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転職

 魔獣達の食事を用意した後預かり施設で合流したアールスと一緒に僕達は去年ずっと通っていた訓練場へ向かった。

 その訓練場への道の途中アールスはフェアチャイルドさんが腰にぶら下げている旋根を見つけ聞いてきた。


「レナスちゃん。その腰の奴なぁに?」

「これは旋根と言うフソウの武器です。護身用に最近練習しているんです」

「へー。どう使うの?」

「この握りの部分を腕をこう守る様に持つんです。そして相手の攻撃を防ぐとき角度をつけて受け流すんです。

 もちろん攻撃にも使えるんですよ。殴る要領で先端の部分で突けば相手に大きな傷を与えられます」

「面白い武器だね。何で出来てるの?」

「この旋根は石です。アースさんが作ってくれたんですけど、岩から削り出して作っただけあって根元の部分が脆いんです。

 だから道中の都市で旋根を探していたんですけど見つからなくて……この首都で作って貰おうと思ってるんです」

「そうなんだ? 根元の部分太くすればいいんじゃないの?」

「それだと握りにくくなるんです。私の手小さいですからあまり太いと」

「あっ、そっか」


 手の大きさの問題は実はフェアチャイルドさんだけの問題ではない。

 僕達はまだ発展途上で手はまだまだ小さい。僕は木剣を買う際柄が自分の手の大きさに合うものを選べたが、アースにはそう言った知識が無い為そういう作る際に細かい調整は出来ない。

 その結果旋根の長い棒と握りの部分の調整がうまくいかず脆くなってしまっているのだ。

 もっとも、脆いと言っても訓練で使う分には問題なく、今は多少ひびが入っているがグランエルから首都までの旅の間に作り直す必要はなかった。


「でもそっかー。レナスちゃんも戦うんだね」

「身を守れるようにはなりませんと」

「そうだよね。うんうん」


 訓練場に着き中に入ると僕は早速ガーベラの姿を探した。

 大剣を振り回している女の子なんてそういるはずもなくすぐに見つける事が出来た。

 大剣の素振りをしているガーベラの姿は記憶にあるよりも美しかった。

 自分の身長よりも大きな大剣に振り回される事なく素振りを続けている。

 ガーベラの事を見ていたのは少しの間だけだったが、ガーベラの方は僕に気づいたようで素振りを中断し僕の方へ近づいて来た。


「久しぶりやな。やるか?」


 大剣を片手で軽く持ちげてまるでちょっとお茶していく? みたいな軽いノリで試合を申し込まれた。


「会って第一声がそれ?」

「なんややらんの?」

「いや、やってもいいんだけど……久しぶりに会ったんだからもうちょっと無いのかなって」

「何かって?」

「んー。抱擁し合ったり?」

「うち今汗かいてるけどやってもええんならやるで」

「あっ、遠慮しておきます」


 丁寧に断るとガーベラは豪快に笑い僕の肩を叩いてきた。

 近づくとガーベラとの視線の高さが去年よりも高くなっている事に気づく。

 ガーベラは早熟なんだろう。きっとそうに違いない。なぁにすぐに追い抜けるさ。何せ毎日ぶら下がってるからね!


「とりあえず準備運動終わったらお手合わせ願おうかな」

「ほならうちは柔軟してまっとるわ」

「うん。フェアチャイルドさん。柔軟……」


 フェアチャイルドさんに柔軟を手伝ってもらおうと振り返るとそこには誰もいなかった。

 辺りを見回して探してみるとアールスと一緒に準備運動をしているフェアチャイルドさんがいた。


「……」

「あー、うちが手伝おうか?」

「……うん。頼むよ」


 カナデさんがいればあぶれなかったのに。

 ああ、でもカナデさんがいたらいたらでガーベラをいれたら五人になってしまうのか。そうなると結局は誰かがあぶれてしまう。去年はその役割がフェアチャイルドさんかカナデさんかという感じだった。

