ずっと一緒に
買ってきた布を型紙に沿って切ったり縫い合わせたりして気球の素材を作っていく。
布は耐熱性と耐引き裂き性の良い布を使っている。
結構上等な布で、頑丈な繊維の布にのりのような物でコーティングされていて手触りがビニールシートによく似ている気がする。
最近開発された物で精霊の魔法の力を借りて作った物らしく現在の人間の技術力では非常に高価になってしまうのだとか。
糸の方も魔蟲の蜘蛛の糸をより合わせて作られた頑丈な糸でこっちもお値段は高め。
頑丈な布だけあって針を通すにも力がいる。フェアチャイルドさんはあまり裁縫が得意ではないうえ力もいるのでこれは僕一人の仕事だ。
この作業をしている間フェアチャイルドさんは冒険者として依頼をこなしている。
お爺さんは小屋でお裁縫を、お婆さんは仕事へ……と言った所だ。
僕とフェアチャイルドさんはもう第三階位で、第四階位に上がる試験を受けるには依頼の達成件数は関係ないので後は冒険者に登録してから二年が過ぎる年末を待つだけだ。
ちくちくというよりもさくさくという感触を楽しみながら布を縫っていく。
疲れたら手を休めてヒビキやナスと一緒に横になって身体を休める。
そして休憩を終えたら再びさくさくと縫い始める
こんな作業を一日続けてようやく二枚の布を合わせる事が出来る。
五ハトル……前世で言う所の五メートルほどの固い布同士を繋ぎ合わせるという単純作業は結構辛い。
服の修繕などで針仕事にはそれなりに慣れていると思ってはいたが、やはりこの大きさの物を手作業となると……ミシンが欲しい。
しかしこの国にはミシンはない。僕自身も作り方なんて分からない。仕組みだって分からない。なので手作業でやらないといけないのだ。証明終了。
この国は技術力に関しては門外漢な僕から見ても非常に高いと思う。材料の品質はお国柄良いとは言えないのだけど、それを補ってあまりある人の手から作られる芸術品は魔の平野を越えた先の国々からも高く評価されているらしい。
きっと千年間国に籠っていた内に技術力が磨きに磨かれたんだろう。必要は発明のなんとやら。母だったかな?
だけどその反面機械化に関しては全く進んでいないように見える。例えば時計。時計はフソウとの交易の結果技術者を呼んでようやく出来た物だ。ほんの半世紀前には時計なんて塔を利用した日時計以外影も形もなかったらしい。
何故そこまで機械化が進んでいないのかと言うと、大抵の事は魔法で補えると信じられていたからだ。
製粉する? 魔法でどうにかなります。
紙を作る? 魔法でどうにかなります。
印刷する? 魔法でどうにかなります。
火をつける? 魔法でどうにかなります。
水を飲みたい? 魔法でどうにかなります
邪魔な岩を砕く? 魔法でどうにかなります。
家を建てる? 魔法でどうにかなります
と、いう風に魔法でどうにかしちゃって来たので機械化があまり進んでこなかったんだ。
玩具で簡単なからくりを使った物はあるんだけどね。
それが変わったのが時計がこの国にやってきてから。
日時計しかなかったこの国では夜の時間を正確に測るには月や星の動きを見るしかなかった。だけど時計塔が出来て夜や影が見にくい曇りの日でも時間が分かるその便利さに気づきようやく魔法で補えない事もあるという事に気づいたんだ。
この事を教えてくれたのは錬金術の担当の先生だった。先生は錬金術と機械の融合を目指して日夜実験をしていたっけ。
グランエルにいたのも比較的東に近い都市で輸入される機械を求めての事だったらしい。
この国にも機械化の波が来ている。着実に。って言ってもどの程度の物が東の国々で発明されているのか分からないんだけど。
僕が気球作っている間にミシンが発明されないかな。
「ナギー。起きてー」
「あれ? アールス?」
ナスを抱きしめて休んでいたらいつの間にかアールスが小屋の中にいた。
フェアチャイルドさんもいる。
「何作ってるか分からないけど、疲れてるならちゃんとベッドの上で寝た方がいいよ」
「大丈夫大丈夫。ナスはそこら辺のベッドなんかよりも気持ちいいから」
「でもナスに迷惑じゃない?」
「ぴぃ」
「ほら、ナスもこう言ってくれてるし」
「嫌そうじゃないのは分かるけど……」
アールスにはまだ何を作っているのかは教えていない。出来上がってからのお楽しみだ。
「ナギさん。大丈夫ですか? アールスさんの家に行けますか?」
「いや、大丈夫だよ。疲れて寝てたわけじゃなくて、ただ考え事してて二人に気づかなかっただけだから」
「本当に?」
「うん。今準備するね」
裁縫に使っていた道具を手早く片付けナスに光を反射させて姿見を作って貰い身体についているナスの毛を取りついでに少し乱れていた髪を直す。
魔獣達の夕飯も用意し荷物を持ち準備を終えるとアールスが僕の手を取り引っ張ってくる。
僕はアールスの暖かな手を強く握り返す。
そしてすぐにフェアチャイルドさんの姿を探し手を伸ばすと彼女はすぐに僕の手を取ってくれた。
外に出ると日が暮れ始めたばかりのようだ。
夕暮れの街を僕達三人は手を繋いだまま駆け足で過ぎていく。
非常に歩きにくい。僕の前にアールス。後ろにフェアチャイルドさんで僕の両腕は前後に伸びたままだ。
でも止まって、とアールスに声をかける事はしなかった。
これしきで音を上げるほど僕の身体はやわじゃない。
それにアールスはちゃんとフェアチャイルドさんが余裕をもってついてこれる速度を保っている。
何よりも僕はこの瞬間を楽しんでいる。アールスがいて、フェアチャイルドさんがいるこの瞬間。まさしく青春の一ページと言っていいのではないだろうか?
