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 ダイソンの滞在中僕達はカナデさんに自分の家族を紹介された。

 カナデさんのお母さんはカナデさんと同じくおっとりとしたきれいな女性で豊満な胸部ははっきりとカナデさんに遺伝された事が分かる。

 お父さんの方は今日は仕事だったらしいのだが、娘が帰ってきたという事で今日一日は休みを取ったらしい。カナデさんを見る目がだらしなく垂れさがっていて溺愛している事を物語っている。

 お父さんは痩身の長身であまりカナデさんには似ていないように見える。髪の色も灰色で、髪の赤いお母さんの方がまだ近いように見える。


「いやぁ、去年可愛らしい女の子達と旅をしているとは聞いていたが、はっはっは。本当に可愛らしい女の子達じゃないか」


 カナデさんのお父さん、ヴェルザさんはそう言って奥さんであるヘレナさんと頷きあって笑っている。


「ええ、ええ。本当に。でも女の子だけの旅なんて危なくないかしら?」

「何、カナデ一人よりかはましだ。まったく。一人で旅をするとはけしからん!」

「も~。大丈夫だって言ったじゃないですか~」

「何が喧嘩別れしただ! さっさと仲直りしてきなさい!」

「う~、でも全然会えないんですよぉ。こっちにも予定というものがありますしぃ」

「相手の居場所が分かれば寄っても問題ないですよ。ね? フェアチャイルドさん」

「はい。ただあまり遠いと着くまで滞在しているかどうか……」

「それはちょっと無理なんですよねぇ。今はグライオンの方を飛び回っているようで~、暫くは帰ってこないそうです~」

「グライオンか……この機に行ってみるのも悪くないかもしれませんね」

「でもナギさん。首都でしばらく気球の実験をするって言っていませんでしたか?」

「あっ、そうだった」

「うふふ~。焦らなくても大丈夫ですよぉ。そのうち会えますからぁ」

「いや、でも……」


 生きているうちに会いに行った方がいいのではないだろうか? しかし、そんな不吉な事を僕の口から言うのは憚られた。


「でもそうですねぇ、お二人が首都に行っている間に私もグライオンに行ってみましょうかぁ」


 僕はカナデさんの言葉に小さく安堵の息を吐いた。


「それがいいですよ。会えるうちに会っておいた方がいいと思います」

「会えるかどうかは分かりませんけど~」

「それでも、会う為に探しに行ったという記憶は残ります」

「はははっ、ナギさんは深い事を言うなぁ」

「……僕の友達のお父さんが数年会えないまま死んでしまったんです。

 僕にもよくしてくれた人で……僕達にとってはいきなりでした。本当になんの予兆もなく告げられて……僕の友達は涙を流す余裕すら無くなっていました。

 僕には友達の悲しみの深さを想像する事しかできませんが、この一件が無かったら、僕はその年故郷に帰る事はなかったと思います」


 ああ、そう考えるとナスと出会ったのはアールスの小父さんが死んだからなんだ。

 あの件が無ければ僕はナスとは出会わなかった。別れがあった後に出会いがある……なんとも運命とは残酷な物だ。


「……そうか、その子も辛い思いをしたんだね」

「そうね、カナデ、絶対に会いに行きなさい。悔いの残らないようにしなきゃ」

「はい……」


 カナデさんは今にも泣きだしそうな顔をしている。これぐらいで涙目になるとはどれだけ涙もろいんだ。いや、もしかしてお友達と重ね合わせちゃったのか?


「なんだか辛気臭くさせちゃってすみません」

「うぅ……そんな事ないですよぉ。私の考えが足りていなかったんですぅ……中級以上の冒険者は命を懸ける仕事だという事を忘れていままでアイリスさんの事を後回しにしてしまっていたんですよぉ……私会いに行きます! 会ってちゃんと仲直りしますよぉ!」

「おおっ、その意気だカナデ!」

「あはは……」


 きちんと会えればいいんだけれど。


「しかし、俺も故郷(くに)の家族に会いたくなってきたな」

「そういえばヴェルザさんはフソウの方からこちらに来たんですよね」

「そうなんだ。俺の父がフソウの人間でね、母はそこのフェアチャイルドさんと同じ国の人だったんだよ」

「私がどこの人間なのかわかるのですか?」

「ああ。ヴェレスと言う国の人だよね? あの国の人はある特徴があってね。髪の色素が皆薄いんだけど、他の地方の髪の色が濃い人と子を作ると必ずと言っていいほど髪の色素が薄い子供が三世代くらい続いて生まれるんだ。

