来訪者
少し急いだお陰でリュート村から二日でルルカ村へ辿り着く事が出来た。
「ぴー」
「ん? 魔力が濃い?」
村に入ると突然ナスが村の魔力の濃度が濃いと言い出した。
魔眼を発動させ確認してみると確かに人がいないのに濃い魔力がアースの魔力の範囲外を漂っているのが分かった。
「精霊が村にいるのでしょう。珍しい事ではありません」
「そりゃそうか。近くに精霊の森があるんだもんね」
「ぴぃぴー。ぴぴーぴーぴぴー」
「え? 僕達を取り囲むように魔力が動いてる?」
改めて確認するとナスに言われて初めて魔力が動いていることに気が付いた。
アースの魔力のせいで近寄れないようだが、どうにも探るような動きをしているように見える。
「なんだろう。ライチーは何か分かる?」
『わかんなーい』
「そっか……とりあえず何が起こってるのか分からないからアースの魔力の範囲内から出ない様にしよう」
とりあえず害がないのなら教会へ急ぐべきだろう。
「分かりました」
今はお昼を過ぎた頃合い。村人は仕事なのか姿が見えない。とはいえアースは目立つ。村の中を歩いていれば前に来た時のように家から出てきてフェアチャイルドさんを迎えてくれるだろう。
そしてその予想は正しかった。
家の中で仕事をしていた人が手を止め外に出てきてアースに声をかけてくるのだ。
『おおっ、レナスちゃんとこのアースじゃないか。あいかわらずでっかいねー』
『おばさんお久しぶりです』
家から出て来た一人一人にフェアチャイルドさんが妖精語で挨拶をする。
『久しぶりねーレナスちゃん。そうそう、レナスちゃん! 今シスターの所にお客さん来てるのよ!』
『お客さん、ですか?』
『そうそう。遠い国から来たっていうシスターでね、精霊を二人も連れてやってきたんだよ』
『えと、珍しいんですか?』
『いやね、遠くから精霊術士が来るのはそんなに珍しくないけど、聞いたら驚くよ?
なんとその精霊はね、レナスちゃんのご両親と契約していた精霊なんだって』
『ほ、本当ですか!?』
おばさんの言葉に僕は耳を疑った。
フェアチャイルドさんの両親の手掛かりが今ここで手に入るとは思わなかったからだ。
サラサとディアナも石の中から出てきて驚きの声を上げている。
『ほんとほんと! お墓にもシスターが案内してたんだから!』
『わ、私会いに行きます!』
フェアチャイルドさんが駆け出そうとすると、彼女の前方に突然二つの人影が現れた。
人影にぶつかる前にフェアチャイルドさんは止まった。
『やっと会えた!』
最初に言葉を発したのは自分の身長よりも長い翡翠色の長く癖のない髪を持った女の子だった。
『貴女がクリスとシルフィンの娘ね』
もう片方の精霊は前髪に紫のメッシュが入った黄金色の髪を縦巻きロールにした女の子だ。
二人とも小さくサラサ達と同じようにデフォルメしたかのような姿をしている。
『なんか馬鹿でかい魔力の所為で確認が遅れたけど、シルフィンそっくりね!』
『初めましてレナス。私は雷の精霊エクレア。こっちの頭の軽そうなのが風の精霊のアロエ』
『軽そうとは何だ!』
軽そうと称された翡翠色の方が風の精霊アロエ。縦巻きロールが雷の精霊がエクレアか。
「なんだか急展開ですねぇ」
「そうですね……」
『あ、あの……本当に私の両親と契約していたんですか?』
『本当だよ。私が君のお父さんのクリストファーと』
『私が貴女の母のシルフィンと契約していた』
『どうして、一緒にいなかったんですか?』
『それは……』
『それを話すには会わなくてはいけない人がいる。教会まで来て』
『教会へ? 分かりました。ナギさん。カナデさん行きましょう!』
「う、うん」
自己紹介は後でいいか。
フェアチャイルドさんは早足で教会へ歩き出した。
「カナデさん。僕達がいていいんでしょうか?」
「どうでしょう~。駄目ならちゃんと言ってくれるんじゃないでしょうかぁ?」
「それもそうか……」
教会前へ着くと二人の精霊は礼拝堂の扉に手をかける。開けという事だろうか。
フェアチャイルドさんが扉を開く。
何が待っているのか、扉が開ききるのを固唾を飲んで待っていると、精霊二人は扉が開かれている間に中へ入って行く。
礼拝堂には二人の人がいた。片方はレーベさん。もう片方はレーベさんの着ている修道服とはデザインの違う紺色の修道服を身に纏っているシスターだった。
フェアチャイルドさんの後について行くともう一人のシスターの顔が確認できた。
年の頃はカナデさんと同じか上と言った所だろうか?
