僕に出来る事?
ある日僕は夜中に目が覚めた。何か物音のような物を聞いた気がしたからだ。
他の二人は寝ているようで僕はライトを出してこっそりと部屋を出てみる。
音が気になったというのもあるけど一番の理由はトイレだ。女の子になってから近くなっていけない。
廊下には何もない。気の所為だったのかな?
僕の住んでいる部屋は二階にあるのだけど、トイレは一階か三階にしかない。不便な物だ。
一階に降り、玄関のロビーを通りかかると物音が聞こえた。音がした方を見てみると何やら白い人影が見える。何となく想像はつくけれどライトの光量を上げて確認をした。
ケホッケホ……
「フェアチャイルドさん」
声をかけるとゆっくりと振り返ってその顔を見せてくれた。
フェアチャイルドさんは椅子に座って両手で口を覆っている。僕はフェアチャイルドさんの傍に行き、その背中を擦った。
「ごめんなさい……」
「僕はさ、その……なんて言ったらいいのかな。こういう事が好きなんだ。たぶん」
「……」
ケホッケフッゲホッ!
「人の役に立つ事がなのか、助ける事がなのかはわからないけど……」
きっと、そうじゃなかったら僕は死ななかったし後悔がないなんて思えなかったはずだ。
「誰かの為になるのが好きなんだ。たぶん」
困っている子を見ると僕はいつも無意識に身体が動いてしまう。何でもはするつもりはないけど、この手が届く範囲にいたら僕は助けたいと思ってしまう。
前世ではどうだったかな。ここまでじゃなかったと思う。もしかして神様に操作されてるんじゃないだろうか。
「だからさ、気にしないでよ」
「……はい」
「あっ、トイレに行きたいんだった。行ってくるね」
表面は平静を保っているつもりだけど決壊寸前だ。男の時はもうちょっと我慢できたと思うんだけどなぁ。
用を手早く済ませてロビーに戻るとフェアチャイルドさんはもういなかった。
「さすがにもう戻っちゃったか」
僕は何気なしにフェアチャイルドさんの座っていた椅子に近づき、その前にあるテーブルに視線を移した。
「ん?」
テーブルにはまだ新しい濡れた跡があった。
「これは……唾とかじゃないよね」
フェアチャイルドさんは手で口を抑えている。咳をする時はいつもそうだ。
去年はフェアチャイルドさんを気遣ったりして何とかしていたつもりだった。でも、何ともなっていないじゃないか……何も変わっていないんだ。
何も変わってないからフェアチャイルドさんはここにいたんじゃないか?
僕は結局フェアチャイルドさんと真剣に向き合ってなかったんだ。
情けなくなってきた。何が誰かの為になるのが好きだよ! 自分で自分の事が腹立ってきた。僕はもう二度とあんな台詞は言わない。
僕に医学の知識はない。けど、できる事はあるはずだ。
翌日の放課後、僕は珍しく学校からの依頼をやらないで街に出た。
今日一日中考えていたけど、マスクを探そうと思う。
マスクさえあれば唾だけじゃなくて音も防げる。両手は自由に使えるし、音も夜寝てる時でも気にならないくらいの大きさになるかもしれない。
問題はどこで売っているかだ。魔法があるから医学が発達していないけれど、それでも病気に効く薬は売っている。薬屋に行けばマスクが売っているかもしれない。
無かったら? 作ればいいんだ。作り方なんてわからないから布を複数合わせた物になるだろうけど、それでもないよりかはましだろう。
薬屋は北東の住宅街と南西の高級住宅街にある。最初に向かうのは比較的に近い南西の薬屋。
僕は入った事はないけれど、寮の先生からは一応にと場所だけは教えてもらっている。高級住宅街にあるだけに値段も高いと、薬を求めて入ったフェアチャイルドさんが言っていた。目的の薬もなかったらしい。
店に入ってみると確かにどれも値段が高くて安くて銀貨十枚もする。
店内を探してみるがマスクどころかガーゼや包帯すらない。店員に聞いてもそのような物は知らないと言われた。
やっぱりこの世界にはないのか。
それだったら住宅街の薬屋による前に呉服屋と雑貨屋に行って生地と紐と針と糸を買おう。裁縫なんて前世の中学の時に家庭科でやったきりだけどなんとかなる。何とかする! 裁縫が得意な先生がいれば教えてもらえばいいんだ。
生地と紐と裁縫道具と買って準備万端。フェアチャイルドさんの口と口角から耳までの長さもきちんと測った。ゴムがあればよかったんだろうけど、生憎とこの世界にはゴムはないから普通の紐で代用するしかない。
針を持っていざ裁縫!
