選択
雪を小さな塊にして地面に転がしていく。
周りの雪を巻き込んで雪の塊は徐々に大きくなっていく。
僕の隣でフェアチャイルドさんも同じ事をしている。
どんどん転がしてある程度まで大きくなった所で止める。
フェアチャイルドさんの方を見てみると僕の物よりも小さなヒビキ位の大きさの雪玉が出来ている。
フェアチャイルドさんの作った雪玉を僕の作った雪玉の上に乗せ、林で拾ってきた枝を下の大玉に二本差し、乗っかっている雪玉に丸い石を二個間隔を離し横に並べて埋め込む。
さらに二つの石の中間より下の所に細長い角が丸くなった三角形の石を付けて完成だ。
「これが雪だるまなんですね」
「だね」
『うー、わたしもつくりたーい』
「ライチーじゃ無理」
「せめて雪玉押せるようにならないとね」
『うー! ナギー、わたしもゆきであそびたいー』
「ええ? うーんライチーでも出来そうなのか。じゃあ細長い葉っぱ二枚と赤い小さな木の実か、無かったら小さな石を二つ持って来てくれる?」
『わかった!』
元気よく返事して飛び出していくライチー。その後をサラサとディアナが追いかけていく。
精霊は繋がりを持った術士の居場所が分かるらしいから迷子になる事はないだろう。二人がついて行ったのはライチーが夢中になり過ぎて帰りが遅くならないように見張る為だ。
三人が林の中に入ったのを確認すると僕は雪だるまの傍にあるかまくらを指さした。
かまくらは雪蔵と翻訳される。恐らくこちらの言葉では雪と蔵を意味する単語を繋げているからだろう。
「少し休もうか」
雪蔵はカナデさんが一つ作りナスとヒビキを連れて中にこもってもふもふ天国を堪能しているはずだ。
中にいないアースは何やら雪蔵の裏で雪を操り作っている。遠くの方まで地面の雪が見えないのはなぜだろう?
フェアチャイルドさんが頷くと僕は彼女と手を繋ぎ雪蔵の中へ入る。
「あらぁ、いらっしゃい~」
ヒビキに頬ずりしながらナスを膝の上に乗せているカナデさんがいつも以上に間延びした声で出迎える。
「はぁ~、外は冷たい雪、でもこの雪蔵の中は取っても暖かいですぅ。その上ナスちゃんとヒビキちゃんがいる……私今とっても贅沢していますぅ~」
「ぐぬぬ。なんて羨ましい」
「むぅ……」
でも確かに雪蔵の中はヒビキのおかげでとても暖かい。ナスも満足げに手足を伸ばして寛いでいる。
しかし、羨ましがっても仕方ない。今二匹はカナデさんの手の中だ。
「ナスー」
声をかけてみるとナスはぴくんと耳を動かしたがすぐに耳を寝かせた。
「……ヒビキー」
「きゅー?」
僕の方を向いて首を捻るが動く気配はない。
「そ、そんな……」
「うふふ~。駄目ですよぉ。ヒビキちゃんにはちゃんと言わないとぉ。それにぃナスちゃんはおねむですよ~」
「……そうですね。ヒビキ、おいで」
「きゅー」
きちんと言葉にするとヒビキはちゃんと僕の胸に飛び込んできてくれた。
「おっとと。んふふ。ヒビキかわいいねー」
「きゅーきゅー」
「むー……」
「レナスさんさっきから唸ってどうしたんですかぁ? お腹でも痛いんですかぁ?」
「え? そうなの?」
「痛くありません」
「そうですかぁ?」
「でも少し不機嫌そうだよね?」
「……お腹が空いただけです」
「あれ? もうそんな時間?」
外に出て確かめてみると確かに太陽は正午を過ぎた位置に動いていた。
「あっ、ご飯持って来てないよ」
「荷物は施設に預けっぱなしですからねぇ。都市まで戻らないと~」
「ううん。仕方ないな。フェアチャイルドさん。ライチー達呼び戻せる?」
「はい。できます」
「じゃあライチー達が戻ってきたら……ライチーと約束したんだった。それ終えてからでもいい?」
「大丈夫です」
「ごめんね? お腹空かせてるのに待たせるような事して」
「いえ、ライチーの為ですから」
「お詫びになんでも食べたい物言ってね」
「……それでしたら、ナギさんの手料理が食べたいです」
