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同じ目

 この国の東には魔王の軍勢が幾つも拠点を構えている。数十年前に何とか一つの拠点を落とす事が出来、東側の国への道の開拓が一気に進んだ。

 それでも交易路の南北にはまだ強力な魔物達が存在し、交易路はいつ途切れてもおかしくはない。交易路を守るためにアーク王国と大樹の国フソウは協力し合い交易路を守っている。

 そのため、アーク王国には開拓を行う人的余裕がなくなってしまったらしい。

 幸い水は魔法で、木材などの植物は南に、鉱物資源は北方の山脈にあるため後は食糧さえ補えれば人が爆発的に増えない限り新たに開拓する必要はなかった。

 しかし、東に対する守りは重要だった。

 交易路より北は毒の沼地や魔素とは違った毒を持つ瘴気で覆われた土地で毒を操る魔物が多く生息している。

 南は平野が続くが魔素が濃く大型の魔獣に強力な魔物が多く住んでいる。

 さらに平野の南には海があるけど、この世界の海は陸よりもさらに危険だ。海洋生物はほとんどが生き物を襲う魔獣か魔物で、人間が海を渡る術がない。船という存在もこの世界では湖や川で浮かべる物という認識でしかない。

 そんな危険な土地とグランエルとその周辺の村は近い所にある。


 僕は魔物を見た事がないと言ったけど、グランエル周辺はれっきとしたアーク王国東側の前線なんだ。

 もちろん村々を守る為の前線基地はあるし、兵だって派遣されている。けど、今回はその前線基地の一つが突破されたんだ。

 今までも魔物が侵入してきた時はあるらしいけど、ごく少数なのでそういう魔物は村人で討伐するか冒険者に任せているらしい。

 けど今回のは規模が違った。僕は詳しくは聞いていないけど今回突破した魔物は十匹前後の部隊が幾つも侵入して、各々の部隊が勝手気ままに荒らしまわったため、村が散発的に襲われたらしい。

 散発的に襲われた為に逆に軍より先に出た冒険者達は対応に追われる事になり殿隊とは合流できず、軍は組織的に動く事によって魔物の部隊は殲滅できたけれど、その分動きが遅く殿隊の救出が遅れてしまった。


 一先ずの安全確認をした後都市を収めている市長から各村の帰村命令が出された。

 帰村は村の安全が確認された村から順に村人達は帰される事になる。一番近いリュート村の村民は当然最初に帰る事になった。

 例外なのは王都からやってくるはずの神官を教会で待っているお父さん達殿隊に参加した人と、お父さんに付き添っているお母さんみたいな家族の人だ。

 アールスの小母さんは小父さんを亡くしてグランエルで暮らす事にしたらしい。手続きを終えアールスの小母さんはグランエルで住む事になる。

 アールスは小母さんの生活が安定するまでは寮で生活していいという許しが出たとアールスは言っていた。

 そのアールスは元気がないと言えばいいのか覇気がないと言えばいいのか、すっかり大人しくなって、学校に来る前よりも物静かになってしまった。




 小父さんの訃報を聞いてから数週間。春季長期休暇が目の前まで迫ってきたある日の事。

 僕はお父さんの様子を見る為に教会へ来ていた。……アールスは連れてきていない。誘ったのだけど……アールスはあれから学校に行く時以外はあまり外に出なくなった。出ても小母さんに会いに行く時くらいだ。

 お父さんの腕はもう元通りになっている。今はリハビリを教会の手伝いをしながらしている。村へは僕が長期休暇になったら一緒に帰る事になっている。

 今年はさすがに村に帰らざるをえない。アールスと小母さんも荷物をまとめに行くため帰る予定だ。


「アリスよ、アールスちゃんの様子はどうだ?」


 あまり呼び慣れない名前だけどお父さんがつけた名前だから仕方ない。


「……変わりないよ」

「そうか……」


 お父さんは瞼を閉じて俯く。

 前は大きな身体だったのに今は不思議と小さく見える。

 お父さんの話じゃ小父さんはお父さんを庇って死んでしまったらしい。お父さんは敵を退けた後必死にヒールをかけ続けたらしいけど、手遅れだった。

 お父さんはこの街でアールスと小母さんに会ってすぐに二人に向かって土下座をしていた。

 『俺を庇ってあいつは死んだ』『謝罪しても謝罪しきれない』『助けられなくて済まない』そうお父さんは震える声で言っていた。

 ……正直に言おう。僕はその時のお父さんを、いや、アールスや小母さんも含めて全てに対して他人事の様に感じていた。まるでテレビを見ているような、そんな隔絶とした世界が目の前で起こっているような、そんな錯覚を起こしていた。その錯覚は今でも続いている。

 ……アールスは頭を下げるお父さんに向かって『おじさんはお父さんに助けられたんだね』と、ぽつりとつぶやいていた。その時のアールスの表情は無表情だった。

 アールスの様子を見て昔の事を僕は思い出してしまった。

 悲しんでるわけじゃない。怒っているわけじゃない。どうでもいいと思ってるわけがあるはずがない。

 整理がつかないんだ。いきなり大切な人が死んだとか言われてもそんなの分からない。分かるはずがない。実感が湧かないんだ。死んだ?いきなり言わないでくれ。

 小父さんとは二年近く会っていないんだから尚更だ。


「お父さん。小父さん本当に死んだの?」


 きっと残酷な質問なのだと思う。看取ったのはお父さんなんだ。


「ああ。死んだ」

「……死ぬって何なのかな」

「もう会えなくなるって事だ」

「僕二年前に会ったきりで後は会ってないのに、もう会えないなんて言われても……分からないよ」


 僕には小父さんの記憶はほとんどない。覚えているのはいつも遠くから小父さんの仕事をしている姿と、遊んでいるアールスを迎えに来た時、それにお父さんと家でお酒を飲んでいた事くらいだ。