 フェアチャイルドさんは当時あまり組手はやらないで基礎訓練に徹していたし、カナデさんは弓を使うので別の場所で弓の練習をする事が多かった。

 ガーベラに手伝ってもらい柔軟を終えると僕達は早速向かい合いそれぞれの武器を構えた。

 始まりの合図はない。向かい合った時点で手合わせは始まっている。

 守り主体である僕が先に動くという事はなく前と同じようにガーベラが先に動く。

 アイネに比べたらゆったりとした動き。しかし、受ける印象は全く違う。

 アイネが素早く動き相手を刺す蜂だとしたらガーベラは相手を威圧しながら用心深く接近してくる肉食動物か何かだろう。肉食動物に相対した事ないから想像でしかないけれど。

 ガーベラの大剣が振り落とされる。速度の乗っていない一撃だ。だけどそれは重さに振り回されていないという事に繋がる。

 僕はその一撃を横に逃げ避ける。するとすぐさま追撃がやってきた。

 僕は盾で受け止めるような事はせずにひたすらに避ける。

 ガーベラの重い一撃を受け止めるのは自殺行為だ。一撃二撃ならまだしも三四と続いたら受け止められる保証はない。

 ……成長を少し確認したい気持ちはあるが。

 もちろん守ってばかりでは手合わせにならない。大剣の弱点は攻撃の間隙が普通の剣よりも大きいという事だ。

 動き回る事でガーベラの隙に木剣を差し込んでいく。攻撃はことごとく避けられるがこれでいい。

 小さな隙は溜まりに溜まってやがて大きな隙となる。そこを見極めて一気に攻勢に出ればいいんだ。

 お互いに攻撃がまともに当たらないまま時間は過ぎていく。

 だけどガーベラの顔に焦りなどの負の感情は見受けられない。真剣なまなざしで僕の事を観察してきている。いい集中力だ。

 本当にやりにくい。

 勝負が付いたのは試合の流れが加速してお互いに息も絶え絶えになって集中力が落ちて来た時だった。

 ガーベラが連撃の後の立ち直りの際に疲労で膝が一瞬止まった所を狙い勝負を終わらせた。


「はぁ~……行ける思うたんやけどなぁ」


 ガーベラは深くため息を吐き大剣を持たない方の手で自分の頭をかいた。


「んふふ。結構危なかったよ。ガーベラの武器が大剣じゃなかったら負けてたのは僕の方だよ」


 重量があるだけあってガーベラの消耗は激しいはずなのに僕と同等の動きを見せるガーベラ。末恐ろしい。

 アールスにも体力で負けているし僕もそろそろ職業を魔獣使いから切り替えてみる時期が来たのかもしれない。

 旅の途中出会いを期待して魔獣使いにしておいたのだけれど、あまり効果を実感できないのだ。

 でもあくまでも職業の補正はその職業に就いている間だけの物。目的に沿って能力を変えられるのはいいけれど、身体の感覚が変わる事を考えたらあまり頻繁に変えるのも考え物だ。

 その点魔素が増えやすくなる魔法使い系の職業なら肉体に補正のない魔獣使いと身体感覚は変わらず一度増えた魔素は減る事はないので僕向けだろう。後で組合で転職しておくか。

 ガーベラと自分にエリアヒールをかけ筋肉の傷を癒すと僕はフェアチャイルドさんとアールスの姿を探す。

 二人は壁際にいた。

 何やらアールスが旋根を身に着けてフェアチャイルドさんと話しをしながら素振りをしている。何か説明でもしているのだろうか?

 ガーベラと一緒に二人の近くへ行くと僕達に気づいたアールスが笑顔で近寄ってきた。


「ナギ、ナギ、この武器面白いね!」


 そう言いながらアールスは旋根をくるくると回しだした。


「なんやそれ?」

「旋根っていうフソウの武器なんだって! こうやってね手に持って前に構えると盾になったり拳を繰り出す要領で突きを出す事も出来るんだよ」

「はぁ~。短い棍棒みたいなもんやな」

「うん。間合いは短いけど急所に当てればすっごく痛いと思うよ。それに間合いもね、長い方を前に出せば間合いが伸びるんだ。自由自在に間合いを変えられるんだよ」

「ほ~。その上二本あるから相手の武器も絡めとれるし、取り回しもよさそうやから相手を拘束する事もできそうやな。格闘主体の人間ならええ武器かもしれんなぁ。

 でもこれ普通に槍とか棒でええんとちゃう?」

「んっん~。駄目だなぁガーベラちゃんは~。この武器の最大の特徴は軽くて武器にも盾にも無理なく移行できる取り回しの良さなんだよ?

