僕の生きる意味
アークに戻ってきて一週間が経った。
今日は気球の製作を一休みして出かける事になっている。
訓練の後身体を清めていつもよりも身だしなみを整えフェアチャイルドさんと一緒に魔獣達を連れて待ち合わせの場所へ向かう。
待ち合わせの場所は外へ続く大通りの街と倉庫街の境目の辺り。
どうやら僕達が一番乗りのようだ。ここへは預かり施設が一番近いから当然か。
しばらく待てばアールスがやってくる。片手を後ろに何かを引っ張っているようだ。
近づいてくると何を引っ張っているのか分かった。
赤茶色の外はねがいつもよりも幾分か抑えられたボブ位の長さの特徴的な髪。
いつもは男の子用の派手な服を着ていたガーベラだけれど今日は袖と裾に白い線の入ったツーピースの赤い服を着ている。
「お待たせー」
アールスは僕達の前に立つがガーベラはアールスの後ろに隠れて出てこようとしない。
「ガーベラちゃん前に出て出て」
「い、いやや。こないな格好見せとうないわ」
「もー。ここまで来て何言ってるの。ほらほら」
アールスが乱暴にガーベラを前に突き出す。
前に出て来たガーベラは頬をほんのりと赤く染め両手をお腹の前で組みもじもじと身体をゆらし小さくしている。
アールスの後ろにいた時は陰に隠れていて気付かなかったけれど頭に黄色と黒の縞模様の大きめのリボンをしている。
中々子供っぽく可愛らしい格好だ。
「んふふ。かわいいねガーベラ」
「あ、あんたこの格好めっちゃ面白がっとるやろ!」
「そんな事ないよ。とってもよく似合ってるよ」
「絶対バカにしてる! 絶対心ん中でうちの事バカにしてる!」
「ち、ちょっと落ち着いてよガーベラ」
「うぅ……アールスのせいやで! うちこんなひらひら……絶対似合わへんいうたのに!」
「でもまんざらでもなかったじゃん」
「そんな事あらへん!」
「ガーベラさんいい加減にしてください。かわいいと言われて何が不満なのですか」
僕の隣にいるフェアチャイルドさんが大きなため息をついた後叱りつける様な声色でガーベラに向かってそう言った。
するとガーベラはフェアチャイルドさんに鋭い眼光を向ける。
「めっちゃ恥ずかしいやろが!」
「そんな事でナギさんを困らせないでください!」
「そんな事とはなんや!」
「そんな……」
僕は慌ててさらに何か言おうとするフェアチャイルドさんの前に立ち言葉を遮る。
「ガ、ガーベラ。そろそろ行こう? このままじゃ時間だけが過ぎちゃうよ」
今日は街の外にピクニックに行く予定なんだ。ここで時間を取られる訳には行かない。
「元はと言えばあんたが……あーもう! ええわ……行くでアールス!」
「はいはーい」
「はいは一回!」
「はーい」
ガーベラはアールスを連れてガニ股でずんずんと僕達を置いて街の外へ歩いていく。
「フェアチャイルドさん。穏便にね? 穏便に」
「……はい」
頷きはするが頬の片方が膨れている。
「皆も行こう」
歩き出しながら魔獣達に声をかけと魔獣達は僕の後ろをゆっくりとついてくる。
ガーベラの後ろ姿を観ながら僕はぽつりと零した。
「何が不味かったんだろ……」
「あれはガーベラさんの我儘です。ナギさんが気にするような事ではありません」
「そうなのかな……」
ガーベラは少し直情的な所があるけれど一本気が通っていて、親元を離れ異国の地で勉学に励み目標とする父の影を一生懸命追いかけ訓練を頑張っている子が訴えかけた言葉を、我儘と切り捨てていいのだろうか?
そんなはずはない。一度どこが不味かったのか探す為に振り返ってみよう。
まず僕はかわいいと言った。本心ではちょっと子供っぽすぎると思ったが似合っていないわけではなかったし、実際子供なのだからそこまで問題があっただろうか?
アールスもガーベラがまんざらでもないと言っていたからにはガーベラ自身も気に入っていたと考えるべきだ。
でも似合っていると言ったのにバカにしていると言われてしまった。
バカにしているか……どうしてそう思われてしまったのだろう。
もしかして本気だと思われなかったのだろうか?
