治療士のお仕事 前編
今回は流血表現とグロ表現が多少あるので苦手な方はご注意ください
ぱたぱたとヒビキが羽を動かし針仕事で疲れた僕の頬を叩いてくる。
柔らかい羽毛のおかげで全く痛く無くむしろ気持ちいい。
「どうしたのヒビキ?」
「きゅーきゅー」
ヒビキが何やら小屋の入り口の方を片方の羽で指し示す。
頭をよく働かせてみたら何やら扉を叩く小さな音が聞こえる。
僕は身体を起こしナスから頭を離す。
ナスはどうやら眠っているようで目を瞑り耳が垂れさがっている。かわいい。
扉を叩いてるのは誰だろう?
この小屋は結界のおかげで防音が働いている為内外の音は聞こえにくくなっている。
「はいはい。今出ますよ~っと」
扉を開けてみるとそこには組合の印を胸に付けたお姉さんが立っていた。
お姉さんは緊迫した表情で僕を見下ろしてくる。
「依頼ですか?」
小屋にこもる時は前もって組合の人達に治療の依頼がいつでも受けられるようにここにいる事を伝えてある。
「あ……その通りです。西の大通りの方で大きな馬車の事故がありパーフェクトヒールが使える人全てに治療の要請が出ています」
「事故現場は大通り……治療する場所はどこですか? 現場ですか?」
「現場近くにある空き地に搬送する予定だそうです。まずは現場まで行きそこで待っている組合員の指示に従ってください」
「分かりました」
僕は頷くと魔獣達……と言っても今起きているのはヒビキだけだ。
ヒビキに出かける事を伝えると、連れて行って欲しいと強請られた。
ほんの少しだけ考える。
ヒビキの能力があれば傷口を瞬間冷凍して出血を最小限にする事が出来る。こればっかりは魔法でも出来ない事だ。
ヒールでも傷口を塞ぐには時間がかかる為きっと助かる人が増えるだろう。
逆に患者を温める事も出来るが……問題はヒビキを治療場所に通して貰えるかだ。
「行こうヒビキ」
「きゅー!」
なんでも試してみる物だ。
ヒビキが立ち入り禁止にされたとしても待っていてもらう事は出来る。
ただその場合は僕以外の人について行かない事とお互いに魔力を繋いでおく事を注意しておく。
現場へは走っていく。馬車で行くよりも速いし、何よりも現場の状況が分からないのに馬車で駆けつける訳には行かないだろう。
大通りを駆け抜け現場に着くとそこは大惨事だった。
馬車がいくつも横に倒れていて馬が泡を吹いて倒れている。
どうやら現場にはカームがかかっているようで心が強制的に落ち着かされる。
動けない怪我人も多く救助の兵士さんがヒールを施し肩を借りてようやく動けるありさまだ。
僕は近くにいるはずの組合員の人を探す。
「組合員の人はいませんか! 僕は組合から派遣された治療士です!」
声を上げるとすぐに返事が返ってきた。
「本当か! すまないがまず先に重傷人の傷口を塞いでくれ! 移動させるのはその後だ!」
「分かりました!」
僕は素早く近くにいる人達の容態を見る。腕がおかしな方向に曲がっている人。
馬に蹴られたのか服の腹部が真っ赤に染まっている人。
屋台の骨組みの木材が太ももに突き刺さっている人。
僕はまず最初に腹部を怪我している人の服を手で切ってはぎ傷口を見る。
お腹が一文字に切れていて腸がはみ出ている。きっとカームの魔法が無かったら吐いていただろうし冷静に対処する事も出来ないに違いない。
はぎとった服を腹部に服を巻き付かせる。
「意識はありますか?」
「あ……ああ……助けてくれ……」
自分でもヒールをかけているみたいだがこれではヒールでは回復しきれない。
「お腹に巻いた服を凍らせて出血を止めます。回復はその後で行いますね。ヒビキ。この人のお腹に巻き付けた服を凍らせて。出来る?」
「きゅー!」
ヒビキが一鳴きすると血に濡れた服はすぐに凍り固まった。
「うっ……」
「冷たいと思いますがこのまま動かないでください。少し離れますがエリアヒールを維持しますので心配はしないでください」
このエリアヒールは傷を塞ぐためと言うよりは凍傷を防ぐためだ。
身体の異常を確かめながら生命力を少し分けた後手を取り安心させるために励ました後エリアヒールをかけ維持したまま次の怪我人の所へ向かった。
次は太ももを怪我した人へ向かう。僕が近寄っても反応がない。
