カナデとの再会
試験が終わり、フェアチャイルドさんがこちらを向いて駆け出してきた所で僕は自分の手が汗まみれだという事に気づいた。
手の平を見てみると強く握っていたみたいで、短く整えているはずなのだが手の平に爪痕が残っていた。
おまけに手が震えている。この震えは一体何だろう? 武者震い? 恐怖? それとも……。
僕は頭を振り考えるのをやめて僕はフェアチャイルドさんを迎える。
フェアチャイルドさんは頬を紅潮させ僕の前に立った。
「ナギさん。合格しました!」
「おめでとう。すごい戦いだったね」
人前だけど……彼女の目が求めているように見えたので僕は期待に応える事にする。
頭を撫でると彼女は恥ずかしそうにしながらも思った通り逃げる事はしなかった。
「あれだけ出来たら僕なんて必要ないんじゃないかな」
「そ、そんな事ないです! ナギさんは開始すぐに勝負をつけたじゃないですか!」
「それは運が良かったからだよ」
実際サンダー・インパルスが使えるかどうか分からなかった。
もしも真っ当に戦ったらどうなっていたか分からない。
とはいうものの、自信が無かったわけではない。時折受けていた組合の指導で剣もしくは魔法だけでも試験で受かる位の腕は保障されていた。
頭を撫でるのをやめて訓練場を後にし、受付で一先ずの一次試験合格の証を受け取ると僕達は組合を出て休憩がてらパパイを買ってしばし談笑する事にした。
いつもの公園でパパイを食べていると思い出したようにフェアチャイルドさんが声を出した。
「もうすぐ年明けですね。なんだか一年があっという間に過ぎてしまいました」
「そうだね。そう言えばダイソンでは年末年始にお祭やるってカナデさんが言ってたっけ」
「グランエルでも軽いお祭り騒ぎならやっていましたけど、こちらだとどのようなお祭なのでしょうね」
「なんだかお神輿担ぐとか言ってなかったっけ?」
「ああ……そういえば。神像の乗った台を皆で持ち上げ街を回るんでしたっけ」
「やっぱりルゥネイト様なのかな」
「花の都市だからきっとそうですよ」
軽く話しながらパパイを食べ終えると僕達は夕方まで街を見て回る事にした。
翌日、教えて貰った二次試験は年が明けさらに組合の年始休みが明けたその次の日だった。
二次試験まで時間の空いた僕達は街を見て回り時間をつぶそうとフェアチャイルドさんと話しながら組合を出るとライチーが大きな声を上げた。
『あっ! カナデだ!』
ライチーの言葉に僕はすぐに組合前の通りをざっと見渡した。すると、特徴的なツインテールの薄桃色の髪を見つける事が出来た。
足取りは宿屋の方へ向かっていて僕達に背を向けている。
カナデさんの名前を呼ぶとビクリとした様子で動きを止め、ゆっくりと振り返った。
振り向き終わる頃には僕とフェアチャイルドさんはカナデさんの傍にいた。
「はわわわっ! 皆さんおひさしぶりですぅ!」
カナデさんが僕達二人に抱き着こうと手を広げてきたが、僕はフェアチャイルドさんに押され抱擁から外れてしまった。
何故押してきたのか? 聞こうとしたがカナデさんの胸に圧迫されているフェアチャイルドさんの無感情な視線を受けたら質問する気が失せてしまった。
「お久しぶりですカナデさん」
カナデさんの胸に頬を押されながらすまし顔で挨拶をするフェアチャイルドさん。
精霊達も出てきて次々に挨拶をする。
「お久しぶりです。カナデさんはいつダイソンに?」
「昨日の夕方……を過ぎた頃に入る事が出来ましたぁ。実家に戻ったら皆さんが来ているとお聞きしてびっくりしましたよぉ。
てっきり首都の方にいるのかと~」
「実は昇位試験を受けるついでにパパイを食べに来たんです。
その後カナデさんと合流して一度首都に寄ってからグランエルの方に帰ろうと思っていたんですよ」
「はあ~なるほどぉ。あっ、そういえばもう昇位試験は受けられたんですよねぇ?
