初めての遺跡調査 前編
僕達は首都を東から出てグランエルへ向かう。
首都から真っ直ぐ東に進むのは今回が初めてだ。相変わらず平原が続きあまり風景は変わらないが、それでも楽しく旅を進める事が出来た。
魔獣達の匂いと魔力を抑え街道を歩く事も成功した。アースは他の動物に怯えられはするが逃げられるような事はなく街道を歩くのに支障がない程度にはなっていると思う。
だけど代わりに野生の動物は近くまで寄ってくるようになってしまった。
一度だけ街道から外れて歩くと肉食のライオンに似た大型動物が襲い掛かろうとしてきた事があったが、僕のサンダー・インパルスで事なきを得た。ただその時、カナデさんが弓を射る体勢を瞬時に取っていたのは印象的だった。
僕は前もって感知していて飛び掛かろうとした瞬間を見逃さなかったが、カナデさんは音とナスの様子から居場所を推測していたらしい。
精霊達は魔力を抑えていたから発見が遅れ、フェアチャイルドさんは全く気づかず悔しそうにしていた。
この一件もあり街道を行く時は村や都市を出る前に消臭をし、行かない時は消臭しない事を僕達は決めた。
グランエルへの途中で立ち寄った都市で偶然にも僕達は遺跡調査隊の護衛の依頼を見つける事が出来た。
場所は都市から馬車で半日の場所にある遺跡で、動物達が住処にしてしまったから動物を追い出すとともに遺跡の被害状況を確認するための依頼のようだ。
動物と言っても肉食動物ではなく雑食動物で、大きなげっ歯類……カピパラによく似た動物だ。
本来は遺跡の保護は軍の仕事なのだけど緊急性が薄く軍は動かせない……というか、軍を動かすよりは冒険者を動かした方がお金がかからない為、組合に依頼が回ってきたようだ。
推奨階位は魔物は出ない為第三階位と第四階位。期間も四日間と護衛の仕事をした事のない僕とフェアチャイルドさんにはちょうどいい。
依頼を受けた僕達は受けたその日の内に準備を終わらせる。
そして翌日の早朝に護衛対象である役所の遺跡保全の仕事をしている学者さんと大工さんの二人と合流すると、学者さんの方はトーマス=マスカル。大工さんの方はアモス=オールマインと名乗った。
自己紹介を済ませた後依頼のより詳しい説明を受ける。
僕達のやる事は簡単で遺跡まで護衛をし、遺跡についたら動物達が嫌がるお香を焚いた後動物を追い払うなり狩るなりして遺跡から追い出す。
動物がいなくなったら遺跡の調査を簡単に行った後動物除けの罠を設置するだけだ。
都市を出発し僕達は予定通り昼過ぎに遺跡のある森へ辿り着く事が出来た。
話によるとここの遺跡は六百年前の冒険者が魔物化していた木々を打ち払って偶然見つけた物らしい。
千年前の恐らくは魔物の侵攻があった際に作られた避難所みたいな物だと考えられていて、残念ながら生存者は発見できなかったらしいが生活の後は残っていて当時の暮らしの一端を垣間見れる遺跡だと説明を受けた。
遺跡の説明を聞いていたフェアチャイルドさんは僕にはよく分からない事をマスカルさんに次々と聞いていく。
マスカルさんはフェアチャイルドさんの質問で気をよくしたのか矢継ぎ早に答えていく。
次々と繰り出される難しい専門用語に自動翻訳を持っているのに二人の会話について行けない。フェアチャイルドさんは一体どこで専門用語を覚えたのか……固有能力にも限界はあるんだな。
ついて行けないのはカナデさんも同じらしく、カナデさんは二人の会話を聞く事を放棄してヒビキと一緒に周りの風景を楽しんでいる。
僕も周囲を警戒しておこう。
時折出てくる蛇や中型の猫科らしき動物をサンダー・インパルスで追い払いながら古くも整えられた道を歩いていく。
