精霊の力
第四階位への昇位試験を受けられるようになるまで三ヶ月を切った。
僕とフェアチャイルドさんは昇位試験に備えてこれまで以上に訓練に力を入れる事になった。
その一環として訓練場ではなく街の外で魔法を使った模擬戦も行っている。
「『ふたつにわかれて』『蛇王轟炎』」
フェアチャイルドさんの周りに蛇を象った炎の塊が生み出され僕に向かって伸びて来る。
僕は温度の感じる方に向かってアイスウォールを使い攻撃を防ぐ。
もう片方の炎の蛇は僕に当たっても一欠けらも熱さも感じさせない。
返す刀で僕はファイアアローに模した光の矢を放つ。
しかし、光の矢はフェアチャイルドさんの前に立ちふさがったライチーによって容易く消されてしまう。
ならばと事前に準備しておいた水をたっぷり含んだアースアローを複数出現させ無軌道にフェアチャイルドさんに向かって放つ。
でもそれさえも三人そろった精霊達の壁には無意味だった。
大体無茶なのだ。人間が使う魔法で精霊を突破しようなどとは。それこそ僕の全ての魔力を込めてようやく一撃入れられるくらいだろう。それも精霊が一人ならば、だ。
三人そろったらアースでさえ魔法では突破できないだろう。
質量のある攻撃もサラサやディアナなら対処が出来る。
ただ、ライチーだけは他の二人に比べてまだ精霊になってから日が浅いからか魔力の総量は少なくアース相手だと辛いだろうとサラサは語っていた。
精霊が傍にいる精霊術士は強いとは聞いていたけれど、三人に増えたらここまでやりにくい相手だとは思わなかった。
魔法が効かないのはもちろんの事、僕以上の感知能力で魔法の発動を見破られ内容も知識にあるものならすぐにばれる。
接近しようにもサラサとディアナが妨害してくる。ライチーに至っては僕が強化してしまったような物で、フェアチャイルドさんの姿になり相手を惑わしてくるのだ。
影も作り込まれているので見分ける事は難しい。
しかもフェアチャイルドさんの精霊魔法に合わせて偽装してきたりもするから性質が悪い。
先ほどの炎の蛇も片方はライチーの力だ。ライチーの偽装は温度までは再現できないからサラサの魔法と合わせると温度で区別がつくのだが……。
「『ふたつにわかれて』『水鳥葬』」
数えるのが面倒なほどの数の鳥の姿を模した水がフェアチャイルドさんの頭上に展開される。半分は偽装だが見分ける事が出来るはずもない。
そもそも水は透明だから屈折率を変えるだけでいいのでライチーの魔法と相性がいい。
「もうあの子一人でいいんじゃないかな」
フェアチャイルドさんが手を前に出すと水鳥は一斉に僕に襲い掛かってきた。
僕はすぐにアースウォールを使い壁を作り水鳥の攻撃を防ぐ。
しかし防いだ所で僕にはお互いに距離が遠い状況では有効打がない。
ならば今の僕に取れる手段は一つ。アースを見習うだけだ。
魔力を操って足元の土を操り穴をあける。
地上からが無理なら地中から接近すればいい。土の壁によって視界が遮られている今魔力を地上に置いていけば精霊達は地中までは感知できないから誤魔化す事が出来るはずだ。
魔法で土を操り穴を開けていく。これも去年僕が独自に編み出した魔法である『ディグアース』だ。
相手の位置を知る方法がないので勘で地上に穴をあけるしかないのが難点だ。
それにフェアチャイルドさんも動いてるだろうから奇襲ぐらいにしかならないだろう。
それでも近づくにはこの手しかない。ライトを使って光源を確保しひたすらに掘っていく。
そして、自分の勘に従い適当な所で地上に向かって穴を斜めに開ける。
「きゃっ!」
「へ?」
『レナスー!』
「サラサ! レナスが!」
ずさーっと音を立ててフェアチャイルドさんが坂を落ちて来た。
「あー……」
偶然にもフェアチャイルドさんの足元に穴をあけてしまったようだ。
フェアチャイルドさんは何が起こったのか分からない様子で地面に座り込んだままスカートを抑え僕の方を見ている。
「だ、大丈夫?」
「は、はい……えと、地中を掘って来たんですか?」
「うん」
手を差し伸べるとフェアチャイルドさんは僕の手を取り立ち上がった。