 カナデの髪の色もヘレナから赤みを受け継いだからこういう色になっているんだろうね。

 それとヴェレスの人は総じて背が高い。フソウの人間はそれほど背は高くないから母や僕は結構目立っていたな」

「も、もっと詳しくお話を聞かせてください! 私、両親の事何も知らないんです。ですから……」


 フェアチャイルドさんの言葉にヴェルザさんは察したように優しい目をして頷いた。


「俺は冒険者だったからヴェレスに入った事がある。それでよければ」

「お願いします」


 フェアチャイルドさんの故郷と思わしき国の話が始まった。




 まず、ヴェレスと言うのは白き雪と言う意味のヴェレスで使われている言葉で、標高の高い山に囲まれその名の通り一年の半分が雪で覆われている国だ。

 ヴェルザさんの名前は柔らかい雪と言う意味だと説明してくれた。ヴェの部分が雪を表してるんだろう。

 歴史は古く五百年ほど前にできた国で、ヴェレスよりもさらに北の地にいた人達がいつの間にか住み着いていたのを周辺国の人達が気づいた事が始まりだそうだ。

 ヴェレスは精霊の王と人間の王が話し合い共同で支配しているいわゆる共和制で、これはフソウも同じだ。

 ヴェレスの人々は精霊と協力をして生活をしていて、暖かいうちに農作物を育てるが、基本的には狩猟をして暮らしている。

 家は木造りの物ばかりだが、お城だけには山を切り崩して石を使い作った物らしい。

 ヴェルザさん曰く丸く先がとんがった帽子のような屋根が沢山ついていたとか。

 酒好きが多くおおらかと言うか大雑把な気風で時間に適当な人が多い為ヴェルザさんもお母さんに対して苦労した事があるらしい。

 その説明を聞いた時フェアチャイルドさんとは違い過ぎて少し驚いた。

 フェアチャイルドさんは真面目だし気配りが出来て几帳面で遅刻なんてしない子だ。そんなフェアチャイルドさんを見ていたから、きっとヴェレスの人達もそうなんだろうなと聞き始めは思っていたんだ。

 ヴェルザさんの話は続き料理から民芸品まで見てきた事を残らず話してくれた。

 おかげで気づいた時には外は真っ暗になっていた。

 もう遅いからと泊まるように言ってくるカナデさん一家に、宿を取ってるからと何とか宥めるのに一苦労する事になった。


「ご両親の故郷の話、聞けて良かったね」


 帰り道、ヴェルザさんに送り届けて貰っている途中僕がそう言うとフェアチャイルドさんは首を横に振って答えた。


「本当にヴェレスが両親の故郷かは分かりませんよ」

「冷静だね? でも何もなかった手掛かりが見つかったじゃない」

「……手掛かりはまだ他にもあるんです」

「他に?」


 何かあっただろうかと視線をさ迷わせて考えてみるが答えを思いつく前にフェアチャイルドさんが答えを教えてくれた。


「精霊です。私の両親は精霊術士だったので当然契約していた精霊がいるはずなんです。精霊の名前は分かりませんが属性だけはシスターから聞いた事があります。

 私の苗字と精霊の属性が私に残された手掛かりです」

「でもそれだけじゃ雲を掴む様な話じゃない?」

「ええ、ですのでやはりヴェレスの情報を知れたのは幸運でした。私の苗字と精霊……ヴェレスで調べれば更なる手掛かりが見つかるやもしれません」

「向こうでの一先ずの目的地が決まったって事か」

「はい、と言ってもいつの事になるやら」


 多分僕達はアールスと行動を共にする事になる。そうなると行く先に自由が無くなるかもしれない。少なくともフソウよりも遠く離れた場所には行けなくなるだろう。


「ヴェルザさんの話ではフソウから半年以上かかるんですよね?」

「そうだね。結構遠い上に山に囲まれているから気軽に行けるような場所ではなかったよ」

「そうですよね」


 気球を使えればましかもしれないけど、そもそも空から他の国に入国するのは密入国になるんじゃないか? さすがに無断で空からお邪魔するのはまずいだろう。


「必ず無事に辿り着こうね。フェアチャイルドさんのご両親の故郷に」

「はい……その日まで私達は離れ離れにならないと、信じています」

「……あっ、そ、そうだったね」


 すっかり忘れていた。アールスが仲間を集める事を、そしてそれに僕が立候補する事を。

 フェアチャイルドさんはアールスと共に行く事を選ぶだろうから道を違える事はないと思う。

 でも、僕としてはフェアチャイルドさんには安全に暮らして欲しいんだけど。

 それにアールスと共に行動していたらいつ故郷を探しに行けるかも分からない。僕達の未来は一体どうなるのだろう。




 ダイソンを出て僕達は今年こそはと王都を目指した。

 カナデさんはまだ一緒にいる。どうやら王都までは一緒について来てくれるらしい。

 王都へは湖周辺に張られている結界の所為でダイソンから行くにはまずは東に二つ目の都市まで一度戻って北上する必要がある。

 そして、ダイソンから数えて三つ目の都市で王都のすぐ南の都市でもあるホープという都市は南からの魔物の進行を防ぐ為に作られた要塞都市だ。

 この要塞都市は王都の南北に一つずつしかない珍しい都市で、居住性と言う面は全く考慮されていない都市と言うよりは本当に要塞と言った趣の都市だ。

 そんな要塞のような場所が何故都市と呼ばれているのかと言うと、一応一般人が住んでいるからだ。

 同心円状に何重もの高い壁に囲まれたホープと言う都市は王都を守る以外にも、仮に北にある同じ要塞都市マハドかホープのどちらかが陥落した場合の王都にいる住民の逃げ場所となっている。