僕の本心を言えという事だろうか……偽ったつもりはなかったけれどガーベラは何かを感じ取ったのかもしれない。
僕は足を早めてガーベラの横に着く。
ガーベラは横目で僕を見るが鼻を軽く鳴らして視線を前に戻した。
さてどうやって話を切り出したものか。
視線をさ迷わせるとガーベラのリボンに目についた。
「えーと……ガーベラって黄色と黒の柄物よく着てたり身に着けてるけど何かいわれでもあるの?」
「……黄色に黒の鋭い線が入ってる奴は、うちのおとんが身に着けてる鎧とおんなじ柄なんや」
「へぇ」
「うちの国の北西の山に住んどるトラファルガーっちゅうでっかいトカゲの鱗を使うててな、鎧の模様はそのトラファルガーを模したもんなんや。
トラファルガー柄を略してトラ柄って一般的に呼ばれてるんや」
「トラ柄か……」
まさか虎柄と同じ呼び方とは思わなかった。
「よくトラ柄の服なんてあるね? 首都じゃトラ柄って一般的なの?」
「他の都市じゃ知らんけど、うちの行きつけの洋服屋には時々置いてあるで」
「その服も行きつけの服屋で買ったの?」
「これは……アールスに無理やり連れてかれた場所で買ったんや」
「そうなんだ?」
アールスを見ると似合ってるでしょ? と言わんばかりににっこりと笑っている。
「ガーベラって赤が似合ってるよね」
「……そう?」
「うん。なんて言うのかな、ガーベラのその意志の強そうな目に赤がよく似合ってるんだ」
「ふっふーん。私もガーベラちゃんは赤がよく似合うから勧めたんだよ?」
「ほら。アールスも同意見みたいだよ」
「でもこんなひらひらしたもんやなくてもええやろ……」
「本当はナギの着てたバロナみたいなの探したんだけど、赤いのなかったんだよね」
「バロナは黒が基本だからね。暗い色の赤とかはなかったの?」
「駄目駄目。そんなのガーベラちゃんには合わないよ。ガーベラちゃんには爽やかな赤が似合うんだから」
「それはまぁ……たしかに」
差し色程度ならともかくガーベラには暗い色は似合わないというのは僕も同感だ。
「さっきからやめぇや……くすぐったいわ」
「ガーベラってこういう話苦手?」
「苦手っちゅうか……苦手やな」
「分かった。じゃあ話題変えようか」
「えー」
「えと……ガーベラは僕に対して何か不満とかない?」
いい話題が思いつかず結局僕は素直に聞く事にした。
「何や急に?」
「さっき怒らせたからさ……不満があるなら言って欲しいっていうか……教えて欲しい、かな?」
「あっ、私あるよ。不満な所」
「えっ、どこが不満なの?」
先にアールスから出るとは思わなかった僕の心臓が強く跳ねた。
聞くのは怖いが聞かない訳には行かない。せめてガーベラから答えて貰って心臓を慣らしたかった!
一体アールスは僕のどこに不満があるのだろう?
「すぐ私を子ども扱いする所」
「うちもそれやな。アリス、基本うちらの事下に見とるやろ。同い年のくせに生意気や」
「えっ! そう思われてるの?」
と、驚いて見せた物の考えてみればたしかに僕は皆を子ども扱いしている……か。
でも実際に中身は年上なので治すというのはとても難しい。
同い年の子から子ども扱いされるというのは耐えがたい物があるのかもしれない。
もしかしたらさっきガーベラが怒ったのもその事に起因しているのだろうか。
「まぁナギは昔からこうだし私は諦めたけどね」
「昔からかいな。あんたどんな育ち方してるん?」
「ごくごく普通の育ち方をしたよ。しいて言うならアールスとは本当の姉妹みたいな感じだったと思うよ」
目でアールスに確認を取るとぷいっと視線を外されてしまった。
「私は別にそんな風に思ってなかったけどな」
「そうなの!?」
「私にとってナギは友達だよ」
「姉妹みたいに思うてたのは独りよがりって奴やな」
「それを言われると痛い……」
僕が勝手に思ってただけだから否定されても文句は言えない。
もしかしたら、勝手に妹のように考えているのがいけないのかもしれない。
妹としてみるというのは特別視すると同時に相手を下に見ているという事の表れなんじゃないだろうか?
