抱き枕
気球作りを終えた僕は組合の依頼を受けつつ日々を過ごしている。
気球が一段落して一息つき周りを見渡してみるとフェアチャイルドさんの背がまた少し僕との差を広げている事に気が付いた。
彼女との差はもう頭半分ほどもある。前に調べた時は半分の半分……をちょっとすぎたくらいだったはずなのだけれど。
成長しているのはいい事だ。彼女の成長に追いつけてないのは少し悔しいけれど。
そこまで差があると夜中一緒に寝る時僕に抱き着いていたのが身長差の所為でやりにくくなった。
最近では抱き着くのではなく人形か抱き枕のように僕を抱き寄せる形になっている……何故か僕の胸をわしづかみにして。
揉んでいる訳ではないし、夜中僕が寝苦しさに起きて剥がそうとすれば暴れる事無く引き剥がせるが……朝には元通りになっている。
それと気のせいか鼻息が荒い。それもくふぅくふぅと苦しそうなのだ。離れれば普通に戻るのだけど……何故苦しそうにしてまでくっついてくるのか、それが分からない。
だけどそんな事してくるのは時々、三日に一度くらいなので問題にはしていない。
それに今は夏だけど室内の温度はサラサが調整してくれるのでクーラーの効いた部屋よりもよっぽど寝やすいのだ。
「ねぇフェアチャイルドさん」
「はい。なんでしょう」
宿屋の食堂で夕食を終えて匙をお皿の上に置いた所で僕は彼女に話しかけた。
「抱き枕作ろうか?」
「抱き枕? ってなんですか?」
「人が抱けるほど大きな枕の事だよ。フェアチャイルドさん夜僕の事だいて苦しそうだからさ、何かを抱きしめたまま寝るのが好きなら抱き枕にしてみたらどうかなって」
本当の所は気球を作っていた時の感覚がまだ抜けていなくて裁縫をしたい気分なのだ。
「……ナギさんは迷惑ですか?」
「いつも言ってるけど、迷惑じゃないよ。ただ、最近苦しそうに息を荒げてるのが気になるんだ。僕の身体ってほら、筋肉で堅いからその所為かなって」
「そんな事ないです!」
ドンッと勢いよく机を叩き腰を上げる。
「ちょっ、声大きいよ」
注意するとフェアチャイルドさんがストンと椅子に座り直した。
僕は周りを見てみるがどうやら誰も僕達の事は気にしていなかった。
「ナギさんの抱き心地は最高です」
「そ、そうなの?」
「そうなんです」
「でも苦しそうだよ?」
「それは……きっと強く抱きしめているから自分の胸を圧迫させてしまっているのでしょう」
「うーん。たしかにそうかもね。それで、どうする? 僕としては抱き枕にした方がいいと思うけど」
「……つまりその抱き枕をナギさんだと思えばいいのですね?」
「うん? まぁ代わりにね?」
「分かりました。ナギさんがそこまで言うのなら……頼みます」
「うん。じゃあ明日材料を一緒に買いに行こうか」
「はい。くふふっ、ナギさんの手作りを貰えるなんて嬉しいです」
「そう? そう言って貰えると嬉しいな」
「でも私はナギさんに貰ってばかりです……私も何か返せたらいいのですけど……」
フェアチャイルドさんは目を伏せ悔しそうに自分の胸に両手を当てる。
たしかに人間関係で一方的な関係と言うのはよろしくない。
「でもほら、気球を作っている間はフェアチャイルドさんに働いて貰っていたし」
「治療士の仕事を一回受けるだけで私の稼ぎの五年分は稼ぐじゃないですか」
「あー……ほら、夏とか冬とかフェアチャイルドさんの精霊魔法にすごく助かってるよ」
「使ってるのは精霊魔法ではありません。サラサが直に調整してくれているんです」
不愉快そうに頬を膨らませるフェアチャイルドさん。
「でもほら、精霊達がいるのはフェアチャイルドさんのお陰だし?」
「でも私はもっとナギさんのお役に立ちたいです」
「とは言っても今以上となると……」
フェアチャイルドさんは今必要で僕に出来る事は大概できるようになっている。むしろ出来ない事を挙げた方が早いだろう。
フェアチャイルドさんの出来ない事と言うのは力仕事に治療士としての仕事、それに裁縫位だ。
力仕事は単純に僕の方が力があるというだけ。今のフェアチャイルドさんは昔のもやしガールではもうないのだ。
治療士は言わずもがな。こればっかりは真似する事は誰も出来ない。地道に信仰心を育てピュアルミナかパーフェクトヒールを授かるしかない。そう言えばフェアチャイルドさんは誰を信仰しているのだろう? 特別誰かを信仰しなくてもヒールとかの低階級の神聖魔法は使えるから気にした事が無かった。
裁縫に関しても服の修繕位なら彼女は出来る。
逆に僕に出来ない、もしくはやっていない事と言えばやはり精霊関係だ。しかしこれは先ほどの発言を鑑みるにあたって精霊達のお陰だと言って彼女はつっぱねるだろう。
彼女が出来る事か……。
彼女自身の技能と言うと、やはり計算が早い事が挙げられる。買い物ではお釣りの計算が早くてすごく助かっている。
