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僕の魔法陣

 朝の訓練を終えて宿に武器などの荷物を置きに戻ると受付の前で女将さんに呼び止められた。

 どうやら僕宛に手紙が来ていたらしい。

 家族とか友人たちなら組合に手紙が届くはずだが……受け取り差出人を確認すると予想通りユウナ様からの手紙だった。


「誰からですか?」

「友達の魔法使いからだよ」

「……去年首都を発った日に手紙をよこしてきた人ですか?」

「よく覚えてるね。そうだよ」


 部屋に戻って中身を確認してみると明日の午後に会いたいとの事だ。また魔法陣談義がしたいと書かれている。

 一昨日はろくに話が出来なかったから改めて挨拶したいし断る理由はないな。

 問題はフェアチャイルドさんをどうするかっていう事だ。この機にちゃんと紹介した方がいいのだろうか?

 一昨日の様子だとアールス達には僕達の関係は秘密にしておきたいみたいだけど。


「ナギさん。どのような内容だったんですか?」

「明日の午後に会えないかだって」

「……会いに行くのですか?」

「うん。ちゃんと挨拶したいからね。フェアチャイルドさんはどうする?」


 振り返って顔を合わせると、彼女は眉をひそめ残念そうに首を横に振った。


「私は仕事があるので出来ません」

「そっか……今はたしか街の農業区にある牧場の手伝いしてるんだっけ?」

「そうです。牧草の刈り入れを手伝わなければならないんです」

「風の魔法で風の刃作ってまとめて刈れればいいのにね」

「いえ、その方法を使ってはいて、私の仕事はその後の回収なんです。

 ただ牧草地は広いので回収だけでも時間がかかって……」

「ああ、なるほどね。回収はさすがに自分達の手でやるしかないか……」


 土を動かすと牧草の根っこに被害が及んでしまうし、風の魔法で舞い上げるにしたってかなり魔力(マナ)を使うだろう。

 何か新しい発見かひらめきでもない限り魔法で刈った牧草を集めるのは無理か。

 何かいい方法はないだろうか? ……ってそんなの思いついたら僕達冒険者の仕事が減ってしまう。

 危ない危ない。他の冒険者から恨みを買う所だった。

 作業の利便化は働いている人や経営者が考え生み出すべきだろう。


「じゃあ明日も別行動だね」

「そうなりますね……あ、あの相手がどのような方かは分かりませんが……気を付けてくださいね」

「大丈夫だよ。身元ははっきりしてる人だから。でも心配してくれてありがとうね」


 お礼に頭を撫でるとフェアチャイルドさんは目を瞑り口角を上げて受け入れてくれる。

 フェアチャイルドさんに触れられるのが好きだと言われてからなるべく彼女にスキンシップを取る事にしている。

 人の多い所でやるとさすがに恥ずかしいみたいで顔を真っ赤にさせるからあまりやらないけれど、今いる部屋のように人目のつかない所なら彼女は今のように安らいだ顔をする。

 僕はその顔を見ると今日も頑張ろうと思えるんだ。

 頭を撫でていると突然フェアチャイルドさんがあっ、と小さく声を出した


「私もう出ないとと遅れてしまいます」

「本当に? じゃあ急がないと。忘れ物とかない?」


 フェアチャイルドさんは腰に付けた小袋を手に乗せて中身を改めた後頷いた。


「大丈夫です。それでは私は行ってきますね」

「うん。気を付けてね。怪我しないようにね?」

「はい。ナギさんもお気をつけて」


 僕は気球制作をする前にユウナ様の所に持っていく魔法陣を選定する為部屋に残り、フェアチャイルドさんは先に外に出て行った。

 新しい魔法陣は去年のアールスとの戦い以降アイデアが沸かない事もあって作り出せていない。せいぜいが気球の為に効率と安定性を求めた『バーナー』と僕が名付けた魔法だけだ。

 後は最近になって新しい知識を加えられた事によって既存の魔法陣と去年自分で作った魔法陣を改良した位だ。

 攻撃魔法の改良品は見せられないので去年見せた魔法と同じ物になってしまう。

 つまらないとは思うが仕方ない。せめてバーナーの魔法陣も持って行こう。




 気球制作をしていると時間はあっという間に過ぎ去って翌日になった。

 二時に宿の前に馬車が僕を迎えに来る事になっている。昼食を済ませて宿屋の前で待機をする。

 今日はユウナ様と会うのでバロナを着て、お化粧も少しだけしている。

 依頼人と会う時に役立つようにとカナデさんに教わって不自然にならない程度には化粧を施す事が出来るようになった。

 髪は朝の内にフェアチャイルドさんに整えてもらい、昼になるまでに乱れた所も自分で直した。

 宿を出る時女将さんも褒めてくれたのできっとおかしな所はないだろう。

 今の僕は完璧に女の子をしている! ……これは誇っていいのだろうか?


