家鳴り
僕、フェアチャイルドさん、カナデさんの三人は王都観光の一番最初の場所に王都入口から王城まで続くイーダ大通りを見て回る事にした。
イーダ大通りに食事処や茶店、それに装飾品店や中古品を扱ってない高級服屋が立ち並んでいる。
一軒一軒見て回ったら一日では見回りきれないだろう。
ちなみにこの王都と大通りの名前の元になったのは初代アーク国王であるアーク王の妻イーダ王妃の物なのだが、イーダ王妃が存命の時にはまだ王都は存在していなかった。
王都が出来たのはイグニティ魔法国の建国よりも後の時代だ。
なのでこの大通りをイーダ王妃が歩いたどころか王都に住んでいた事実すら存在しない。
それなのになぜイーダと言う名前が付いたのかと言うと、首都がアークなのだから王都はその妻であるイーダにしたというのが理由だ。
そんな実はイーダ王妃とは全く縁も縁もない大通りのお店を僕達は見て回る。
昨日と今日見て回って分かった事だが、この王都では食料品の価格が高く、服飾品の値段が他の都市よりも安くなっている。
食料が高いのは恐らく王都の周囲には農作物や畜産をやる村が無く食料が他の都市からの輸送で賄っているからだ。
一応結界が張られているとはいえアーク王国最大の魔の領域が西にある王都では万が一の事を考えて村を作らない事によって人口を抑制して南北にある要塞都市に避難させる人数を調整している。
魔の領域がある所に王都を作るなんて、と思われるかもしれないが一応西と東にある魔の領域は王族が管理しているのだ。
魔素は世界にとって憎むべき敵であるが、同時に魔物に対抗する為の力をつける為に必要な存在だ。
魔素が無ければ人は魔力を増やす事ができなくなる。
全く無くなるという事はありえないから使えなくなるという心配はしなくて済むが、魔力の増える量は魔素の濃さに関係する。
魔素を濃くするには魔の領域から魔素を漏れ出させればいいのだけれど、その量を決めるのは首都にある王をトップとする政府であり実際に結界を調整するのは王以外の王族の仕事になっている。
そして、王国最大という事もあり西と東の魔の領域は一人で結界を管理する事は事実上不可能だ。その為、王族がこの地に移り住む事になった。
東の魔の領域である魔王の爪痕はあくまでも渓谷の底に魔素が溜まっているだけで漏れ出したりはしないので、結界の管理だけならば魔の領域の西側でもよかったのだろう。
だけど魔王の爪痕を監視する意味でも挟まれる場所がいいと判断したに違いない。
村が無く王都がある理由はこんなところだ。
大分話が逸れてしまったが、他の都市から食料を輸送してもらっている反面、王都ではどうやら服飾品が盛んなようでファッションの流行は王都からやってくると言っても過言ではないようだ。
学術の首都に服飾の王都と持て囃されているらしい。
この話はフェアチャイルドさんとカナデさんにお洒落に敏感な女の子には常識だと教えられた。まさかフェアチャイルドさんまで知っているとは思わなかった。普段流行りなんて気にしてませんよといった風なのに裏切られた気分だ。
そして、服飾品が安い理由だが王都では完全に自前で材料を用意しているらしい。
試しに庶民向けの服屋の店員さんに話を聞いてみると、王都では絹から木綿まですべての布生地を王都だけで用意できると自慢された。
装飾品に使われる木材も植林された森が王都の近くに広がっていてわざわざ輸送してもらう必要がないらしい。
そこまでするのなら果樹園を作ればいいのに、と思い聞いてみると果樹園もあるにはあるらしいが、服飾品等の色染めの素材に使われるもので味は魔王の爪痕から土の侵食している魔素の影響か物凄く悪いらしい。
そして、その果樹園と森の管理で手一杯で食料用の果樹園までは手が回らないようだ。本当服飾品に特化した都市だ。
さて、何も話を聞く為だけにこのお店に入った訳ではない。
店員さんに話を聞くという現実逃避も声をかけられた事によって終わる。
「ナギさん。これなんてどうでしょう?」
声をかけてきた人物はフェアチャイルドさん。両手には赤色の胸だけが隠せるような肌着に黒い上着、それに黒の短パンを持っている。
彼女の隣にはカナデさんがおり、ニコニコしながら白いレースのついたピンクのドレスを持っている。
「……僕はちょっとそう言う露出の多い物は遠慮したいかな。カナデさんも、あんまりフリフリのついたものは……」
「そうですか……」
「残念ですねぇ」
僕は別に欲しくはないのだが二人は半ば強引にこのお店に僕を引き摺り込んでキャッキャ言いながら小さくなったバロナの替わりの服を選び出したんだ。
