旅のとりこ
学校に着くと僕はまず僕だけで校舎の中に入り受付で僕が来た事と魔獣達の立ち入りの許可を改めて取り皆の所へ戻る。
そして、魔獣達を連れて校庭へと向かう。
校庭にはすでにエンリエッタちゃん達がいて校舎近くの木陰で休んでいたが、魔獣達を発見したエンリエッタちゃんの友達がそわそわし始めた。
エンリエッタちゃんは大きく手を僕達の方に振るとナスが行きたそうに僕を見るので頷いて許可を出した。するとナスは走り出す。
そして、ナスが傍に近寄ると女の子達はナスを撫でまわし始めた。
僕は駆け足でエンリエッタちゃんの下へ向かう。
「どう? 久しぶりのナスは?」
「すっごくかわいい!」
女の子の一人がそう答える。
「あれ、先輩の抱いてる仔は……」
「この子も僕の仲間だよ。名前はヒビキ。ヒビキ、挨拶して」
「きゅー!」
一年前のヒビキは別れに対して過剰に反応する所があったからあまり人には合わせなかったが、今では寂しそうにはするが不安定さはなくなった。
だから今回はもう大丈夫だろうと思いヒビキを皆に合わせる事にした。
ヒビキを地面に降ろすと、ヒビキは早速女の子達の下へ跳んだ。
「あっ、ヒビキ」
危ないと言おうとしたが、その前にヒビキは一人の女の子に見事に抱き止められた。
ヒビキみたいな重量物が跳んでいくのは危険だと思ったが杞憂だったようだ。だけど後でちゃんと注意しておこう。
「あははっ! かわいー」
「お姉ちゃん。お話聞かせて」
エンリエッタちゃんはナス達に挨拶をした後僕の下に真っ直ぐやってきて手を取った。
「ぎぎ……」
なんだか背後から堅い物が擦り合っているような音がする。振り返ってみてもそこにはフェアチャイルドさんが愛らしく僕に微笑み返してくるだけで何もありはしなかった。
アースとカナデさんはゆっくりこちらに来ているようで少し離れた場所にいる。一体何の音だったんだろう?
「どうしたの?」
エンリエッタちゃんは不思議そうに僕の顔を見ている。変な音は聞こえていなかったのだろうか? とするとただの幻聴か。
「何でもないよ。座って話そうか」
エンリエッタちゃん達がいた木陰まで行き、木の根っこの横に腰を下ろす。
僕が話し始めた所で校舎の入口の方から土煙が上がるのが見えた。
「なんだろあれ」
「アイネちゃんだと思う」
「なんだアイネか」
アイネなら走って土煙を上げててもおかしくないな。
土煙は真っ直ぐアースの所までやってきて止まった。
やはりアイネだ。相変わらず髪を頭の両側で纏めている。身長は遠くからだと分からないけど、あまり変わっているようには見えない。
「アースだ! ねーちゃんだ! ナスはどこだー!」
アイネはアースを見て、僕を見て、きょろきょろと辺りを見てナスを探し始める。
「いた! ナスー!」
アイネはナスを見つけると女の子達には目もくれずに飛び出した。
「アイネちょっと待ちなさい」
アイネの動きを予測していた僕はあらかじめアイネの進路上に立ちふさがって走り去ろうとするアイネを捕まえる。
「あっ、なんだよー!」
「少しは落ち着いて行動しなきゃだめだよ。ナスは逃げないんだから」
「でも会える時間が少なくなるじゃん」
「だからって周りを見ないで突撃しちゃ駄目だよ。ナスには先客がいるんだから」
とは言ってもアイネを捕まえた所でナスは女の子達から解放されてこっちを見ているんだけど。
「分かった? アイネ」
「むー。わかったよー」
不満そうではあるが一応よしとするか。あんまり引き留めてもアイネの言う通りナスとの触れ合いの時間が減るだけだ。
「じゃあ僕はエンリエッタちゃんと話してるから、ナス達を巡って喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「ねーちゃんあたしを何だと思ってるわけ?」
「病的な負けず嫌い」
「びょ!? ひどくないそれ!?」
「これでも控えた表現のつもりなんだけど」
戦闘狂と直接言わないだけ僕は優しいと思う。
「……ねーちゃんがあたしの事どー思ってるかよくわかった。放課後あたしと勝負だ! ねーちゃんの思い違いを叩き直してやる!」
そういう所が戦闘狂なのだが。
アイネは一方的に試合の場所を僕に伝えるとナスの所へ向かった。
僕は溜息をつきつつエンリエッタちゃんの所へ向かう。
その途中校舎から出て来た子供達がこちらに向かってくるのが見えた。
エンリエッタちゃんに旅の話をしているだけで魔獣達と子供達の触れ合いの時間は過ぎてしまった。まだ話足りなかったが、エンリエッタちゃんは疲れが溜まっていたんだろう。最後の方は眠たそうに舟をこいでいた。
エンリエッタちゃんと同じ班の子達もそれぞれ眠たそうにしていたり、木に背を預けて寝ている子までいる。
僕は心配なので寮まで送り届ける事にした。
その道の途中、少し気になっていた事をエンリエッタちゃんに聞いてみた。
「エンリエッタちゃんは、学校を卒業した後の事考えてる?」
「うん。私ね、絵本作家になるの」
「絵本作家に?」
「今ね、一杯絵本のお話考えてまとめてあるの。絵はまだ上手じゃないから、一杯練習して上手になったら本屋さんに売ってもらうんだ」