一度自分の認識を改めなければいけないかもしれない。
目的の場所に着くと僕はまず最初に敷物を敷き荷物を置いておく。
そして敷物の上に休憩がてら腰を下ろすとナスの背中に乗っていたヒビキが僕に飛び込んできた。
ヒビキのもふもふを堪能しながら他の皆を探すと、ナスはアールスを、アースはガーベラをそれぞれ背に乗せている。
フェアチャイルドさんはというとすでに僕の横に座って水筒に入っているお茶をカップに入れて僕に差し出してきた。
「ありがとう」
「いえ」
道中ではフェアチャイルドさんは何も喋らなかった。今も言葉少なくただまっすぐ前だけを見ている。
……ふくれっ面で。
何かあったのだろうか?
「フェアチャイルドさんどうしたの? 機嫌悪そうだけど」
「ナギさんは今のままでいいと思います」
「へ?」
「ナギさんは本当は私達よりも年上ですから私達が子供に見えるのも仕方がないと思います。アールスさんやガーベラさんが何と言おうと、私は今のナギさんが間違ってるとは思えません」
「……ありがとう。フェアチャイルドさん。そう言って貰えると少し気が楽になるよ。
でもね、二人の言った事ももっともだと思うんだ。特にガーベラは僕の中身の事何も知らないからね。不愉快に思っても仕方ないと思う」
「でも……」
「僕は別に他人を不愉快にさせたいわけじゃないんだ。だから治せるところは治したいんだよ」
「……でも、治ったら私が困ります」
「どうして?」
「……頭撫でて貰えなくなります」
口を尖らせて出た言葉に僕は少し唖然とし、すぐに笑いが込み上げてきた。
「わ、笑わないでください!」
「フェアチャイルドさんって子ども扱いされるの好きだったんだ?」
「子ども扱いが好きなんじゃありません。ナギさんに触れられるのが好きなんです……でもナギさん真面目ですから、考え過ぎてそういう触れ合いもなくなったら嫌だと思ったんです」
「ああ、うん。それは否定できないかも」
フェアチャイルドさんは僕の事よく分かってるんだな。
「んふふ。じゃあ子ども扱いの件はともかくフェアチャイルドさんとだけはこうやってこうやって触れ合おうか?」
髪を軽く梳くように彼女の頭に触れると、彼女は僕の手の甲に自分の手を重ね目を細めて笑ってくれた。
「お願いします。私、ナギさんのこの暖かな手が好きなんです」
「う、うん」
そこまで言われると勘違いしてしまいそうになる。いけないいけない。
彼女が欲しているのはきっと家族のような温もりであって恋人のような物ではない。
長らく彼女は自分の人生を諦め人との係わりを最小限にしようとしていた。
だけど運命の日は無事に過ぎ彼女の人生は広がった。
きっとやりたい事や欲しい物が一気に増えた事だろう。そして、その増えた中に家族との触れ合いや愛情もあったに違いない。
夜中に寝相で僕の胸を求めてくるのも触れ合いを満たす無意識の行動なんだろう。うん……たぶん……きっと……恐らく。
本来ならばそれはレーベさんの役割なんだろうけど、学校の寮にいる間はさすがに村にいるレーベさんにそんな事は望めない。
そこで僕に代わりを見出したんだ。そして僕はそれを許容している。
人は愛情が注ぎ込まれないと飢えてしまいまっすぐ育ちにくくなると僕は思っている。
だから僕は親代わりとまでは言えなくとも彼女に親愛と言う愛情で応える事にしたんだ。
甘やかしすぎないかと言う心配も当然ある。だけど彼女自身はスキンシップ以外には自分に厳しい所があるので杞憂に終わるかもしれない。
なんにしても責任重大だ。彼女の人生が幸多き物になる様に守り導かなければならない……ってこれはアールス達が言っていた上から目線になるんじゃないか?
それに中途半端に、半人前のまま死んだ僕に本当にそんな事が出来るのか……?
……いかんいかん。また負のスパイラルに嵌る所だった。
出来る限りのことをするんだ。彼女を幸せにする。それが二度目の人生で見出した僕の生きる意味なんだから。