「僕の? 時間かかっちゃうよ?」
「それでもいいです」
「うーん……カナデさんはどうしますか?」
「私はまだお腹減っていませんから大丈夫ですよぉ」
「ふんむ……それならここで待っててくれる? 調理器具と材料持って来るから」
「ここで食べるんですか?」
「折角こんな雪蔵作ったんだからここで食べるのもいい思い出になると思うよ?」
広さ的にナスには調理の間は外に出てもらう必要があるけど。
「いいですねぇ~」
「たしかにそうですね。そうしましょう」
「じゃあ急いで取ってくるね。ナス、起きて。都市に行くよ」
さすがにフェアチャイルドさん達がいるからと言って魔獣達を置いていく訳には行かないので寝ているナスを揺すって起こす。
ナスは素直に起きて僕に鼻先を当ててきた。
「ぴー」
「おはよ。一旦お昼の材料と器具持って来るために都市に戻るからね」
「ぴー」
「あっ、ヒビキちゃんがいなくなるって事は~……」
「この中なら寒くはならないはずですから大丈夫ですよ」
「どうしてですか?」
「風を遮ってるし出入口も小さいから熱がこもるんだよ。だからヒビキがいなくても大丈夫」
「なるほど……でもそれでどうして雪蔵は溶けないのでしょう?」
「外の空気が雪を冷ましてるからだよ」
「はわ~、アリスさんは相変わらず博識ですねぇ」
「んふふ。それほどでもないですよ」
とか言いつつも褒められたのが嬉しくてつい口元がにやけてしまう。
「じゃあ急いで行ってくるね。おっと、その前にライチー達にはゆっくりしていいよって伝えて置いて。教えるのは戻ってきてからになるって事もね」
「分かりました。伝えておきます。それと気を付けてください。足元が滑りやすいでしょうから」
「うん。ありがとう」
「……あれ? ライチーさんとの約束で待たせるお詫びなのにいつの間にかライチーさんとの約束が後回しになっていますね?」
「あれ? そういえば……」
「ふふっ、なんだかおかしいですね」
「ははっ、そうだね。でもなんだか振り回しちゃって悪いな。ライチー達はどうしてるの?」
「ライチーさんが材料集めるのに夢中になっているみたいです」
「そっか。ライチーがもし僕よりも先に帰ってきたら先に謝っておいてくれるかな?」
「任せてください」
「じゃあ行ってくるね」
外に出るとアースを呼ぶために雪蔵の裏側を覗いてみるとそこにはアースが二匹いた。
いや、違う。片方は銀色で飾り布を身に纏っている。そして、もう片方は全身が白い。光の反射の所為で一瞬見間違えたんだ。
「すごいな。これアースだけで作ったの?」
「ぼふ」
アースの雪像は細かい毛はさすがに再現されていないが大雑把な毛並みは再現されていてまるで本当に風に吹かれているかのような躍動感を表現している。
身体全体を見ても大きな差異はない。
「こんな事も出来るんだねアースって」
「ぼふぼふ」
もっと褒めていいのよ、と鼻息を得意げに鳴らした。
「すごいよ。アース。でね、一度都市に戻る事になったから一緒に戻るよ」
「ぼふん?」
「お昼ご飯持って来るの忘れたから取りに行くんだ」
「ぼふぼふ」
「狩ればいいって、動物がいないし調理器具もないよ」
一応包丁兼用のナイフは常時身に着けているけれど、今からだと食事ができるまでどれくらい時間がかかるか分からない。
「ぼふん……ぼふ」
仕方ないわね、といった感じで溜息をつき僕の服の首襟を角で引っ掛けてきた。嫌な予感がする。
次の瞬間僕の身体じゃ宙に浮き一回転した。
そしてトスンとアースの背中にお尻から着地する。
「ぴぃーぴぃー!!」
「きゅーきゅー!」
ナスは危ない事するなと怒っているが、胸に抱いていたヒビキは楽しかったのかすごーいたーのしー、とのんきに喜んでいる。
アースはナスの抗議の声を無視し歩き出す。
検問所まではそう離れていない。歩いてもほんの数分で辿り着けて兵士さん達の姿も肉眼で確認できる距離なのでわざわざアースに乗らなくてもいいんだけどな。