「てことは美術系の学校に行くのかな?」
「うん」
「となるとエンリエッタちゃんもグランエルから出て行っちゃうんだね」
「うん……お姉ちゃんと会えなくなるかも」
「僕の方から暇を見つけて会いに行くよ。どこの都市の学校かは決まってるの?」
「まだ……」
「じゃあ決まったら……そうだな、首都の冒険者組合に僕宛で手紙を送ってくれるかな?」
僕はまだ決まった拠点はないけれど、今年も首都が多分一番長くいる場所になるだろう。
「分かった。絶対に送る。だから、会いに来てね? 約束だよ?」
「うん。約束」
僕はいつもフェアチャイルドさんとやっている契りをエンリエッタちゃんにもする。
小指を結び合うとまた石がこすれ合うような音がしたがどうせまた幻聴だろう。疲れてるのかな僕。
エンリエッタちゃん達を寮まで送り届け、魔獣達を預かり施設に預けると遅めの昼食を取る事になった。
施設の近くの食事処に行き注文を頼む。
「二人とも、子供達の相手、というか魔獣達を観てくれてありがとう」
「私は見ていただけです。感謝なら子供の相手もしていたカナデさんにしてください」
「結構楽しかったですよぉ。ヒビキさん達ともいっぱい遊べましたし~」
カナデさんの場合子供達と一緒になって遊んでいたからな。
「皆いい子ばかりでしたよぉ」
「カナデさんって教師とか向いてるかもしれませんね」
「そうでしょうかぁ? 教えられる物なんて何もないと思いますけどぉ」
「弓とか教えたらいいじゃないですか」
「弓なんて使っていたら自然と上手になりますよぉ」
「そんな事ないと思いますけど」
素人目だけどカナデさんは天才的な弓の腕前を持っているように見える。それこそ固有能力として発現していないと不自然なほどに。
そう考えてはたと思い返してみると、僕はカナデさんのステータスを見た事がない。
だからカナデさんの自己申告で『眼識』の固有能力を持っている事は知っているけれど、他に固有能力の有無についてははっきりとしていないのだ。
冒険者として何かしらの特異能力を隠し持っていても不思議ではない。僕だってカナデさんには話していない能力がある。
「そういえばカナデさんは人に教えるのは苦手みたいでしたっけ」
思えば前に弓の説明を聞いた事があったが、その時は擬音ばかりで全く何を言っているのか分からなかった。
「ええ~? そうですかぁ?」
「僕にとってはカナデさんの腕はそれほどに卓越していて差が広がり過ぎているんです。ですので前に説明してもらった擬音交じりの説明では理解できないんですよ」
「なんだか馬鹿にされてるような……」
「そんな事ありません。僕はカナデさんの事尊敬していますよ」
弓以外の事に関してはカナデさんはちゃんとした言葉で説明してくれるので尊敬と言う言葉に嘘偽りはない。
「フェアチャイルドさんも、カナデさんが一緒にいてくれて助ってるよね?」
お茶を飲んで会話に参加していなかったフェアチャイルドさんに話をふると、彼女は持っていたカップを楚々とした仕草で置き静かに頷き答えた。
「はい。ティマイオスでナギさんと別れた時や、旅の途中現れた悪漢に対する対処、冒険者としての心構え、この一年だけで助けられた事は数え切れません」
「レ、レナスさん……」
「私も、ナギさんと同じように感謝しているんです」
「うぅ……お、お二人ともそんな事を言ってくれるなんて……わ、私ぃ……」
目に涙を溜め始めたカナデさんに僕は慌ててハンカチを渡し話題を変える事にした。
「そ、そういえばね、話は変わるんだけど合流する前に露天商を見て回ったんだ」
お昼前に味わった感動を先ほど購入した髪飾りを見せながら話してみたのだけど、フェアチャイルドさんは実際に見た訳ではないから実感が湧かないのか首を傾げるだけだった。
しかし、カナデさんは違った。
カナデさんは僕から受け取ったハンカチを使い涙をぬぐいながら笑った。
「ぐすっ……うふふ~、アリスさんも旅のとりこになってしまったみたいですねぇ」
「とりこって言えるほどかは分かりませんけど、続けたいなとは思いました」
「それだけでも十分ですよ~」
「カナデさんはナギさんもって事はカナデさんはもう旅のとりこになってるって事ですか?」
「もちろんですよぉ。初めて見るきれいな風景とかぁ、ある場所で見た物を全く別の遠くの場所でも見つけられた時のなんとも言えない嬉しさとかぁ、後……人との出会いとかとても楽しい事が沢山あります」
「出会いかぁ……」
思い浮かぶのは首都で出会ったガーベラやユウナ様だ。後はティマイオスの酒場で常連だった人達か。
あの男の子との出会いはあまり思い出したくない出会いではあったな。
皆元気にやっているだろうか?
フェアチャイルドさんの方を見てみるとなにやら顔をしかめている。もしかして彼女もあの子の事を思い出しているのだろうか?
あまり愉快な話ではない。蒸し返すような事はせずに次の話題へと移した。
昨日の晩では少し距離を感じたカナデさんだったけれど、まるで昨日の話などなかったかのように僕に接してくれた。
その事が自分でも意外なほど嬉しくて、この人を信じてよかったと心から思ったのだった。