初めての魔の領域
近くにある魔の領域はダイソンから出て一日ほどの距離にある。
僕達は試験官と護衛の中級の冒険者一人と共に一日かけて魔の領域へやって来た。
初めて見る魔の領域はただの草原だった。
夕暮れに赤く染まる草原の所々に暗い影が見えている。試験官さんの話によると黒い影がシャイルらしい。
数が少なく見えるのは定期的に軍が狩っているから。一応冒険者も適当に狩っているらしい。
冒険者が魔の領域に入るには組合で常時張り出されている魔物の駆除の依頼を受けて組合から出される鍵を持った見届け人を伴って駆除を行う必要があると試験官さんから説明された。
その説明の後護衛の人から報酬は安いけど小遣い稼ぎには悪くないと補足してもらった。
それと夜の侵入は注意して欲しいとも言われた。
中で安全を確保して一夜を明かすのならともかく暗くなってから中に入るとどこから攻撃されるか分からないからだそうだ。
今回は暗くなってきたので結界の外で見張りを立てて野営をするようにと言われた。しかもこの野営も試験の一環らしい。
試験なので護衛の人への指示も評価対象になっているが、僕のいう事を聞いてくれるかは彼ら次第でたとえいう事を聞いてくれなくても絶対にマイナスの評価になるという訳ではないようだ。
護衛の人の方が野営に慣れているのは当たり前で、彼らには彼ら自身の理という物がある。試験とはいえまだまだ若輩者である僕達が先輩を自分達の理で従わせる事なんてできないし、させる気もない。
よほどおかしな事をしない限りは減点する事はないと試験官が笑って教えてくれた。
結界から離れた所で野営の準備を終えて確認を取って夕食は僕が作る。
材料費は自分達持ち……というか元々試験代に入っていて、組合が材料を用意した物だ。……ちなみに護衛の報酬は試験代ではなく組合から出ている。
きちんと行きと帰りで材料を使い切れるように計算してから献立を考え僕は料理を始める。自分で材料を選んだわけじゃないからこれが結構難しい。
僕が料理をしている間にフェアチャイルドさんが夜の見張りについて護衛の人と話し合ってくれた。
僕達には精霊がいるので野営をする時は精霊達に任せている。
その事を話すと護衛の人も見張りは精霊達に任せると言ってきた。
そして、緩やかに食事を終えた僕達は精霊達に後を任せ眠る事になった。
僕は防具を身に着けたまま足を延ばして座り、毛布をかぶってナスに寄り添うように眠る。
サラサの暖房が効いてるため少し暑いがナスの温もりの気持ちの良さには代えられない。
アースの背中で眠るのも気持ちがいいのだけど、有事が起こった時にアースの背中で寝ていたら寝ぼけて落ちてしまう可能性がある。かといってアースの横で寝るのもなかなか勇気のいる行為だ。
アースは寝ている時は一切身動ぎしないのだが、それでも怖い物は怖い。
試験への緊張の為か途中何度も意識が覚醒してしまう。
ちゃんと瞼を開き起きたのは日が昇り光が大地を照らし始めてから。
久方の野宿に起き上がって身体をほぐしてみるけれど日頃の柔軟のお陰か痛い所も硬くなっている所もない。
体調も悪くない。絶好調と言える程ではないが動く分には問題ない。
改めて周囲を見渡すと、護衛の人がライトで明かりを確保しながら金属製の剣の手入れをしていた。
精霊達と護衛の人に朝の挨拶をした後僕も同じように武器の手入れをしておく。
まぁ僕の武器は木剣だからひびとかが入っていないかを見るだけなのだけど。
木剣と盾に異常ない事を確認していると試験官さんも起き上がってきた。
試験官さんに少し遅れてフェアチャイルドさんも起き出してくる。そして少し眠そうにしながらもフェアチャイルドさんは料理の準備を始めた。
そして、食事を終えると野営の後片付けを終えて武具をフェアチャイルドさんと一緒にお互いに確認し合った後軽く柔軟体操をして身体を温めて置く。
準備を終えると試験官さんの指示に従い結界の前に立つ。
結界の外からでもシャイルの赤黒い霧の身体は良く見える。
結界に穴を開けるのだが、その大きさは自由に変えられるらしい。これならアースも一緒に入れて安心だ。
