ジーンの魔獣
実験を終え問題点をまとめ終えると夕方になっていた。
僕は皆に先ほど出会ったジーンさんの事と約束の事を話すと、フェアチャイルドさんが心配そうに聞いてきた。
「そんな出会ったばかりの人を信じて大丈夫なんですか?」
「不味かったかな?」
「そうですねぇ。ちょっと無防備だと私も思いますよ~」
「ううっ、でも他の魔獣って興味があるんですよ」
北では結局ラサリザに会えなかったし、今年も南の大森林のバオウルフに会う余裕はなさそうだし……。
でもたしかに会ったばかりの人に対して頼むのは少し迂闊だったかもしれない。
「会いに行っちゃ……駄目ですか?」
「ん~。仕方ないですねぇ。それでしたら私もついて行く事で許可しましょう~」
「わ、私もついて行きます」
「カナデさん。フェアチャイルドさん……」
一瞬フェアチャイルドさんにジーンさんを見せて大丈夫だろうか? という疑問が頭を過った。
ジーンさんはあまり子供に見せたくない格好をしていた。果たしてフェアチャイルドさんに見せてもいい物だろうか?
それにもしもフェアチャイルドさんがジーンさんを見て怖がったらジーンさんも傷ついてしまうだろう。
そういう意味ではカナデさんも心配ではあるんだが。
だが、冒険者をしていく上でジーンさんのような個性的な人とはこれからも出会う可能性はある。
そういう出会いに慣らす意味でも今回合う事は悪くないかもしれない。
「ありがとうございます。それじゃあ三人で行きましょう」
「それでぇ、お相手の方は何という名前なんですかぁ?」
「ジーンって名乗っていました。名前なのか苗字なのかは、分かりません」
フルネームを名乗らないというのは冒険者にはよくある事だ。
前に酒場で働いていた時苗字か名前、どちらかしか名乗らない冒険者と面識を持った事がある。
軽く理由を聞いてみたが誤魔化されたので深くは聞かなかったが、きっと何か事情でもあるのだろう。
「ジーン……ですかぁ。それに魔獣使い?」
「知っているんですか?」
「ん~、同一人物かは分かりませんけどぉ、名前だけは聞いた事ありますねぇ。確か上級の冒険者ですよぉ。
風変わりな格好をしている人だと噂では聞いていますねぇ」
「上級ですか? そんな人がどうしてこのグランエルに」
「フェアチャイルドさん。上級の冒険者は魔の平野に自由に出入りできるんだ。このグランエルを一先ずの拠点にしてもおかしくはないよ」
「あっ、なるほど」
「そうだ、カナデさんって蛇は平気ですか?」
「蛇、ですかぁ? 私は平気ですよぉ。旅の最中何度か追い払った事がありますからぁ」
「ジーンさんの仲間の魔獣の一匹は大きな蛇の魔獣なんですよ」
「大きな……ですか。た、多分大丈夫ではないかとぉ」
心配になる答えだがカナデさんはいざとなったら頼りになる人だ。
精霊含め皆で預かり施設へ向かう。
そして、その施設の前。
「ナギさん。不審者がいます」
人通りの少ない入口の前にジーンさんが壁に背中を預けて立っていた。
筋肉隆々で背の高いジーンさんは非常に目立つ。空を見ているようでこちらに気づいている様子はない。
「フェアチャイルドさん。外見で人を判断しちゃだめだよ。ましてや不審者扱いなんて……」
「その意見には賛同できません。例えば街中で剣を抜き身で手に持った人を警戒しない人はいません」
「あの人は剣はおろか武器なんて持っていないじゃないか」
「いいえ。あの筋肉が見せかけの物でないならあの人は素手で人を殺す事が出来るでしょう。
魔法だって一般の人には脅威です。
安全だと、危険はないと人を信用させるのにはまず外見です。第一印象がその人への信用を決めるのです。
それを怠るようでは不審者と思われても仕方ありません」
「そ、それはそうかもしれませんけどぉ……あの人は本当に何もしてないませんし、服装自体も怪しい所はないですしぃ?」
カナデさんも擁護してくれるがフェアチャイルドさんは冷たく返す。
「存在そのものが怪しいです」
「いやいやいや。もうちょっと寛容の心を持とうよ。ああいう格好してるのだって理由があるのかもしれないよ?」
「いいえ、ナギさん。自分の身を守るのは警戒する心です。警戒心が無かったら今までの旅でも何度も危険な目に合っていました」
「そ、そうだけど……あの人がジーンさんなんだ」
「……」
「あっ、そ、そうだったんですか~。も~アリスさんったらそれを早く言ってくださいよぉ」
「す、すみません」
最初からきちんとああいう格好をした人だと話しておけば良かっただろうか?
