空を自由に
フェアチャイルドさんの姿をしたライチーを連れて僕は雪の降る街の中とりあえず大通りまで出て来た。。
前世では雪の日は寒かったり路面が滑って危なかったりするだろうが、だがしかし今世には魔法がある。
暖かい空気を自分の身体の周囲に生み出して、空気に触れて溶けた雪は魔力を使い纏めておく。
滑りやすい地面も魔力を使えば滑る事なく歩く事が出来る。
簡単にこなしているように見えるかもしれないがないが、魔力操作の高い技量が必要とされる。魔法を真面目に訓練している人じゃないと同じ事は出来ないだろう。
ライチーの方は精霊だから寒さなんて気にしないからなんの問題もない。
ちゃんと事前に指摘しておいた通りに靴の裏に魔力を集めてきちんと足跡を残している。
「らい……フェアチャイルドさん。どこか行きたい所とかある?」
ライチーはしばらく考える仕草をした後周りに聞こえない様に小さな声で答えた。
『おはなやさんみたいな』
「お花屋さんか。いいよ」
案内しようと手を繋ごうとしたが手がすり抜けてしまった。
「あっ」
『おててつなぎたいの?』
「あはは、つい癖でやっちゃっただけだよ。フェアチャイルドさん。はぐれないようにね?」
ライチーは頷いて答えた。
並んで歩き花屋を目指す。
花屋は南の大通りから複数ある路地の内の一本に入ってすぐ場所にある。
雪が降るような寒い日でも花屋の花はブリザベーションのおかげで鮮やかに咲いている。
しばらくの間花を楽しんだ後、僕はライチーが熱心に見ていた黄色い花を一つ買った。
花を持ったまま僕達はお昼の時間になるまで街中を散策する。
昼に近づくと降っていた雪が止み雲に覆われていた空から光が差し込み始めている。
一旦魔獣達の所に戻り、魔獣達のお昼を用意した後ライチーには元の姿に戻って貰う。
そして、僕自身が昼食を取った後宿屋探しに向かった。
宿屋は今朝まで止まっていた宿屋と同格の場所を確保したいのだけど、そういう宿屋の一人部屋は雪の所為か満室である事が多かった。
午後になれば都市を出立した人も増えるという予測は甘かったようだ。
年末が迫っていてなおかつ雪だ。年が明ければ雪像祭も近いので急ぎの用事でもない限り行商人も冒険者も動かない人が多いのかもしれない。
格の高い宿屋なら鍵や金庫があり、用心棒がいたりもするのだけど……仕方ない。防犯面が少し心配だけれど宿屋の格を一つ下げる事にした。
そうすると宿はすぐに見つかった。泊まっていた宿屋の近くにある、部屋にはかんぬきと堅い木で作られた金庫がある宿屋だ。
金庫が木製と言うのが少し気になるけど、悪くはない。まだこの国は鍵はかんぬきが一般的で、宿屋の多くはかんぬきを採用している。
木製の金庫もあるだけ御の字だろう。用心棒に関してはどうやら宿屋の主人がやっているらしいが、まぁよくある事だ。
部屋に入ると部屋の中はきれいに整えられてはいる。しかし、客人があまり触らないであろう場所にはうっすらと埃が残っている。あまり空き部屋の掃除は熱心には行っていないようだ。
僕自身が簡単に掃除しなおしてから荷物を置く。
部屋の金庫にはそこそこ大切であまり使わない物を入れて置き、本当に大切な物は僕自身が肌身離さず持っておく。
そして、部屋の机の上にはライチーがいつでも読めるように午前中に買っておいた絵本と入れ物に挿した黄色い花を置いておく。
この絵本は僕が部屋にいない時は金庫の中へ入れておくつもりだ。
