王都イーダ
やってまいりました王都イーダ。
通ってきた要塞都市ホープとは違い王都には壁はない。あるのは他の都市と同じく結界だけだ。
街の規模は遠くから見た限りでは首都と同等かそれ以上の広さがある。
しかし、首都とは違い平原に作られた街並みは外側からではどのような物なのかは分からない。
他の都市よりも多少厳しい検査を抜けて中に入ると美しい街並みが待っていた。
細かい細工はないが長方形に規則正しく配置されたレンガの道。
道の端には低木が植樹された植え込みが配置されており、植え込みの枠と道の間に水を逃がす為の側溝があると思わせる小さな穴が存在している。
通りを歩く人達も清潔な服を着ていて旅で汚れた僕達は少し恥ずかしくなってくる。
けれど街を行く人達の視線は殆どアースに注がれている為汚れた格好でも見られる心配はない。
「なんというか、首都とはまた違った感じですね」
フェアチャイルドさんも自分の格好が気になるのか少し肩身を狭くしているように見える。
首都だと商人や冒険者含め人の出入りが多いからか旅の汚れがあってもそれほど目立たなかった。
「本当だね。これベルナデットさん達に会う前にきれいな服に着替えた方がいいね」
「そうですね。先に宿を取って公衆浴場に入りましょう」
僕達は頷きあい魔獣達を預けた後早速見つけた宿に荷物を置いて公衆浴場へ向かった。
そして身体をきれいにした後首都で買ったバロナに着替える事になった。……なってしまった。
僕は学校に通っていた頃一度も女の子らしい格好をした事が無い。
そんな僕が可愛らしい服を着て久しぶりに会いに来た事をベルナデットさんとローランズさんはどう思うだろう?
二人の反応を予想するとやはり着たくない。
でもフェアチャイルドさんとカナデさんに強引に着せられてしまった。
こうやって慣れていくんだな……女の子らしい服を着る事に。
しかし、サイズが合わなくなってきたのか全体的にきつい。手直ししてもらった時少し余裕を持たせてもらっていたのだけど半年程度できつくなるとは思わなかった。この服を着るのもこれで最後かもしれないな。
バロナを着た後フェアチャイルドさんに髪を結って貰う。手慣れたものでフェアチャイルドさんはあっという間に僕の右側側頭部の髪の一部を編み込み愛らしい小さな赤いリボンで留める。
髪がある程度伸びてから今日まで一緒にいた時はいつもこうやって朝にフェアチャイルドさんに髪を弄って貰っている。
服はともかく髪をこうやって弄ってもらうのは嫌いじゃない。
「どうですか?」
フェアチャイルドさんが自分の手鏡に僕のきれいにまとめられた髪を映し出す。
「うん。きれいだと思うよ。ありがとう」
「そう言って貰えてよかったです」
準備を整えた僕とフェアチャイルドさんはまずはベルナデットさんが働いているという食事処へ行く事にした。働いているお店の情報は首都にいた時に手紙を交わしていて、その時知ったらしい。もうすぐ一年経ついまでもまだ働いているかは分からないけど、時間的に今はおやつの時間なのでいなくてもついでに軽い物を頼めたら頼もう。
カナデさんは例によって別行動をする事になっている。友達と合うから気を使っての事だ。いつも悪いなとは思うのだが、だからと言ってカナデさんと一緒に会いに行くというのもそれは違うだろう。
カナデさんの性格を考えるとお互いに気を使わせてしまうだけだ。
カナデさんにも会いたい人がいればいいのだが、カナデさんの友人は殆どがダイソンに残っており、外に出ているのは今喧嘩別れしている友人だけらしい。
カナデさんへの借りがどんどんと増えている。早めに返したいのだけど、困った事にカナデさんは大抵の事は自分でこなしてしまう為僕達の出る幕が無いのだ。
数々の大恩を返すにはやはりカナデさんの目的を果たす手伝いをするのが一番だろう。
ただ、アールスの件でカナデさんとは別れる事になるかもしれないのが気がかりだ。たとえ分かれる事になっても僕に引き留める権利なんてない。その場合恩をどうやって返せばいいのか。
……思考が大分逸れてしまった。元に戻そう。
ベルナデットさんが働いている食事処は食事処が立ち並ぶ通りの一角にあり、名前を『ビーゼロッテ』という花の名前がつけられたお店らしい。
通りをしばらく歩くとお店は見つかった。
看板は小さいが赤いレンガの建物の入り口には花壇が備え付けられており、植えられている花がビーゼロッテなんだろうか?