家に着くと小母さんは留守だった。
一応今日は商会の方の仕事に行って帰ってくるのが遅くなる事を前日に聞いており、今日はアールスの提案と小母さんからの頼みでアールスの家で泊まる事になっている。
夕飯の材料は小母さんが前もって購入しておりアールスが作る事になっている。
勉強を終えた後僕はアールスに手伝いを申し出たが僕達にに自分の手料理を振舞いたいというアールスの希望で僕は申し出を引っ込めた。
アールスの料理の腕は去年披露してもらったので心配は全くない。そんなアールスが料理をしている間に小母さんが帰ってきた。
「お帰りなさい」
まだ料理をしているアールスに代わり僕とフェアチャイルドさんが出迎えると小母さんは疲れた表情を隠し明るく振舞う。
小母さんは寝室へ向かい出て来た時には服を着替えていた。
余程疲れているのだろう。寝室から出て来た小母さんはすぐに椅子に座った。
「お疲れ様です」
「ありがとうアリスちゃん」
「お母さん。はいお茶」
料理の片手間に淹れたであろうお茶をアールスが小母さんの前に出す。
小母さんはそのお茶をお礼を言って受け取り一口含むと疲れた溜息を吐き出し笑顔で美味しいとお礼を言った。
話したい事があったのだけれど、食事の後にした方がいいかもしれない。
他愛もない世間話を小母さんとしながら料理が出来るのを待つと、台所にいたアールスが居間と台所をお皿を運ぶのに忙しく動き始めた。
これぐらいは手伝ってもいいだろうとお皿の配膳を手伝う。
アールスが今日作ったのは動物の乳を使ったスープに野菜の盛り合わせ、それにパンに香草を使い香りをつけた鳥肉だ。
最初にスープに口をつけるとアールスがきれいな瞳を輝かせて僕を見てくる。
「美味しいよ。このスープに入っている調味料はなんだろう? なんだか甘辛いけど」
「辛いのはね、テテロアっていう実を細かく粉砕したものなんだ。お爺ちゃんが輸入された物を買って送ってきてくれたんだよ」
「へぇ。東の方からの調味料か。不思議な味だね」
前世でも味わった事のない味わいで前世の物で例えるのも難しい。
辛いは辛いのだが乳の甘さを辛さが引き出していると言えばいいのだろうか?
それに具材として使われているじゃがいもによく似た食感と人参のような赤さをもったレッチレによく合っている。
不思議な事にスープを飲むほど食欲が沸いてくる。まるで胃がもっと欲しいと自ら広げているような奇妙な感覚だ。
「なんだか食べると逆にお腹が減ってくる不思議なスープですね」
「でしょ? でもそれで調子に乗っていっぱい飲んだら後から苦しくなるんだよ」
「そうそう。レナスちゃんも気を付けるのよ? 最初にアールスが食べた時のようにお腹を壊すまで食べちゃ駄目だからね?」
「あっ! なんでそれ言っちゃうのお母さん!」
「あははっ、アールスったらそんな事があったの?」
「うふふ。私達も気をつけなければなりませんね」
「もー! 二人まで笑ってー!」
アールスはしかめっ面をしたがすぐに吹き出し笑顔になった。
食事を終えるとアールスとフェアチャイルドさんが協力して洗い物をやっている。
さすがに三人も立てるほど流し台は広くはない。
僕は二人が洗い物を洗っている間に小母さんに話をする事を決めた。
「ハーリンさん。実は近々アールスと一緒に見て欲しい物が出来上がる予定なんです」
「見て欲しいもの?」
「はい。一緒に、と言うのは都合が合えばと言う程度ですけど……それでどうでしょう? 都合がいい日があればその日に街外れまで一緒に来て欲しいんです」
「街外れまで?」
「ぜひハーリンさんに意見を聞きたいんです」
「と言われても……どんな物か分からないと答えようがないわ」
「えとですね」
僕はアールスには聞こえない様に声量を押さえて続ける。
「実は空を飛ぶ乗り物を作っている最中なんです」
「は?」
「これアールスには内緒にしておいてください。秘密にしてるので」
「えっ、それはいいけど……空を飛ぶって」
「小型の物で何度も実験はしていて、最終的には人が乗れる大きさの物を作るつもりです。
もちろん最初は人は乗せないで精霊に乗って実験して貰いますけど」
「ま、待ってアリスちゃん。えと……空を飛ぶ乗り物って馬車が浮くの?」
「いえ。馬車じゃありませんよ」
「というか……魔法じゃなくて、乗り物なの?」
「はい」
空を飛ぶ魔法と言うのは研究されているらしいが燃費の問題で実用化はされていない事は一応知っている。
今研究されている空を飛ぶための魔法は風を纏いそのまま飛ぶという物らしい。
