ため息
アースを連れて昨日と同じ場所へやって来た。
遅い時間だから運営の人と雪像を作っている人達しか通りにしかいない。
四角い雪の塊は昨日頼んだ通り二つ並んでいる。
「アース、始めていいよ」
「ぼふっ」
アースが力強く鳴くと二つの雪の塊は宙に浮かび一つになる。
「ぼふぼふ」
「もっと光が欲しいの?」
『じゃあわたしやる!』
「じゃあ頼もうかな」
ライチーがフェアチャイルドさんの姿のまま両手を上げると光源が通りの上空に現れ辺り一帯が明るくなる。
「ありがとう。これで大丈夫だよね?」
「ぼふ」
アースが頷くと雪の塊は徐々に、まるで粘土をこねるように形を変えていく。
そんな風に動かせるなんてすごい圧力だ。
大体の形が出来上がると一旦雪像を置くための土台の上に置いた。
そしてゆっくりと雪の塊の周囲を観察するように歩き始める。
いつになく真剣だ。
そして、最初は大雑把に。形が出来上がってきたら体毛の流れを丁寧に再現していきながら形を整えていく。
製作段階で前に都市の外で作った雪像よりも精密だという事が分かる。
見てるだけで気が遠くなりそうな作業なのだけれど、僕は目を逸らすような事はしなかった。
どれくらいの時が経ったのだろう。アースが白い息を吐き雪像から離れた。
遠くから出来映えを確かめているようだ。
何度も近寄ったり離れたりを繰り返し満足したように僕に向き直って鼻息を鳴らした。
「ぼふっ」
「出来たんだね」
「ぼふぼふ」
運営の人に報告する前に僕も改めて完成した雪像を見る。
雪の白さを持ったアースの形をした雪像は誇らしげに角を天に掲げている。
再現された風に流れている体毛は一本一本とまではいかなくても一束ずつ再現されて前の物よりも完成度が高い。
まるで今にも動き出しそうだ。
『きれー』
「本当だね……」
「ぼっふっふ」
「これなら沢山の人が見てくれるよ。明日が楽しみだな。アースも、遠くからになるかもしれないけど見てみる?」
「ぼふっ」
運営の人に報告をするとさすがに驚かれた。それはそうだろう。アースの製作時間は恐らく一時間も経っていない。
確認をしてもらった後ブリザベーションをかけてもらう。
翌日お昼に魔獣達を連れて東の大通りを見に行く。
アースは大通りに出したら馬車を引いている馬を驚かせてしまうので出る訳には行かない。
そこでナスの能力が役に立つのだ。
昼の大通りは夜とは違い賑やかな声が聞こえてくる。
路地の陰からナスにお願いして大通りの様子を宙に映してもらう。
最初に映し出された光景はアースの雪像がある場所から少し離れた場所だった。
映す場所を少しずつ修正するとやがて人の壁に囲まれたアースの雪像が見えた。
人々の顔には驚きと感服が見える。そして、誰もが近くにいる人と雪像を指さして語り合っている。
「中々いい反応みたいだね」
「ぼふぼふ」
「ナス、もういいよ。ありがとう」
「ぴー」
「さてどうしようか? もう帰ろうか?」
「ぼふーん」
「え? 皆の前に出たいの?」
「ぼふぼふ」
「でも馬車も通ってるしな」
今はナスが光を弄って路地にいるから僕らの姿を隠しているから大通り側からでは僕達の姿は分からない。
もしもナスが光を弄るのをやめたらどうなるだろう。
「ぼふん……」
「ここで見るだけに留めよう?」
「ぼふ」
残念そうにしながらもアースは頷いてくれた。
「じゃあナス。少し離れたら光を操るのやめていいからね」
「ぴー」
そうして少し離れた場所に行きナスが僕達を隠すのをやめると近くから複数の子供の大きな声が上がった。
「うわっ! なんか出て来た!」
「あっ、雪像のとおんなじだ!」
「ほんとだ!」
子供達は興奮した様子でアースに近寄ってくる。
「おっきー」
「なんだか温かいね」
「精霊魔法だろ?」
「ぼふぼふ」
「鳴いた!」
「この子はアースって言うんだよ」
僕が教えると子供達は目を輝かせてアースの名前を呼び始めた。
「ねーねーお姉ちゃん。その子達の名前は?」
女の子がナスとヒビキに視線を向けてくる。
「こっちのナビィがナスで、僕が抱いてるのがヒビキだよ」
「ぴー」
「きゅーきゅー」
「うわぁ! かわいい!」
「なぁなぁ。もしかして姉ちゃんが大通りの雪像作ったの?」
「んふふ。違うよ。アースが作ったんだよ」
「えー、うっそだー。動物が作れるわけないじゃん」
「んふふ。アースはただの動物じゃないからね。アースは魔獣なんだよ」
「魔獣? 本当に?」
「本当だよ。アースはアライサスなんだけどね、普通のアライサスはこんなに大きくないんだ。
それとナスとヒビキも魔獣なんだよ」
「えー、こんなにかわいいのに?」
「うん。かわいいけど魔獣なんだよ。ナスの角は危ないから気を付けてね」
「ぴー」
「魔獣だとあんな凄いせつぞー作れるようになるの?」
