反抗期?
要塞の門を通り抜けると久しぶりの首都が見える。遠くから見た限りでは変わった所は見受けられない。去年アークを発ってから一年も経ってないんだから当然か。
視線を道の先にやると一人の女の子が見えた。
その女の子は手を大きく振りながら走り寄ってきている。
女の子に触発され僕達も歩みを速めて女の子へ近づいていく。
お互いにあと一歩という所で女の子は僕とフェアチャイルドさん目掛けて両手を広げて飛び込んできた。
「お帰り! ナギ、レナスちゃん!」
「ただいま。アールス」
「お久しぶりですアールスさん」
「きゅーきゅー!」
ヒビキが僕とアールスの胸に挟まれ少し苦しそうに鳴くが、ヒビキも会えて嬉しいようだ。
熱い抱擁を交わした僕達は互いの顔を確かめる為にいったん離れる。
長い間会っていなかったせいかアールスの顔立ちが少し大人びているように見える。だけど僕と同じ高さの瞳は相変わらず輝きは変わらない。
「アールス。そこにちょっと姿勢正して立ってくれる?」
「えー? なになに?」
「いいからいいから」
アールスは首を傾げながらも僕の言う通りにしてくれる。
ヒビキを一旦地面に降ろし僕はアールスと背中合わせに立ち、木剣を僕とアールスの頭の上に乗せて傾きを手で触って確かめる。
傾きは感じられない。僕は木剣をしまいほっと胸を撫で下ろすとアールスと向き直った。
「大きくなったねアールス」
「ナギ? なんでわざわざ身長確かめたの?」
「アールスの成長を確かめただけだよ。ほら、ナスが構って欲しいみたいだよ」
「ぴーぴー」
「あっ、ナス~。元気にしてた?」
「ぴー!」
「そっかぁ。えへへ、ナス相変わらず可愛いね~。ヒビキもアースもライチーちゃんも変わりがないみたいでよかったよ」
アールスはフェアチャイルドさんにくっついているライチーの頭を撫でる。
前日は明るいうちに首都に着くようにと調整の為に要塞までの道のりの間で一夜を過ごしたから今はまだ朝の早い時間だ。
アールスの休みの日を狙って着たからゆっくりと出来る。
「アールス。ガーベラは元気?」
「うん。今日も誘ったんだけど街で待ってるって」
「まぁここまで来るの結構面倒だからね。それにしてもアールス。
まだ早い時間なのによく間に合ったね?」
「夜明け前から走って来たもん」
「それは……小母さん心配してるんじゃない?」
「ちゃんと昨日の内に言っておいたから大丈夫。ちゃんと武器だって持って来てるしね」
「あーうん」
きっと言って聞かなかったんだろう。
「本当は昨日の内からここで張り込んでおきたかったのに」
これは僕の方からも言っておくべきだな。
「アールス。一人で夜明け前にここに来たのもそうだけど、人を心配させるような事しちゃ駄目だよ」
「むぅ。そうやって子供扱いする」
アールスは不貞腐れた顔をして僕から視線を背けた。
「子供扱いじゃないよ。友達だからこそ心配して言ってるんだ」
「嘘」
「本当だよ。会いたい気持ちは分かるけど待っていれば会えたんだから一人で夜明け前に家を抜け出してここまで来る必要なんてなかったんだ」
「でもナギ達に何かあるかもしれないし」
「僕達は大勢いるから一人のアールスよりも安全だよ」
「心配だったんだもん……」
「それと同じくらい小母さんも心配してるんだよ? 心配させた事をちゃんと自覚しなくちゃ駄目だよ」
「う~……」
アールスは反論できない為か小さく唸る。
「私強いし平気だし」
「アールス。強くてもね、隙を突いたらアールスなんていつでも誘拐できちゃうんだよ?」
「平気だもん」
「じゃあ力ずくでアールスの動き止めてみようか?」
「やってみなよ」
アールスは僕から距離を取る。しかし、すでに僕は動いている。
「ぼふっ」
アースが鳴くとアールスの足元の土が蔓状に伸びアールスの身体をすぐさま縛り上げた。
「な、なにこれ!? 『大地よ我が意に従え』……効かない!?」
「さすがにアースの操る土は無理だよ」
いくら土の精霊の力でもアールスの操れる精霊の魔力の量ではアースの魔力に干渉出来るはずがない。
「ずるい! アースの力借りるなんて!」
「僕だけの力でやるとは言ってないよ」
「ナ、ナギさん……やりすぎでは?」
耐えかねたのかフェアチャイルドさんが僕とアールスの間に割って入ってきた。
手で合図を送りアースに束縛を解くように命令を出す。
僕は魔獣達と前もって合図を決めておいたので言葉を使わなくても簡単な命令ならいつでも実行できるようになっているのだ。
「アールス。油断大敵。慢心しちゃ駄目だよ」
「う~……ナギのバカ! ナギなんて嫌い!」
「ア、アールスさん……」
「いくらでも嫌っていいよ。それでアールスが危険な目に合わないのならね」
「うぅ……レナスちゃん行こ!」
「え、ええ?」
アールスはフェアチャイルドさんの手を取り首都へ向かって歩き出した。