結界の中に入ると数体のシャイルが早速僕達の方へ向かってくるのが見えた。
「ぴー!」
ナスが雄たけびと共に電気の球を向かってくるシャイル分生み出して容赦なくぶつけようと動かした。
シャイルは避ける動作をしようとしない。電気の球はシャイルにぶつかり、そしてそのまますり抜けた。
一体だけ霧散したが他のシャイルは何の反応も見せずに僕達の方へ向かってくる。
「ぴー?」
シャイルが無事な事にナスは首を傾げる。
「あー……先に始められてしまいましたが、ここでの試験の内容は一時間結界の中にいて魔物を一体でも多く退治するという物です」
そう説明しつつ試験官さんは魔法陣を発動させ、ウィンドアローでそばまで近寄ってきていたシャイルを全て消滅させた。
「それでは今から試験開始です。どうぞ自由に動いてください」
自由とは言ってもあまり離れ離れにはならない方がいいだろうな。
「フェアチャイルドさんは僕の後ろにいて、精霊達は背後の警戒を頼めるかな」
「もちろん」
「当然」
『まかせてー!』
「アースは僕の右側に、ナスとヒビキは左側に立って周囲を警戒してね」
「ぼふっ」
「ぴー」
「きゅー」
アースが僕の右側につき、ヒビキはナスの背に乗って二人そろって左側につく。
「それとナス。あの赤黒い影のシャイルはね、核を潰さないと消えないんだ。
たまたま一体だけ核に当たって消えたでしょ? ナスの攻撃が効かないわけじゃないから自信を持っていいんだよ」
「ぴー!」
護衛は危険が無いように僕達を守る事が仕事だが、試験の最中手を貸すのは本当に危ない時だけ。それ以外の事は手を借りてはいけない事になっている。
だから護衛の人に指示を出す必要はない。
「とりあえず狩れるだけ狩るって話だけど……」
近くにシャイルの影はなく、遠くの方に居るシャイルが少しずつこちらに近づいてくる。
シャイルははっきり言って恐れるような魔物ではない。
シャイルの行動基準は明確に二つに別れていて一つは生き物がいれば取り付いて変質させようとする。これは魔力を切らさなければ問題ない。
もう一つはシャイル同士が集まって密度を上げウィタエになろうとする。
ざっと見渡した限りではウィタエの姿は見えないが、水と同じくほぼ透明らしいので距離があって見えないだけかもしれない。
警戒すべきはこのウィタエの方だろう。
ウィタエは液体の身体を硬質化させ攻撃してくるらしい。攻撃手段を持っている上に見えにくいとあっては要注意だ。
ウィタエを見逃さないよう皆に注意を促し少しずつ草原を歩いていく……のだけど、シャイルは僕達に当たる前にナスとアースがどんどん始末していく。時折ディアナの力を使ってフェアチャイルドさんが消滅させたりもしている。
これでは僕の出番はなさそうだ。
正直今日この日の事を僕は緊張しながら待っていた。なにせ初めての魔物との邂逅。
あらかじめ仕入れていた知識で僕達の相手にはならないとは考えてはいたけど、それでも人類とは敵対している生物?だ。何が起こるか分からないから緊張感は持っていた方がいいと思っていたのだけど……。
一次試験の時の後も考えたのだがやはり僕と周りの力の差が開きすぎている。
魔獣達はもちろんの事フェアチャイルドさんも接近戦に持ち込めなかったら僕に勝ち目はないし、接近戦で対抗する手段も旋根以外にも彼女は持っている。
カナデさんも前に見た弓の腕前を見たかぎりでは僕が近づく前に勝負がついてしまうんじゃないだろうか?
たとえ魔法で遠距離と言うのも難しいかもしれない。遠距離戦では本職であるカナデさんの方が一枚も二枚も上手に違いない。
……僕は本当に彼女達と一緒にいるに相応しい存在なんだろうか?
天才であるアールスにカナデさん。
精霊に愛されたフェアチャイルドさん。
実力が違い過ぎる。凡人の僕では壁が高すぎる。
僕は守りたいと思っているが、本当は守られる側なんじゃないだろうか?
一次試験……いや、もっと前から薄々感じていた思い。僕は彼女達の足手まといにならないだろうか?