「似合うと思うんです」
フェアチャイルドさんがちらっと僕の目を見てくる。
「たまにはこういうのもいいと思うんですけどねぇ」
カナデさんも同じように僕を見てくる。そして二人同時にため息をつかれた。
「……試着するだけですからね」
僕ってほんと心が弱いな。こんな事も断れないなんて。
この後も二人からの服を進められ流されるまま色々な服を試着して行った。
そしてその結果。
「やはりナギさんはバロナが似合いますね」
「そうですねぇ。ナギさんのクジョンの濡れ羽色の髪と紫水晶のような瞳に暗い色彩のバロナはまるでナギさんの為に仕立てられたかのようですね~」
クジョンというのはカラスの色をした鳩によく似たこちらの世界の夜行性の鳥だ。
カラスのように不吉な取り扱いされている訳ではなく、むしろ月が浮かぶ夜に神様の住む月から舞い降りる神の遣いとして割と大切にされている。
「言い過ぎですよ」
疲れている所為で出た言葉が自分でも驚くほど不機嫌な物になってしまった。
「あ……怒ってますか?」
「いや、ちょっと疲れただけだよ」
「あわわっ、ごめんなさいぃ。結構時間食っちゃいましたねぇ」
「そうですね。それじゃあさっさと着替えていろんなお店を見て回りましょう」
「えっ、もう着替えてしまうんですか?」
「この格好で街を歩けと?」
「うっ……」
聞き返しただけなのだがフェアチャイルドさんは怒られた子供のように俯いてしまった。
「ごめん。ちょっと言い方がきつかったね。怒ってないから顔を上げて?」
そう言うとフェアチャイルドさんは上目遣いで僕を見てきたので笑顔で彼女の視線に応える。
「フェアチャイルドさんは僕にこの格好でいて欲しい?」
「それは……はい」
「じゃあ交換条件出すから、それを飲んでくれたらこの服のままで街を歩いてもいいよ」
「交換条件ですか?」
「うん。僕だけじゃ不公平だから……」
カナデさんにも視線を向ける。
「二人も目一杯お洒落しよう」
「わ、私もですかぁ?」
「もちろんです」
「わ、私は全然構いません」
フェアチャイルドさんは何度も首を縦に振って条件を飲んでくれた。
カナデさんも特に異存はないらしく僕の提案を受け入れてくれた。
んふふ。髪も弄ってやるぞ。
服を選んだ後購入し店を出て次は装飾品店に向かい二人に似合う髪飾りを選ぶ。
フェアチャイルドさんは白く首元に装飾が付いて袖が少し膨らんでゆったりとしているブラウスの上に、胸元が開いた赤い生地に白の刺繍が施されたベスト。
足首に届く位の深緑のロングスカートの上には腰の辺りで巻き付けられたエプロンがあり、このエプロンには穴が開いておりレース模様になっている。初めて見た時は切り抜いたのかと思ったが店員さんに教えられこれも刺繍なのだと知った。
髪型は髪を後頭部の辺りでまとめるアップスタイルにしてみた。装飾品はシンプルな彼女の瞳の色と同じ赤い髪留めだ。
カナデさんはバロナの色を明るい物に変えたような服だ。薄桃色がかったブラウスに、桃色のフリルのついた白いケープを着て首元で桃色リボンを使い留めている。そしてひざ丈の白のラインが入った赤いコルセットスカートという若々しくそして可愛らしい格好をしている。
髪はいつものツインテールを解き使っていたリボンを一個だけ使い一本結びにして右肩から前に垂らしている。これだけでカナデさんの印象がガラリと変わった。
ツインテールにしている時は幼さを残した可愛らしい女の子だったけれど、髪を降ろすと緩くカールしている為頬にかかる毛先が顔を小さく見せ大人っぽく見せた。幼さが薄れ可愛らしい大人の女性へと近づいたのだ。
「あら~。レナスさん大変可愛らしいですね~」
「カナデさんのほうこそ、今の髪形の方がいいと思います。というか、髪を横に括っていたら弓の邪魔になりませんか?」
「あまり気にした事ないですね~」
「カナデさんらしいですね」
お洒落が終わった僕達は改めて街を観光する。
服飾品特化な都市だけあって街を行く人達の服装は華やかで皆笑っている。南北東の魔物の危険なんてまるで夢物語だと現実味を忘れさせるような本当に平和な場所だ。
僕だって具体的な魔物被害なんてアールスの小父さんが一番身近な事だ。
前線基地で働いた時もあるけれど魔物の姿はまだ本でしか見た事がない。
ここにいる人同様まだ僕には魔物の存在を真剣にとらえきれていないように思える。だから、魔の平野を渡ったり、アールスと共に戦う事を決める事が出来たんじゃないかとここにいる人達を見ていると不安になってくる。
ああ、嫌だ。こんな風に悩むなんて。こんな事に不安になって果たして僕の心は持つのだろうか?