それに自分のお金限定だが帳簿も付けているっけ。
「……ねぇフェアチャイルドさん」
「はい。なんでしょう?」
「きっとこれからも……再来年はどうなるかは分からないけど、僕達は一緒にいるよね」
「当然です」
「ならさ、そろそろ共有資産の管理をきちんとしてみない?」
いままでも共有資産と言うのはあったがなあなあな感じでお金を出し合っていた。宿屋の料金だったり食料費だったりという生活費を依頼の報酬で分け合っていたんだけれど、こっそりと僕が多めに払ったりしていた為きっちりとしていた訳じゃない。
ここ最近は僕は依頼をやっていなかったのでお互いに宿屋以外は完全に自腹で払っていた。
「管理……ですか? ナギさんがなさるのでしたら安心ですが」
「いやいや、管理するのはフェチャイルドさんだよ」
「私ですか?」
「うん……っと。これ以上の話は部屋でしようか」
お金の話は人が大勢がいる場所でするべきではない。
会計を済ませて食堂を出て部屋へ戻る。
部屋に入るとウィンドウォールを部屋の壁に敷き詰めて声が漏れないようにする。
僕は部屋に備え付けられている椅子に座り、フェアチャイルドさんも座るのを待ってから口を開いた。
「さっきの話の続きをしようか。フェアチャイルドさんって計算に強いし几帳面だからさ、お金の管理を安心して任せられるんだ」
「で、でも……」
「共有資金の内容は後で二人で相談して決めるとして、どうかな?」
「私にできるでしょうか……」
「出来るよ。自信をもって? 最初の内は上手くいかなかったり失敗するかもしれないけどさ、続けていけば絶対物になるよ。
少なくとも自分の帳簿をちゃんとつけてるフェアチャイルドさんの方が僕よりも上手に出来るよ。
それに思い出して? 学校で下級生の面倒をみようって誘った時だって最初は自信が無くて失敗もしていたけど、六年生になった頃には皆から信頼されてたじゃない。あの時諦めてたら信頼は得られなかったんだ。
だからもう一度試してみない?」
「ナギさんはいつもそうです……私に新しい景色を見せてくれようとする。
……分かりました。頑張ってみます」
「じゃあさっそくどういう風に共有資産を運用するか決めようか」
「はい。一先ず今までの方法を紙にまとめて精査していきましょう」
「そうだね」
翌日、僕はフェアチャイルドさんと一緒に枕の材料となる物を買いにお店にやって来た。
枕は本来旅には必要ない物なので材料費は共有資産からは出さないと二人で決めてある。
元々僕が言い出した事なので僕がお金を出すと言ったのだが、使うのは自分だと言ってフェアチャイルドさんは譲らなかった。
お金に余裕があるのは僕の方なので引きたくは無かったのだけど、フェアチャイルドさんの勢いに押され半分ずつ出し合う事になってしまった。無念。
この国の枕の中身は基本的に藁や布を詰めたり柔らかい材質の木材を使っていて固い物が多い。
高級品になれば羽毛や綿を使った物になるのだけど、フェアチャイルドさんが半分お金を出す以上高価な物は避けたい。
そこで僕が目を付けたのが豆によく似たフルシの実という食べ物の殻だ。
フルシの実は小粒の豆位の大きさでスープの具材としてよく使われている。
そのフルシの実の殻は適度な弾力と硬さをを兼ね備えており指で挟めば少しの抵抗はあるが割れないでそのまま折れ曲がり、指を離せば元通りになるなんとも形状記憶合金の様な丈夫な殻なのだ。お陰で料理の時殻を取るのが一苦労な食材である。
フルシの実を一先ず沢山買ってお昼と夕食に使う。これで多少値段が張っても節約ができる。
中身が決まると次に選ぶのは布の材質。こちらはとりあえず丈夫な物を選ぶ。ちょっと変わった所で動物の皮を使うなんて事も頭を過ったが、抱き枕に使うのに皮を使うというのはちょっと僕には受け入れ難かった。
なので無難に普通に柔らかくて丈夫な布を使う事にした。
お次に選ぶのは枕カバー。こればっかりはフェアチャイルドさんの好みに任せた。
フェアチャイルドさんが選んだのは紫の花弁と緑の茎の刺繍の入った布だった。
なんとも可愛らしい枕だ。特に紫がいい。僕の好きな色だ。
材料はそろった後は作るだけだ。枕が出来ればフェアチャイルドさんが抱き着いてくる事も無くなるだろう。寂しい事だが人は変わっていくものなのだ。
いつまでも僕にしがみ付いている訳にも行くまい。
……後日。抱き枕は出来たのだが結局フェアチャイルドさんが僕に抱き着いてくる事は変わらなかった。
僕とフェアチャイルドさんの間に抱き枕はあるが、相変わらずフェアチャイルドさんの手は僕の胸を鷲掴みにしてくる。
苦しそうな寝息が聞こえてこない事だけが救いか。
一体何が彼女をそこまでさせるのだろう。いつか分かる日が来るのだろうか?