 二時になる少し前に格式の高い箱馬車が僕がいる通りに入ってきた。

 去年ユウナ様が乗っていた物よりも装飾は抑えられているが、それでも都市外からやってきた人が多いこの通りでは非常に目立っている。

 馬車が宿屋の前に止まると僕は時計塔に目をやる。

 時間は二時ちょうど。ちゃんと計算してやって来たとしたら凄い事だ。

 箱馬車の箱部分から一人の男性が降りてくる。見覚えがある。確かユウナ様の護衛の一人だ。

 降りてきた男性は僕に対して会釈をしてきたので僕も返す。


「お久しぶりです」

「どうぞお乗りください。主が待っておられます」

「分かりました」


 箱に近づくと中にユウナ様の姿があった。てっきり屋敷で待っていると思っていたのだけど。

 乗り込む前にユウナ様に会釈をする。

 そしていざ乗り込む段階になると僕は困り少し動きを止めた。

 座席は向かい合って存在している。こういう時どちらに座ればいいのだろう。


「ナギ、こういう時はわたくしの国では友人は隣に座るものです。遠慮せずに隣に座りなさい」

「ありがとうございます。ではお邪魔します」


 ユウナ様の助言により僕はユウナ様の隣に座り、後から乗り込んできた護衛の人は対岸に座った。

 そして、護衛の人が御者台がある自分の背後の壁を軽く叩くと馬車が動き出す。


「周りに他人はおりません。普通に話をしてよろしいですわよ」

「なら早速……前とは違う馬車なんだね」

「今朝は強風が吹いていたから髪が乱れぬように箱馬車にしたのですわ」

「ああ、確かにそうだったね。と、いう事はもしや教練場から真っ直ぐこっちに?」

「その通りですわ」

「それでわざわざユウナ様も待ち合わせの場所まで来たんだ」

「それもありますが、いくらわたくしの護衛といえども男性と二人きりで狭い空間にいるというのも嫌でしょう?」

「僕も冒険者の端くれ。その程度の事気にはしないよ」

「まぁ。それでは余計なお節介でしたかしら?」


 ユウナ様はわざとらしく口元を扇で隠し驚いて見せた。

 僕はすぐに首を横に振って否定する。


「そんな事はないよ。ユウナ様の気遣いには感謝してる。……ユウナ様のような上流階級の方々はやっぱり気にするものなの?」

「そうですわね。貞操を疑われるというのもありますが、身を守るという意味でも護衛とはいえ他の主に使えている者でしたらまず二人きりにはなりませんわ」

「そりゃそうか」

「ナギもお気をつけなさい。平民には野蛮な殿方もいると聞きますわ。

 貴女はそこそこ美しいのですからいつ何時狙われるか分かりませんわ」

「んふふ。心配してくれてありがとう。

 ところで話は変わるけど、この前会った時……」


 初対面の振りをした事を詳しく聞こうとしたがユウナ様に止められてしまった。


「ナギ。わたくし達は約半年ぶりに会ったばかりですのよ?」

「あっはい」


 あくまでもお互いに去年の関係を続けるという事か。一体何がユウナ様をそこまでさせているのか。ただ単に今の関係を面白がってるだけかもしれない。


「えと……分かったよ。それじゃあその……フェアチャイルドさんを紹介しちゃ駄目かな?

 ユウナ様と会う時彼女にユウナ様の事どう話すか困るんだよね」

「レナス=フェアチャイルド。精霊術士ですわね。精霊には興味ありますが……護衛にも精霊術士はおりますのよね。

 そのフェアチャイルドと言う方。口は堅い方ですの?」

「まぁ堅いと思うよ。ただアールス相手にってなるとあんまり保証できないかな……あの二人本当に仲がいいから」


 フェアチャイルドさんは真面目で頑固な所がある。アールス以外には口を割いても人との秘密を話す事はないだろう。

 しかし、アールスには結構甘い所がある為果たしてフェアチャイルドさんは秘密を守れるだろうか?

