出展
フェアチャイルドさんに話をした日から数日が経った。
表面上はいつも通りの彼女だけれど、あの日からフェアチャイルドさんは僕のベッドに潜り込んで来る事が無くなった。
依頼も別々にこなす事が多くなった。
依頼は雪が多い所為で少なく、受けられる人数も一人だけと言うのがほとんどで手分けして依頼を受ける事になったんだ。
あるかなと思っていた雪かきの依頼は冒険者には回ってこないとは思わなかった。
この世界の雪かきは基本的に精霊魔法で処理される。
そして、なんと雪が降る都市や村に住む人には火と水の精霊と契約している人が多いらしい。
精霊に対して契約している人が多すぎる為、精霊の力が分割されすぎて実戦ではあまり役には立たないらしいが、雪かきしたり暖を取ったりする分には十分なようだ。
気難しく契約が難しいとは何だったのか。この情報を知っていればこの前の治療の依頼ももっと楽になっていたのに。
まさに所変われば品変わるだ。南側と北側の常識に違いが顕著に表れた一件だ。
サラサに聞いてみると精霊は好きな相手に力を集中させたい傾向があるからあまり契約したがらないだけで、中には愛を沢山持っている精霊ももちろんいて、そういう精霊は見境なく契約してもおかしくはないそうだ。
ただそういう精霊は節操なしとみなされ他の精霊からは嫌われているらしい。サラサもちやほやされるのが嬉しいのかと毒を吐いていた。
なんというか……うん。あれだ、何人もの異性とお付き合いしてるみたいな感じなのかもしれない。
精霊側は契約者が他の精霊と契約してもいいのかという疑問は自分達が納得しているから問題ないとの事だ。
サラサは保護者、ディアナは姉、ライチーは友達とそれぞれ自己認識している為かち合う事がないらしい。
大分話がそれたが、依頼は少ないが第二階位に上がったお陰で第一階位の時よりも報酬のいい依頼を選べるようになった。
問題なのは依頼が少ない為依頼を大量に消化して一気に第三階位に上がる事が出来ないと言った事だろうか。
第二階位から第三階位に上がるには二百件の依頼の達成が必要になる。
第二階位に上がればその分信用が組合から保障され難しい仕事が受けられるようになるが、拘束時間が長くなり一週間一つの依頼に縛られる事も珍しくない。
なのでカナデさんもそうだったようだが、早く第三階位に上がりたい人は第一階位向けの依頼をこなすのが普通らしい。だがこのティマイオスでは今僕達が受けられる第一階位の依頼はほとんどない。何度も言うが、依頼が少ない。少ないから第一階位の依頼を第二階位の僕らには回ってこない。
さすがに余っていない依頼を上の階位の人間が奪うというのは、それこそ上の階位の依頼が全くないという状況でもない限りは白眼視されても文句は言えないんだ。
そんな訳で僕達は拘束時間の長い依頼を受けるしかないのだけど、なるべく一日二日で終わる物を選んでいる。でもそういうのは大抵一人と言う指定付きなのでフェアチャイルドさんと一緒に依頼をこなす事が少なくなったんだ。
夕方、三日に渡る依頼を終えて僕は組合へ報告にやってきた。
傍に彼女がいない事も慣れて……慣れてきた。
受付に行き依頼の達成を報告をして報酬を受け取ると、受付のお姉さんが僕に会いたい人がいると伝えてきた。
「会いたい人ですか?」
「はい。なんでも都市の外にアライサスと言う動物の雪像を作った人を探しているらしく、それがナギさんではないかと面会を求められています」
アライサスという事はアースのだろうか? まだ残っていたのか。雪はあれからも降り続けていたからてっきり原形をとどめていないと思っていたけれど。
「えと、その人はどんな人ですか?」
「はい。雪像祭の運営の方です」
「雪像祭の?」
雪像祭りは新年が明けると同時に行われ一ヶ月間開催されるお祭りだ。そして今は十二月の半ば。開催までそう時間はないが、雪像の製作も今頃から始め開催期間中には途中経過を観光客に見せるらしい。
「はい。どうしてもアライサスの像を作った方にお祭に参加して欲しいそうです」
「そう……ですか。えと、それじゃあ会おうと思います。相手方の都合のいい日はいつでしょうか?」