 一応内側に入っていくにつれて軍の重要施設が建てられている為壁を通るのに検査が厳しくなっていく。その為用が無い限りは都市の中心に近づく人はいない。

 僕達も中央には近寄らず一つ目の壁を入ったらすぐに預かり施設と宿屋を探す事にした。

 本当は少し中央を見て見たかったのだけれど、中央に入るには完全なアナライズによる検査をされるらしいので僕は近寄るわけにはいかない。

 街中は避難民を受け入れられるようにする為か堅牢な石の作りの都市だが人が住める建物は少なく建物のない空いた場所には等間隔に木が植えられていた。

 要塞都市と言う重苦しい響きの割に緑の多い場所だが、この木はいざと言う時の資材にする為の物らしく、一定の高さに育ったらそれ以上成長しない品種だ。

 あまり人が住むのに適さないというのはなんとなくわかる気がする。木のせいで虫と鳥が多いのだ、この都市は。

 それに高い壁のせいで日当たりのいい所も限られている。

 森の中なら別の印象も受ける事は出来ただろうけど、石畳と木と高い壁がどうにも窮屈な印象を与えている。

 虫や鳥が多くて壁や建物に囲まれた窮屈な都市って確かにあまり住みたい場所とは思えないな。


 ホープを発てばそこから先には村はない。

 王都まで馬車で四日かかるのでアースの背に乗っても一晩は野営をする事になる。

 僕達はアースの背には乗らずに歩いて王都まで向かう。これも体力訓練の一環だ。

 日が落ち始めると早めに野営の準備をして日が完全に落ちた所で夕食の準備を終える。


「今日も星がきれいだね」


 料理を終え器に料理を移し終えて一息ついて空を見上げた先には満天の星空が見える。手を伸ばせば届くのではないかと思うほど星が近く見える。


「そうですね。明日もよく晴れそうです」


 これだけきれいならナスの能力で月の表面を見る事が出来るかもしれないな。

 あの白に限りなく近い水色の月に何があるのか今なら確かめられるかもしれない。

 そう思ったら僕は急いで食事を終え、後片付けも終えるとナスに頼んで月を見せてもらう事にした。


「月にはですねぇ、神様のお家があるんですよ~」

「知っていますそれ。ツヴァイス様が住んでいらっしゃるんですよね。もしかしてツヴァイス様のお姿も見れるのでしょうか?」

「それは無理じゃないかな。言い伝えによると魔物を滅ぼす為に旅に出てるみたいだし」


 神話では神々は月を拠点にし世界各地で魔物達と戦っている事になっている。

 そして、それはある意味で正しいと僕は知っている。

 創造神ツヴァイス様はこの世界そのもの。僕達の住んでいるこの星はツヴァイス様の体内という名の宇宙空間に存在している星の一つなんだ。

 外の悪い世界がツヴァイス様に取り付いた所為でこの世界に魔素が侵入し魔物が生まれるようになった。

 そんな魔物と魔素の除去を行っているのがツヴァイス様と他の四柱の神々……の分け身だ。

 本当に月を拠点にしているかは分からないけど神様の分け身が実際にこの世界を飛び回っているので運が良ければ本当に会えるかもしれない。……いや、悪いのか? 神様がそこに来るって事は戦場になるっていう訳で……まぁいいか。


「じゃあ頼むよナス」

「ぴー!」


 空中に月が映し出されどんどんと近づき月が大きくなっていく。


「んー。白くて何も分かりませんね~」

「そうですね……」

「ぴぃ」


 画面の大部分を月が占めた所で唐突に画面の動きが止まった。どうやら能力の限界が来たらしい。


「これ以上は無理みたいです」

「これはなんでしょう?」

「分かりませんね~」

「結局よくわからなかったですけどぉ、ここまで見れたのはナスさんのお陰ですぅ。ナスさんはすごいですね~」


 カナデさんがナスの頭を撫でるとナスは耳をパタパタと動かした。


「ナギさんナギさん。気球で月まで行けるでしょうか?」

「流石に無理だと思うよ」

「出来ないのですか?」


 フェアチャイルドさんがしゅんとうなだれた。

 説明してもいいが今はカナデさんがいる。さすがに宇宙とかの話をしたらカナデさんに怪しまれてしまうだろう。


「だってどれだけ遠いか分からないし、もしも食料が足りなくなったら大変だよ?」

「たしかに空の上じゃ補充なんてできませんね」


 未練がましそうに月を見上げるフェアチャイルドさん。月の光に照らされる彼女の横顔はやはり美しかった。


「月はさすがに約束できないなぁ」

「残念です……」


 フェアチャイルドさんの視線を地面に落とした横顔を見て僕は自分が天才科学者だったら、この世界でロケットを作って月まで行く事が出来たのだろうか? と、彼女の願いが叶えられないのが悔しくて、そんな詮無い事を考えてしまうのだった。

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