フェアチャイルドさんの警戒は解けていないが近寄る事には異存はないようで何も言ってこない。
「ジーンさん。お待たせしました」
声をかけるとジーンさんは朗らかな笑顔を僕に向けてきた。
「来たのね。後ろの二人は?」
「えと、私の旅仲間です。ジーンさんの魔獣の事を話したら一緒に見たいと言ってついてきたんです」
「カナデ=ウィトスと言いますぅ」
「……フェアチャイルドです」
「あらあら、可愛らしいお嬢さんがたね。女の子だけで旅をしているの?」
「はい。まぁ魔獣もいますけど」
「うふふ。そうね。じゃあ早速私の可愛いお友達を紹介しましょうか」
「お願いします」
ジーンさんは後ろに振り向き際に僕達に向かって手招きをした。
そして、施設の敷地内をジーンさんに案内され、一つの小屋の前に立ち結界を解くとジーンさんが先に中に入りその後中へ促された。
中には先ほどのレベッカさんの他に四匹の魔獣がいた。
体表がぬらりと濡れていて大きな荷車ぐらいのサンショウウオのような魔獣。
ライトの光によって虹色を照り返す体毛を持ったゴールデンレトリバーのように大きく長毛な狼の魔獣。
赤と黄の羽毛と孔雀のように鮮やかで見事な尾羽を持ち首と足が細長く、首はS字に曲がっている孔雀と鶴をかけあわせたような鳥の魔獣。
そして最後にヒビキと同じくらいの大きさの茶色のリスによく似た魔獣だ。
皆フェアチャイルドさんやカナデさんには視線を向けず何故か僕の事を見ている。
そして、リスに似た魔獣が僕の前にやって来た。
「きき。きーきき」
「初めまして。君はジャンヌって言うんだ? 私はアリス=ナギ。よろしくね」
「!? なんでジャンヌの名前を……」
「私の固有能力は相手の意思のこもった言葉を理解できるんです。レベッカさんみたいに喋らない相手には効果ないんですけど」
「意思のこもった……『自動翻訳』の固有能力ね」
「知っているんですか?」
「ええ。昔文献で読んだ事があるわ。そう……そんな希少な固有能力を持っているの。羨ましいわ」
「運が良かっただけですよ」
「他の子は私から紹介するわ。まずはラサリザのヴェロニカ」
「なー」
サンショウウオのような魔獣が応える。やっぱりラサリザだったか。北では見る事が出来なかったけれど、間の抜けた顔をしていて中々かわいい。
「狼の子がヴィヴィアン」
「わふ」
流石は狼だ。中々凛々しくてかっこいい。
「最後にクラウンのステファニーよ」
鳥の魔獣はクラウンという種族なのか。ジャンヌさんと言いどちらも見た事がない動物だ。
「ジャンヌさんとステファニーさんって図鑑でも見た事ないですけど、どこに住んでいたんですか?」
「フソウよ」
「フソウまで行った事あるんですか!?」
「ふふっ、何度もあるわよ」
「うわぁ、いいなぁ。私達魔の平野を越えようと思ってるんですよ。ね?」
フェアチャイルドさんに同意を求める為に振り向くと、彼女は小屋の外にいた。しかもなんだか顔が青ざめているように見える。
「……フェアチャイルドさん?」
「その通りです。私達はいずれ魔の平野を越えます。越えて見せます」「それはいいんだけど、中に入りなよ?」
「いえ、私はここで大丈夫です」
「……もしかして魔獣達の事が怖いの?」
「そんな事ありません」
ぷいっと顔を背けるフェアチャイルドさん。
「きき?」
ジャンヌさんがフェアチャイルドさんに近づく。
ジャンヌさんに気づいたフェアチャイルドさんはまるで怖くない事を見せつけるかの様に屈みジャンヌさんに手を差し出した。
ジャンヌさんはフェアチャイルドさんの手の匂いを嗅いだ後後ろを向き手に尻尾を乗せた。
「どうですか。怖くなんてありませんよ」
「じゃあさ、ステファニーさんにも同じ事できる?」
「当然です」
「じゃあレベッカさんは?」
「……何故、同じ事をしなければいけないのでしょう。ジャンヌさんとの触れ合いで私が魔獣の事を恐れていないと証明できたはずです。
論理的に説明していただけますか?」
「あー、うん。ごめん。僕の勘違いだったみたいだね」
そっかぁ。フェアチャイルドさん蛇は駄目かぁ。
「あっ、ジーンさん。魔獣達に触っても大丈夫ですか?」
「うふふ、大丈夫よ。皆いい子だもの」
「ありがとうございます。早速私もジャンヌさんに」
僕はフェアチャイルドさんの隣に屈んでジャンヌさんに手を伸ばす。
「わ、私もいいですかぁ?」
「ええ」
リスに似ているだけあってジャンヌさんはかわいい。
ジャンヌさんを堪能した後僕はヴィヴィアンさん、ステファニーと続いてレベッカさんに触れようとした時ジーンさんから待ったがかかった。
どうやらレベッカさんは頭と首の辺りを触られるのを嫌うらしい。
なので触る時は胴体を触るにとどめて欲しいと言われた。
言われたとおりに胴の部分を撫でると嬉しそうに尻尾を振ってくれた。
レベッカさんの身体は細かい鱗に覆われてすべすべしている。
しかし、蛇は凶暴と言う印象がある。仲間にして危険はないのだろうか?
ジーンさんに聞いてみると、どうやら魔獣になり食事が必要なくなった時点で食に対する欲求が消え動物を襲うような事が無くなったらしい。
今では身を守る為に戦うくらいで、魔獣達の中では一番大人しいんだとか。
レベッカさんを堪能した後はラサリザのヴェロニカさんだ。
体表がぬるぬるとしていて少し触るのをためらわせるけれど好奇心には勝てなかった。
触ってみると体表の液体はぬるぬるとはしているが粘着性は無い。いちおう肌に触れる事は出来るけれど不思議な感触だ。
恐らく魔法か魔力か、固有能力で液体を制御しているんだろう。
ジーンさんによると野営の時はヴェロニカさんの背中に乗って寝ると柔らかい上に温度を調整してくれるので大変気持ちがいいらしい。あれか、ウォーターベッドか。羨ましい。
ディアナに頼めば作ってくれるだろうか?