「都合がよろしければ明日にでもとの事です」
「ああ、それなら明日お願いします」
「恐らく午後からになられると思いますが」
「大丈夫です」
「かしこまりました。すぐに連絡の人間を送ります」
「お願いします」
大変な事になったぞ。
僕は組合で用事がすむとすぐに預かり施設に向かいアースに会った。
魔獣達の待つ小屋の中にはカナデさんがすでにいてナスをもふもふしていた。
「カナデさん。みんな大変だ。事件だ!」
「どうしたんですかぁ?」
「ぴー?」
「きゅー?」
「ぼふっ」
「アースの作った雪像が雪像祭の運営の人の目に留まって、作った人に参加して欲しいんだって」
「えぇ~!? ほ、本当ですかぁ?」
「ぼふ?」
事件と言っても興味なさげだったアースが視線を僕の方へと向けた。
「明日話してみるけど、アースはどうしたい?」
「ぼふぼふ」
話次第ね、と言っているが見栄を張っているのは見え見えだ。評価されたのが嬉しいのか瞳を輝かせ尻尾を振り回している。
「分かった。とりあえず明日午後に会う予定だからその時アースと交えて話をしようね」
「ぼふっ」
「すごいですねぇ。明日は目一杯おしゃれしないといけませんね~」
「ぼふぼふ」
「んふふ。じゃあ今日はしっかりと汚れを落とさないとね」
「ぼふ」
問題は魔獣が参加できるかどうかだな。アースががっかりする結果にならないといいけど。
しばらく待つとフェアチャイルドさんも小屋へやって来た。雪像祭の事を話すと大変驚かれた。
そしてライチーから自分の作った雪ナビィはー? と聞かれ僕は答えに窮した。
曖昧にライチーに答えつつフェアチャイルドさんにアースを洗う事を告げると快く手伝ってくれる事になった。
アースを洗うにフェアチャイルドさんがいてくれると非常に助かるのだ。
アースを洗う為に僕はアースを連れて施設にある空地へと向かった。
この空き地は預けてある動物を洗ったり、馬車から荷物の積み下ろしをする所だ。
雪が降っているからか、それとも暗い時間だからか利用している人はいない。
アースがいると他の動物が怖がるのでちょうどいい。
まずフェアチャイルドさんは水で作られた半球状の薄い膜を張り雨風を防ぐ。
続けてアースの身体に生み出した水を纏わりつかせ強い勢いで動かす。
「ぼふ~」
「気持ちいい?」
「ぼふ」
「んふふ。そっか」
汚れた水は少し離れた場所にまとめてサラサの魔法で水分を完全に蒸発させる。これがアースを洗う際にフェアチャイルドさんが考え出した水の処分法だ。なんと単純な答えだったんだろう。昔の難しく考えていた僕達を笑ってやりたい。
後は完全に乾く前に背中に乗り熱風を当てながら櫛を入れる。これに関しては乾くまでの時間とのスピード勝負だ。
もちろんフェアチャイルドさんも小さい櫛で手伝って貰っている。
櫛で梳き終わるとアースの毛づやが一目でよくなったのが分かる。
汚れで色がくすみ灰色になっていたが今はまさに銀毛と呼ぶに相応しい輝きを放っている。
「うんうん。きれいだねーアース」
「ぼふ」
とうぜんよ、と言わんばかりに頭を持ち上げ角を掲げる。
「フェアチャイルドさん手伝ってくれてありがとうね」
「はい」
フェアチャイルドさんとの間にはいつもよりも少し距離がある。あの日の翌日からずっとだ。
受け答えは変わらないけれど距離だけは縮まらない。
……でもそれでいいのかもしれない。いつまでも二人一緒と言う訳には行かないのだから。
翌日、僕は約束の時間になるまで街で時間をつぶす事にした。フェアチャイルドさんとカナデさんは依頼をこなしているので僕一人だ。
街中はもう昨夜の分の大体雪かきが終わっていて道の端に雪が積み上げられている。
そして、所々で積み上げられた雪を手押し車乗せている人がいる。きっと処分するために移動させるんだろう。
作業をしている人達を見ていてよそ見をしていた僕は何かにぶつかった。
軽い衝撃で転びはしなかったからすぐに確認すると、僕と同じ年頃の男の子が尻もちをついていた。
「ごめんね。怪我はない?」
手を差し伸べると男の子は手を取らずに立ち上がり僕を睨みつけた。
立ち上がると僕よりも背が低い事が分かった。年下だろうか?