僕は僕よりも前にいるフェアチャイルドさんの背中を見てそっと溜息をつく。
今は元気にしてなきゃ。彼女が前を向いていてよかった。じゃなかったらまた彼女に気を使われてしまう所だった。
僕のこのマイナス思考どうにかならないかな?
お昼を過ぎ夕方に近い時刻になると僕達は観光を切り上げて市場へ向かった。
覚悟はしていたがやはり高い。ローランズさんから受け取った銀貨一枚は二人の一食分にしては多すぎるのではないかと思ったがそんな事はなかった。
二人の分の材料を買うだけでも銅貨二十枚はかかる。普段一食に一人当たり銅貨五枚も使わない僕達には衝撃的だった。
「よくこの値段でここの人達は暮らしていけますね」
「やっぱりみんなお金持ちなんだよ。ほら、ローランズさんだってグランエルの商会のお嬢さんだし」
「皆さんきれいなお召し物来ていますしねぇ」
幸いなのは質は悪くなさそうな事か。どれもブリザベーションで鮮度が保たれていて艶がよく美味しそうに見える。
買い物を終えた僕は一度フェアチャイルドさんとカナデさんと別れ魔獣達の所へ向かった。
魔獣達と触れ合ってから夕飯を用意しローランズさんの部屋に向かった。
先にフェアチャイルドさんとカナデさんをローランズさんの部屋に向かわせたのは時間の問題があったからだ。
夕方前に魔獣達に夕飯を用意しても早すぎるし、かといって僕達が夕飯をごちそうになってから魔獣達の夕飯を用意すると遅くなってしまう
魔獣達は別に夕飯を用意しなくても大丈夫なんだけどもはや習慣になっている為余程の事がない限りは用意しておきたい。なので僕達は分かれて行動する事にしたんだ。
カナデさんがフェアチャイルドさんと行動を共にしたのは買った材料を運んでもらう為だ。
家に向かう途中で僕は帰宅途中のベルナデットさんと出会った。
事情を話し一緒に部屋に向かい中に入るとカナデさんはすでにローランズさんと打ち解けたようで和やかに会話を楽しんでいた。
ベルナデットさんは早速買ってきた材料を確認した後台所に立った。
見学してもいいかと聞くとベルナデットさんは一緒に作ろうと誘ってくれた。どうやらベルナデットさんも僕の料理の腕前がどれだけ上がったのか気になっていたらしい。
二人仲良く並んで料理をしているとぐぎぎっと家鳴りのような物が聞こえてきた。
指摘するとベルナデットさんにも聞こえたようだ。だけど、ベルナデットさんはこの音は男の子と一緒に話をしていると時折どこからともなく聞こえてくる音に似ていると言った。しかも今日はいつもよりも大きく聞こえたようだ。
男の子に反応してなる音か。ホラーで怖いが僕が男の子認定されたようで少し嬉しい。
でもやっぱり少し怖いので話題を変えた。
男の子について詳しく聞いてみると、こっちに来てから仲良くなった子がいるらしい。同じお店で働いている子で、ベルナデットさんとは違い修行でお店で働いている子だという。
休みの日によく料理の相談に乗っているようだ。
ティマイオスでの事があったので少し心配になる人柄を聞いてみるととても大人しい子でいい子らしい。将来の夢は自分のお店をこの王都に開く事だという事まで話してくれた。
なにやら恋愛の匂いがする。このまま順調にいけば二人は付き合う事になるかもしれない。
お転婆な女の子だったベルナデットさんもついに恋を知るのか。なんだか月日が流れるのが早いな。
そして、話しながらの料理だったけれどベルナデットさんの手際の良さは前に見た時よりも格段に上がっていた。
さすがは食事処で働いているだけの事はある。味の方も大変美味しかった。これならいいお嫁さんになれるねと言ったらベルナデットさんは照れたのか赤くなって手を振って否定していた。
その時も家鳴りのような物が鳴っていたのでローランズさんに聞いてみたが鋭い目つきで睨まれてしまった。
何故だろうと思い考えてみて一つだけ思い当たる節があった。
そうだ。ローランズさんは将来結婚できないと占い師の人に言われてたんだっけ。結婚関連の話題なんて出すんじゃなかった。悪い事をしてしまったな。
謝ったら逆に刺激してしまうかもしれない。僕はただ黙る事しかできなかった。