精霊術士の戦い
しばらく待ってフェアチャイルドさんの試験官がやってくる。
フェアチャイルドさんの試験官は女性だ。僕からしたら壮年ぐらいに見える女性だがこの世界の人間は前世の世界の人間よりも外見年齢は若い。多分六十代はいっているだろう。
僕の時と同じように名前をフェアチャイルドさんの名前を呼んでから名乗り確認を取る。
そして審判を含めた三人が訓練場の中央へ向かった。
試験官とフェアチャイルドさんとの間合いは僕達の時よりも開いている。
魔法戦の間合いという事だろうか。
試験が始まる前にフェアチャイルドさんの両隣りにサラサとディアナが現れる。
ライチーの姿はない。実は組合に、いや都市に入る前からライチーには姿を消して貰っている。ライチーの家である石が填められている指輪も今は外している。
契約している精霊の数を誤魔化す為に彼女自身が計画した作戦だ。
とはいえ、姿を消しているのは攻撃魔法のないライチー。奇襲以上の意味はないだろう。
だけどそれで十分。
試験が開始されると同時に訓練場に光が満ちる。僕は目を閉じていたので被害はない。
だけど、光が止み試験官を確認すると腕で目をかばえたようだがすでにフェアチャイルドさんの仕込みは終わっている。
二人に別れたフェアチャイルドさんは左右に別れ鏡写しのように同時に水を操り試験官に攻撃を仕掛ける。
試験官はその攻撃を木の板を生み出し防いだ。
どうやら試験官は木の精霊と契約しているみたいだ。
精霊はその属性によって出来る事が決まっている。
水の精霊なら水を生み出し操る事しか出来ないし、光の精霊なら光を生み出し光を操る事しか出来ない。
鉄などの精霊がいれば金属問題も無くなるのだが、どうやら金属は石と同じ鉱物として判定され土や砂を操る地の精霊になってしまって存在しないようだ。
もちろん水の温度を変えたり性質を変えたりできる精霊もいるのだけど、不思議な物で出来る事が多ければ多いほど精霊の力は弱いとされている。
例えば、単純な力の差で言えば水を生み出す事しか出来ない精霊の方が水を操る事も出来るディアナよりも多くの水を生み出す事が出来たりするのだ。
それと実は温度を自由に操れるサラサなどのアーク王国で一般的な火の精霊は真の意味で火の精霊とはいえない。
そもそも火の精霊は火山などの長期間火が燃え続けられる場所でしか生まれる事はなく、精霊の森で生まれるはずのない精霊なのだ。
この王国では真の火の精霊がいないから火の精霊と呼ばれているだけに過ぎず、本当なら温度の精霊と言った方が正しいのかもしれない。
……とシエル様が世間話の中で言っていた。
さて、木の精霊は木材を自由に生み出す事が出来る。
植物系の精霊と言うのは精霊達の中でも特に変わった精霊とされている。
というのも植物の精霊は無機物や自然現象に宿るのではなく生き物と同じ有機物に宿っているからだ。
命の有無はともかく種から発芽し成長してまた種子をばら撒く。有機物無機物と言う言葉での区別がまだないこの国でも植物は生き物と同じように生きていると考えられている。
しかし植物は精霊になっても生き物は精霊にはならない。死んで残った肉でも精霊にはならないというから植物だけが特別なのは確かだろう。
理屈はシエル様に教えてもらったが僕にはほとんど理解できなかった。分かったのは魂を宿していたかどうかの違いという事だけ。
魂の宿っていない有機物だけが妖精になり精霊に至るらしい。
思考が大分逸れてしまったが、植物の精霊はその変わった生まれからか無から有を作る事が容易く出来る。お陰でこの国は紙に困らないのだ。
土の精霊なども土を生み出す事は出来るが生み出し可能な質量が桁違いらしい。
ただ精霊魔法で生み出された木材には強度には難があるので、建築にはあまり向かない。
その証拠にフェアチャイルドさんの攻撃を防いだ木の板も簡単に砕かれている。
だけど木は質量のある攻撃だ。
反撃に転じられるとフェアチャイルドさんには少々分が悪い。
試験官は反撃として地面から勢いよく丸太を生やしフェアチャイルドさんを狙う。
ライチーの生み出した幻の攻撃を防いだ方は当然残っている。狙われたのは木の板を壊した方のフェアチャイルドさんだ。
木なら燃やせばいいと思うかもしれないが、一瞬で燃やし尽くすなんて事は普通は出来ないし、サラサもそこまでの能力はない。
それに出来たとしてもそんな高温を傍で出したら人の方が危険だ。
もっとも、今回はそんな心配しなくてもいいのだけど。
丸太はフェアチャイルドさんをすり抜けた。フェアチャイルドさんはそこにはいない。
見えているフェアチャイルドさんは両方とも偽物。本物はライチーの力で姿を隠している。
あらかじめ自分の魔力をフェアチャイルドさんの魔力に繋いでおかないと精霊達の魔力が邪魔して蜘蛛の巣を使っても居場所を特定する事が出来ない。
組合に入る前から精霊達はフェアチャイルドさんを自身の魔力で守っていたのでフェアチャイルドさんの居場所を探るのは難しいだろう。
僕が彼女の作戦を知っているのは訓練で二人で考えた作戦だからだ。本物のフェアチャイルドさんが今どこにいるのかは僕も分からない。
試験官はもう一人のフェアチャイルドさんに攻撃を仕掛けるがそれは避けられてしまった。
避けた事によって本物と認識したのか攻撃が苛烈になっていく。