 どんな風に笑ってたのか覚えてない。アールスをどんな顔で迎えに来ていたのか覚えてない。どんな声だったかはもうあやふやだ。……でも、アールスによく似たエメラルドのような瞳だけは忘れてない。


「……ああ、そうだ」

「どうした?」

「今日はもう帰るね」

「何か用事か?」

「うん。大切な事忘れてた」


 帰らないといけない。でもその前に。


「お父さん。こっち向いて」

「なんだ?」


 俯いたままのお父さんの顔が僕の方を向く。

 お父さんの瞳は濃い紫色だ。前に鏡で確認した瞳の色はお父さんとは違って薄い紫色だ。僕に似ている所はあるだろうか?よくわからない。お父さんの頭は四角くて大きい。髭も立派に蓄えているから僕との共通点が見当たらない。


「お前は……」

「ん? 何お父さん?」

「いや、なんでもない」

「そう? いや、やっぱりはっきり言って。気になる」

「言わん」

「……会えるうちに言ってよ」


 僕の一言にお父さんは目を見開いた。


「そう……だな。アリス、お前の目は母さんに似ているな」

「目の色違うと思うけど」

「色の話じゃない。目つきの事だ。後鼻に口も。俺に似てる所なんて髪の色くらいじゃねぇか」

「瞳は紫だよ?」

「濃さが違う。俺の親父、つまりお前の爺さんはな、フソウから来たんだ。フソウには俺や爺さんと同じ目の色をしたやつが多いらしい」

「え?」


 フソウって言ったらフェアチャイルドさんの両親もフソウから来たって言ってたっけ。


「爺さんは冒険者でな、交易路が開通していの一番にこの国に入ったんだ。ちなみに俺も冒険者だった」

「そうだったんだ?」

「ああ。そこで婆さんと出会って、恋をして、結婚をして俺が生まれた。俺の瞳の色は爺さん譲りなんだ」

「僕もちゃんと受け継ぎたかったな」

「まっ、諦めろ。爺さんは俺が……ああ、そうだ。俺もお前達と同じくらいの頃に爺さんを亡くしたんだったな」

「……まさか」

「本当さ。理由は違うけどな。俺は遅くできた子でな、結構年だったんだ。流行り病にかかってそのままだ」

「……」

「俺も親父を亡くした時何が何だかわからなかったな。実感がわかなかったんだ。他にも同じように親兄弟を亡くした奴がいたんだけど、同じような感じだった」

「それって……」

「……行かなくていいのか?」

「え?」

「大事な用があるんだろ?」

「あっ、うん」


 僕は重くなった頭を軽くするために頭を強く振ってからお父さんに挨拶をして教会から出た。




 寮に戻りすぐにアールスがいるはずの部屋へ行く。

 階段を駆け上り、七つの部屋を通り過ぎてたどり着いた部屋のドアを開ける。部屋の中をざっと見るとアールスは一階のベッドに寝転がっていた。

 何をするでもない。いや、違った。魔力操作(マナコントロール)をやっている。今の僕は他の人の魔力(マナ)も集中すれば感じ取る事が出来るようになっている。

 いや、そんな事はどうでもいいんだ。


「アールス」

「なぁに?」


 アールスは起き上がろうとせず顔だけを僕に向けてきた。前のアールスなら絶対にそんな事はしなかった。ちゃんと起き上がって話を聞いてくれていた。

 けど、今はそんな事はどうでもいい。重要な事じゃない。


「アールス、ちょっと立って」

「うん?」


 アールスは頼み通りベッドから降りて僕の目の前に立ち、アールスの両肩に手を置き顔を近づける。


「ふぇ!?」

「動かないで。目も閉じないで」

「なになになに?」


 アールスは狼狽えているけど気にしないでアールスの目を見つめる。

 久しぶりに見たアールスの瞳は綺麗なままだった。

 ああ、小父さんはこんな瞳だった。アールスと似た優しい目つきだった。アールスにはないけど笑うとえくぼが出来ていた。ああ、思い出せた。小父さんの笑顔を。もうあの笑顔でアールスを迎えには来ないんだ……。


「ナギ……? 泣いてるの?」

「ぐす……ごめん。アールス」

「どうして泣いてるの?」

「小父さんの笑顔を思い出せたんだ。アールスを迎えに来た時いつも笑顔だった。アールスの目は小父さんと同じ目をしてる」


 アールスの優しい目は変わってない。変わったのはきっと……。


「同じ……?」

「アールス、何かあったら何でも言って。僕はなんでもするよ」


 お父さんを救ってくれた小父さんに僕が出来る事はアールスを守る事くらいだ。アールスには何でも言ってほしい。


「え、えと……」


 アールスが戸惑っている。


「あっ、ごめん……僕ばっかり盛り上がって」


 うう、先走り過ぎた。反省しないと。


「えと……いいけど、私の目、お父さんに似てる?」

「うん。似てる。小父さんと同じ優しい目してる」

「……そっか。私お父さんと同じ目なんだ」


 アールスは少し嬉しそうに自分の目を両手で触った。

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