「全くもう……ヒビキ、ナスの傍にいて温めてあげて?」
「きゅー!」
「下雪だから滑るし、尖った石があるかもしれないから気を付けてね?」
「きゅー」
ヒビキは僕の腕の中から抜け出し下の雪を完全に溶かし安全を確認してから飛び降りた。なんとも便利な事だ
自分の何倍もある高さだがヒビキはこれくらいの高さなら無傷で着地する事が出来る。
ヒビキは難なく地面に降り立つとすぐに跳んでナスの背中に乗ったがマントが邪魔だったのか首を捻ってからすぐに降りてしまった。確かに動いてる時にマントに掴んでいると危ないかもしれない。
それでも一緒なのが嬉しいのかヒビキが嬉しそうにパタパタと羽を動かし鳴けばナスもそれに応えて嬉しそうに鳴き返す。
「きゅーきゅー」
「ぴー」
そして、ナスとヒビキは一緒に飛び跳ねアースに追いついた。
さて、お鍋の具材はどうしようか。
お昼を食べ終わった後、僕は約束通りライチーにも作れる雪像を実践して見せた。
これは本当に簡単。まず雪を大福のように半球状に固めて葉っぱを刺し、葉っぱを刺した所の下辺りに丸い石粒を付けるだけで雪ナビィの出来上がりだ。これに角を付けてナスと言い張ってもいいんだけど、ナスは茄子色なんだよな。
雪ナビィを見たライチーは大喜びで真似して作り始めた。
最初は力加減が分からなかったからか不格好な雪ナビィばかりだったけれど徐々に上達していた。
そして、帰る時間になる頃にはサラサとディアナも雪ナビィ作りに参加していて雪蔵とアースの雪像の周りが大量の可愛らしい雪ナビィで埋め尽くされていた。
作り過ぎだと思うが、まぁ多分街道からは離れた場所だから邪魔にはならないだろう。
長い時間都市の外にいたけれどヒビキとサラサのおかげで身体は冷えていない。
周囲の温度を調整できるというのは旅をする上でとても役に立つ能力だ。ふたりにはいつもお世話になっている。
ナスは寒いのは苦手なようだから寒い所ではヒビキかサラサに付いていてもらうのがいいだろう。
生息域がほぼ同じはずのアースとナスに寒さに対する耐性に差があるのはやはり体格の差だろうか?
都市の中にに戻り魔獣達と別れた僕達は一度宿屋に戻ってから着替えを手に近くの公衆浴場へ行き疲れと汚れを落とした。
そして、早めの夕食を終えた後僕は部屋でフェアチャイルドさんに重要な話があると声をかけ椅子に座り僕と向かい合って貰った。
カナデさんも傍で椅子に座っている。
「重要な話とは何ですか?」
フェアチャイルドさんは背筋を伸ばし僕の目を真っ直ぐ見てくる。
僕は前にカナデさんにもした話をあくまでも可能性の話であると前置きしてから話した。
話が進むにつれフェアチャイルドさんの顔が険しくなっていく。
「それでね、フェアチャイルドさんにもどうするか一度考えて欲しいんだ」
「……ナギさんはどうするおつもりなのですか?」
「それはまだ言えない。これはフェアチャイルドさん自身が考えて答えを出して欲しいんだ」
「カナデさんはこの話を知っていたのですか?」
「はい~」
フェアチャイルドさんの眉間の皺がさらに深くなり唇を尖らせ頬を膨らませた。
そして不機嫌な声色を一切隠さず聞いてきた。
「どうしてカナデさんには話していて私には話さなかったんですか?」
「うん……それはね、フェアチャイルドさんには首都にいる間は未来の不安とか、そういうのをなるべく考えずに過ごして欲しかったんだ」
「分かりません。それがなぜ話さない理由になるんですか?」
「なんの気負いも無くアールスとの思い出を作って欲しかったんだよ、アールスやフェアチャイルドさんの為にも」
「そんなの余計な気遣いです」
「……ごめん」
「それで、どうして今なんですか? 首都を出たすぐ後でもよかったじゃないですか」
「それは……いつ話そうか迷ってたんだ。でも雪を見るっていう約束を果たせてそれを一つの区切りにしようと思ったんだ」
