紆余曲折
首都に戻ると僕はさっそくアールスの家に向かった。
フェアチャイルドさんとカナデさんには宿を取った後小屋で荷物の整理をしてもらっている。
ちなみに今回はやってくる日にちを指定していなかったのでアールスの出迎えはなかった。
家に着き部屋を訪ねると小母さんが出迎えてくれた。残念な事に今は昼過ぎで時間的には夕方前なのでアールスはいなかった。まぁアールスに会うのは気球を取りに行った後で大丈夫だろう。
小母さんに挨拶をしてお土産のパパイを渡した後一緒に商会の倉庫まで行く。気球は重いけれど荷車さえあれば一応持ち運ぶのは僕一人で十分だ。
気球を受け取ると荷車を引き小屋へ戻る。小母さんも荷車を後ろから押して手伝ってくれた。
気球を小屋にしまった後はアールスに挨拶をする為に魔獣を除いた皆と一緒にアールスの家へ向かう。
アールスはまだ家に帰ってきていなかったので帰ってくるまで小母さんにお茶をごちそうしてもらう事になった。
アールスが帰ってきたのはお茶が半分ほど減った頃だった。
「お母さんただいま……ってああっ!? なんで皆いるの!?」
部屋に入ってくるなりアールスは驚きの声を上げた。
「言ったでしょ? カナデさんに気球を体験してもらう為に一度戻ってくるって」
「そうだけどさーまさか家にいるとは思わなかった」
「アールスさん。お久しぶりです~」
「お久しぶりですカナデさん。ナギから聞いてます。お友達と仲直りできたんですよね」
「はい~。向こうで元気に新しいお仲間と一緒に開拓の手伝いをしていましたぁ」
「開拓……そうだ! 皆に発表があります! お母さん言ってないよね?」
「まだ伝えてないわよ。貴女の口から伝えた方がいいでしょう」
「なんですか? 発表って?」
「えとね……私ね、勇者様の使命が無くなっちゃいました」
「は?」
「へ?」
「まぁ~。使命って確かあれですよねぇ、国から援助を受けつつ前線を回るという~」
「はい。それです。あのね、詳しい事は言えないんだけど……元々魔の平野を探索する為に部隊が結成されるって前に話したよね?
その話が流れちゃったみたいで……」
「その理由は……言えないよね」
「詳しい事は私にも知らされてないの。ガーベラちゃんに話してみたら何か他にいい方法が見つかったんじゃないかって言ってた」
他にって、まさか気球や飛行船の事だろうか?
小母さんに視線を向けると頷いた。小母さんが何かしら交渉したのかもしれないな。
「えと、それじゃあアールスはこれからどうなるの?」
もしかしたらアールスと一緒に旅が出来る?
僕はそんなはやりそうになる気持ちを抑えて聞いた。
「私の意思を尊重して最大限叶えてくれるって。さすがにお金を援助し続けてもらうってのは駄目みたいだけど、高等学校とかに入る際にかかる支度金とかは一回だけならお金を出してくれるみたい」
「それは、例えば冒険者になる時は中級から始められるとか?」
「……そう言うのは無理みたい。ほら、ナギ達ならよく分かってるかもしれないけどさ、第四階位に上がるのに登録してから二年立たないといけないっていうのは、下積みの期間を設けて信用をある程度得られるかどうかを判断する為でしょ?