この国の本はちゃんと紙で出来ているが高価な物、という訳ではない。
前世の世界で中世とかだと本は高級品だったりしたようだが、この世界ではそれは通用しない。紙自体は植物系の精霊に頼んで材料を生み出してもらい、印刷も魔法でパパっと転写する事が出来る。
ただインクなどの染料に関しては色によっては少し割高なようだ。
なので、普通の小説よりも色鮮やかな絵本の方が高い、なんて事はよくある。
部屋の片づけと荷物の整理を終えた僕は椅子に座りライチーと向かい合った。
「ねぇライチー。今フェアチャイルドさん達はどうしてる?」
『えっとねぇ、いまひとつめのむらでやどやのへやをとったところだって』
ライチーは嬉々として僕達と別れた後のフェアチャイルドさんの様子を話し始めた。
都市と村々を繋ぐ道はきちんと除雪されているが、道の外側の雪は除雪されておらずまるで壁のように積み上がり、高さはアースと同じくらいはあるらしい。
そんな道だから延々と白い壁を見る羽目になっていたが、時折休憩所らしき空き地があり、そこでは料理をしている人も見かけたという。
フェアチャイルドさん達は昨日携帯食料を買っていたから料理をする必要はないはずだけれど、そういう場所があるなら食材を買ってもよかったかもしれないな。
どうやら休憩所の事はカナデさんは知っていたようだが、自分では料理をしないからすっかり忘れていたようだ。これにはフェアチャイルドさんも呆れたらしい。
「でもそっかぁ、そんなに積もってるんじゃアース連れて移動するっていうのは難しそうだね」
『おそらとべればいいのにねー』
「んふふ。そうだね……空かぁ。飛行機があればなぁ」
『ひこーきってなぁに?』
「空を飛ぶ乗り物の事だよ。鳥みたいに羽があるんだけどね、火の力で飛ぶんだよ」
実際には違うかもしれないけど、まぁ僕だって詳しい原理なんてわからないんだしいいだろう。
『とりー? ヒビキみたいな?』
「あははっ、ヒビキは丸すぎるから飛行機っていうよりは気球だよね」
『ききゅ?』
「気球っていうのはね、飛行機と同じく空を飛ぶ乗り物だよ。こっちの方はね、風船……はないから分からないか。袋に暖かい空気を入れて空を飛ぶんだよ」
『おー……』
分かっていないのか気の抜けた返事をするライチー。
「んとね。ライチーは火が燃えると上の方が温かくなるって分かる?」
『うん』
「良かった。そう言えばライチー達精霊って温度とか分かるの?」
『んー? なんとなく? くうきがうえにうごいてるとあたたかくて、うごいてないとさむいってサラサがいってた』
「そういう風に感じてるんだ。じゃあ話が早い。その暖かいと上に動く空気を使って空を飛ぶんだよ」
『おー』
少しは理解できたのか先ほどよりも元気がある反応だ。
『じゃあそのききゅーがあればレナスもとべるの?』
「飛べるねー」
『アースも?』
「おっきい気球があれば飛べるねー」
『じゃあつくろー!』
「え」
『おそらとべればレナスのみたがってたたかいところからいろんなところみれるよ!』
「……」
『わたしといっしょにおそらもおさんぽできるよ。どうかなー?』
「……いい考えだね」
『じゃあ!』
「うん……いいかもしれない。この世界には魔法もあるし、対熱の布も丈夫な布にブリザベーションをかければ問題ない。うん。そうだよ。気球があれば安全に魔の平野を越せるんじゃないか?
