旅で得た物
朝食を食べた後僕はフェアチャイルドさんと一緒に治療の依頼の確認に組合に寄るとジーンさんに出会った。
「おはようございますジーンさん」
「おはよう。ウィトスちゃんは一緒じゃないの?」
「カナデさんは魔獣達の所にいます。僕はちょっとこっちに用があったので。
ジーンさんは依頼の確認ですか?」
「まぁそんな所ね」
「そういえばジーンさんはどうしてこのグランエルに?」
「最近この辺りがきな臭いらしくてね。私に調査の依頼が来たのよ」
「きな臭い?」
「ええ。数年前にね、この近くの壁が魔物に突破されたって事……知ってる?」
「……はい。知っています。僕とフェアチャイルドさんはこの都市出身なので」
「そうだったの……それでね、この都市周辺に魔物が巣を作っているのが半年前に見つかったのよ」
「魔物の巣……ですか?」
あまり聞きなれない言葉にフェアチャイルドさんと顔を見合わせる。
「魔素が濃くなると魔物が生まれるのは知っているでしょう?
地面に穴を掘って住処を作って魔素を貯めていたらしいわ。きっとそれが目的で数年前に壁を突破したんでしょうね。
魔物の元となるシャイルも随分と生まれていたと聞いたわ」
「あ、あの……グランエルの周辺って魔素が薄くなってるはずじゃ」
「あらよく知ってるわね?」
「えと、ナスが言っていたんです。それで、魔物の巣があるなら魔素が薄くなっているのはおかしいんじゃ」
「あのね、魔素が減っているっていうのは、魔の平野から流れ込んでくる魔素が減っているだけなの。
そして、その減少を押さえているのが魔物の巣みたいなのよ」
「……」
「魔の平野の魔素が少なくなっている理由は分からないけど……数年前の壁を突破した魔物が巣を作った事は間違いないでしょうね」
思い当たる節はある。それはリュート村の森にいたという魔物。ナスが魔獣になった原因……あれも巣を作る一環だったんだろうか?
ナスがいたから発見が早まったけれど、もしも見つかってなかったら今頃どうなっていたのだろう。
「一応あらかた軍が魔獣を使って調べて見つけ次第巣を潰したみたいなんだけどね。念の為にって漏らしが無いかの調査を私が頼まれたのよ」
「軍が見落としなんてするんですか?」
軍を動かすのにはお金がかかるだろうに、杜撰な調査をして何度もやり直す羽目になったら余計にお金がかかりそうだけど。
「うふふ、あくまでも組合からも調査をしてお墨付きをもらうだけの形式的な依頼よ。冒険者的には面倒だけど危険は少なく報酬が美味しい依頼ね」
その言葉に安堵の息をついた。
「なるほど……でも気を付けてくださいね?」
「ありがと。ナギちゃん達も旅をする時は気を付けるのよ? どこに魔物が潜んでるか分からないし、それに南の大森林を抜けてやってくる魔物だっているんだから」
「はい。気を付けます」
頭を下げジーンさんと別れてから僕は受付に行き依頼が無い事を確認した。
その後組合を出て魔獣達の所へ行くと、カナデさんがフォーメーションエデンを再現していた。
声をかけるとフォーメーションエデンはすぐに解かれカナデさんが未練がましい声を上げた。
寄ってきたナスの首元に手を伸ばすと、ナスは顎を上げて首を見せる。
無防備なもふもふに包まれた喉元を優しくなでるとナスの口から気持ちよさそうな吐息が漏れた。
「きゅーきゅー」
「はいはい。ヒビキもやってあげるよ」
ナスの喉元から手を離すと残念そうにナスが小さく鳴いた。ヒビキに手を伸ばす前にナスの頭を軽く撫でた。
ヒビキの方に手を伸ばすと、ヒビキは僕の手に噛みついてきた。痛くはない。
「どうしたの? ヒビキ」
聞くとヒビキは僕の手を放し楽しそうに遊んで遊んで、と鳴きながらパタパタと羽を動かす。
「んふふ。いいよ。僕の手を捕まえられるかな?」
僕は左手をヒビキの目の前で揺らす。
「きゅ~」
ヒビキは揺れる僕の手を目で追い近づけるとすぐさまくちばしを開けて食いつこうとする。
だけど僕は食いつかれる直前に手を引きヒビキのくちばしから逃れる。
そしてもう一度ヒビキの目の前で手を揺らす。
何度も同じ事を繰り返し、適当な所でわざとヒビキのくちばしに捕まる。
捕まったらヒビキを褒めて魔獣達の朝ご飯の時間だ。
ご飯を飲み終えるとナスが僕の袖を咥えて引っ張ってきた。
「今度はナス? どうしたの?」