手首を持ち脈を測ってみるとちゃんと脈はあった。念の為に生命力を分けておく。
エリアヒールで怪我の場所を探ってみると、どうやら頭を打ったようで頭から手応えを感じる。
「ヒビキ。この木材を僕が引き抜くから、完全に抜けたらさっきと同じように今度は傷口を凍らせてね」
「きゅー!」
「じゃあいっせーの……せっ!」
木材を引き抜くと少し血が出たがすぐに凍り血の噴出が止まる。
「えと次は……そうだ、呼吸の確認もしなくちゃ」
耳を口に近づけると呼吸音が聞こえてくる。
「確か気道の確保は……顎を上げるのか」
学校の授業で習った気道確保を思い出しながら手を動かす。
頭を打っているから慎重に両手で相手の顎の下の辺りを掴み顎を前方に持ち上げる。
「えとえと……次は頸動脈で脈を図って……異常はなさそうかな? わからないけど脈はあるし……次はたしか回復体位だっけ」
まずは安全な所に移動させてから身体を横にして確か吐き戻した時喉を詰まらせまいように頭を下の方に向けさせるんだ。
そしたら怪我をしていない方の脚を下にして、怪我をした脚と両肘はは九十度に曲げて置く。
「よし。次だ」
骨折した人の所に行くと自分でヒールを使い回復させていた。意識もはっきりしているようなので僕が相手しなくても大丈夫だろう。
念の為に骨折以外に異常が無いかを聞き取りしてからもう一度辺りを見渡すが近くにはもう怪我人はおらず、遠くの方の怪我人には人が付いている。
ならばと僕は最初の人の所に戻り容態を確かめる事にした。
「具合はどうですか?」
「さ、寒い……」
「分かりました。今温めますね。ヒビキ、凍らせた所を除いて空気を温かくして。お願い」
「きゅきゅー!」
患者の周囲の空気が暖かくなると苦痛に染めていた顔が幾分か和らいで見えた。
一先ずは安心だろうか?
僕は近くにやって来た兵士さんに状況を聞くと同時に気絶している人の症状と傷口を凍らせて応急処置した事を伝え後を任せた。
腹部を怪我をしている人には今のうちにパーフェクトヒールをかけて置く。
時間がかかる魔法だから移動する前から使っておいた方がいい。
問題ははみ出した腸だ。今は凍った服で押えているがパーフェクトヒールでどうにかなるのだろうか?
「ナギ!」
回復の最中僕を呼ぶ声に後ろを振り返ってみるとそこにはアールスと担架を持ったガーベラ、それにユウナ様がいた。
ユウナ様は口元に人差し指を立てて僕達の関係は話すなと言っているようだった。
なんでわざわざ、と思うがここで逆らってもいい事はないだろう。素直に初対面の振りをする事にした。
「アールス、ここには重傷人はこの人だけだから他の所を見てきて」
「えっ、わ、分かった!」
アールスもパーフェクトヒールが使えるからここに来たんだろう。
アールスは僕の言葉を素直に聞いて駆け足で他の怪我人の所へ向かった。
「ガーベラはどうしてここに?」
「うちは力仕事担当や。怪我人運ぶよう言われてん。その人運ぶけどええか?」
「うん。大丈夫」
視線をユウナ様に移すとガーベラはすぐに察してくれて紹介してくれた。
「こいつはユウナ=イグニティ。最後の一人や。力はないけど一応ラーラ様の神聖魔法は使えるからな。容態を見て貰うつもりや。あと魔法での気温の調整やな」
軽く説明だけしてガーベラは担架を広げる。
「貴女が魔法国から来たという王女様ですね。初めまして。アリス=ナギといいます。今はこんな状況ですので簡単な挨拶でお許しを」
と自己紹介をしながら担架に僕が観ていた人を乗せるのを手伝う。
「構いませんわ。アールスやガーベラからは常々話は聞いております。なんでも大層優秀な人だとか。
なんにせよ今は緊急事態。自己紹介はこれくらいにしておきましょう。その人の容態を見る必要はありますか?」
「大丈夫です。意識はあるので。それよりも意識のない人を優先してください」
「ええ分かりましたわ……所で、その傍にいる……鳥?はなんですの?」
「この子は僕の魔獣でヒビキといいます。温度を操る事が出来るので手伝って貰っているんです」
「きゅー」
「そうですの……」
「ほないくで」
「うん。わかった」
タイミングを合わせ担架を持ち上げる。
ガーベラが前になり治療が行われている所へ僕達は歩き出した。