そして、ライチーとディアナも穴の中に入ってきて、ライチーは僕の姿を確認するといきり立った。
『うー! ナギだ! であえであえー!』
「ライチー。もう勝負ついてるみたいだから」
『えー』
「私の負けです……まさかこんな手を使ってくるなんて」
「いや、これぐらいで勝負がついた事にするのもどうかと思うけど」
「いえ、私の完敗です。もしもナギさんがぼうっとしていないですぐに剣を向けていたら体勢を崩していた私にはなすすべもありませんでした」
「うーん……まぁフェアチャイルドさんがそう言うのなら別にいいけど。
それにしても精霊が三人もいる精霊術士って厄介だね。僕一人じゃなすすべもなかったよ」
「そうなんですか?」
「うん。魔法は防がれるは接近してもサラサがいると思うとね……とりあえずこんな所で話もなんだし上に戻ろうか?」
「そうですね」
僕達は手を繋いだまま地上へ戻る。
空けた穴は一度崩してから魔法で地面を慣らし処理する。穴があった所だけ土が窪んでしまった。アースがいれば草以外は元通りに出来たのだろうけど……今日は魔獣達はお留守番だ。
「ライチーとディアナの魔法は相性いいよね。サラサの魔法だと温度でばれちゃうけどディアナの魔法は音さえ気をつければ見極めるのは難しいよ」
「なるほど……音と温度ですか……次からは気を付けてみます」
「どっちの魔法と合わせるにしてもさっきの水鳥みたいに数で押せば区別をつけるなんで不可能に等しいよ。
防ぐには僕がやった様に魔法で壁を作って防ぐしかない。精霊魔法の利点は何といっても圧倒的な魔力の扱える量なんだ。
特にフェアチャイルドさんは三人の精霊がいてそんじょそこいらの魔法使いじゃ相手になんかできないよ
さらにライチーの魔法で相手を惑わせながら最小限の魔力で最大の効果を期待できる。
ああ、魔法をライチーの力で隠すなんて事も出来るよね」
『わたしすごい? わたしつよい?』
「うん。ライチーはすごくて強いよ」
『むふー。レナス! わたしすごくてつよいんだって!』
「うふふ。頼りにしていますよ」
『むふー!』
褒められたのがよほど嬉しいのかライチーは僕とフェアチャイルドさんの頭上を大きく旋回し始めた。
「でも地中を移動してくるなんて考えてもいませんでした。警戒しないといけませんね」
「そうだね。今の所は地中はアースに任せるしかないけど、何かしら対抗策は考えた方がいいかも」
地中を移動する魔物や空を飛ぶ魔物というのは今の所発見されていない。
宙を浮くというのならいるんだけど、それだって人の手の届かない所まではあまり浮き上がらないし、浮いたとしても動きが鈍くなる。
この世界では魔素というのは魔物にとって空気みたいな物だと考えられていて、シエル様によるとあながち間違っていないらしい。
魔素は魔物が動いたり身体を構成するうえで必要不可欠なエネルギーのような物。だから魔素の薄い空中や土の中には魔物は行きたがらないらしい。
海も魔素に侵されてはいるが、魔素に侵されていない海域にはいないだろうとシエル様は推測していた。
ただし、魔素は半永久的に増え続けるから魔物側はただ時を待つだけで活動範囲が増えてしまうんだ。
今は大人しいが魔物達は魔素が増えるのを待ち進攻の機会を虎視眈々と狙っているのかもしれない。
そして、今魔の平野から魔素の流入が減っているのはもしかしたら……いや、よそう。僕の考えすぎかもしれないんだ。
「ナギさん。どうしましたか? 難しい顔をして」
「ん。精霊術士の攻略法考えてたんだ。やっぱ魔獣達の力を借りた方がいいなってね」
「流石にアースさんが突進して来たら私達では防げません……」
「あはは、そうだよね。アースがいるだけで随分と僕達には戦力の余裕が出来るよ」
「問題はアースさんがいない時にアースさんのように大きくて強い魔物が出てきたらどうするか、ですよね」
フェアチャイルドさんの言葉に僕は昔占ってもらった時の事を思い出した。
僕はあの時五匹の魔獣と共に巨大な魔物と相対する未来を占われた。
一体どんな魔物なのか? そして会うとしたら一体いつになるのか。
運命がどのように変わっているか知る為にもう一度占ってもらえないだろうか?