元々馬車の往来も想定していたようでアースも通れるのはありがたかった。
今回依頼で使う道具は全て馬車に乗せて馬に引いて貰っている。
この依頼を受けるまでにアースへの対策が立てられて本当に良かった。もしもこの依頼が受けられなかったらフェアチャイルドさんはきっと残念な思いを抱いていただろう。
一時間ほどだろうか。開けた場所に出た。
大体円形になった空き地の真ん中に何か文字の書かれた石碑が置かれており、その前に穴が開いていて階段で下に降りれるようになっている。
よく見ると穴の縁には蝶番みたいな物と木の板の欠片がくっついている。
石碑の文字を見てみるが大分削れてしまって読み取る事が出来ない。
マスカルさんの説明によると石碑には哀悼の言葉が刻まれていて、木の板は遺跡が荒らされない様に後から付けられた蓋らしい。
今回動物が入り込んだのはこの蓋が壊れたからだとか。
「あの、もしかしてこれは墳墓と言う物では?」
「元々そう言う用途では作られていないんだけど……今ではこの遺跡はそう言う認識だね」
マスカルさんは僕の問いに顎を撫でながら頷いた。
「おぅ……」
入らなきゃ駄目なのかな。フェアチャイルドさんを見てみると石碑の文字を解読しようとしている。
カナデさんの方はと言うと顔を青くさせている。
「わ、私は弓使いなので外で待っていますね~」
「あっ、ずるい」
ずるいんだけど……ああ、僕は中に入らなきゃいけないから魔獣達の面倒を見る人が残らないといけないんだ。
だって、狭い中で戦えるの僕とヒビキだけなんだもの。
カナデさんは自分でも申告したように弓使いだから狭い場所では真価を発揮させる事が出来ない。
フェアチャイルドさんの精霊魔法も狭い場所で使うにはあまり向いていない。
そもそも攻撃魔法が火と水だけだ。火は狭い所で使うと自分達に被害が及ぶし酸欠になるかもしれない。水だと威力の調整が効かずに遺跡に被害が出るかもしれない。
一応旋根で戦えはするが、もしも中型以上の動物がいたらフェアチャイルドさんの力での旋根では効果は薄く身を守る事しか出来ないだろう。
アースはその巨体で入る事は出来ないし、ナスも動きが制限されるのは痛い。
狭い所で安定して闘えるのは僕とヒビキだけなんだ。
「ああ、俺も残って今のうちに罠や柵の用意しておくから、早く遺跡から動物を追っ払ってくれや」
見た目誰よりも逞しいオールマインさんがこの場に残る事を宣言する。
マスカルさんはどうやら一緒に中に入るようだが……。
「ううっ……アース、ナス……二人の事頼んだよ」
「ぴー……」
「あっ、カナデさん。ヒビキ連れて行きますので……」
「あっ、はい~」
「きゅー」
ヒビキが僕の腕の中に移り柔らかい羽毛がささくれそうな僕の心を癒してくれる。もう放したくない! だけど武器を持つためには放さないといけないわけで……。
ヒビキを地面に降ろし僕は腰に下げた短剣を右手に、背中に背負っている盾を左手に取る。
墳墓……お墓……お墓だよなぁ。
「お墓かぁ……」
「どうかしましたか? ナギさん」
僕の深いため息に気づいたようでフェアチャイルドさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「な、なんでもないよ。大丈夫大丈夫」
大丈夫。幽霊なんていないんだ。いくらファンタジー世界だからって神様がちゃんと魂を管理してるんだ。幽霊なんかいるはずがない。
……ヒビキを抱きたい……。
平気だ。平気だ。何度もそう自分に言い聞かせて薄暗い地下の遺跡の中へ入って行く。