「区切り?」
「うん。フェアチャイルドさん。もしかしたら君の故郷まで行くのは出来なくなるかもしれないから」
それを言うとフェアチャイルドさんの目は大きく開かれ、頬を膨らませて尖らせていた愛らしい口が半開きになった。
「どうして、ですか?」
「……考えてみて。僕達が道を違えた時の事、二人共アールスと共に行く事を決めた時の事、反対に二人共アールスとは別の道を歩む時の事。
僕が君の故郷まで行けなくなるかもしれないと言った言葉の意味を。
そして考えて選んで欲しい。君の道を」
フェアチャイルドさんはゆっくりと口を閉じ視線を下の方へ移した。
そして、しばらくの沈黙の後彼女の目から大粒の涙が流れた。
「ナギさんは……ずるいです。卑怯です。私……私が、選べないのを知ってて、こんな意地悪な選択を提示するのですか? ひどいです」
「……」
フェアチャイルドさんは十中八九アールスと共に行くと僕は予想している。
何も話さなかったらきっと確実にアールスと共に旅をすることを決めていただろう。
だから僕は忠告もかねてこの話をした。
何も知らないでいるよりも今から知っていれば何かしらの対策を取る事が出来るから。
それに彼女が安全に生きる道も示しておきたかった。
けれど選択するって事は彼女に迷いと選んだ事に後悔する可能性が生まれるって事だ。それは彼女の言う通りきっとひどい事なんだろう。
だから僕は彼女の言葉をただ受け入れるしかなかった。
だけれど、やはり泣かれるのはすごく辛い。
「わ、私の命はナギさんに助けて貰ったお陰で今も続いているんです……わた、私ナギさんがいなくなったら生きていけません」
「そんな事言わないで? 例え僕に何かあったとしても、僕は君に生きていて欲しい。じゃなきゃ僕が君を助けた事が無意味になっちゃうよ」
「私……私……分かりません。ナギさんの言っている事が分かりません。ずっ、ずっと一緒だと思っていました。なのに、ナギさんはそれをこんな、否定するような、どうして、私の事きら、嫌いですか?」
「そんな訳ないじゃないか。大好きだよ。
でもね? 理由はどうあれ人はいつか分かれる時が来るんだ。絶対に。
なのに僕がいなくなったら生きていけないなんて言われたら僕は悲しいよ。僕は君に生きて幸せになって欲しいんだ」
「私……私……うっ……うぇ……」
フェアチャイルドさんが大きく泣きだした。
『レナスなかせちゃめー!』
「止めなさいライチー」
平手で僕の頭を叩いて来たライチーをサラサが止める。
ディアナはフェアチャイルドさんの涙を拭きとりベッドに寝るように促した。
そして、サラサに窘められ叩くのをやめたライチーはベッドに横になったフェアチャイルドさんに寄り添う。
「ごめんなさいねナギ。ライチーが失礼な事して」
「ううん。僕はそれだけの事をしたんだよ」
「そんな事ないわ。ナギはレナスの事考えてくれてる。だから話したんでしょう?」
「……」
「だから私からはお礼を言っておくわ。ありがとう」
「僕からはごめん。フェアチャイルドさんを泣かせる事になっちゃって。もっと上手く伝えられたらよかったんだけど」
「どうかしら。泣くって事はそれだけ真剣に理解したって事じゃないかしら?
それにいくら泣かせないように言葉を重ねた所で、今のレナスでは結局理解した途端に泣き出していたと思うわよ」
「そうかな……」
「まだ子供だもの」
フェアチャイルドさんは布団の中に潜り込んで泣いているようでライチーが涙声になりながらしきりに慰めている。
そして、二人の傍にいるディアナは頭を撫でて宥めている。
僕も手を差し伸べたくなるが彼女を泣かせた今僕に出来る事はきっとないだろう。
「サラサは大人だね」
僕はやはりだめだ。彼女の涙を見るだけで揺らいでしまう。
「何年生きてると思ってるのよ」
サラサはそう言って笑った。