入ってみると中は清潔感にあふれていてかすかに花の甘い香りがする。
内装は落ち着いた可愛らしさが見て取れる。
どうやら女性向けのお店のようだ。お客は殆どが女性で、数少ない男性も恋人なのか女性と卓を共にしている。
「素敵な内装ですね」
「そうだね」
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人です」
「お席へ案内いたします」
女性の給仕さんに案内され僕達は席に着く。
店内を見渡してみるが厨房の中は覗けないようだ。
「ベルナデットさんってここの厨房で働いてるんだよね?」
「去年の段階では給仕もしているみたいでしたけど……」
「厨房にいられたら見えないね」
「残念です……」
折角着飾って来たのに顔が見れないのは残念だが、気を取り直して僕達は注文を頼む。
「手紙には今日来るって書いておいたの?」
「いえ、日にちまでは書いていません。ただ王都に来る事を書いただけです」
「そっか。じゃあこの後二人の住んでいる場所に行って顔見せだけは済ませておこうか」
「フィアさんの借りている家に二人で暮らしているそうですよ」
「二人暮らしか。まだ若いのに大したものだよね」
「その台詞年より臭いですよ」
「実際中身は年上のつもりだけどね」
「単純に換算するともう三十になるんでしたっけ」
「え……本当に? あっ、本当だ。僕もう十三だった。って十三で僕こんな旅してるのか!」
全く意識していなかった為二重にショックを受けてしまった。
「確か……えと、前世の世界では十三歳は親元にいるのが普通なんでしたよね」
「そうだよ。といってもこっちとあっちじゃ時間の流れが同じとは限らないけどね」
「時間の流れ?」
「えとね、分かりやすくいうと、まずね一年の日数が前世と今世じゃ違うんだよ」
「どれくらい違うんですか?」
「三十日。こっちの方が約一ヶ月分多いんだ」
「となると……前世の世界では私達は大体十四歳くらいですね」
「計算速いね」
「単純な計算ですから」
「僕には無理だよ……まぁそれはいいとして。次にフェアチャイルドさんはさ、時間の流れについてどう考えてる?」
「時間の流れ……ですか? 常に一定で変わらない物だと思っています」
「そうだね。それでさ、人ってその変わらない時間と共に成長して老いていくよね」
「はい」
「でもこの成長する期間と老いの速さがこの世界と前世とでは違うんだ」
「違う……のですか?」
「まず成長……分かりやすさで言えば身長かな。この世界では二十歳前後までで人は身長が止まる」
「はい」
「前世の世界もね、二十歳前後で止まるんだよ」
「はぁ……え、二十歳前後でですか?」
「そうだよ」
僕の言いたい事に気づいたのかフェアチャイルドさんは視線を天井に向けた。
「えと、前世の二十歳は恐らくこの世界では十八歳くらいですね」
「誤差の範囲内といえばそれまでだけどさ、成長が老化に関してはもっと顕著な差があるんだ」
「顕著、ですか?」
「うん。この世界の人は老化が遅いんだ。僕の世界では三十歳くらいの人が、こちらでは四十歳。四十歳くらいに見える人が六十歳くらいだったってのは普通にあるんだ。僕から見たらこの世界の人は若い期間が長いんだよ」
「……それは、本当に同じ人間なのですか?」
「多分もう別物だよね。そもそも前世の人間は魔法使えないし」
シエル様は僕を人間に転生させたけど、シエル様の言う転生っていうのはあくまでも、僕の知っている人間と外見と精神に大差のない知的生命体の事だったんだろう。
そもそも違う世界で見た目が同じ人間だというだけでもかなり奇跡的な確率なんじゃないだろうか?
ただその奇跡的な確率を数で覆しているだけで。
「ナギさんは……その、怖くないのですか?自分の知っている人間ではなくなった事が」
「何年この世界で生きてると思ってるの。それにこっちの人間がそうなった理由だって分かってるし」
「そうなのですか?」
「うん。シエル様に教えて貰った。魔素の影響だろうって」
「魔素の……」
「魔素を受けると身体が変質するって知ってるよね? そして魔獣は不老の存在。魔素が人の老化に影響を与えていてもおかしくないよ」
「知らないうちに影響を受けているって事ですか……なんだか怖いです」
そう言ってフェアチャイルドさんは自分の肩を抱いた。
しかし、僕から言わせてもらえばそれこそ今さらだ。
「大丈夫だよ。今までだって問題は起きてないんだし。
僕的にも強く違いを感じるのは固有能力と魔法、それに成長と老化の件だけなんだ。
それにさ、知らずに影響を受けるなんてよくある事なんだからそこまで深刻に考える必要はないと思うよ」
「そう……ですね。確かに深く考えても仕方のない事なのかもしれません」
こういう難しい事は未来の学者に任せるに限る。
「話を元に戻すけど、身体の変化の仕方が違うようにこちらの一秒とあちらの一秒が同じだとは限らないんだよ。もしかしたらこちらでは十年経っていても向こうでは五年しか経ってないとか、またはその逆とかね」
「なんだか難しいですね。比較とかはできないのですか?」
「時間の流れの観測なんて結局は主観的な物だからね。シエル様に聞いても違う世界の事だから分からないみたいだし」
「神様でも分からない事があるのですね」
「基本的には他の神様の世界には不干渉らしいからね。ルゥネイト様達みたい協力していれば別みたいだけど」
話が一段落着いた所で僕は何気なく店内を見渡すと、先ほどの給仕さんが料理を僕らの方に運んでいるのを見つけた。
ようやく来たようだ。
それにしても前世と合わせてもう三十歳か。あまり実感が湧かないな。
食事を食べた後僕達は少し時間をつぶす為に王都の観光をした。
王族が住んでいるだけあってきれいな街並みだ。計算されたかのように整然とされた建物の並びに大通りに植えられた街路樹。
街の中心には王城がそびえ立っている。王城まで行くと今の時間からでは暗くなってしまう程度には離れているので近くまで見に行くのは明日になる。
しかしお城は遠くから見てもその荘厳さは損なわれていない。
お土産屋には王族お手製の縫い物や工芸品が並んでいた。本当に王族お手製なのか? 本物だとしたら一体なぜこんな事を? 疑問は尽きない。
日が暮れ始めると僕達はベルナデットさん達の住む家へと向かった。
心臓の鼓動が早くなる。この格好を見られてなんて言われるだろうか?