「んー。アースだから作れるんじゃないかな。ナスもヒビキは作る自信ある?」
「ぴぃ……」
「きゅい」
「ふたりには無理みたい」
「お姉ちゃん魔獣の言葉が分かるの?」
「うん。分かるよ」
「すごーい!」
「すごいでしょー」
子供達としばらく戯れた後、訓練の時間が無くなる事に気づいた僕は子供達と別れ急いで施設に戻り魔獣達と別れた。
そして、組合の建物に入り訓練場に向かう途中の事、またあの男の子に出会った。廊下をすれ違うだけだったか、僕を見つけた男の子の表情は険しい物だった。
酒場から出てしばらく歩いてから僕はおもむろに横に跳んだ。
そして雪の降る夜、街灯に照らされた路地に石を叩く音が鳴り響く。
後ろを向くとそこには例の男の子が金属製の剣を持ち憎しみの目で僕を見ていた。
ライチーは傍にはいない。男の子が待ち伏せしている事に気づいた時点で魔獣達の所に行かせたからだ。
多少渋ってはいたが、あまり刺激的な場面は見せたくなかったから何とか説得した。
「どうして……どうしてお前ばっかり!」
「……本気?」
「どうしてお前ばっかりみんな信じるんだよ! どいつもこいつも、俺のいう事信じないで!」
男の子は剣を振りかぶりもう一度斬りかかってきた。
僕はサンダーインパルスを使わずに男の子の剣を避けて背後を取り拘束する。
「放せよ!」
「君のしてる事は立派な犯罪だよ!」
「放せ!」
男の子は渾身の力を奮い僕の拘束を振りほどく。
「お前さえいなければ!」
男の子の攻撃を僕は避ける。
取り押さえようにも剣をでたらめに振ってくるので下手に動いたらお互いに怪我を負うだろう。
僕は自分の動きで男の子の動きを誘導し隙を作らせ、強い勢いで男の子のお腹に向けて身を低くして肩から突進する。
男の子は地面に尻もちをついた。
「お前が……お前が!」
「少し落ち着け!」
『クリエイトウォーター』を使い男の子の頭に温めのお湯をかける。
「なにすんだ!」
「それはこっちの台詞だ! 剣なんて振り回して!」
「お前が悪いんだ! お前さえいなければ!」
「勝手な事を言うな! 君のしようとしてた事は耳に入ってるけど、君が言っている事は全部君自身の問題だ!」
「うるせぇ!!」
この子が何をしようとしていたのかは僕も知っている。僕の悪口等の流言飛語を冒険者達の間に広めようとしていたんだ。
その事を教えてくれたのは酒場にやってくる常連の冒険者だった。
男の子達が僕が身体を売っているという噂を流していると教えてくれたんだ。
僕はもちろんすぐにその場で否定したし、信じた人が僕に身体を求めてきた人もいたが、事情を話すと大抵の人は引き下がったし、乱暴な事をしようとした人は撃退した。
完全に信じられたとは思っていないし、同じ女の子の冒険者には遠巻きにされているように感じる時もある。
酒場で会う人達にそれとなく困っている事を話し噂を否定してくれるように頼んではいる。
そのお陰か酒場でよく話す人は信じてくれる人が多いが、しかし、酒場以外では僕の評価はどうなっているかは定かではない。他の冒険者との接点がないから今の所実害はないだけだ。
悪意があの子に向かっていかなかっただけ良かったと思っている。もしもあの子に向かっていたら……。
背後から三人近寄ってくる。
近くにいるのに声をかけてくる気配がない。
男の子の口元が歪む。きっと男の子の仲間だろう。けれど確信はない。
念の為に行動に出てくるまで僕は気づかないふりをして男の子の相手をする。
「君が今どんな状況なのかは知らない。けど、僕は君に対して警戒して噂を否定した事以外何もしてない。
それで君に何かがあったとしてもそれは君自身が招いた事だ」
言い終わると背後から誰かに口を塞がれ両腕を掴まれた。
「おいベイ。女に何やってんだよ」
「人が来る前にさっさと連れて行こうぜ」
「結構かわいいじゃん。誰からするよ」
拘束を解こうとするけれど僕よりも力が強い。力自慢を連れて来たのか。
僕は三人の体内に魔力の糸を通しサンダーインパルスを使う。
「がっ!」
「うぎっ!?」
「ぎがっ!」
不審者三人の拘束が解けたので離れる。
とりあえず動けない様に電気は流し続けて置く。
「君の仲間、これだけ?」
「……」
僕が拘束されているうちに立ち上がっていた男の子は剣を構える。
「そんなに僕の事が憎いの?」
「うあああああ!」
「いい加減僕だって怒ってるんだよ」
斬りかかってきた男の子にもサンダーインパルスを流しておく。
「あがっ!」
「とりあえず兵舎に行こうか」
遠くから兵士らしき人達がこちらに向かってきている。
恐らく僕達の声を聴いて誰かが通報したんだろう。
だけど歩みは遅いからただの喧嘩と思われているのかもしれない。
「はぁ……」
胸の中に渦巻く気持ちの悪い物を吐き出す為にため息をつくが気分は晴れない。