まずは買った麻の生地をフェアチャイルドさんの口のサイズに合わせて折りたたむ。
あまり厚過ぎると野暮ったくなるから前世のマスクを思い出しながら厚さを調整して、それから生地を切って形とサイズを整える。
サイズがちょうどよくなったら今度は端に紐を当て、そのまま紐を包み込むように生地の端を折り針で縫っていく。反対側も同じように縫っていく。
これで一個出来上がりだ。さっそくフェアチャイルドさんに渡そう。
「それなに?」
出て行く時ケビン君が僕が持っているマスクを見て聞いてきた。
「これ? これはマスクだよ」
「ますく?」
「うん。口を保護する物」
「なんだそれ?」
詳しく説明すると長くなると思い最後の質問には曖昧に答えた。
部屋を出て隣の部屋の前に立ちノックをする。すると部屋の中からアールスの返事がしてドアを開けてくれた。
「あっ、ナギだー」
「アールス、フェアチャイルドさんいる?」
「うん。いるよ」
「えと、じゃあ……中に入ってもいい?」
「うん。いいよー」
中にはアールスとフェアチャイルドさんしかいないみたいだ。
「……なんでしょう?」
「えとね、これ」
マスクを差し出す。
「?」
「これは咳をした時に手で押さえなくてもいいようにする物なんだ」
本当は違うけど、菌をどれぐらい防げるのか分からないしいいか。
「あ……」
「布で出来てるからちょっと苦しいかもしれないけど息はできると思うんだ。どうかな? あっ、もちろん綺麗な布使ってるよ?」
「ありがとう……ございます」
フェアチャイルドさんはマスクを受け取ってくれた。マスクを口元まで持っていくけど、どうやらつけ方が分からないらしく戸惑っている。
「紐を耳にかけるんだよ」
フェアチャイルドさんは僕の言う通りにマスクをつける。布は少し大きいかな? まぁ大きい分には問題ないだろう。
「息苦しくない? 紐は大丈夫?」
「……大丈夫、です」
ちょっと喋り辛そうにしている。やっぱり立体的なマスクにした方がいいだろうか?でもどうやって作るんだろう。
「ナギ、これどこで買ったの?」
アールスがフェアチャイルドさんに近寄ってマスクをまじまじと見ている。
「自分で作ったんだ」
「自分で? すごーい!」
「簡単だよ」
「私も作りたい!」
「いいよ。もっと作るつもりだったし。あっ、フェアチャイルドさん。今からもう一個作るけど、なるべく一日使ったら洗って交換してね?」
「……」
やはり喋りにくいのか頷くだけだった。紐の長さを調節できるようにした方がいいかな。
取り敢えず今から作る奴は作った奴と同じタイプでいいとして、裁縫の得意な先生に教わろうか。
数週間後フェアチャイルドさんは嬉しそうにマスクをつけてから夜咳き込む事が少なくなったと報告してきた。
本当に嬉しかった。フェアチャイルドさんが笑ってくれて本当に。だがそれと同時に何故もっと早くにマスクを思いつかなかったのかという罪悪感が僕の胸を締め付けた。
けど、マスク付けてから頻度が減ったって事はやっぱり埃とかが問題だったのかな?