僕は後ろ向きな考えを頭を振って吹き飛ばす。
僕には魔獣使いと言う皆にはできない事が出来る。それだけでも彼女の傍にいる理由になるはずだ。
もっと自分に自信を持て。自信のない奴にフェアチャイルドさんを任せられるはずないじゃないか。
僕は彼女の傍にいたいんだ……僕は、僕が守りたいんだ彼女を。
僕は他の皆にシャイルと単独で戦わせて欲しいと願い出た。
さすがに何もしないままこの試験を終えるのはおんぶにだっこみたいで悔しいじゃないか。
孤立しているシャイルを見つけ、僕は小手調べにファイアアローで攻撃を仕掛けてみる。
シャイルの核は赤黒い霧が黒くなっている所だ。そこを狙うと一撃で霧散した。さすが最低階級の魔物。弱い。
続いて木剣を使ってみる。
近づいて木剣で霧の濃い所を切り払ってみるが手応えはなく、逆に僕に纏わりついてきたので『拡散』からのサンダー・インパルスで排除する。
アナライズの魔法石を使い自分の身体の状態を確認するが特に変わった所はない。当然か。シャイルの恐ろしい所は魔力がない状態で纏わりつかれると魔人になってしまう事。それ以外に人体への影響はないんだ。
フォースも使いたいんだけど、さすがに部外者がいるのに使う事は出来ないな……。
それにしても拡散を使った時不思議な感覚があった。シャイルの身体と僕の魔力が混じり合うようなそんな感覚。
混じり合いはするけど溶けあう事はなく……そう、シャイルの身体を砂に例えると僕の魔力は水。
砂の隙間を水がさらさらと流れて広がっていくような不思議な感覚だった。
もう一度確かめてみたい。僕はフェアチャイルドさんにこの事を話し許可を貰ってからもう一度シャイルと対峙する。
拡散の範囲を限界まで広げると結界に阻まれた。結界の直径はおよそ二十リコハトルだと聞いているから随分と広げられるようになったものだ。さすがに先端の辺りは結界と地面以外は草の状態も分からないほど感覚が希薄だけれど。
範囲内にいくつものシャイルを確認できる。この状態でサンダー・インパルスをやったら一掃できるに違いない。
だが、それよりもまずは確認だ。
拡散を維持しつつ近くにいるシャイルに魔力を集中させる。
核以外の霧の部分に魔力を混じらせる。
霧の中で魔力を動かしているとなんだか目頭が熱く痛みを感じる。
目を中心にヒールをかけながら魔力でシャイルを弄繰り回していると、シャイルの身体の周囲にさらに小さな異物がある事に気づいた。
異物はシャイルの身体を離れるとさらに小さくなっていき、目に見えない粒のような物を感じる事が出来た。
《固有能力『魔眼』を獲得しました》
「ええ……」
神託と同時に僕の視界が青みがかかった、と言うか青すぎて前が見えない。
「ナギさん? どうかなさいましたか?」
自動翻訳のオンオフみたいに意識を魔眼に集中させ一度オフにしてみると、視界が元通りになってくれた。
一応ライチーの姿を確認してみると、良かった。普通に見る事が出来る。
さっきまで感じていた目頭の痛みは嘘のように消えているが、痛みは魔眼の固有能力を得る前兆だったのだろうか?
「何でもないよ」
冒険者である以上固有能力は他人にひけらかすものではない。今の場は何もないように振舞う事にした。
唐突で驚いたけど、ついに魔眼を手に入れてしまった。
なんで急に来たんだ? 魔素を調べたせいか? 確かに今まで以上に深く魔素を調べる事が出来たと思うけど。
魔力を操り変化を確かめてみると、なんとなく空気の流れを感じる気がする。
それだけじゃない。今まで極限まで薄くした魔力では物を感じ取るのが難しかったのに、今では魔素の有無まで感じ取る事が出来ている。
やはりきっかけは魔素だ。シャイルのお陰で魔素を感じ取るきっかけが出来て一気に感知力が上がったから固有能力を得られたに違いない!
なんにせよユウナ様に報告しなければ!
今回の裏設定
ナギは感知力が上がったから魔眼の固有能力が得られたと思っていますが、実際には元々感知力は十分に発達していました。
ナギは気づいていませんが、ナギの魔力操作と魔力感知はずば抜けて高く、二つに高い適性がある固有能力を持ったユウナと同等以上となっています。
そして、今まで魔眼を得られなかったのは条件を満たしていなかったからで、魔眼を得る条件はマナか魔素の粒子をある程度感知する事です。