吹っ切れたら
昇位試験を無事に終えた僕達は再びカナデさんと一緒に旅を再開させる事が出来た。
カナデさんも乗りたがっている気球の為に首都に戻る途中、ウルキサスで今度こそカイル君に合おうと兵舎へ向かった。
今回は手紙は出していない。また会えなかったらと思うと手紙を出す気になれなかったんだ。
兵舎に着くと僕は関係者らしい女性にカイル君へ伝言を頼んだ。
女性は何かを察したようににやりと笑い伝言を伝えておく、と自分の胸を叩いて宣言した。なんだか勘違いしている気がするが、まぁカイル君自身が何とかするだろう。
カイル君は今の時間訓練を受けているようなので待ち合わせの時間と場所を指定しておいた。もし都合が悪かったら無理には来てくれなくていい事、そして明日また窺う事にするというのも付け加えておく。
伝言を頼んだ後僕は待ち合わせの時間までフェアチャイルドさんたちと一緒に時間を潰し、時間が来たら皆で待合場所へ向かった。
皆で、という事でカナデさんも一緒だ。もしも今日会えなかったらこのまま皆で小屋に行って魔獣達と戯れる。会えたら普通に紹介する。
待ち合わせの場所につくとまだ時間には少し早いがカイル君がいた。
「よかった……やっと会えたよ」
大きな声で名前を呼ぶとカイル君は僕に気づいてくれた。
僕は駆け足でカイル君の元へ向かうが、カイル君はゆったりとした足取りで歩いている。
近寄ってみるとカイル君はいろいろ大きくなっていた。背はもちろんの事全体的に筋肉がついてごつごつとした印象を受ける。
喉にも喉ぼとけが出ていて成長がはっきりと見て取れた。
「カイル君おっきくなったねー」
「……ナギは、その、きれいになったな……髪伸ばしたんだな」
低いながらも少し不安定な声だ。
「うん。似合うかな」
「俺は似合ってると思う」
「んふふ。ありがと。カイル君はすっかり男になったね」
「そうか?」
「うん。昔よりも筋肉がついてるし、背も伸びた。声も低くなってるよね」
「ああ……なんだか少し前から喉が変なんだよな」
「大人になってる証拠だよ」
フェアチャイルドさんとカナデさんが遅れてやってくる。
カイル君は目で僕にカナデさんの事を訪ねてくる。だけど答える前にフェアチャイルドさんが挨拶をした。
「お久しぶりですカイルさん」
「ああ。レナスは元気にしてたか?」
「はい。特に重い病気にかかる事なく冒険者として暮らしています」
「そっか……お前昔は身体弱かったからな。無事に旅を続けられてるのなら何よりだ」
二人の挨拶が終わり一拍置いてから僕はカナデさんにカイル君を紹介する。
「カナデさんこの子が僕の幼馴染のカイル=バーンズ君。小さい頃から学校の依頼を一緒に受けてたんだよね」
「……どうも」
カイル君は思春期の少年らしくぶっきらぼうに、しかし照れを隠し切れていないまま頭を軽く下げた。
「初めまして~。私はアリスさん達と一緒に旅をしているカナデ=ウィトスといいます~」
カナデさんが自己紹介をするとカイル君は顔を赤く染めた。ふふ、カイル君も男の子だな。
年上の可愛らしいお姉さんなんて思春期の男の子にしてみれば馬の目の前につるされたニンジンのような物。若さを暴走させてもおかしくはない。
だがカイル君なら暴走させないと僕は信じている。
カイル君は少しだけカナデさんの胸を見た後すぐに視線を逸らし右往左往させている。
フェアチャイルドさんが冷たい目でカイル君を見ているが許して欲しい。男の子とはそう言う生き物なのだ。小中大の派閥に限らずそれをつい目に入れてしまうんだ。
僕は急所はそこではないのでカイル君ほどあからさまにはならないが、それでも気にならないわけじゃないんだ。
だからカイル君。僕は僕の胸をちらちらと見て来たりしても決して軽蔑したりはしないよ。
「な、なんだよその目は?」
「ん? どうかした? 僕の目に何かついてる」
「なんですべてを許しますよ的な慈愛の目で俺を見てくるんだよ!」
「……僕は許すからね?」
「何をだよ!」
「ふふふ、それよりもどこか落ち着ける場所で話をしない? さっき見つけた茶店とかどうかな」
「本当に勘弁してくれ……レナスの冷たい目とナギの生暖かい目を同時に食らうのはけっこう辛い」
「フェアチャイルドさん。許してあげて?
もう本能なんだよ。遥か昔から連綿と男の身体に刻まれた抗えない定めなんだ。
これに抗う人は確かに貴い。だけどね、だれしもが抗いきれるものではないんだ。
その点カイル君はとても理性的だよ。たとえ僕のむ……」
「や・め・ろ」
「痛い痛い痛い」
カイル君が僕の口を止める為に頭に鷲掴みをして力を入れてくる。
「うふふ~。仲がよろしいんですね~」
「……私の方が親密です」
「分かった。落ち着こうカイル君。僕は何も見てない。カイル君も何も見てない。それでいいじゃないか」
そう言うとカイル君は手を離し僕は痛みから解放された。
まさか反撃してくるとは思わなかった。ふふっ、カイル君も成長しているようだ。だけど……。
「はー……痛かった。まったく、僕のような女の子に暴力を振るうなんて将来が心配だよ」
「余計なお世話だ」
「カイル君こっちに来て恋人出来たの? ラット君は去年は恋人いたみたいだよ?