「ぴーぴー」
「子供達に会いたいの?」
「ぴー」
「んふふ。その件なら大丈夫。昨日のうちに許可を貰っておいたから、お昼に学校にいけるよ」
「ぴー!」
「皆で行こうね」
「ぴー」
学校に行くまでの時間はグランエルに残っている友達に顔を出しに行く事にしている。
魔獣達との触れ合いを終えると僕は軽く訓練した後友達と会う為に皆とは別行動を取る事にした。
フェアチャイルドさんも会いたい子がいるらしく素直に承知してくれた。
カナデさんはもう少し魔獣達と触れ合ってから訓練に行くらしい。
一先ず僕とフェアチャイルドさんはそろって訓練場に行き日課となっている二時間ほど特訓を行う。
特訓の後は一度宿の部屋に戻り汗で汚れた体を濡れた布で拭き終わったら宿を出てフェアチャイルドさんと一旦分かれた。
友達に会った後宿屋に戻る途中の東の大通りで開いている露天商を覗いてみる事にした。
最後に露天商を覗いたのは一昨年のフェアチャイルドさんへの誕生日プレゼントを選んだ時だ。
改めて並んでいる商品を見ると旅先で見た物が多い。
例えばとある露天商が売っている細かい細工のなされた木製の髪飾りは、オーメストから首都へ行く道中の都市で伝統工芸品として売られていた物と同じ物だ。
他のお店も見て回ると見覚えのあるものがどんどん目に入ってくる。
植物の蔦模様の織物はダイソンのお土産屋で似たような物を見た事がある。
値段が高めの金属の首飾りは首都で流行っていた物と同じデザインだ。
吊るされ並んでいる厚着の上着は北方で主に愛用されている服で、南の雪の降らないグランエルで着るには少々暑いだろう。
旅に出る前は並ぶ物の由来にあまり興味は示さなかった。あっても軽く聞いて感心してたくらいだ。
しかし、今は違う。実際に旅をして目にしてきた物を見つけられると今までの旅で得られる物があったんだなと実感が出来て心が弾む。
そして、まだ見た事のない物を見ると僕はそれがどこの物なのかを聞き遠き地に思いをはせるようになった。
旅とはこんなにも心躍る物なのか。
きれいな風景を見たわけではない。ただの伝統工芸品だ。だけどそれだけで僕はまた旅をしたくなる。
僕は目についた遠い地の伝統工芸品の一つの髪飾りを手に取り購入した。
この感動をフェアチャイルドさんにも話そう。
カナデさんはこの感動を分かってくれるだろうか?
そんな事を考えながら歩いていると、前方から聞き覚えのあるお姉ちゃん、という大きな声が上がった。
僕を呼んだ声とは限らなかったが、声に聞き覚えがあったので声の主を探してみる事にした。
「やっぱりお姉ちゃんだ!」
「ああ、やっぱり」
声を上げた人物が探していたのはやはり僕だったようだ。
「久しぶりだねエンリエッタちゃん」
エンリエッタちゃんは風をしのぐフード付きのマントを着て背中には背負い袋を背負っている。
大きくなっている。一年なんてあっという間だったけれど、少し離れただけでこんなにも子供の成長を見られる物なんだ。
「都市外授業の帰り?」
「うん! お姉ちゃん帰ってきてたんだ」
「明日にはまた出立するけどね。でもそうか、都市外授業に出てたんだ。入れ違いにならなくてよかったよ」
「運がよかったんだね」
エンリエッタちゃんの後方から同じ班の子らしき女の子が駆け寄ってきた。
「エンちゃんその人……あっ、ナギ先輩だ!」
「ほんとだ! 帰ってきてたの? ナスちゃん元気にしてますか!?」
「あはは、元気だよ。この後お昼食べたら学校にナス達を連れて行くんだけど会う?」
「うぅ……つ、疲れてるけど、ナスちゃんに会えるなら!」
「わ、私も!」
「エンリエッタちゃんも来る?」
「うん! お姉ちゃんに旅のお話聞かせて欲しい」
「喜んで。じゃあ僕はナス達を学校に連れて行くから、お先にね」
「また後でね。お姉ちゃん」
エンリエッタちゃんと別れた僕は急いで皆との待ち合わせ場所の組合へ向かった。
組合に着くと皆すでに集まっていた。
「お待たせしました」
「いえいえ~」
皆と合流した僕は早速預かり施設から魔獣達を連れて学校へ向かう。
お手伝いとして事前にフェアチャイルドさんとカナデさんの事も学校側に伝えて許可を取ってあるので二人も一緒だ。
約一年ぶりの学校。今はどうなってるだろう。一年じゃそんなに変わっていないかな?