フェアチャイルドさんはすがるような眼で僕を見てくるが僕は腕を組みそれを見送った。
遠くなっていくアールスとフェアチャイルドさんの背中にナスも困った様子で僕と二人を交互に見ている。
「……ついに来たか」
ああ、ついに来てしまった。どれほどこの日の事を思い描き頭の中で訓練してきた事か。
嫌われる事、そして関係が変わる事を覚悟せねばなるまい。
「小父さん……アールスにもついに反抗期がやってきました」
目を閉じれば思い出すリュート村での日々。あの頃のアールスは素直で僕の事をなんでも聞いていたっけ。それが可愛くてついつい面倒を見ていたんだ。
一緒にお風呂に入ったり、勉強を見てあげたり、野原で追いかけっこなんかもした事があったっけ。
ナギ、ナギっていつも僕の傍にいたのは学校に上がるまでだった。
学校に通うようになってからはアールスは周囲に子供達に積極的にかかわり友達になって僕との交流も少し減っていた。
それでも寮にいる時は僕と一緒に勉強したり下の子達の面倒を見ていた。
下の子達の面倒を見ていたアールスを見てお姉さんらしくなったものだと感心したりもしたっけ。
僕の前ではいつも笑顔だったけれど、それも小父さんが亡くなってからは陰りが見えるようになりついにはアールスと別れ離れになる事になった。
今でも別れの日アールスが泣いていた事を忘れない。
あのアールスが……幼かったアールスがついに僕に対して嫌いと言うようになった。
あっ、駄目だ。泣きそう。
意外と効いてる。嫌いって言われて結構効いてる。
嫌われてもいいなんて嘘だ。家族のように大切な子に嫌われて平気なはずがない。けれど、それでも僕は謝らない。
涙がこぼれそうになった時後ろから誰かになにか硬い物で押された。
振り返ってみるとそこにはアースがいた。
「ぼふぼふ」
置いてかれるわよと言って鼻の上の角でアールスとフェアチャイルドさんの背中を指した。
いつの間にか二人の背中は小さくなっている。
「ぴーぴー」
ナスも早く追いかけようと言ってくる。
「きゅーきゅー」
ヒビキは抱っこをせがんできた。何というかマイペースだ。
ヒビキを抱っこして急いで二人の後を追う。涙はアースにどつかれた時に消えた。
近づこうとするとアールスはフェアチャイルドさんの手を引いて速度を上げてしまう。
僕は追いつくのは諦めてアールスが速度を上げない距離を保つ事にした。
時折フェアチャイルドさんが僕の方を見てきたので手を振って平気だという事を伝える。
しばらくそのまま歩き門と首都の中間の辺りでアールスは突然止まりこちらの方を振り返った。
僕も立ち止まってみる。
アールスは僕の方を見たまま動こうとしない。
フェアチャイルドさんは困ったような様子でアールスに話しかけている。
そして、アールスは頷いた後フェアチャイルドさんと一緒に僕の方へ戻ってきた。
「ナギ」
アールスが僕の目の前で立ち止まる。
「……嫌いは、嘘だから」
「アールス……」
「……バカも、ほんとは思ってない」
「うん」
「……でも謝らない」
「そっか」
僕はアールスの頭をポンポンと軽い調子で叩く。
「また子供扱いした」
「今回はしたけどさっきはしてないよ」
「今はしたんだ」
「うん。しちゃった」
「む~」
「んふふ。さっき嫌いって言われたからね。すっごい傷ついたんだよ?」
「ナギって意地悪」
「大人になるって悲しい事なんだ」
「ふんだ。レナスちゃん行こっ」
アールスは再びフェアチャイルドさんと一緒に先へ行ってしまった。
結局僕達との距離は開いたまま首都へ着いた。
倉庫街を抜けると僕はそのまま預かり施設へ向かうのだけど、相変わらずアールスはフェアチャイルドさんを連れて僕の前を歩き続けている。
そして、預かり施設の前まで来ると入口の前で立ち止まった。
僕はそのまま歩いて行き中に入る。
「あっ……」
通り過ぎた時アールスが手を伸ばしてきたが僕はあえて気づかないふりをして何も言わず受付へ向かった。
手続きを終えて魔獣達を小屋に預け結界を張る。そうして入口に戻ろうと振り返るとアールスがちょっと離れた場所にいて僕を口をへの字にして睨んでいた。
フェアチャイルドさんは相変わらず困惑の表情でアールスの隣にいる。
僕はにっこりと笑みを浮かべてアールスの前に立ち手を取った。
「アールス。一緒に宿探そうか?」
「……怒ってない?」
「怒ってないよ」
「本当?」
「本当だよ」
「本当に本当?」
「本当に本当だよ」
「本当の本当に……」
「アールス。これ続けたらきりないよ?」
「……うん」
「じゃあそろそろ行こうか?」
「うん」
「フェアチャイルドさんもいい?」
「はい。よかったです……二人が仲直りしてくれて」
「んふふ。心配させてごめんね」
「ごめんねレナスちゃん」
「いえ、いいんです。お二人が仲良くしていればそれで」
施設を出るまで僕達はアールスを中心に手を繋ぎ歩いた。