「ヒビキは僕の後について来てね」
「きゅ~」
「しっかし、酷い怪我やな~。これがパーフェクトヒールで跡形もなくなるんか」
傷は見えないはずだがガーベラは極めて明るい口調で話し出した。
きっと患者の不安を和らげようとしているんだろう。僕はそれに乗る事にした。
「うん。ちゃんと元の身体に戻るんだよ」
「さすが神様の力やな。アリスはどれくらいの人治したん?」
「一杯治したよ。なんてったって前線基地が襲われた時に呼ばれたからね。でも僕含む治療士が診た人で死んだ人はいないよ」
そもそも僕が前線基地で診た人は皆傷が塞がってたから当然なんだけど。
「なら安心やな。おっちゃんきばりぃや。このアリスが治してくれるさかい」
「あ、ああ……」
「そういやおっちゃんいくつなん? うちなもうすぐ十四になるんやで」
ガーベラは矢継ぎ早に質問を投げかける。これは患者に気を失わせない為だろう。
治療にばかり気を取られていて僕はその事までは気が回らなかった。
僕もガーベラと同じように声をかけ続ける事にした。
そして、広い空き地に魔法で建てられたと思わしき簡単な作りの土の建物の中へ患者を運ぶ。
治療所の床にはきれいな布が敷いており僕とガーベラは沢山並べられた一つのきれいな布の上に患者を降ろす。
「ガーベラ。ここはもういいからきれいな布を持って来てくれるかな?」
「配ってる奴やな。分かった」
気絶していた人のエリアヒールはまだ継続できているけど、パーフェクトヒールは使用する魔力を抑える為に精密な魔力操作が必要な為あまり遠くへは行けない為何か物が必要な場合ガーベラに頼む必要がある。
「持って来たで」
「ありがとう」
患者の息が荒く汗をたくさん出している。その汗を持って来てもらった布でふき取る。
「ほ、他に何か必要な物ある?」
「……ううん。ないよ。ガーベラは別の場所を手伝いに行って来て」
「でも……」
「ここにいてもガーベラはもうやる事がないから、沢山の人を助ける為にもお願い」
「わ、分かった……」
ガーベラが離れてから僕は改めて患者を診てみる。
医者ではないからはっきりした事は言えないけれど、顔は汗をかいてはいるがまだ血の気は消えていない。
「喉が渇いたりとかはしていませんか?」
「あ……少し……」
意識もちゃんとある。
「じゃあ今水を出すので最初は口の中をゆすぎましょう。僕が魔法で操るのでじっとしていてくださいね」
クリエイトウォーターで空中に手のひらに収まるほどの水の球を作り出し患者の口元に持っていく。
そして少しずつ水を重力から解き放ち口の中へ落としていく。
全てを入れると優しく口の中で水を動かした。少し水を飲んでしまったがせき込む事もなく問題はないだろう。
ゆすいだ水は血で真っ赤に染まっている。
この水はヒビキに頼み完全に蒸発してもらう。
何度も同じ事をして水に血が混ざらなくなるとちゃんと水を飲ませようとしたが、もう十分だとやんわりと断られてしまった。
そうこうしているうちに傷はお腹の破れた皮を一部残す所までやって来た。これ以上は腸が邪魔をして治す事が出来ない。
傷は腸まで達していたが、欠損した部分自体はそれほど多くはなかったからここまで短時間で治す事が出来たんだ。
僕はすでに溶け切った服をはぎとり患者体内に戻った出血を操り腸を元に戻す様に試みる。
少し乱暴になるが血で体内の圧力に抵抗して腸を手で押しその間にお腹を繋ぎ合わせる。
そして、繋ぎ合わせた後もお腹を押さえる事で傷が広がらない様にならないようにする。
「大分傷が塞がってきましたよ。どうですか? 具合の方は」
「ああ……悪くないよ。まだ非常に痛いけどね」
患者は力なく笑う。僕はそれに笑って答えた。
傷が完全に塞ぐまで僕はたわいもない話を患者に投げかけ続ける。
その最中巡回していた兵士さんに報告書なる物を差し出された。
この報告書にパーフェクトヒールで治療した相手の名前と怪我の具合を書き提出する事によって報酬がもらえるらしい。
しかし僕の両手は塞がっているうえに汚れている。なので代わりに兵士さんに書いて貰い内容を確認した後提出してもらった。
ちなみにこれとは別に今回の救援に駆け付けた人は報酬がもらえるんだとか。