不正防止も兼ねてるからこればっかりは国でも介入できない問題らしくて、精々できる事は武具の購入資金を融通してくれる事位みたい」
「あの、それでは今すぐ冒険者になる、という事も可能なのですか?」
「出来るよ。でもそれだと教練所を辞めないといけないんだよね……」
僕はアールスの言葉にん? と首を傾げた。フェアチャイルドさんも疑問に思ったのか聞き返した。
「どうしてですか?」
「きっとそれはお休みが取れないからじゃないでしょうかぁ?」
答えをくれたのはカナデさんだった。
「あのですねぇ、冒険者の登録と研修の始まりはひとまとめに処理されるんですよぉ。
登録と同時に研修の同行人を決めるんですけどぉ、覚えていませんかぁ?」
「いえ、よく覚えてますよ。カナデさんとはあの時からの付き合いですから」
「同行人を冒険者に頼むからお金がかかるんですよぉ。
それが組合でも想定している一ヶ月や二ヶ月位なら大丈夫でしょうけどぉ、ナギさんの時のように非常事態ならともかくぅ、それ以上となると組合から請求書が来る可能性が高くなるんですよぉ。
説明の時に時間に余裕があるかどうか聞かれませんでしたかぁ?」
「どうだったかな……」
「私覚えてます。確かに登録の時に一、二ヶ月の余裕はあるか聞かれました」
二年前の事よく覚えてるな。さすがはフェアチャイルドさんだ。
「でもそっか、そうなるとアールスが冒険者になろうとしたら勉強を辞めないといけないのか」
「うん。結構厳しい所だからさ、休学届みたいなのは今回の場合じゃ取れないんだ。
それとね、一応国からの要請だからやめる訳には行かないの」
「どういう事?」
「元々三英雄の固有能力を持った子供を集めたのはね、国の偉い人同士の繋がりを強化する為なの。
イグニティの王女様であるユウナちゃんはもとよりガーベラちゃんはグライオンの将軍の娘だから」
「えっ、ガーベラのお父さんってそんなに地位高いの?」
「そうだよ。今でこそガーベラちゃん人当たりいいけど、最初の頃はとっつきにくかったんだから」
「そうだったんだ……」
「そんな訳だから冒険者になるのは今年の終わり……ナギ達と同じ時期になっちゃうの」
「一年後か……」
「うん……それでね、中級に上がれるまで待っててくれる?」
アールスが真っ当な手段で昇位するとなると登録から二年待たなければいけない事になる。
二年か。さらに二年も待つと僕とフェアチャイルドさんは十七になる。そしてカナデさんは二十歳だ。二十歳と言えばこの国では結婚盛り。ただでさえ青春を僕達に付き合ってくれているのにこれ以上待たせてしまったいいのだろうか?
「もちろん待ちますよね、ナギさん」
「……いや、王国から離れないという意味では僕は待てないかな」
僕の発言にフェアチャイルドさんは目を見開いた。
「どうしてですか? 別に急ぎの旅ではないのですし……」
「僕とフェアチャイルドさんはそれでいいかもしれないけどさ、カナデさんはどうするの?」
「あ……」
「あ~……私の事はお気になさらずに~」
「気にします。フェアチャイルドさん。アールスの今後が変わった事によって僕達もまた今後を決め直さなくちゃいけないんだ。まずはっきりさせよう。アールスは本気で冒険者になるつもりがある?」
「……ナギは、私が冒険者になると迷惑?」
「僕の事は今はいい。アールスの気持ちが知りたいんだ。
国から予定されていた事が流れた事を小母さんは知っていたみたいだけど、まさか小母さんと今後の事話し合ってないって事はないよね?」
きつい言い方になってしまってアールスが俯いてしまった。
「私……皆と旅をしたい」
小母さんに視線を向けると、小母さんは少し眉をひそめたが頷いた。
心情では認めたくはないがアールスの意思を尊重するという事だろうか。
「……分かった。それを踏まえて僕達はこの後今後について相談するよ」
「ナギ……」
アールスの顔が悲しみで歪んでしまっている。
「アールス。昔……あの中庭で言った言葉と気持ちは今でも変わってないよ。僕も一緒に旅したい」
「……本当?」
「うん。……あっ、勝手に話進めちゃったけど、大丈夫ですかね?」
「私は問題ありませんよぉ。確かに一度相談した方がいいと思いますぅ」
「私も異議はありません」
「良かった……なるべく早く結論を出すからね」
「う、うん。待ってるね」
アールスは何故か頬を赤く染めている。先ほどまでは普通の顔色だったのにどうしたんだろう? 僕達がどんな結論を出すのか緊張しているのかな。
「さて、そろそろ遅いし今日はもうこれくらいにしようか」
「え? もう?」
「挨拶しに来ただけだからね。話はまた明日って事で。ああ、そうそう。僕達昇位試験合格したよ」
「あっ、そうなんだ! おめでとう。じゃあ明日はお祝いするね! お母さんいいでしょ?」
「そうね、折角だしいいお酒用意ちゃいましょうか。三人はお酒は大丈夫?」
「あっ……僕はあんまりアルコールは」
「駄目なの?」
「うん……この間昇位試験が受かって皆でお祝いした時にアイラっていうお酒飲んだんだけど……味が駄目だった」
「なんか意外。ナギがお酒が駄目だなんて」
僕ってそんなにお酒が平気なイメージがあるのだろうか?
