアロエの方がわずかに私達を上回っている故の自信かもしれない


「いいでしょう。ナギの秘密がレナスとミサに危害を加える物でないのなら私達は興味はない。アロエもそれでいい?」

「私はちょっと興味あるな~」

「それなら素直に聞きなさい。話せる秘密ならナギは信用できる相手には隠したりはしないわ。もしも隠されたらそこまで信用されていない、という事よ」

「じゃあ後で色々聞いてみよ!」

「話はこれで終わり?」

「そうね、これぐらいかしら」

「そう。ミサがどういう返事をするかは分からないけれど、長い付き合いになるといいわね」

「そうね」


 私とエクレアは人間が良くする握手のまねごとをする。

 肉体を持たない精霊同士では人型の手で握手をしても手の平を合わせるのが精一杯で不自然な形にしかならない。

 これは上手く人の手の形に魔力(マナ)を留められないから起こる現象。

 お互いの手の周囲にある見えない魔力(マナ)が干渉しあっているから握り合う事が出来ない。

 だけどそれでもこれはれっきとした握手だ。

 見えない魔力(マナ)だって私を構成する魔力(マナ)の一部。自分の魔力(マナ)と相手の魔力(マナ)が触れ合っているのだから握手と言っても問題ないはず。

 握手を終えると私達はそれぞれの契約者の元へ向かった。

 精霊同士の話は終わった。次は人間同士の話。

 一体どう転がる事やら。

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[一言] ちょっと変態ぽいなと思っていたけどまさかここまで変態的行動をとっていたとは
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