 この秘密が人の命に係わるならともかく、ユウナ様が楽しむだけのものととなると少し怪しい。

 そもそもフェアチャイルドさんが付いてくると自動的に精霊達もついてくるから秘密保持はますますもって難しくなる。


「では駄目ですわね。わたくしは何の気兼ねのない貴女との会話を誰にも邪魔されたくありませんもの」

「なんだか随分と僕の事買ってるね」

「当然ではありませんの。高等学校に通っていないにもかかわらずわたくしと魔法談義ができる貴女の勤勉さ、気に入っていましてよ?」

「あはは、なんだか照れるな」

「それで、何か新しい魔法は思いつきまして?」

「殆ど去年作った物を改良しただけだよ。一応一つだけ思いついたというか、実験がてら作ってみた魔法はあるよ」

「実験?」

「うん。火を一定の温度、高さ、魔力(マナ)が続く限り絶える事のないようにする魔法なんだ」

「それはファイアーウォールではなく?」

「もっと単純な火柱を上げる魔法だよ。魔法陣を横にすれば火炎放射になるけどね」

「それはまた……変わった魔法陣を作りましたのね」

「言ったでしょ? 実験だって。効率化の実験をしてるんだよ。より少ない魔力(マナ)の量で火力を維持するにはどうしたらいいのかっていうね」


 本当は気球の実験の為だが、これはさすがに他国の王女様であるユウナ様に話すわけにはいかない。

 でも僕の説明でユウナ様は納得したようだった。


「なるほど……わざわざ火でやる意味は分かりませんが、たしかに効率化の追求なら同じ結果になる様に魔法の発動結果を単純化させた方が分かりやすいですわね」

「お料理とかで役に立つよ? 細かい魔力(マナ)調整しなくても料理で火力を一定に保てるんだ。

 もちろん火じゃなくてもいいんだけどね。他に応用するなら夏の暑い日に風を安定した風力で出して涼しむ事も出来るし……あっ、髪を乾かす時なんかも楽になるよね。

 水なら噴水に応用できるんじゃないかな? 都市に張ってある結界みたいに周囲の人から少しずつ魔力(マナ)を分けてもらって水を出し続けるんだ」

「たしかに色々と応用が利きますのね……たしか実際に噴水はナギが挙げた仕組みで水を出していたはずですわ」

「そうなの?」

「昔不思議に思って調べた事がありますの」

「そうか……魔法の力だったんだ」


 噴水の詳しい仕組みは僕には分からないけど、魔法で出来ているとは思わなかった。


「僕はてっきり時計塔みたいになにか仕掛けがあって水が出ているのかと思ったよ」

「機械ですわね。フソウの方から伝わってきてはいますけれど、三ヶ国同盟ではまだまだ未発達の技術ですわね」

「ユウナ様は機械に興味はあるの?」

「ええ、ありますわ。どうにか魔法で再現、もしくは融合が出来ないかと考えていますの」

「へぇ、ユウナ様もそんなこと考えてるんだ」

「も? わたくし以外にもおりますの?」

「うん。僕の通っていた錬金術の先生がね、錬金術と機械の融合を目指してるんだよ。

 グランエルにいたのも機械が手に入りやすいからみたいだよ」

「まぁそのようなお人が? 羨ましいですわ。わたくしも教練場を卒業したらしばらく東側の都市に滞在してみようかしら」


 そう言ってユウナ様は口元を隠していた扇を一度畳んだ後考える込むようにもう一度広げ仰ぎ始めた。

 ユウナ様の髪の香りが僕の方へと漂ってくる。

 なんの香りなのか少し気になりつつも話題をユウナ様の方へ移す。


「それで、ユウナ様は何か新しい魔法陣は思いついたの?」

「わたくしの方には課題がありますからね。当然ですわ」

「課題か……それはそれで大変そうだよね。新しい発想の魔法陣を考えないといけないんだから」

「ええ、未熟な為先生からはよくダメ出しを受けますが、やりがいはありますわ」

「今日はその魔法見せて貰えるのかな?」

「ええもちろん。ナギもちゃんと先ほど仰っていた実験用の魔法陣と、改良した物を見せてくださいますのよね?」

「一応ね。相変わらず攻撃魔法のは見せられないけど」

「そこまで拒否されると一度見てみたい気もしますわね。でもいいですわ。ふふっ、どんな風に魔法陣を改良したのか楽しみですわ」


 ハードルが上がってる気がする。

 はたして僕の魔法陣はユウナ様に満足していただけるだろうか?

サブタイを考えるのが難しい……

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