受かりましたかぁ?」
カナデさんはフェアチャイルドさんを抱きしめたまま放そうとしない。なんとうらやま……いやいや。代わって欲しいなどと考えてしませんとも。
フェアチャイルドさんの視線が僕を容赦なく貫いているのにいかがわしい事なんて考えるはずがないじゃないか。
「はい。丁度昨日二人とも受けました。それで一次試験は合格です」
「まぁまぁ! おめでとうございますぅ! 二次試験は研修の意味合いが強いので一次さえ受かればもう昇位したも当然ですよ~」
カナデさんは抱擁する力を強めたのか無表情のフェアチャイルドさんの顔がますます胸に埋もれていく。
フェアチャイルドさんの無表情は何も感じてないというよりは怒りを堪えているかのような表情だ。
「カナデさん。いい加減放してください」
フェアチャイルドさんはカナデさんの胸を無造作に押しのけて抱擁から逃れようとする。
カナデさんがきょとんとしながら腕の中から解放し、離れようとしたところで僕は見てしまった。彼女が自分の胸の大きさを確かめている所を。
そうか、怒っているように見えたのはカナデさんとの戦力差を再確認して不機嫌になっていたからなのか。
「えと、カナデさん。元旦からお祭りが始まるんですよね」
「ええそうですよぉ~。お花を飾った四柱の神像を元旦の次の日から一体ずつ東西南北順番に中央に配置されているツヴァイス様の神像まで運ぶんですぅ。
あんまり大きなお祭ではないので出店は中央付近にしか出ないですけどぉ。色々とお菓子が売られて楽しいですよぉ」
「それは楽しみですね」
「はい~。あっ、そうですそうです~。ヒビキちゃん達は元気にしていますかぁ?」
「はい。ヒビキはカナデさんと別れて最初の頃は元気なかったですよ。きっと会ったら喜んでくれますよ。今から会いに行きます?」
「もちろんですよぉ! うふふ~。久しぶりの再会。楽しみですね~」
カナデさんは両手を両頬に当ててまるで夢を見るかのように視線を上の方に移動させた。
そんなカナデさんを見て僕は苦笑しながら小屋に向かいましょうと組合の隣の施設を指さして誘った。
すると花が満開になったかのような笑顔を見せてカナデさんは一人で先に行ってしまった。鍵持っていないし場所も分からないだろうに。
僕はフェアチャイルドさんの手を取り後を追う。
受付の所でカナデさんは足を止め、僕の方を振り返り魔獣達の居場所をようやく聞いてくれた。
僕が先頭に立って小屋まで行き中に入ると、中ではアースがヒビキを転がして遊んでいた。
ナスは僕達がやって来た事に真っ先に気づいた。後ろにいるカナデさんの事も気づいているようで視線をカナデさんに向けてお帰りなさいと一鳴きした。
ナスの声で僕達に気づいたヒビキが慌てて起き上がって走って僕の方にやってくる。
跳んでこないのは抱っこはしてほしいが他の誰かと遊んで満たされている証拠だ。
「きゅーきゅー……きゅ?」
くりっとヒビキが首を捻る。
そして次の瞬間大きな歓喜の声を上げ羽を激しく動かしカナデさんに向かって跳んだ。
「きゅーきゅー!」
「おっとと~。うふふ~お久しぶりですね~ヒビキさん」
跳んできてヒビキを受け止め片手で頭を撫で始める。
「きゅ~」
ヒビキはお帰りなさいと言って羽をぱたぱたと動かし身体全体で嬉しさを表現した。
そんなヒビキの様子にカナデさんは目を細めて嬉しそうにしている。
撫でる事に満足するとカナデさんはナスとアースとも再会を喜び合い思う存分触れ合っていた。
特にヒビキの喜びは大きいようで帰り際になっても離れようとしなかった。
「きゅぃきゅぃ」
いやいや、と身体全体を揺すってカナデさんから離れる事を拒否するヒビキ。
カナデさんも無下には出来ないようで困った顔をしている。
「んー……仕方ないな。カナデさん。今日はヒビキの面倒見て貰ってもいいですか」
「えっ!? いいんですかぁ?」
「カナデさんが良ければ」
都市の中ならちゃんと管理できるのなら離れていても問題はない。それはたとえ人の家に滞在する事になっても変わりはないのだ。
「むしろお願いしたいくらいですよぉ」
「ヒビキはカナデさんと今晩一緒に寝るって事でいいかな?」
「きゅー!」
「その代わりナスとアースとは今晩は離れ離れになるよ? それでもいい」
「きゅぅ……きゅ!」
「……分かった。カナデさん。ないとは思いますがヒビキが具合がおかしくなったり怪我したりしたらすぐに僕に知らせてください」
僕の不安げな言葉に対してカナデさんは顔を引き締めて力強く頷いてくれた。
「はい。何かあったらすぐに向かいますよぉ」
「お願いします」
宿の名前を伝えるとカナデさんは後で確認しますと頷いた。
「ヒビキ。ヒビキも気をつけなくちゃいけない事があるからね」
「きゅ?」
「絶対に迷惑とかかけちゃ駄目だよ。騒いで家の物を壊したり、人を傷つけたりしちゃ駄目だからね。
固有能力も使っちゃ駄目だよ?
これを守れなかったら最悪ヒビキは僕達ともう会えなくなるからね?」
「きゅ!? きゅぃきゅぃ! きゅー!」
少し脅かしすぎただろうか。だけど本当に気を付けて貰わないと、最悪殺処分される事になってしまうんだ。
何度も魔獣達には街中で僕の許可なく力を使わない様に言ってある。
今回は魔獣含め僕らの中で精神的に一番幼いヒビキが離れるからこその忠告だ。
「ヒビキ、カナデさんの事よく聞くんだよ?」
「きゅー」
ヒビキは心なしか凛々しい目つきをして答えたような気がする。表情変わらないからすごくわかりにくい。
結局ヒビキはしばらくの間カナデさんと一緒に暮らす事になった。
ヒビキもそうだがカナデさんも離れたくなかったようだ。本当ふたりは嫉妬してしまうほど仲がいい。
お陰で年が明けお祭が始まってからも僕はヒビキの事を抱っこ出来ない日々が続いてしまった。
でもヒビキに構われない分ナスとアースに相手してもらっているからいいんだ。
それに、カナデさんが一緒にいるとやはり楽しい。何というかカナデさんとは空気がよく合うというべきか、ゆったりとした雰囲気が僕によく合う。
元々この世界の時間は前世に比べゆっくり流れているような感覚を転生してからしばらく感じていて、その感覚が僕によく馴染んでいた。
今は慣れてしまったのかあまり感じない感覚だったのだけど、再会したカナデさんが思い出させてくれたんだ。
多分今までで登場したキャラの中でナギと一番相性がいいのはカナデ。
だけどカナデはノーマルなので恋愛には絶対に発展しません。
もしもナギが男だった場合は出会う事も仲が良くなるきっかけもないので特別な関係にはならない。