「気をつけろバーカ!」
そう言って駆け出した。
「走ると転ぶよー」
僕の忠告を無視しているのか走るのをやめずに男の子は雑踏の中へ消えていった。
僕は今度はぶつからないようにきちんと前を向いて歩きだす。
そうして街で時間をつぶし時計台で時間になった事を確認すると僕は組合へ向かった。
組合に行き受付に行くと客人はまだ来ていないようだったけれど応接室へ通された。
受付のお姉さんがお茶とお茶請けを出してくれたのでそれを堪能しながら新しい魔法陣の構想を練り時間が過ぎるのを待った。
待ったのは十分くらいだろうか? 扉が開き老齢の白髪の男性が入って来て僕の姿を確認すると同時に口を開いた。
「おおっ、君があのアライサスの雪像を作った子か!」
男性が僕の方へ向かってきたので慌てて立ち上がった。
「あ、あのそれは……」
「おおっと! これは失礼」
僕が緊張している事に気づいたのか男性は姿勢を正し右腕をお腹の前に置きお辞儀をしてきた。
「私は雪像祭運営委員会副会長のウェルター=アッテンボローと申します。どうぞお見知りおきを」
「ぼ、僕は冒険者のアリス=ナギです」
「いやぁ、見ましたよアライサスの雪像を。あれは素晴らしい! まるで今にも動き出しそうな躍動感を感じさせる雪像だった! ぜひとも祭に参加して欲しい!」
「あ、いえ……あれを作ったのは僕ではなくてですね」
「何? 違うのかね? しかし君は検問所の兵士からは君ではないかと言われたのだが」
「兵士達は僕がアライサスの魔獣を連れていたからそう思ったんですよね?」
「魔獣? そうかもしれないが」
「あれ作ったの僕の仲間の魔獣なんです」
「なんと? 魔獣が雪像を作ったというのかね?」
「はい。すぐにでも証明は出来ますが」
「ふぅむ。魔獣とは賢い生き物だとは聞いていたがまさか……いや、この目で見た方が早いか」
「ではまず魔獣の所に案内しましょう」
「おお、頼みます」
アッテンボローさんを連れ僕はアースの所に向かった。
そして、小屋の中に入るとこちらに気づいたアースが立ち上がりゆっくりと優雅な歩みで僕達の前に出てきた。
「ぴぃ……」
ナスが気持ち悪いと不快感を露にするとアースは尻尾でナスの事を軽く叩いた。
普段の二匹を知っているから叩いたと分かるけど、恐らく傍から見たら偶然歩いて揺れた尻尾に当たったようにしか見えないだろう。
「おおっ、なんと美しい毛並みの魔獣なんだ! そうか、アライサスは魔獣化するとこのように美しく壮麗な獣になるのか!」
「アースって言います。この子が雪像を作ったんですよ」
「なんと。このように美しいアライサスがあの雪像を?」
アッテンボローさんが美しいというものだからアースの鼻息が強くなっている。
「はい。アース。これから外に出て雪像を作ってもらう事になるけど大丈夫かな?」
「ぼふっ」
飾り布は今朝の内に着せてあるのでいつでも出れる準備は出来ている。
「大丈夫だそうです」
「それは良かった。それにしてもこのような魔獣をその若さで従えているとは。優秀な魔獣使いのようだね」
「ありがとうございます。めぐり合わせが良く偶然仲間に出来たのですがいつも助けて貰っています。それじゃあアース行くよ。ナスとヒビキはお留守番よろしくね」
「ぴー」
「きゅー?」
「え? ヒビキついて行きたいの?」
「きゅーきゅー」
「えと……アッテンボローさん」