 確かに相手を倒すっていう目的では剣とかにも劣るだろうけど、護身用や相手を制圧する目的ならこれほど使いやすい武器はそうそうないよ!」


 語りながら渾身のドヤ顔をさらすアールス。これにはさすがにガーベラも思う所があったのか口元を引きつかせた。


「なんやちょいいらっときたわ」

「今日初めて見たはずなのによくそこまで見抜いたね?」

「えへへ~。レナスちゃんと試合したもんね?」


 アールスは隣にいるフェアチャイルドさんに首を傾げ確認をした。


「へぇ、試合したんだ? どうだった?」

「手加減されていたので何とも言えませんが……勉強にはなりました」

「ねぇねぇナギ。この旋根使うから試合しよ?」

「いいけど、二人はそろそろ時間じゃないの?」

「あっ、忘れてた」

「せやった。時間はまだ大丈夫なんかな」

「一先ずこれで解散だね」

「ん~……じゃあナギ。明日ね。明日私とね」

「うん。わかったよ。明日ね」


 ちゃんと約束をするとアールスは安心したかのように笑った。

 アールス達と別れた後僕とフェアチャイルドさんは組合へ向かう為外に出ると相変わらず雨が降っている。濡れない様にフェアチャイルドさんが精霊魔法を使ってくれる。

 僕への依頼の確認と転職をする為に駆け足で組合の中に入り受付で確認をすると依頼の方は無く転職の方も速やかに終わった。

 職業は魔法使いの上級職である魔術士があったのでそれに変更した。

 魔獣使いから魔術士へ変更した時、魔獣達との距離がなんだか遠のくようなそんな錯覚を覚えた。

 魔獣使いの補正には魔獣との繋がりを強化する物がある。それが転職した事によってなくなったのでそんな錯覚を覚えたんだろう。

 念の為に魔獣達の様子を見に行くべきか。

 僕は依頼を見ているフェアチャイルドさんに一言断ってから組合を出た。何故かフェアチャイルドさんも一緒に。

 依頼を見ていていいのにと言うと自分も気になるからと言ってついてくる事になった。

 組合の隣の施設で利用している小屋に行くと扉を開けるなりヒビキの泣き声が聞こえてきた。


「きゅいー! きゅいー!」


 泣いているヒビキはナスとアースに慰められていて中に入ってきた僕に気づかないようだった。


「ぼふっ」


 僕に気づいたアースが前足でヒビキを僕の方に向かせた。


「きゅぃ……きゅぃ……きゅ?」

「ヒビキ、ごめんね。心配させちゃったかな?」

「きゅーきゅー!」


 僕に気づいたヒビキはすぐさま僕の胸に飛び込んできた。

 簡単に事情を説明してから改めて聞く。


「ナスとアースは平気? 違和感はない?」

「ぴーぴぴぴー」

「ぼふっ」


 さすがに僕が職業を授かる前からの付き合いである二匹は何が起こったのか理解していたようだ。

 ヒビキだけが僕との繋がりが薄れたのを感じて泣き出してしまったんだ。


「大丈夫だよー。ヒビキ。僕はここにいるからね」

「きゅ~」


 ヒビキは落ち着きを取り戻したけれど僕から離れようとはしなかった。


「んー。今日はこのままここで作業しようかな。フェアチャイルドさんはどうする?」

「手伝います。気球を作るのですよね?」

「うん。とりあえずは大型の気球の型紙作らないと」


 小型での気球の実験はグランエルを発ってからも時折行っていた。

 細かい改善点を見つけて改良を加えた小型の気球を元に大型化させるだけだ。

 強度計算の仕方が分からないのでいちいち作ってから試さないといけないのが難点だ。

 作る型紙は幅の違う細長い台形を四種類。

 きっちりと物差しと分度器で測って作らないといけない。想定している気球の大きさは二十ハトル程なので一つの型紙の縦の長さは五ハトルちょっと取ればいい。

 結構大きめな上手書きなお陰で直線を引くときに物差しが動き角度か変わってしまったり線がぶれたりして全ての型紙を仕上げるのにお昼までかかってしまった。

 作業の間ヒビキがずっと僕にすり寄って来た事も時間がかかった要因の一つではあるんだけど、僕には今のヒビキを叱る気にはなれなかった。

 またフェアチャイルドさんに甘いと思われてしまいそうだ。

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