背はカナデさんよりも高く男性の平均身長と同じくらいの高さはあるだろう。
ベールからはみ出て見える髪の色はプラチナブロンド。瞳はフェアチャイルドさんと同じ系統の赤。フェアチャイルドさんの瞳が血のような鮮血色ならばこの人の色は少し暗い紅色だ。
「オゥ! アナタがレナス=フェアチャイルドちゃんデスネー!」
「ん?」
「ワターシの名前はミサルカ=グレイスいいマース。どうか愛をもってミサと呼んでほしいネー」
僕の翻訳機能どうなっちゃってるの?
見た目はきれいなお姉さんの口から出てくるのは胡散臭い片言の能天気そうな喋り。表情と口調がずれているように感じる。
試しに翻訳機能切ってみるか。
「ヤーがヴェレスからヴェシットやって来たのはクェゼリィであるヴィーに会うためなのでーす」
大して変わらなかった。むしろ意味の分からない言葉が出て来た。元に戻しておこう。
「えと……?」
『ミサは貴女の従姉なの』
『いと……こ?』
『ミサ! 君の言葉あんまり通じてないみたいだから妖精語で話した方がいいよ』
『んん。仕方ないですね。じゃあ改めて……レナスさん。私はミサルカ=グレイス。愛を込めてミサと呼んでください』
『は、はぁ』
『私がヴェレスからはるばるやって来たのは従妹である貴女に会う為なのです』
『従妹って、どういう事ですか?』
『そのままの意味です。私はレナスさんの母親のシルフィンさんの姉の娘です。
十五年前、叔母夫婦はこの地にやってきました。しかし、その際に精霊達が一緒にやってこなかったのには理由があります。
それは当時二人の精霊は私の面倒を見ていたのです』
『どういう事ですか?』
『私の故郷では幼いうちに精霊と契約を結び共に暮らす掟があるのです。
その掟で私はアロエとエクレアと契約をして一緒に暮らしていたんです』
『精霊が複数の人と契約をしたって事ですか?』
『クリスに頼まれたからねー』
『当時のミサはどうにも精霊との相性が良くなかった。だから仕方なく、仕方なく契約をした』
『二回も仕方なくって言われた!』
『そうして契約をした後、二人の死を知った。本当なら飛び出してでもここに来たかった』
『だけどクリスに頼まれたミサを置いていく訳には行かなかったし、核から遠く離れる事も出来ないんだよね』
精霊には存在するに必要不可欠な核がある。
核は目には見えないが人で言う所の脳を司っている。
膨大な魔力が凝縮され自我が形成された時初めて妖精が生まれ、その核を守れるほどの魔力を得る事ができたらそれまでの核を守っていた身体を捨てて精霊となるんだ。
もしも、妖精の時にこの核が魔素に晒されたら汚染されて魔物になってしまう。しかし、精霊となると核は魔力によって完全に守られるため汚染される事は無くなる。
だが、身体を無くしたために魔力が少なくなると存在を維持できなくなる。
ならば妖精から精霊になる時に身体を捨てなければいいと思うだろうが、そうなると精霊は核を物に宿したままとなり例えば操る物に質量がないサラサやライチーは自由に動く事が出来なくなる。ディアナならば水を操り動かす事も出来るだろうが、それ以前の問題としてディアナは水の精霊。水に宿り生まれたので勝手に蒸発して身体が減っていくのだ。そうなると身体の維持に余計に魔力を使う事になる。
さらに精霊は自分で魔力を使う分には加減などほとんどできない為自分の身体を自分で自由に動かそうとすると大災害を引き起こす可能性があるのだ。
なので基本は核の宿った物を契約者に持たせて移動させてもらうか、核を魔力だけで守って自分の意志で動く必要がある。
『とはいえ、こっちの事情で今まで来れなかったのは事実。レナス。貴女を一人にしてしまったのは私達の責任』
『うん。ごめんねレナス……いままで来れなくて』
『……違和感は感じていました。何故両親の契約した精霊が姿を現さないのか。
魔の平野を挟んでいるとはいえ上空を行けば安全に越える事は出来たはずです』
『そうね。核さえ自由になっていれば私達はすぐにでも会いに来れた』
『それは、私を捨てた、と捉えていいのですね?』
「フェアチャイルドさん、それは……」
いくら何でも言い過ぎではないかとも思ったが、二人の精霊は顔を逸らした。