「アイラね。確かに結構苦いのよね……甘いお酒なら飲めるかしら?」
「どうでしょう」
「あ、私はあんまりお酒強くないんですよぉ。アイラ二杯で眠たくなっちゃいまして~」
「あら……じゃあ弱いお酒の方がいいわね。レナスちゃんはどうなの?」
「アイラしか飲んだ事ありませんが大丈夫でした」
「じゃあ度数が低くて甘いお酒を用意するわね」
「あ、あの~。私もお邪魔してよろしいのでしょうかぁ?」
「いいのよ。お祝いなんだから人は多い方がいいってね」
「なるほどぉ。わかりました~。明日お邪魔しますね~」
「ではそろそろ。お邪魔しました。また明日」
「はい。また明日」
「また明日ー」
二人と別れの挨拶を交わして部屋を出る。
街灯に照らされた夜道を僕達は早足で宿まで急いだ。
宿はいつもの所で、女将さんに挨拶をしてから備え付けの食堂に行き食事を取る。
食事を終えてから二人が取っておいてくれた部屋へ向かう。
部屋は相変わらずの二人部屋。フェアチャイルドさんはいつも通りだ。
僕はベッドに座り、他の二人も各々椅子や僕の隣に座るとまず最初に僕が口を開いた。
「さて、今後についてなんだけど、二人からは何か意見はあるかな?」
「アールスさんとの前線巡りがお流れになったのはよろしい事だと思います。何の気負いもなくアールスさんと共に旅が出来るようになるのですから、これに勝る喜びはありません。
ただ、アールスさんは今年の年末に冒険者に登録しても第四階位に上がれるのは再来年の年末。今からだと三年近く経ってしまいます。
一緒に旅をしたいのはやまやまですが、三年もアーク王国ばかりを旅するというのは少々もったいない気がします。
なので中級としての依頼をこなしつつ、アールスさんが正式な冒険者になったらグライオンかイグニティへ行ってみるというのはどうでしょう?」
「前線を回ってからアールスと合流して他国に行くのか……。
カナデさんはどうですか? そもそもの問題としてまだ一緒に旅をしてくれますか?」
「それはもちろんですよぉ。ヒビキちゃん達と離れたくありませんから~。
ただそうですねぇ、後半部分はレナスさんの意見には賛成ですねぇ。
問題なのはこの王国で中級の依頼をこなしつつっていうのはおすすめできませんねぇ」
「その心は?」
「王国では中級以上の依頼ってあんまりないんですぉ。あっても護衛とか南の大森林の警らとかぁ、魔の平野の軍の警らの補助位ですねぇ。
魔物が押し寄せて来た~とかならともかくぅ、開拓をしていない王国ではお仕事がないんですよねぇ。
後は魔の領域の魔物の間引き位ですけどぉ、お小遣い稼ぎくらいにしかなりませんよぉ。それだったら第三階位のお仕事した方が稼げますぅ」
「なるほど……それでしたら無理に中級の依頼を受ける必要もないのでしょうが……そうなると他の冒険者達の目が痛いですね」
基本的に自分の階位よりも低い階位の仕事を受けると横取りしたと取られてしまう。
一応自分の階位に合った依頼が無かったらそこまで非難はされないんだけれど。
「そこはまた後で考えるとして、ナギさんは意見はありますか?」
「うん……僕はそろそろ魔の平野を越える準備をするべきだと思う」
「準備ですか?」
「うん。具体的に言うと資金集めだね。向こうでは冒険者の仕事は魔物達の生息域に面している国以外は護衛が主みたいだからお金を稼ぎながら旅をすると無駄が出ちゃうよね。
僕とフェアチャイルドさんの目的はともかくカナデさんは観光が目的なんだからなるべくお金はこっちで稼いでおいた方がいいと思うんだ。
それと、エウネイラに行くのはなるべく早くしたいと思ってる」
「早くですか……」
フェアチャイルドさんがちらりとカナデさんの方を見る。カナデさんはその視線に気づいていないようだ。
「私としてはそれは嬉しいんですけどぉ、よろしいんですか~?」
「フェアチャイルドさんはどう?」
「いいと思います。いい加減カナデさんには恩を返したいですから」
ああ、フェアチャイルドさんも僕と同じ思いだったんだ。
「恩ですかぁ?」
「カナデさん。今まで僕達はカナデさんに色々な冒険者の心得を教えてもらいました。
僕はエウネイラにカナデさんと一緒に旅行しに行く事が、恩返しになると考えました」
フェアチャイルドさんと目を合わせると彼女も頷いてくれた。
「カナデさん。僕達に恩返しとしてカナデさんの夢の手伝いをさせてください」
「ほ、本当によろしいんですかぁ?」
「よろしいんですかも何も元々僕達と一緒に魔の平野を越える予定だったじゃないですか。