どんな魔法陣なのか今の僕にはちょっと想像できないけれど、凧のような物を併用して空を飛ぶ事は一応可能らしいが身の安全は保障できないようだ。
「どうして……ううん。実物を見せて貰ってからにしましょう。
そうね。本当にそんな物が作れるのなら、私は割と自由に休めるからアールスの休みの日と合わせる事は出来るわ。
その乗り物はどれくらいで出来るの?」
「一応検査なども含めてあと一ヶ月くらいは見ています」
「結構早いのね?」
「先ほども言いましたが、小型の物で何度も実験を重ねたので人が乗れる物はまず単純に大きくしただけですから」
「どうしてそんな物を見せたいの?」
小母さんが鋭い目つきで僕を見てくる。まるで試されているみたいで少し怖いがここで引いては駄目だ。
「将来性を確かめて欲しいんです」
「それは商人として?」
「僕よりも広い知識とコネを持ったアールスのお母さんとしてです」
そう断言すると小母さんは少したじろぎアールスの方を見た後すぐに僕と視線を合わせた。
「どういう意味かしら?」
「その前にハーリンさん。アールスが国から仕事を頼まれている事を知っていますか?」
「……ええ、知っているわ」
小母さんは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「国の要請だからっていうのと、あの子が望んでいるから私も強くは反対できないのよ」
「じゃあ魔の平野に行く事も?」
「……賛成はしていないわ」
「ハーリンさん。もしも、もしも空を飛ぶ乗り物があったらと考えてください」
「乗り物があったら?」
「空を飛べるようになれば……アールスが魔の平野のような危険な場所に行く必要性が減るんじゃないかと、僕は考えています」
「……まさか、その為にアリスちゃんは空を飛ぶ乗り物を考えたの?」
「ただ思いついただけですよ。その思い付きが、アールスの為になりそうだったというだけです」
「アリスちゃん……貴女は……」
「ただフェアチャイルドさんやカナデさんの意見は聞いてますけど、冒険者ってどうしても世間ずれしてしまいますから、ハーリンさんに意見を聞いてみたかったんです。
まだふわっとした考えですけど、最終的には国の研究機関みたいな物に預けて研究が進めば……って考えてはいるんですけど、そこまで至る道が僕には分からないというか……」
「それで私なのね。確かにいくつか心当たりはあるわ。
でもそれもこれも一度は見る必要はあるわ。自信はあるの?」
「小型の物は成功しているのである程度は。あとは実験を重ねるだけです」
「分かった。とりあえず出来上がって実験できるようになったら教えて。こちらで日を指定するから」
「分かりました」
話した一通り終わるとアールス達がお皿を洗い終えるのを待つ。
随分と時間がかかっているがそれは二人がお喋りをしながら洗っている所為だ。
二人がお皿洗いを終えると次は皆でお風呂に行こうという話になった。
この家に泊まる日はいつもこうなので慣れている。
四人連れ立って公衆浴場へ向かうと僕はいつも通り目隠しをして浴場へ入る。
中には僕達以外には人はいなかった。少し時間が遅いのが原因だろうか。
四人で入るお風呂にアールスはここでもはしゃいでしまって小母さんに怒られてしまった。
でも後悔はしていないようで怒られた後大人しくはなったが終始嬉しそうに笑っていた。
家に戻ると少し勉強をした後寝間着に着替えベッドに三人一緒に入った。今日はアールスが真ん中だ。
ちょっと狭いのであお向けではなく横を向いて寝るとアールスの横顔がすぐ近くに見える。
なんとも子供らしいかわいい横顔だ。
「ねぇナギ、レナスちゃん」
「何かな?」
「ずっとこうしてたい」
「あははっ、そうだね。僕もそう思うよ」
「私はずっとこのままだと困ります。ナギさんの顔が見れません」
「あっそっか。じゃあナギを真ん中にして……」
「それだと今度はアールスさんの顔が見えなくなってしまいます」
「ん~……じゃあレナスちゃんが真ん中になる?」
「それだとアールスさんがナギさん顔を見れなくなってしまいます」
「う~、ずっとそれは寂しいかも。じゃあやっぱ起きてる方がいいね」
「はい。お互いの顔が見れて、手を繋ぎあえて、一緒に歩く事が出来る起きている状態の方がいいです」
「うん。それがいいよね。いつも三人で何かできる方が楽しいよね」
アールスが布団の中で手を繋いでくる。お互いの体温で暖められた暖かい手だ。
「ずっとずっと……ずっと一緒がいいなぁ」
「私もです」
僕もずっと一緒にいたい。だけど僕はもうそれを口にできるほど純粋ではない。
喉元までやって来た言葉は喉から出る事はなく消えた。