『精霊は好きな人と契約をする。例外はその好きな人に頼まれるくらいでしょう。逆に言ってしまえば契約していない人間はどうでもいい。それが精霊です』
「え、そうなんですかぁ?」
カナデさんは精霊達に目をやる。するとライチーは首を傾げて答えた。
『わたしはカナデすきだよ?』
しかし、サラサとディアナはカナデさんから目を逸らしている。
『レナスさん。捨てた、と言うのは間違いではないでしょうが正しくもありません。二人は選択し選んだのです』
『その結果私を捨てた』
『結果だけを見ては真実を見失ってしまいます。私は二人が当時悩んでいたのを知っています……』
シスターグレイスは昔の事を語り出した。
フェアチャイルドさんのご両親が無くなった時の二人の荒れよう、意見が対立し喧嘩になっていた事、約束とフェアチャイルドさんを選ぶ苦悩、すべてを語った。
しかし、フェアチャイルドさんはそんな話を聞いても顔色一つ変えていない。部外者であるカナデさんは涙を流しているのに。
恐らくその理由は……。
『だから許して欲しいのです。この二人を』
『……長々と語ったところ申し訳ございませんが、私は私を見捨てた二人の精霊に思う所は何一つありません』
フェアチャイルドさんの言葉に三人は顔を強張らせた。
『私にはそばにいてくれたシスターがいます。友達になってくれた精霊達がいます。確かに私は両親の事を知りたいと思い、貴女達の事を探そうと思っていました。ですが貴女達に対してそれ以上の感情は持ち合わせていません』
精霊達と共に育ったフェアチャイルドさんはその性格を精霊達から強く影響を受けている。つまり、好きな相手以外はどうでもいいという排他的な考え。これは学校に通っていた時から分かっていた彼女の性質だ。
何度か何とかしようと助言を与えたが結果は演技が出来るようになったくらい。その本質は変えられなかったし、僕自身無理に変えようとは思わなかった。
好きな相手以外はどうでもいいというのは他人によって程度の差はあれど誰しもが持つ考えだろう。それこそ博愛主義者でもない限りは。
僕は彼女の偏愛主義的な考えに少しだけ修正を加えて演技が出来るように促しただけだ。
演技さえできれば大抵の人間関係は上手くいく。その演技上の付き合いから好きになる相手が見つかるかもしれない。
もしも彼女が誰とも交流を持たないような人間に育てば、人と情を結ぶ可能性は限りなくゼロに近づいてしまう。しかし、仮初とはいえ関係を持てば可能性はいくらでも出てくるのだ。
例えるならコインのような物だ。コインさえあれば表が好き、裏が嫌いという風に決めたコインで自由にどちらを上にするか決められるが、コインそのものが無ければ好き嫌いを決めるという行為も出来なくなってしまう。
関心無関心というのはいわば土台のような物。関心と言う土台が無ければ好き嫌いなんて生まれはしないんだ。
とはいえ、彼女は精霊と全く同じ性質と言う訳でもない。
彼女が思う所が何一つない、というのは嘘だろう。その言葉が本当ならそもそも彼女の性格からして見捨てた事を言及するはずがない。
さっさと話を終わらせて次の話へ移すはずなのだ。
フェアチャイルドさんは精霊二人の顔を交互に見てからシスターグレイスに言い放った。
『謝罪をするのなら受け取りましょう。しかし、私はそれ以上に両親の話を聞きたいです』
『分かりました。話は奥でしましょう』
そう言ってシスターグレイスはレーベさんに目配せをしてレーベさんを先頭に精霊と共に礼拝堂の奥にある扉から出ていく。
「カナデさん。すみませんが先に行っててください。僕はちょっと話があるので」
「分かりました~」
「ナギさん?」
カナデさんが出ていくのを確認すると僕はおもむろにフェアチャイルドさんの頭を撫でた。
「頑張ったね」
「え?」
頭を撫でるのをやめ彼女の頭を寄せて抱きしめる。
「ショックだったよね。無理しなくていいんだよ」
「あ……どうして、分かるのですか?」
「分かるよ。僕達ずっと一緒にいたじゃない。本当に気にして無いなら捨てられたなんて話、君は追及して無かったよね」
「ナギさん……」
僕には彼女がどうしてそこまで傷ついたか、真には理解できない。
けどそれでも彼女が傷ついたという事実は見逃したくない。
抱きしめる力を強めるとフェアチャイルドさんは強く抱きしめ返してきた。