大丈夫? 気になる相手とかいない? いるんだったらさっさと告白した方がいいよ?」
「相変わらず……おふくろかお前は! いねぇよ! 訓練所に女がいないから出会いもねえよ!」
「探すのは訓練所だけじゃ駄目だよ? 積極的にいかなくちゃ」
「ええい! お前はどうなんだ!」
「僕はほら、恋よりも冒険優先だし?」
「俺だって訓練を優先してんだよ」
「そっか……」
カイル君は汗散る青春を選んだんだね。ならば何も言うまい。
「そうだよね。人生はまだ長いんだ。今は女の子よりも夢の方が大事なんだね」
「……お、おう。当り前だろ」
「そこは僕も同じ。お互い頑張ろうね」
「お前強引に締めようとしてないか?」
「こんな不毛な話よりさっさとお互いの近況を話そうよ」
「お前な……まぁいいや。茶店だっけ? さっさとそこに行こうぜ」
「だね」
おふざけを切り上げ近くにある茶店に入り注文を頼むと早速僕の方から卒業から今までの事を、不安にさせるような事は省いて話した。
最初カイル君は女の子三人の中に一人だけ混じっている事に落ち着かない様子だったが話をするうちに落ち着きを取り戻していった。
カイル君の方の二年間は訓練の毎日で変わった事はなかったようだ。
ただ去年会いに来た時はカイル君は相当からかわられたみたいだ。
女の子二人が会いに来たんだから当然だろう。しかもフェアチャイルドさんはめったに見ないほどの美人さんだ。
ただの幼馴染だと弁明はしたが嫉妬にかられた男の子達にひどい目に合わされたらしい。
実家から帰ってきた時も同じような事があり、多分これから帰っても何かしら起こるだろうと身体を震わしながらお道化た風に話した。
会話ははずみ気が付くとかなりの時間が立っていた。名残惜しいけどお別れの時間だ。
僕が時間が遅くなっているからもう帰ろうと告げるとカイル君は居住まいを正し真剣な顔で僕の目を見て言った。
「ナギ、少しだけ時間を貰えないか。二人で話したい事がある」
「むっ、なんですか話したい事って」
「フェアチャイルドさん。僕にしか言えないんだから二人で話したいんだよ。カナデさん。すみませんがフェアチャイルドさんと一緒に宿に戻っててもらえますか?」
「分かりました~」
「あっ、会計は僕の方から出しておきますね」
「ええ~?」
「待て、俺が全部出すよ」
「四人分だよ?」
「男の俺が出す」
「ん~……まぁいいか。じゃあカイル君に頼むね。そういう事でいいですよね、カナデさん」
「でも~」
「ここは男性を立てるのものですよ」
「カナデさん。カイルさんが出すと言っているのです。ここはお言葉に甘えましょう」
カナデさんは悩みながらもフェアチャイルドさんに押されお店を出ていく。
二人が店を出た後精霊達が姿を消して隠れていないかを確かめた後僕は領収書を手に取って金額を確認する。
「半分は僕が出すよ」
「は? おまっ、俺を立てるんじゃないのかよ」
「問答してたら長くなりそうだったからね。それで話って何かな?」
僕は居住まいを正し改めて聞くとカイル君は咳払いをしてから答えた。
「……んんっ、ナギ。俺、この二年間ずっとお前の事を諦めようとしてた。ナギとは……そう言う関係になれないんだって自分に言い聞かせてたんだ。
……でも、駄目だった。手紙を貰ってナギからのだって分かった時俺嬉しかったんだ。
それで会えないって分かるとすごく落ち込んだ。
まだ……俺お前の事が好きなんだ。だから……もう俺に会わないでくれ」
「……えと、どうして会っちゃ駄目なのかな?」
「辛いんだよ。ナギへの想いが忘れられなくて、久しぶりに会ったらすごくきれいになっててますます好きになった。話してて触れたくなったんだ。
これ以上……ナギといたら俺、自分でも何するか分からない。だから、俺とはもう会わないでくれ……」
「カイル君……」
そんなに、僕の事を想ってくれるのか。
でも……カイル君には悪いのだけど、男に想われても僕は気持ち悪いとしか思えない。
女の子の身体なのに僕は男性に対して全く恋愛感情を抱く事がない。
友達としての好意なら持てるんだけど。
「分かったよ。カイル君がそう言うのならもう会いに来ない。手紙も出さない」
「……普通の顔して言うんだな」
当然だ。ここで悲しんだ顔をしたらカイル君に未練が残ってしまうかもしれないんだ。
友達に会えなくなる事は悲しいが顔には出さない。
何、長い人生だ。また普通に接せる時がいつか来るだろう。
「……じゃあ僕は先にお店出るね。お金は半分僕が出しておくから」
「ああ……」
カイル君は視線を下に落としたまま弱弱しく頷いた。
お金をテーブルの上に置いた後席を立ち離れようとする前に自然と僕の口から言葉がこぼれ出た。
「カイル君。吹っ切れたら、ラット君経由で手紙頂戴。いつ受け取れるか分からないけど……」
僕の言葉にカイル君は答えてはくれなかった。