いいよ。ライチーいい考えだよ!」
『えへへー』
「ああ、僕はなんて馬鹿なんだ。こんな事も思いつかないなんて」
『じゃあすぐききゅーつくろー』
「うーんでもまずは材料を集めないと。実験もしたいからすぐにはできないよ」
『えー』
「アースが乗れるようなのを作るとなると相当大きくなるだろうから……気球の燃料ってどれくらい使うんだろ? まぁそれは実験すればわかるか。
問題は乗る部分だよね。船があれば……いや、駄目か。宙に浮くのと水に浮くのとで同じ強度だとは思えないし、アースが乗れるほどの船がこの国にあるとは思えない。
乗る部分に関しては僕じゃ手に負えないな。大工に頼めないかな。
なんにしろ大量の木材が必要なのも痛いな。どっちもお金があればできるってわけじゃないだろうし……。
誰かに援助してもらった方がいいかな。
援助か……ユウナ様に頼んでみるか? でもアーク国民として他国の人間に最初に頼むっていうのも不味い気はするんだよな。となると他に人脈が広そうな人と言えば……誰だろう。アールス経由で頼んだ方がいいかな。
でもその前に、誰に頼むにしろ援助を申し込むんなら実験はしておいた方がいいよね……」
『ナギー?』
「……ん? ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事しちゃった」
ライチーは寂しそうに僕を見ていた。
「ごめんね。放っておいちゃって」
『いいの。わたしにはレナスがいるから』
そういってライチーは拗ねてしまった。その仕草はやはりフェアチャイルドさんを彷彿とさせる。
「でも、僕とも仲良くしてくれたら、僕は嬉しいな」
『……じゃあもうわたしのことほっとかない?』
「うん。ほっとかない」
『じゃあおひざのうえのってもいい?』
「いいよ。おいで」
そう言って前に腕を伸ばすとライチーはすぐに僕の膝の上に乗って、頭を僕の胸に預けてきた。
『ナギのおっぱいやわらかーい』
「あはは……」
『ナギとレナスはおんなのこなんだよね? どーしてレナスとちがうの?』
「それ絶対にフェアチャイルドさんに聞いちゃ駄目だよ」
『きかないよー。まえにきいたらすっごくこわいかおしてたもん』
手遅れだったか。
まだ成長の途中だというのにフェアチャイルドさんはどうしてそこまで胸の大きさを気にするのだろう。
「女の子の胸にはね、脂肪っていうのが一杯詰まってるんだよ」
『しってる! おにくについてるしろいやつ!』
「そうだよ。さすがライチー、よく知ってるね」
『えへへー』
「脂肪があるから軟らかいんだよ」
『どーしてしぼうがいっぱいあるの?』
「それは……んー。どうしてだろうね? 僕にも分からないや」
『ナギもしらないんだー。あっ、わかった! あのね、なにかがあたってもいたくないようにだ!』
ライチーは自信満々に僕の胸に頭を何度も当ててくる。
「んふふ。そうかもしれないね。でも僕は痛いからね? やめてくれると嬉しいな」
『いたいのー?』
ライチーの身体は魔力で出来ているおかげで実際そんなに痛くはない。けれど衝撃は来るのでやめてもらう。
ライチーは答えが間違えたと思ったのか残念そうに力を抜き僕に身体を預けてくる。
「ライチーのいう事は間違ってないと思うよ。ただし、痛くないのは胸に当たった方だね」
『でもナギがいたくちゃだめだよー』
「んふふ。そうだね」
そう返して僕はライチーを抱きしめるように腕を回す。
「胸が柔らかいのはこうやって子供を優しく抱き止める為かもしれないね」
『じゃあレナスは? どーしておっきくないの?』
「彼女はまだ子供で、これからもっと大きくなっていくよ」
『レナスまだおおきくなるの?』
「なるよー。今僕達は成長期だからこれからもっともっと大きくなるよ」
『アースみたいに?』
「さすがにあそこまでは大きくはならないよ。カナデさんやレーベさん位かなぁ」
『シスターかぁ。シスターげんきにしてるかなぁ』
「心配?」
『うん……シスターいまひとりぼっちだもん』
「ライチーは優しいね。でも大丈夫だよ。レーベさんは大人だし、村の人達だっているんだから」
『おとなだとひとりでもだいじょうぶなの?』
「大丈夫と言うか……」
僕はどう言おうかと思い考えを巡らせたその時、ふいに前世でお父さんが言っていた言葉を思い出した。
「……楽しい思い出があるならきっと耐えられるよ」
たしか、あれは僕の記憶がはっきりとしない中学生の時の事だ。
その日僕は何を思ってかお父さんに、お母さんがいなくて寂しくは無いかと聞いたんだ。
お父さんはその時、お母さんとは一杯楽しい思い出があるから平気だ、と答えていた。
そして、僕の中にもあるだろう? と問い返してきた。
それからだ。僕の記憶がはっきりしているのは。
僕はお父さんの言葉に涙を流した事を今でもはっきりと覚えている。
『そうなの?』
「……僕のお父さんはそうだったみたい」
『おとーさん?』
「他の人には内緒だよ? お父さんにも」
『わかったー』
お父さん。兄さん。僕は二人に何かを残せていただろうか?