さすがに通りで三人並んで歩くと邪魔になるので僕はアールスから手を放そうとするとフェアチャイルドさんに自分は十分手を繋いでいたからと僕よりも先に自ら手を離した。
気にしなくていいのにとは思ったが、僕に気を使っている訳ではなくアールスの事を気遣っての事だろうと思い直しアールスと手を繋いた……けどすぐに手を離す事になった。
宿を探す前に組合に首都に戻ってきた報告と治療の依頼が無いかを確認する為に一時的に別れる必要がったんだ。
治療の依頼が無い事を確認すると僕とアールスは手を繋ぎ直して通りを歩いていく。
「ナギ達うちにずっと泊まればいいのに」
「そういう訳には行かないよ。長く逗留するつもりなんだから迷惑になっちゃう」
「迷惑じゃないのに」
「僕達が気を遣うよ」
「う~……」
「でもまぁ、偶になら小母さんに許可を取れれば泊まりに行ってもいいかな」
「本当?」
「うん。本当」
「じゃあお母さんに頼まなきゃ!」
はしゃぐアールスを横目に後方にいるフェアチャイルドさんにどこの宿に滞在するかの相談を持ちかける。
そして、相談の結果宿屋は去年と同じ場所にしようという事になった。
やはり慣れた場所がいい。
宿の前に着くとアールスには一先ず宿の前で待っていてもらい僕とフェアチャイルドさんで受付を済ませておく。
宿屋の女将さんは僕達の事を覚えてくれていたようで僕達の顔を見てすぐに歓迎をしてくれた。
その後すぐにカナデさんがいない事に気づき表情を曇らせたが事情を説明するとすぐに納得した感じで頷いてから笑顔を見せてくれた。
部屋を借りて大きな荷物を置くとすぐさま宿を出てアールスと合流する。
お昼が近い時間になりつつあるがアールスの家に行って小母さんにアールスの無事を伝えないといけないだろう。
アールスはそんな事しなくていいと口を尖らせて言うけれどこれは譲れなかった。
小母さんだって夜明け前に出て行ったアールスを心配しているに決まっている。
そして、家に着くと案の定小母さんに一喝された。
「アールス! 貴女どれだけ心配したと思ってるの!」
「大丈夫だって言ってるのに」
アールスは不貞腐れて小母さんから顔を背けるのでますます小母さんに怒りを注ぐ事になっている。
親子喧嘩に僕とフェアチャイルドさんは割っている事も出来ずに見守る事しか出来ない。
それに、この件に関しては僕はアールスに味方する事は出来ない。
「貴女まで何かあったら私は……」
「だからお母さんは心配し過ぎなの! お母さんの言う通りにしてたら私何にも出来なくなっちゃう!」
「夜明け前に家を出る事を許す親がどこにいますか!」
「ナギとかは野営とかしてるんだよ!?」
「よそはよそ! うちはうち!」
「都合が悪い事があるといつもそれじゃん!」
激しく言い争っている親子の横でフェアチャイルドさんがこっそりと僕に耳打ちして来た。
「何故ハーリンさんといいナギさんといい、お二人ともアールスさんをそんなに責めるのですか?」
「それはね、アールスがどれだけ他の人を心配させているか理解しようとしてないからだよ」
「そんなに心配する物なのですか?」
フェアチャイルドさんの疑問は恐らく、旅や野外学習で野宿する事などよくある事なのになぜ小母さんはそこまで心配するのか、という事だろう。
「小母さんの気持ちを考えたら分かるよ」
「気持ち……ですか?」
フェアチャイルドさんも分からないのか首を傾げた。
「フェアチャイルドさんも推測でいいから小母さんの立場に立って考えてみな」
「はい……」
この件に関しては答えなんて小母さんにしか分からないだろう。
だけど心情を推し量る事は出来ると思う。
小母さんは愛する夫を亡くし愛娘が残された。
そしてその愛娘は将来有望な勇者としてこの首都で鍛えられゆくゆくは危険な仕事をする事になるだろう。
たった一人残された愛娘をいずれ命を落としかねない仕事に就かせる小母さんの心情はいかなるものなのだろう?
抗えば抗えるはずだ。だけどそれをしないのはひとえにアールスが闘う事を望んでいるからだ。
この世界の人間は前世の人間ほど命を重く見ていない。むしろ魔物と戦う事は称賛される事なんだ。でも、情がない訳じゃない。
小母さんの心はまだ僕には分からない所が沢山ある。もしも僕が小母さんの立場なら無駄だと分かっていても娘を連れてどこかへ逃げてしまっていたかもしれない。
それをしないだけ小母さんは理性的だ。いや、もしかすると自分では止められないと思い諦めているのかもしれない。
だからせめて少しでも長く娘と一緒にいたいと思っても不思議ではない。
少しでも危険を遠ざけその日が来るのを遅らせたいと願うのは誰だって思うはずだ。
たしかに小母さんは心配性なのかもしれない。だけど、心配性になるのも僕には分かるんだ。
アールスには自分で気づいてほしいけれど……若いしまだ無理かもしれないな。