正直これが恩返しになるかどうかは分かりませんが……」
「いいえ……十分ですぅ。お二人の気持ち、とても嬉しいですよ~」
そう言いながらカナデさんは目尻に人差し指を当てて流れかけていた涙をぬぐった。
「問題は行く時期だよね。後アールスの事も」
「実力的にはアールスさんは中級以上の物はあると思いますから護衛としては雇えなくても一緒にいてくれたら安心できると思います」
「カナデさん。交易路を行くのに冒険者は特に縛りはありませんでしたよね?」
「縛りと言うかぁ、交易路を行くには冒険者の第五階位に匹敵する護衛をつける事が必須となっていますねぇ」
「じゃあ決まりでいいかな? 僕達の今後の目標はなるべく早くお金は溜めて、昇位試験を受けエウネイラへ行く事。
で、一応確認したいんだけど、僕はエウネイラに行った後はそのままフェアチャイルドさんの故郷を探したいと思ってる」
「ええとぉ、私のお父さんの話ではレナスさんはヴェレスっていう国の人じゃないかって言っていましたっけ~」
「そうなんです。ヴェレスっていう国はフソウから北東に三ヶ月の所にあるらしいんですよね。で、エウネイラからだとちょっと近いんですよ」
位置関係で言うとフソウ、ヴェレス、エウネイラは直角三角形を立てたような位置関係にあるらしい。
一番短い辺がフソウからエウネイラ、斜辺がフソウからヴェレスと言った感じだ。
「私はいいと思うますぅ」
「良かった」
「あの、今年はどうしましょう? お金を稼ぐなら他国の方がいいのでしょうけど、そうなると故郷へ戻ると遠回りになってしまって時間の無駄になってしまいます」
「ああ、そうか……僕は両親にちゃんと他国に行く事を伝えたいと思うんだけど……」
「それでしたら行っても大丈夫だと思いますよぉ。あくまでも継続して稼ぐの難しいのであって、外側の都市を回って行けば依頼に困る、という事は少なくなると思います~」
「なるほど……ちなみに北と南ではどんな依頼があるんでしょうか?」
「北だとそうですねぇ、商隊や遺跡の調査隊の護衛とかですかねぇ。
北は沼地が多い分ラサリザからの被害が多かったり遺跡の調査があまり進んでいないようですよぉ」
「遺跡の調査……」
ああ、フェアチャイルドさんが目を輝かせている。ぜひとも機会があれば受けたい所だけど、魔獣達をどうするかが問題なんだよな。
「南の方はさっきも言ったように大森林の警らですねぇ。規模が大きくてその分期間は長いですけどぉ、報酬は良かったと思いますよぉ。もしもこの依頼があったら優先的に取っていくのも悪くはないですかねぇ」
「なるほどなるほど……ああ、そうだ。アースの事も考えないと」
「アースさん? 何かありましたか?」
「ほら、馬が怯えるの。まぁ馬だけじゃないんだけど……フソウに渡るならいい加減どうにかしないと」
アースは別に肉食動物じゃないのになぜ馬たちは怯えるんだろう。大きいからだろうか?
「たしかにそうですね……王国内は平地ばかりですから道を外れてもアースさんが歩けますけど、山の多いグライオンではそうもいきませんよね」
「うん……能力的にはすごく魅力的なんだよね。アースって。でもだからって道をすれ違うたびに動物に怯えられるっていうのは……」
「ちょっといいかしら?」
突然割り込んできたのはサラサだった。
サラサは腕輪の石から出て来てフェアチャイルドさんの頭の上に腹ばいで乗っかった。
「アースが動物に恐れられてるって言うのは多分魔力の量のせいじゃないかしら?」
「そうなの?」
「ええ。私達精霊も慣れている動物じゃないと怯えられるもの。
だけど私はレナスといるようになってから動物たちに怯えられる事も無くなったわ。
これは多分魔力の大部分を石の中に仕舞っているからじゃないかしら。
だからアースも魔力を隠すなりなんなりすればましになるかもしれないわね」
「うーんそうなのかな……一度試してみる必要があるかな」
アースもさすがに自分の魔力を身体の中にしまう事位は出来るだろう。
「どうしてそれを今まで黙っていたんですか?」
「だってそんなに深刻な問題じゃなかったじゃない」
「それはそうですけど……」
やる事はたくさんある。だけど、アールスと旅が出来ると思うと気分が高揚してくる。
この後も話を突き詰めアールスに話せる段階まで持っていけると判断すると、僕達は公衆浴場へ行った後すぐに眠りについた。
紆余曲折、様々な事があったが明日からようやく夢に向かって行動を移せる。