「んー。薄暗いですね。ライチーさんお願いします。『あかるくなーれ』」
フェアチャイルドさんが一声かけるだけで遺跡は影を消し去った。
「おお、光の精霊ですか。これは珍しい」
明るくなった遺跡の中を僕は見渡す。
階段を降り立った先は小部屋になっていて、四角く切り取られたような通路があるだけだ。
明るくなった通路の先にはいくつもの曲がり角が見える。
念の為に魔眼を発動させ魔力が漂っていないか確認をする。精霊達の魔力が見えないように調整しつつ魔眼の精度を細かく変えると地面に魔力が見えた。
通路に沿って蜘蛛の糸を展開させるといくつもの魔力の塊を感じ取る事ができた。
このままサンダー・インパルスを使ってもいいけど、一応この目で見てから判断した方がいいだろう。
ライチーに怪しい動物がいないかどうかを聞いてみるがいまいち要領の得ない返事が返ってきた。
どうやら途中に通路に魔力溜まりがいくつもあってその先を確認できないみたいだ。
とりあえず詳しい構造をマスカルさんに聞きつつ短剣と盾を持つ僕が先頭に立つ。
この遺跡は迷路のように入り組んでいて地図がないと無駄に時間がかかってしまうようだ。
ただ広さはそれほど広くなく効率よく通路を歩けば一時間ほどで全てを回れるらしい。
道順はマスカルさんに指示を貰う事にして僕達は歩き出した。
途中いくつもある部屋と言う名の洞穴の中を見てカピパラによく似た動物……マルピラの姿を確認する。
今はまだ追い出さない。奥の方に行かれたら面倒なのでまずは奥に行ってからだ。
最初は少し、ほんの少しだけ緊張していたがライチーが明るくしてくれたおかげでいつも通りの自分でいられる。本当ライチー様様だ。
ライチーへ感謝の念を送っていると僕の感知が曲がり角から何かが走ってくるのを感じだ。
僕はとっさに盾を前に構える。大きさからしてマルピラだろう。こちらに驚いて襲い掛かってくるかもしれない。いつでもサンダー・インパルスが出来るように身構える。
そして、マルピラと思わしき生き物が曲がり角から……。
「へぁい!?」
出て来たのはマルピラじゃなくて頭蓋骨だった!
何が幽霊はいないだ! なんで頭蓋骨が動くの!?
嘘つき! 何が魂を管理してるだよ神様の嘘つき!
頭蓋骨は物凄い速さで僕の脚元を駆け抜けていく!
「ヒ、ヒビキ!」
不味い不味い! ヒビキに当たる!
怖がってる場合じゃない! さ、サンダー・インパルスをつかわなくちゃちゃ!
あ、あれ? 蜘蛛の糸が上手くできなななな!
「きゅー? きゅっ」
僕が慌てている間にヒビキが頭蓋骨に向かって体当たりをしてしまった!
「ヒビキ!」
ああ、そんな事をして呪われないだろうか?
ヒビキの体当たりを食らった頭蓋骨は何か黒い物と分離して壁に当たり地面に転がる。
「ああ、なんだ……マルピラが被ってたのか」
頭蓋骨が取れたマルピラが逃げていく。
どうやら頭蓋骨に気を取られるあまりマルピラの土色の体毛と地面の色が同化して見えていたようだ。ふふっ、幽霊の正体見たり枯れ尾花。
大体神様が魂を管理して輪廻転生させているのだから幽霊とかそんなオカルトがあるわけないじゃないか。
「大丈夫かね? 変な声上げていたけれど……」
マスカルさんが心配そうに声をかけてくる。
「あはは、頭蓋骨って初めて見たので……人のですか?」
マスカルさんは転がっている頭蓋骨を手に取り埃を払った。
「そうだね。これは過去ここで亡くなった人の物だ。全て棺に入れらてこの遺跡に安置されていたはずなんだが……マルピラが悪戯したのかもしれないな」
「じゃあ早く元に戻してあげないといけませんね」
「そうだね。早く先に行こうか」
「はい」