何にせよ僕は来る日に備える事しか出来ない。
後二匹の魔獣。一体どんな子になるのだろう。
僕達はお互いへ批評と訓練を交互に繰り返した。
そして、気づいた頃には空が赤く染まり始めていた。晩夏が過ぎ今は初秋。日はすでに短くなり始めている。走って戻った所で魔獣達のいる小屋に辿り着く頃には暗くなっているだろう。
明かりをライチーに頼み僕はフェアチャイルドさんと手を繋ぎ速足で帰路に就いた。
しばらくすると夕焼けを背景に街並みに街灯が点き始める。
「アールスさんもしかしたら小屋で待っているかもしれませんね」
「あっ、そっか。しまったな。サラサ、先に小屋に行ってアールスに伝言頼める?」
「いいけど、結界があるから中にいたらお手上げよ?」
「そうだった……」
結界の鍵となる魔力道具は僕、フェアチャイルドさん、アールスが持っている。
結界には転秤神ザースバイル様の神聖魔法である『不正無き契約』という神聖魔法がかけられている。
この神聖魔法がかけられた物に契約した人間の魔力を当てると薄ぼんやりと光り、それ以外の者が魔力を当てても魔力を弾き反応を見せない。
この性質を利用して結界を制御する魔力道具にプロミスをかけて指定の人間以外には魔力道具に魔力を込められないよう作ったのが結界に使われている鍵だ。
つまり鍵がかかっているプロミスに魔力を込めた張本人じゃないと結界は開く事は出来ないようになっている。
念の為にサラサには先に行ってもらいアールスに会ったら伝言を伝えてもらう事にした。
小屋に着く頃には辺りがすっかり暗くなり街灯の明かりが街を照らしている。
小屋の前にはサラサがふよふよと浮かんでいる。アールスの事を聞くと光が漏れている窓を指さした。
窓から中を覗いてみるとアールスがナスにしがみ付いて寝転がっている。
寝ているのだろうか?
中に入るとナスが声を上げて迎えてくれる。
窓からは見えなかったがヒビキはアールスが抱いて一緒に寝ているようだ。
アースはいつものように寝ている。いつ起きているのだろうか。
「アールス、もう外暗いよ。起きて」
「ん……ん~?」
アールスはヒビキを放し片手を地面に付き、空いている方の手で目をこすりながら起き上がった。
「ナギだ……」
「小母さんが心配してるよ?」
「うー……ナギと遊びたい」
まだ寝ぼけてるのかアールスはふらふらと近寄ってきて僕に抱き着いてきた。
「もうアールス……仕方ない。このまま送ろうか。フェアチャイルドさんもそれでいい?」
「はい」
「あーそーびーたーいー」
「だーめ。今日はもう帰らなきゃ」
アールスが体重をかけてくる。僕はフェアチャイルドさんに少し支えて貰って反転しアールスを背負う。
「うー……レナスちゃーん」
「駄目ですよ。お母さんに心配をかけさせてはいけません」
「あそびたいよー……あそびたいよー」
「また明日ね」
「ん……やくそくしてくれる?」
「うん。約束するよ」
「やくそく……だからね」
そう言ってアールスはそれきり喋らなくなり、かわりに可愛らしい寝息が聞こえて来た。