「構わないよ。私はアース君が雪像を作る所が見れればいいからね」
「ありがとうございます。じゃあふたりも一緒に行こうか?」
「ぴー!」
「きゅーきゅー」
「アッテンボローさん。すみませんがふたりが外に出る準備をしますので時間を少し拝借させていただきます」
「ああいいとも。外は雪が降っているからね。準備は必要だろう」
「では失礼して」
手早く荷物の中からナスの靴とマントとヒビキの服を取り出しふたりに着せる。
そして、魔獣達を連れて都市の外へ向かった。
その間ずっとアースは猫を被った様にお淑やかにしていたのでナスが気持ち悪がっていた。
ヒビキはいつものように僕の腕の中だ。ヒビキが僕達の周囲を暖かくしているので雪の降る中でも快適だ。
ヒビキが暖かくしている領域内では雪が解けて水に変わってしまうのでその水は僕が魔力で操り除去している。
「しかし、こんな能力があるのなら服は要らないのではないかね」
検問所に向かう途中アッテンボローさんがそんな事を聞いてきた。
「服は寒風を防いだり毛や羽が濡れないようにする為の物です。さすがに濡れた所に寒風が吹き込んでくると体調を悪くするかもしれませんから」
さすがにヒビキの能力では寒風までは防いでいない。いや、防ごうと思えば防げるんだけど、その場合領域を通り抜けた風は熱風になるので僕がフォローできない所まで届いて雪を溶かしてしまうんだ。その為範囲外に出る熱風を冷やすという工程が増える。
しかし、ヒビキは自分の魔力そのものに熱を加えている為きちんと制御できていれば温めている範囲は一定に保つ事が出来る。
この方法なら風が吹いても領域内を抜ければすぐに風は冷える為熱風が遠くまで届く事はないし簡単だ。
「なるほど。魔獣達の事を大切にしているんだね」
「はい。大事な友達ですから」
大型魔獣用の検問所から都市の外に出て橋を渡った所で、橋の上だけ除雪は済んでいた。
橋を渡り終えると僕の脚を埋め尽くすほど雪が積もっているがアースが踏み均してくれるので足を取られることはない。
橋を渡る人や魔獣の邪魔にならない位置に移動しアースに雪像を作るように頼むと、アースはぼふっと力強く鳴いた。
アースは魔力を操り雪を集める。これは土を操るのと同じ要領なので簡単らしい。
辺り一帯、大体半径五十ハトル位だろうか? 範囲内の全ての雪を集めたらそれを一気に圧縮させる。これもソリッド・ウォールの応用だから簡単らしい。ちょっと何言ってるか分かりませんね。
色々ツッコミたい所だけどあまりのスケールの違いに開いた口が塞がらない。
圧縮する際に形を整えるだけで完成だ。
アースが作ったのはパナイの花畑だった。
一連の流れにさすがのナスも呆然としながらすごいと呟いた。
辺り一面に広がる花畑にアッテンボローさんはよろよろと近づいていく。
「す、素晴らしい……こんな短時間にこんなに多くの花を……」
「パナイの花ですね。ダイソンの周辺に沢山咲いているんですよ。んふふ。またダイソンに行くのが楽しみだねアース」
「ぼふぼふ」
まぁその時にまだ咲いてるかは分からないけど。
「アース君! ぜひとも雪像祭で作品を出展してくれないか?」
「ぼふ? ぼふ!」
「やりたいそうです」
意外とあっさりと決めたな。アースの事だからもっと焦らすかと思ったけれど。
「!? そうか! ならナギ君。一度都市に戻って出展についての話をしよう」
「分かりました」