フェアチャイルドさんも反撃しているのだが全て木の板で防がれている。
水の精霊魔法で攻撃しているから決定打が打てないみたいだ。
サラサの力を使わないのは温存して試験官の精霊の魔力が少なくなるのを待っているのかもしれない。
なんにしても現状押しているのはフェアチャイルドさんの方だ。
ライチーの魔法で相手を惑わしつつ相手の体力と魔力を削っている。
精霊魔法のいい所は魔法を使う時自分の魔力をほとんど使わないという事だ。
使うのは行使する時に代価と言うか精霊魔法を発動する際にきっかけとして使う僅かな量だけ。
そして精霊魔法の使用回数は精霊が決めた限界値まで。その限界も人にはたどり着けないような圧倒的な量だ。
フェアチャイルドさんは使用用途が限られているとはいえ圧倒的な魔力の量を誇る精霊と三人と契約している。
そんじょそこらの精霊術士では魔法の打ち合いになったらまず勝つ事は難しいだろう。
そして、さすがに試験官はそんじょそこらの精霊術士とは格が違った。
フェアチャイルドさんの姿が二つとも幻だという事に気づいたのか二種類目の属性の魔法を使い始めた。
二種類目の属性は雷。全周囲に光と音共にまき散らされた電気は本物のフェアチャイルドさんの居場所を特定させる事に成功させた。
精霊達の守りを突破し電気を受けたフェアチャイルドさんが片膝を地面に着かせた姿を見せた。
どうやら試験官は見学者である僕や職員の人、それに審判の人が範囲に含まれない様に工夫し、電気の性質を利用して空間全体に走らせたみたいだ。
魔力で生み出された電気はそれ自体は自然現象で魔力で防ぐ事は出来ない。
しかも訓練場はディアナの力によって水びだしになり空気中の湿気も高くなってるだろう。電気がよく通る空間になっているに違いない。
だからいくら姿を隠し精霊達に守って貰っても同じ事を続けられたらフェアチャイルドさんに勝ち目はないだろう。
もう一度雷撃が光と共にバチバチッという空気中の水分がはじける音をけたたましく鳴らして空間を埋め尽くす。
あまりの眩しさに色を付けたライトで遮光しなければ見続ける事が出来ないほどだ。
こんな電気が荒れ狂う空間の中を人がまともに立っていられるはずがない。しかし、フェアチャイルドさんは倒れていない。
電光の所為で見えにくいが遠目からだと空間を支配していた電気は全てフェアチャイルドさんを避けているように見える。
精霊達の能力からして恐らくディアナの力で水の結界を周囲に張り、ライチーの力でそれを隠しているんだろう。
電気が防がれてる事に気づくと電気を維持しつつすぐに先ほどの丸太に攻撃を加えて来た。
フェアチャイルドさんは走り回って丸太を交わしつつサラサの魔法で反撃をする。
三匹の火の蛇が大きな口を開けて試験官に襲い掛かる。
それに対抗して試験官が出したのが四足動物の姿を模した電気の塊だ。
獣は蛇を容易く蹴散らした……かのように見えた。
散らされた火は消える事無く再び集まりもう一度蛇の姿へと戻った。
電気の獣が何度も何度も蹴散らすが結果は変わらず、火の蛇は試験官を狙い続ける。
蛇から身を守る為に魔力の配分を変えているのか徐々に空間を支配していた電気の量が減っていく。
空間から電気が消えると今度は電気の獣が二匹に増えた。
そして片方はフェアチャイルドさんの方へ電気を迸らせながら突進していく。
範囲攻撃をしながらだから姿を消したとしても身体から発している電気からは逃げられないだろう。
フェアチャイルドさんは自分に向かってきた獣に対して水で出来た大きな鳥を生み出しぶつけた。
ぶつかり合った獣は電気を鳥に吸い取られ徐々に放出する電気が減っていく。
形こそ魔力で制御されているため崩れていないがその体はあっという間に半分まで縮み水鳥の突進で粉砕された。
水鳥はそのまま試験官へ向かっていくが、途中で突然大きな葉のない裸の木が生えて水鳥を受け止めた。
木は水鳥を受け止めた事によって大きく揺れた後十本の枝を伸ばし水鳥を貫き切り裂いていく。
するとすぐに三匹の蛇の内の一匹が木に噛みついて燃やしにかかる。
水鳥を排除したばかりで枯れているように見える木には水がかかっており中々燃える事がない。
蛇は噛みついたまま木に巻き付き燃やそうとする。
まだ地面から突き出てくる丸太から逃げているフェアチャイルドさんは今度は小さな水鳥を無数に生み出して試験官に向けた。
試験官の契約している精霊は二人までなのだろうか?
もしもそうだとすればこの勝負有利なのはフェアチャイルドさんだ。
ゲームのように属性相性で勝負が決まる、なんて事はない。ライチーは攻撃向きの精霊ではないから攻撃に出せる属性は両者ともに二つ。
単純に考えれば二対二の勝負になり互角のように思えるが、ライチーの魔法を上手く扱えれば勝つ事は出来るだろう。
逆に言えばあと一体、攻撃に向いた精霊と契約していたら勝つのは難しいだろう。
だけどそもそもこれは試験だ。必ずしも勝つ必要はない。認められればいいんだ。
無数の水鳥は残った電気の獣に纏いつき電気を吸っていく。
余裕のできた蛇二匹が防御の為に次々と生み出される木の壁を燃やし蹴散らしその顎が試験官に襲い掛かる。
蛇は試験官の目の前でぴたりと止まる。
と、同時に審判の勝負ありの声が響いた。