何度もヒビキに温度調整を頼み一時間ぐらいが経つとお腹の傷は殆ど塞がった。ちょっとした切り傷と言っていいだろう。
ここまで来ると今度はパーフェクトヒールよりもヒールの方が時間的にも魔力的にも効率がいい。
パーフェクトヒールはあくまでも欠損部分を直す魔法だから普通の傷が対象だとヒールには勝てないんだ。
ヒールで傷を塞いだ後僕は念の為にピュアルミナもかけておく。
ピュアルミナは本来使用に許可がいるのだが、緊急時には使用は認められているし今がその緊急時だ。それに黙っていれば分からないさ。
黒い染みのような物がお腹の辺りに溜まっている。多分雑菌や埃、それに出血した血なんだろう。ちゃんと消しておかないと。
……それにしても、他のピュアルミナを使えない治療士の人は殺菌とかどうしているのだろう? 後で調べる必要があるな。
「ありがとう……ほんとうにありがとう」
患者は自分の血で汚れた僕の手を取り涙ながらに感謝をのべてきた。
僕はその手をしっかりと握り返す。
「出血が多いので血肉になる物を食べてゆっくりと休養してください」
残念ながらこの国には輸血という医療行為はまだ広まっていない。
十数年前に東の国々から知識は伝わってきてはいるのだが、輸血を行う為の道具と知識がまだ未熟な為王国では限られた都市でしか輸血は行われていない事を、治療士になってからのつてで聞いた事がある。
患者の傷が癒えて黒い染みも消し終えると僕はすぐに一先ずの治療の完了の報告と他の怪我人の元に行くために、近くで見回っている兵士さんを呼んだ。
「この人の治療がひとまず終わりました。出血がひどかったのでなにか血になる物を用意できますか?」
「それなら大丈夫です。今建物の隣で血肉となる汁物を用意していますので」
大盤振る舞いだな。でも輸血がない以上血を補う為の料理を作るというのも医療行為に入るんだろう。
料理はもうすぐ出来上がるという事なので僕は次の患者を確認したがパーフェクトヒールが必要な患者はすでに治療士がついているみたいだ。
次に気になっていた殺菌についてはどうやら後でピュアルミナを使える治療士を呼ぶつもりだったらしい。
僕が使える事を認定証を合わせて伝えると驚いた顔をして協力を要請された。
ただし僕の出番は一通りの治療が終わってからだ。それまでの間やる事が無くなった僕はヒビキを連れて一度小屋へ戻る事にした。
ナスとアースに何も言わずに出てきてしまったからちゃんと伝えておかないと。
それにマナポーションも補充しておきたい。
その事を紹介された組合員の責任者に話すと治療所を離れる許可が出た。一応早く帰ってきて欲しいと釘を刺された。
治療所を出る前にアールスの姿を探してみると、アールスはまだ治療を行っている最中のようだった。
患者は服が血まみれになっていて、口を半開きにし顔が横を向いていて意識が無いように見える。
僕は念の為にと近づいて患者の脈を測ってみる。弱弱しいが脈がない訳ではない。
生命力を分けて置く。
「あっ、ナギ……魔力が足りないかも……」
アールスは疲れた顔をして僕を見て来た。
傷がどれほど塞がっているかは分からないけど、パーフェクトヒールは最初の発動と維持で結構魔力を消費させられる。
アールスの周りにはマナポーションが入っていたと思わしき瓶がいくつも転がっている。
「パーフェクトヒール使うの初めて?」
「ううん……これで二回目」
「そっか……じゃあ僕の魔力を分けるね」
「え? 出来るの?」
「うん。神様が力を貸してくれたからね」
ハーベスト・スプリングで残っている魔力をアールスに与えて、僕自身は用意しておいたマナポーションもアールスに預けておく。
「いいの?」
「うん。じゃあアールス。僕は一度小屋にマナポーションの補充とナス達にここで働いてる事を伝える為に戻るよ。その後また戻ってくるからね。頑張って」
「うん……あっ、ナギ。手洗った方がいいよ」
「あっ、そうだった」
僕は血で汚れた手を治療所の外で水で洗い落しさっきと同じようにヒビキに頼んで完全に蒸発させた。
ついでに服についた血も乾かしてもらう。大量に血を浴びたのでもうどんなに洗っても落ちる事はないだろう。
血が付いた服のまま患者を診る訳にはいかない。宿屋で着替えてこないといけないな。